土・牛・微生物 ディビット・モンゴメリー 築地書館 要約

新しい農業哲学が農業にまつわる危機を救うことができる

 農耕の始まり以来、土壌を劣化させた社会は次々に消えていった。あまり認識されていないが土壌劣化の問題は人類の直面している危機の一つである。

 しかし、差し迫った危機の中でも実は解決しやすい問題でもある。集約的な耕作で荒らすのではなく、より肥沃にする耕作方法を採用している革新的な農家の存在があるためである。
 昔ながらの知恵と現代の科学を融合することで。新しい農業哲学が生まれ、変化がもたらされる可能性が充分にある

 筆者は革新的な農家を訪ねるなかで、新しい農業哲学は収量を維持しながら、化石燃料と農業化学製品の使用量を減らし収益を上げる様子を知ることができた。
 そのカギとなるのは土壌の健康に重点を置くこと。土への扱いと考えを変えることで世界に食料供給を行い、地球温暖化を防ぐ、費用対効果の高い手段を得ることができる。

世界の1/3の耕作地が劣化している

 現在世界の農地の1/3は劣化しており、作物の生産能力は毎年0.5%低下している。この傾向が続けば、人口増加と相まって食糧不足が発生してしまう。

 しかし土地に生命と肥沃さを驚くほどの早さで取り戻した例はいくつもあり 世界規模での回復も不可能ではない。

犂による耕作が土壌劣化の大きな原因

 犂で土を耕すことは、農業の象徴的な行為であるが土壌劣化の大きな原因となる。耕作することで土は侵食されやすくなり栄養を失ってしまう。

現在の農業神話は石油燃料と化学製品がもとになっている

 現代の農業には石油燃料が欠かせないが、温暖化によって食物の生産量が減少することが知られており、農業で使用する石油製品を減らすことも重要となる。

 化学製品である農薬、肥料、抗生物質を多く利用した大規模農業のほうが効率的とされているが、実際には大規模なほど効率的とは限らないという報告は多い。

 農業政策の決定者は農芸化学とバイオテクノロジーだけに注目しているが、今ある技術で土壌の生命と肥沃さを取り戻すことも十分できる。
 低下した土壌の健康を技術と工業製品で埋め合わせることは短期的な効果しかなく長期的には埋め合わせることはできなくなる。

腐植と微生物が植物を育てる

 微生物は植物にとって根の延長として、植物が直接吸収できない栄養を植物に送る働きをしている。このような菌根菌の働きを工業製品で補ことは難しい。
 
 植物の根の周りには菌類が住み、その周りには菌類を微小な捕食者が食べる。捕食者の排泄物は窒素、リン、微量栄養を含む優れた堆肥となる。

 化学肥料の大量使用は土壌を酸性にし有益な微生物に害を与えることもある。また、肥料から充分な栄養を得た植物は微生物へ栄養を渡さなくなり、微生物が減少してしまう。

不耕起と精密施肥で肥料を削減することができる

 アメリカの土壌では有機物の大きな減少がみられている。耕起によって土壌がひっくり返されると、空気に触れ有機物の分解が速まり、二酸化炭素を放出する。耕起は土壌を平均年に1mmほど喪失する。土壌生成のスピードはその1/100ほどなため、いつかは表土が失われてしまう。

環境保全型農業は3つの条件を満たす必要がある

 耕起を行わないことが土壌の健康に重要であることは徐々に知られてきたが、その他の手法は意見が割れている場合もある。

 環境保全型農業は3つの単純な原理の上に成り立っている。
1.土壌のかく乱を最低限にする
2.被覆作物を栽培するか残渣を残し、土壌が常におおわれている状態にする
3.多様な作物を輪作する

 3つの原理を守ることで土壌の健康を保つことができる。

 一方で3つの原則をすべて実行しないと、その効果は発揮できない。多くの研究で慣行農業が環境保全型農業に比べ収量や効率が良いとされるのは環境保全型農業が3つの原則の一部しか採用していないため。
 すべての条件をそろえても2,3年は収量が減少するが、その後は生産性、収益性に大きな改善がみられる。

人口増加の続くアフリカでも環境保全型農業は可能

 アフリカの農業は今でも焼き畑と鍬による農業を行っていることが多い。また食物残渣や家畜のふんも燃料として利用するため、畑に返されていない。

 不耕起と被覆植物が雑草抑制、土壌の肥沃化はアフリカの熱帯地域でも確認されている。土壌、気候の違いで最適な農法に違いはあるものの、環境保全型農業の基本原則は多くの土地で成り立つ。

農業では土壌化学や物理学ではなく、土壌生物学が最も大きな影響を持つ

 有機栽培は必ず収入減を招くとされ、化学製品を利用した農業が推奨されることも多い。しかし、土壌の生物学は複雑で、化学製品のみで長期的な収量を安定させることはできない。

 化学肥料を使った農場と有機農業では土壌の健康度に差が見られる。有機農業は土壌の有機物濃度を上げる、保水性に優れる、土壌微生物の生息を増やすなど大きな利点があり、価格も高いため収益を上げやすくなる。

家畜の使用で農業の効率はさらに向上する

 家畜が草を食べたり、踏むと、植物は傷を治すために土壌微生物から栄養をもらう代わりに滲出液を供給し、土壌生物の生育を助ける。
 
 特に高い密度で頻繁に放牧を行うと、牛はえり好みせず食べるようになり、雑草の抑制にもなる。また、同じ場所で放牧しない期間を延ばすことで、寄生虫が寄生する機械を減らすことにもつながった。

微生物の土壌の肥沃さの影響は非常に大きい

 バイオ炭は有機廃棄物と木炭を混ざて炭化させたもの。バイオ炭を土壌のpHを高め、有益な土壌生物を住みやすくし、その多孔質構造は微生物の住みかにもなる。

 地面を被覆し、バイオ炭を与えた農場では化学肥料、除草剤を使用せずに充分な収量を得ることができ、より利益も大きくなる。

農業の変革は温暖化抑止効果もある

 耕起によって土壌中の有機物の分解が促進され、大気中へ炭素を排出する。20世紀の終わりまでに大気に放出された炭素の1/3~1/4は耕起によって増加した分になる。

 慣行農業は土壌の有機物濃度を減少させるが、被覆作物と自家製堆肥の利用は徐々に有機物濃度を上げることができる。また、不耕起農業は化石燃料の使用を減らす効果もある。

 世界中で環境保全型農業の3原則がすべて導入されると炭素の放出量は最大1/3減少できるという試算もある。少なく見積もっても5~15%の削減は可能とされている。

 アジアの農業は数千年にわたり環境保全型農業を実践していた。アジアでは排泄物を肥料として用いたり、被覆植物を利用し、輪作を取り入れるなどのおかげで長い内だ土壌の肥沃度を保たれていた。

環境保全型農業が広がらないのは政治的な理由が大きい

 土壌の健康を重視した環境保全型農業は持続可能、農家のコスト、手間を減らし、利益を増やす、温暖化防止にもなると利点が多いが、まだまだ世界中で広がっていない。

 この理由はいくつかある。
1.慣行農業からの移行期間には収量が落ちる
 土壌の健康状態が悪い状態で、有機農業に移行すると土壌が回復するまで
収量が減少する。返済する借金などがあると転換しにくい。

2.3原則をすべて行わなかったため、効果を感じられず元にもどってしまう

3.慣行農業を推奨する仕組みが残っている
 慣行農業で利益を出す企業は政治的にも影響力が大きいため、政府も慣行農業を発展させるような研究にお金を払うが、環境保全型農業の検証には積極的でない。
 また、作物保険があり、不作でも補償金がもらえれば改善する意欲はなくなる。

 一次的な収入減を保証する方向に変更することや慣行農業が必須と思っていない若い世代に環境保全型農業を広めることが普及に重要となる。

 土壌の健康を重要した成功例は徐々に広がっている。世界の農地に健康な土壌を取り戻すことは人類の未来への投資として本当に有意義なこと。

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