世界を救うmRNAワクチンの開発者 カタリン・カリコ 増田ユリヤ ポプラ新書 概要

コロナワクチン開発の基礎は40年間のカリコ氏の研究によるもの

 新型コロナウイルスによるパンデミックの終息が見えない中、ワクチンの接種が進んでいる。当初ワクチンの開発には2~3年に時間がかかると思われていたが、1年足らずの時間で接種が可能となった。

 ワクチン開発の基礎はハンガリー人でアメリカ移民の女性カタリン・カリコ氏。カリコ氏が40年もの間、開発してきたmRNAを使った技術が迅速なワクチン開発を可能とした。

 カリコ氏のインタビューや彼女の人生を支えてきた恩師や研究者として交流のある山中伸弥教授へのインタビューからカリコ氏の研究者としての半生や一人の人間としての生き様を知ってほしいと思い本書は書かれている。

小さいころから生物学への興味を強く持っていた

 カリコ氏はハンガリーで生まれ育ち、科学者としての素養を育んだ。家庭は貧しかったものの、家族仲はよく、勤勉で誠実な一家として評判の家族だった。

 自然を観察したり、精肉店の父親が解体する豚の心臓や内臓にも関心をもつなど子供ころの体験が科学者を目指す出発点となった。植物を育てたり、野生や作物を収穫する土いじりを楽しみ生物学の知識を競う大会で全国3位になったこともあった。

大学での研究はうまくいかず、アメリカへの移住を決断した

 トート先生は小学性の時にカリコ氏を見いだし、カリコ氏もトート先生が務める高校に進学した。生物学研究サークルに所属していた。

 サークルでは研究活動だけでなく、著名なハンガリー研究者と文通を行い、科学者としての心得も学んでいた。トート先生がもっも嬉しいことはカリコ氏がノーベル賞を取ることよりも、子供のころから変わらず、素直にひたむきに、黙々と研究を続けていること。

 その後、ハンガリーでトップレベルのセゲド大学に進学した。当時のセゲド大学の教師陣は海外経験もあり、優秀であった。大学3年を終了後も大学に残り、所属した研究チームはDNA情報をmRNAに転写し、リボソームに運びタンパク質を生成することに初めて成功した。mRNAの持つ役割の重要性を示した。

 博士課程でもmRNAの研究を続けた。当時mRNAの存在は明らかになっていたが、その合成は非常に困難だった。DNAの遺伝情報をmRNAに転写する際に必要な酵素であるRNAポリメラーゼが精製できておらず、とても短いRNAの断片しか作ることができなかった。

 カリコ氏はRNAの断片の抗ウイルス効果を調べ、抗ウイルス効果を持つRNAを細胞に送り込む方法を見いだすという研究を行ったが、人間に適用できる方法が見つからず、思わしい研究結果が出なかったため、資金援助は打ち切られた。ハンガリーの景気が悪く研究が続けられる状況でなかったため、アメリカへの移住を決意することとなった。

 第二次世界大戦時、ハンガリーはナチスドイツにいち早く近づいたり、連合国と関係を持ったりと揺れに揺れた戦争態勢をとった。戦後は反ファシズムを基本にした人民民主主義と呼ばれる体制をとるが、ソ連に近い東欧ということもあり民主化運動はソ連軍に鎮圧され、多くの死者を出すこととなった。カリコ氏も実際には共産党との働きはしていないものの、ソ連側とのエージェント登録を行っていた。

不安定な状況が研究の原動力となった

 アメリカに移住し、研究を続けることを決意したが、当時のハンガリーでは外貨の持ち出しは100ドルとされていた。あまりにも少なく、カリコ氏は娘のテディベアの中に外貨を忍ばせて出国した。

 カリコ氏の研究はRNAを薬に利用できないかという考えから始まっている。mRNAを利用することで本来その細胞が作り出すものでないタンパク質を作り出すことができることを発見し、それを応用し用と考えた。しかし、発想が新しすぎたこともあり、なかなか研究資金を得ることが難しく、大学に残るのも難しい状況であった。

 特に体内に注入した際に激しい炎症反応を起こすことが大きな欠点であり、カリコ氏は克服できると考えたが、同じように考えた人は一人もいなかった。不安定な状況が悪いものではなく、勇気づけられ追い込んで研究を行う原動力となったと考えている。

 その後免疫学者であるドリュー・ワイズマン氏と出会い、研究が大きく進展する。

mRNAの炎症作用を抑えることが応用へとつながった

 mRNAが体内に侵入した際の炎症反応は大きな問題であったが、RNAの中でもアミノ酸をmRNAに届けるtRNAは炎症反応を起こさないことを発見した。

 mRNAとtRNAの違いを探したところ、RNAの構成要素であるウリジンと呼ばれる箇所にtRNAにはmRNAにはない化学修飾が見られ、この化学修飾が炎症を起こさない理由と考えた。

 mRNAのウリジンにtRNAと同じ化学修飾を施すことで炎症反応を起こさないようにすることができた。さらに化学修飾を発展させることでタンパク質の合成量を増やすことにも成功した。

 大学からは依然として冷遇され、論文も大きな注目を集めることはなかった。しかし、ビオンテックという製薬会社ががん治療薬にmRNAを利用できないかと考え、カリコ氏にオファーを出しドイツに移り研究を続けた。

 ドイツでの研究では少量のmRNAワクチンをネズミや猿に投与するとジカウイルスから守られることを見いだした。同量のワクチンを使用し、身体の大きさが違う動物でも同じ効果を得られ、身体の大きさから量を調整する必要がないことも明らかになった。

 2018年からビオンテックはファイザーと共同で、mRNAのインフルエンザワクチンへの利用に着手して、臨床試験を行う段階だった。その積み重ねもあり、新型コロナワクチンの開発もスムーズに行うことができた。

mRNAは抗体以外の免疫機能も活性化できる

 mRNAはDNAの情報をコピーし、タンパク質工場であるリボソームに届ける役割を担っている。新型コロナウイルスには突起があり、人間の細胞に侵入する際に突起を利用している。

 ウイルスのRNAの中で、この突起を作る設計図の部分を人工的に合成し、脂質の膜で包んだものが今回のmRNAワクチンになる。

 ワクチンが体内に入ると、ウイルスと同じ突起を作れという指令によって突起が作られる。突起を免疫細胞が排除したり、抗体を作ることでワクチンとしての作用を得ることができる。

 mRNAウイルスはこれまでのワクチンと比べ、有効率が高い。従来のワクチンは無毒化したウイルスを体内に入れ、抗体を作ることを目的としているため、直接排除する免疫細胞を活性化することができないため、有効率が低くなってしまう。

 また、mRNAワクチンはDNAの編集などに比べ、リスクも小さい。カリコ氏は多くの病気ではDNAの編集までは不要で、必要なタンパク質をmRNAによって体内で製造するだけで治療できるとも考えている。

日本の問題は基礎研究を応用につなげること

 mRNAは効率よくiPS細胞を作成することにも応用されているおり、山中伸弥教授とカリコ氏は研究者のタイプはちがうものの、免責がある。山中伸弥教授は今回の新型コロナワクチンを日本が開発できなかった理由として、基礎研究への投資不足と基礎分野と応用分野の橋渡し(研究から企業へ)が充分でなかったと考えている。

カリコ氏の素直でひたむきな姿は周囲の大人にも大きな影響を与えた

カリコ氏の困難にぶつかっても生きる姿勢は、子供のころから変わっておらず、多くの人たち(彼女を支えてきた教師や大人たちも含めて)がその姿に差さえられてきた。生徒の姿が大人に影響を与える関係は人と人との関係が度あるべきかの基本でもあり、そのような関係を育むために、自分自身がどうあるべきかをカリコ氏から学ぶことができる。

 筆者は重苦しいコロナ禍にあってカリコ氏の生き方を知ることが励みになってくれることを願っている。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました