「人類と病」 託摩佳代 中央公論新社 まとめ

本の概要

 ウイルスや細菌による感染症に対抗するため、国際的な枠組みによる協力体制が築かれてきた。

 ペスト、コレラの流行、世界大戦時の感染症流行などが契機となり協力体制が始まった。

 第2次大戦後はWHOが設立され、天然痘の根絶をはじめとして一定の成果を上げてきた。

 WHOは加盟国の拠出金によって運営されるため、国間のパワーバランスの影響を受けずに完全に独立した運営は不可能。

 冷戦下でもWHOが仲介することで保健分野では米ソが協力した例がある。このようにWHOが間に入ることで、現在の米中の対立下でも協力体制を作ることができる可能性も有る。

この本で学べること

  • コロナウイルスのような感染症に対し、世界はどう対処してきたのか
  • WHOが中立でないように感じられるが、その成り立ちは?

はしがき

 コロナウイルスの件でも明らかなように、ウイルスや細菌による感染症は長年人類の脅威であり、国境を容易に超えるため国際的な枠組みによる協力体制が築かれきた

 人類と病との闘いは専門的な領域内だけでなく、各国のパワーバランスや経済の動向など様々な要素の影響を受けている。個々のテーマを通じて人類と病の闘いを読み解いていく。

序章 感染症との闘い -ペストとコレラー

 中世ヨーロッパではペストによって人口の1/3が犠牲になる大きな打撃を受けた。

 1894年ペスト菌の発見と抗生物質の発明によってペストを大きく減退させることに成功した。

 コレラもヨーロッパ社会で流行し大きな影響を与えた。コレラの流行の要因としては

  • 汚染された水が原因のため 不衛生な状態での都市化が進んだこと
  • 貿易の拡大により国内だけのインフラ整備では対応しきれなかった

 などが挙げられている。

 当時、貿易で大きな利益を得ていたイギリスが国際協定の締結を拒否したたことなどもあり、1903年国際衛生協定が締結され、現在のWHOへとつながっている。

 戦争も衛生面の不備から感染症の温床となる。クリミナ戦争では戦死者よりも感染症による死者が多かった。この現状に対応するため戦場に看護婦が同行するようになる。これが赤十字社の設立につながっている。

第1章 二度の世界大戦と感染症

 第二次大戦は第一次大戦に比べ感染症の流行が少なかった。これは国際協力と医学の発展によるもの。第一次大戦でのスペイン風邪、マラリアの流行が国際協力の必要性を強く印象づけた。

 国際連盟に常設の保健機関が設立され

  • 感染症への対処
  • 感染症情報の収集
  • 血清、ビタミンなどの標準化

 などの役割を果たした。

 その一方で敗戦国であるドイツは医学の先進国であったにもかかわらず当初参加できなかった。当時から政治的な影響を受けていたと言える。

 第二次大戦では、国際協力やペニシリンの開発で感染症による死者を大きく減少した。連合国側に感染症情報を提供するなど戦勝にも貢献することとなった。     大戦を通じて、各国は国際協力と医学研究の重要性を認識し、後の基軸となっていった。

第2章 感染症の「根絶」

 戦後アメリカ主導でWHOが設立。国連加盟国でなくても加盟が可能となる。

 天然痘のワクチンが開発されるとWHO主導で製造のマニュアル化、予防接種法の改善で世界中でのワクチン接種を可能とし、根絶へとつながった。当時は冷戦中ではあったものの米ソでの協力が見られるなど国際協力を促す成果も見られた

 ポリオもアメリカで開発されたワクチンがソ連で試されるなど協力体制が見られた。

 一方でポリオはワクチンに問題がある、患者の症状が天然痘ほどわかりやすくない、治安の悪い地域でのワクチン接種が進まないなど更なる国際協力が必要となる。

 マラリアに対する対応は失敗と見られている。マラリアは蚊が媒介するためDDTと呼ばれる殺虫剤での根絶を図った。

 しかし耐性を持った蚊の出現、蚊以外の生物の除去による生態系の変化、農作物への悪影響などの問題で失敗とみなされている。

 マラリアの減少はアフリカの労働人口増加による貧困撲滅にもつながるとされ、ワクチンの開発、普及にさらなる対応が期待されている。

第3章 新たな脅威と国際協力の変容

 近年、人とモノの国境を超えたの行き来が増加しているため、国際的な枠組みの重要性は増加している。公衆衛生の問題から安全保障の問題へと変化している。

 1970年以降ウイルスの変異を主な原因とし、30以上の新興ウイルスによる感染症が確認されている。

 エイズは近年の感染症で大きなインパクトを与えた。性行為での感染のためコンドームが有効だが、途上国での知識不足、宗教上の理由で対策の普及に時間がかかった。

 ワクチンの開発も望まれるが一生に一度しか摂取しないため製薬会社の利益が少なくインセンティブが弱い→政府や財団の寄付での開発展開が検討されている。

 サーズ、エボラ出血熱などで問題となった点(財政面、情報不足)は改善されているのものコロナウイルスでの対応でも米中の対立が影響するなど課題もある。

 国家は合理的な理由(自国の感染者の減少、国際的な名声)がなければ協力しないためWHOによる利害コントロールが重要。

第4章 生活習慣病対策の難しさ

 非感染症による死者が増加している。なかでも生活習慣病は多くの患者と死者を出している。しかし生活習慣病は感染症と異なり、ライフスタイルとのバランスとなるため、取り締まる国際機関と対抗する業界団体との戦いとなる。

 具体的にはアルコール、塩分、糖分、喫煙などがあげられる

 煙草については害が大きい、副流煙の問題から規制が進んでいるものの、他のものについては自由な社会での消費者、事業者の判断にゆだねられている。適量であれば問題ため規制が難しいという問題もある。

第5章 「健康への権利」をめぐる戦い

 現在でも世界の1/3の人々は必須薬品へのアクセスがない。要因としては

  • 医薬品の規制が古いもしくは機能していない
  • 製薬会社も利幅の大きい先進国での需要がある医薬品開発に力をいれる
  • 特許による製造の壁

 などがあげられる。

 WHOは加盟国の財政に依存しているため、完全に政治的に中立であることは困難。様々な格差があることを受け入れ各国の調整を行う必要がある。国際社会の目標、利害を病から人類を守ることに向けることが重要となる。

あとがき

  健康を守る国際協力は、国際社会に終える数少ない共通の価値観となる。保健協力の政治的な潜在能力の活用が重要となる。

まとめ

 感染症は人々の移動が増え国境を超えた移動が多くなるにつれ、国際協力が必要となりWHOへとつながる国際機関が設立された。一方WHOは加盟国に財政面を依存していることから設立当初から国際関係の影響を受けており、完全な平等は実現できない。現在のようにアメリカの拠出金停止を招くやり方を改善すれば、米中間も冷戦下の米ソのように保健の領域では協力するといった形をとれるかもしれない。

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