世界史を変えた新素材 佐藤健太郎 新潮選書 まとめ

本の概要

 人類は文明を築いて以来、大小さまざまな変転を繰り返し進歩してきた。変化することそのものが人間社会の本質でもある。

 本書では、変化がおきるために必要な要素の一つとして「材料」の力に注目している。
 石器時代、青銅器時代、鉄器時代など一つの時代に材料の名が冠されていることからも優れた技術が時代の変化に必要であることがわかる。

 材料は変革の律速段階(一連の反応で最も反応の遅い反応)と筆者は仮定している。
 変革に必要な要因には優れた人材や人々の心の変化、経済、気象などの要因が絡むが材料の出現は他に比べ、時間がかかる。そのため適した材料が出ることで変革が大幅に進むことも多い。

 材料は非力な人間の何百倍の力を発揮し、記憶量を増幅させることもあり、その有用さから普及するとなかった時代を想像できないほど生活になじんでいく。

 材料が社会を変化させてきた歴史から、変化に必要なことを学ぶこともできる。

 金には金属としての実用性は少ないが、光沢性が治金技術を用いることなく得られこともあり、古代からその光沢性が人々を引き付けてきた。
 また、貴重である、持ち運びやすい、長期間変質しないなどの特徴から古くから貨幣として利用されてきた。

 卑金属から金を作る錬金術は多くの場所で行われた。実現には至らなかったが、錬金術にともなって新しい化学物質の発見、蒸留、抽出等の化学技術が発展した。

 金がもし黄金色でなく、人々の本能に訴えかけるものが少なければ経済も大きく違っていたかもしれない。

陶磁器

 土器の発祥とする焼き物は様々な材料が手に入る現代でもいまだに多く利用されている。

 最古の土器は約18,000年前に作られたとされている。初期の焼き物はただ、粘土を焼いた素焼きが主であったがもろく、隙間が大きいといった欠点があった。釉薬を塗り隙間をふさぐことでこの欠点を克服することが可能になった。

 中国で生まれた磁器は世界中で欠かせないものとなっていった。

 現代では純度100%に近い材料を使用し、粒のサイズ、焼成温度も細かくコントロールできるようになっている。

 これらの技術を用いると、均一性が高く、優れた焼き物=ファインセラミックスを作ることも可能となり、器に留まらず様々なものに利用されている。

コラーゲン

 人類にとって移動することは、新しいモノや人に出会うことにつながり、文明の進展に欠かせない。

 人類は移動に伴って寒冷地への対応が必要で動物の皮革を利用してきた。皮革の柔軟性、保温性にはタンパク質であるコラーゲンの働きによる部分が大きい。また、コラーゲンは細胞と細胞の間を埋めたり、骨の重要な成分でもある。

 コラーゲンは煮ることで得られるゼラチンは、弓の制作にも欠かせないものであり、コラーゲンは多くの形で人類の能力を拡大してきたと言える。

 現在でも再生医療に必要な材料として注目されているなどさらに用途は広がっている。

 鉄は石や木材と比べて材料として優秀なため、武器としての利用や農具への利用、建築の進歩にも欠かせないものであった。

 鉄の優位性は何よりも圧倒的に多く存在すること。加工性も悪く、錆びやすく、それほど硬いわけではないが、量の多さによって幅広い用途、場所で使用できる。

 現代でも鉄こそ力という事実は変わっておらず、鉄鋼の生産量は国の力を表す指標になる。

紙(セルロース)

 セルロースを利用したものは多いが、最も身近なものは紙。紙が発明される前は木材や竹が記録に利用されていたが、かさばり、扱いにくかった。保存性と持ち運びに優れる紙は文化の伝播を容易にした。

 15世紀にヨーロッパで印刷技術が誕生すると紙の需要はさらに大きくなった。

 情報伝達の速度はさらに上がり、科学技術の普及を後押しした。イスラム圏では書くという行為は神から人類への贈り物であるという考えから機械に任せることが許さなれなかった。

 印刷技術の普及前はイスラム圏のほうが科学技術の水準が高かったが、印刷の発展でヨーロッパに大きく水をあけられるようになった。

 21世紀に磁気記録が一般的になっても紙の需要はむしろ増えている。世界中で情報量が増加しており、閲覧するための紙も増加している。

炭酸カルシウム

 炭酸カルシウムは石灰岩として大量に算出し、多彩な用途に利用されている。鉄とは違い姿形は違えど多くの場所で見ることがある材料。
 その用途はチョークや研磨剤、陶器の材料、食品添加物、製紙での利用、大理石の主成分
アルカリ性であるため、まくことで農地の酸性度を下げる、セメントの原料など多岐に渡っている。

 また、炭酸カルシウムは地球の大気の状態を適切に保つ働きもしている。炭酸カルシウムの形で二酸化炭素を固定したことで、地球の温度は液体の水で存在することができた。二酸化炭素の量が過剰であれば、温室効果で大気が高温となり、水は蒸発してしまう。

 絹はなめらな手触り、光沢、丈夫さなどから合成繊維の豊富な現代でも需要が大きい。

 絹の主成分はフィブロインとよばれるタンパク質 タンパク質は一般に腐敗しやすいが、フィロブロインは特殊な折りたたみ構造を持つため、ほどけにくく非常に丈夫となる

 シルクロードの名の通り、古代から交易品としての人気も高く通貨の役割を果たすほど、誰もが求めるものであった。

 日本にとっても重要度は高く、養蚕、製糸技術は一次、日本の基幹産業であった。1922年には日本の輸出総額の48.9%が生糸であった。

ゴム

 スポーツ選手の長者番付100位までの内90人が球技のプレイヤーである。多くの球技は19世紀に大きく発展し、現在と同じような形で行われるようになった。

 この時期に球技が発展した大きな理由が良質なゴムの普及による。それまでは、ボールの丈夫さ、サイズや弾みかたが不揃いであったが、ゴムの登場でこれらの問題点が解決した

 ゴムはイソプレンが重合したポリイソプレンからできおり、二重結合を多数持つため、伸縮性を持っている。

 ゴムはコロンブスによってヨーロッパに持ち込まれたが当初は、夏になるとべたべたになってしまい実用的な用途は消しゴムに使用されるくらいであった。

 硫黄を添加することで耐熱性を持たせたり、硬さをコントロールことができるようになると、車輪につけるタイヤとして利用されるようになるなど広く普及するようになった。

磁石

 電子のスピンには上向きと下向きがあり、通常打ち消しあっているが、一部の物質ではスピンの性質が残ることがある。これらの物質の原子の向きをそろえることで磁力が発生する。

 磁石は方位磁石、羅針盤に利用され方角を知るのに欠かせないものとなった。

 電磁気学の発展によって電気の力と磁器の力が変換できるようになると、電磁石や発電機が発明されるようになる。

 また、磁気記憶装置としても重要なもの。S、N極の向きを1ビットの情報とすることで情報を保存している

アルミニウム

 アルミニウムは非常に軽く、合金化することで硬さを得ることもできる。また地球上の存在量も酸素、ケイ素に次ぐ多さである。

 しかしアルミニウムが金属として取り出せれるようになってから200年程度に過ぎない。
アルミニウムは酸素との結びつくが強く、金属として取り出すためには、電気分解で取り出す必要がありその技術的なハードルは高かった。

 金属アルミニウムを扱えるようになり、合金化によって強度が上がることで、ジュラミルンケース、航空機、缶など様々な用途に利用されるようになった。

プラスチック

 プラスチックの登場後、ガラスや紙、布などでできたものが、次々とプラスチックに代わっていった。プラスチックは軽く、丈夫で低コスト、着色可能で成形も容易と欠点が少ないため、大きく普及した。純然たる人工物のため設計によって様々な性質を持たせることができる

 プラスチックとは英語で可塑性のあるという意味の形容詞で、一般的には高分子成分を主原料とした固体のことを指す。

 高分子は基本単位となる単位分子が数千から数万結合してできた巨大分子で結合の制御が難しいため、化学工業の開始後もしばらくは普及しなかった。

 1939年にポリエチレンの製造がはじまると、当時第二次世界大戦が始まったこともあり、軽量かつ電気絶縁性に優れるため、レーダーの設計に革命を起こした。

 一方で、自然界に存在しない完全な人工物のため、微生物の分解を受けず、細菌や酵素による分解が不可能であり、自然に帰らないことが弱点でもある。

シリコン

 シリコンの製造技術の発展が、高性能なコンピュータを可能とした。ケイ素もアルミニウムと同じく酸素との結びつきが強いため精製できるまでに時間がかかった。

 ケイ素は半導体として働き、ごくわずかな不純物をドーピングすることで大きく性能が変化する。
 そのため純度の極めて高い状態のケイ素を作り、ごく微量の他元素を入れる技術が確立されることで高性能な半導体チップを作りことができるようになり、コンピュータが実現可能となった。

材料の今後

 材料は物質のうち人間の生活に直接役に立つものと定義されている。材料のイノベーションは人類の生活の進歩といっても言い過ぎではない。

 今後も新たな材料の創出によって、時代が変わることが続いていく。AIによる新素材の探索は研究者が積み上げてきた勘と経験に置き換わっていき、想像もできない材料が生み出され、社会を変えていくに違いない。

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