生命知能と人工知能 高橋宏和 講談社 3分要約

3分要約

生命知能とはなにか?

 生物の持つ脳によってもたらされる知能。人工知能とは役割が異なるが、対立するものではなく、互いに補うことが可能。

人工知能と生命知能の違いとは

 人工知能は自動化の技術であり、最適化、効率化を目的にし、生命知能は自律化のためにある。

自動化は決められたルールに従って物事を進め、自律化は自分でルールを決めて進める。

脳、生命知能の特徴は

 人工知能に比べ、演算速度の高速化は出来ないが、配線の複雑さを生かした並列処理を得意としている。

 可塑性も特徴で、行動や思考によって重要な回路を強化し、無駄な情報を削除することができる。熱による自発行動による創造性、臨機応変さなども人工知能にはない特徴となる。

生命知能はなぜ重要か

 課題を作りだすことは生命知能にしかできない。正解のある社会での改良や改善は人工知能も得意だが成熟し、課題を見つける重要性が増すと生命知能が必要性がます。

 社会が多様化すると、価値観も多様化し、社会に共通の評価軸がなくなる。自分の中での新しい評価軸を作ることも生命知能にしかできないこと。

 社会が効率を求めすぎれば、人工知能的な発想しかできず人工知能は大きな脅威になる。

生命知能はどう育てるべきか

 脳にとっての学習は始めに多くの神経細胞で情報処理を行い、多様性を増し解を見つけた後に無駄な活動を排除し効率性を上げている。仮説と検証を繰り返す一連の作業は膨大なエネルギーと長い年月がかかるが、強い生命知能を育てることは間違いない。既存の評価軸を疑い、自ら考えて評価軸を決める、自分なりの情報を意識の世界に作りだすことが必要になる。

 

脳の作動原理を知り独自の視点を形成し、楽しく生きることができる

 本書は豊かな人生を送ることを究極の目標として、脳と人工知能を対比しながら脳の動作原理を考察し、その使い方、育て方を考えている。

 人口の知能の発達を脅威に思うのは私たちが人工知能と同じように無駄を排除し最適化、効率化する戦略を取り始めたため。

 脳は最適化戦略だけのためにあるわけではない。人工知能には無い戦略=生命知能を知ることで互いの長所を生かすことが重要になる。脳はまだまだ謎だらけだが、最新の知見を学び、脳の動作原理について考え、独自の視点を形成することで楽しく生きるきっかけとなる。

人口知能=自動化、生命知能=自律化

 人工知能は自動化の技術で、生命知能は自律化のための技術。対立するものではなくの私たちの知能にも両方の性質が共存している。

 自動化は決められたルールに従い物事を進めること。自律化は自分でルールを決めて、それに従い物事を進めること。われわれが生命知能を忘れ、人工知能化してまえば人工知能は脅威になってしまう。

 人工知能は与えられた課題を効率良く解くことが目的で、生命知能は課題を作ることが目的。現在の社会は人工知能的になっている。産業が右肩上がりの時代は所定のルールのもとで改善、改良を行えば問題ないが、成熟すると課題をみつける、ルールを作ることの重要性が増すため、人工知能的な社会ではうまくいかなくなる。

 社会が多様化すれば価値観も多様化し、共通の評価軸もなくなり、自律的に決めることの重要性は増す。

リバースエンジニアリングで脳の仕組みを考えている

 脳は超複雑なシステムで多くの要素が連携しながら全体として1つの機能を実現する仕組み。

 ものの仕組みを考えるにはリバースエンジニアリングの考えが役立つ。何かを作る時には満たすべき要求性能を考え、機能を果たすために必要な要素、機構を考え、構造を決めていくが逆の方向に考えることがリバースエンジニアリング。構造から機構、要素を予測し、要求性能を知ることができる。

 筆者は脳をリバースエンジニアリングすることで脳の仕組み、動作原理を考えてきた。

人工知能は高速化、脳は並列処理で演算機能を高めている

 素子数や消費エネルギーでは計算機は脳に近づきつつあるが、配線の複雑さはくらべものにならない。1つの神経細胞が1000~1万個のとつながって入出力を行っているが、電子回路では配線の限界でこれほどの接続をすることができない。

 スパコンの富岳は電子回路は1秒間に40京もの演算が可能。電子回路は演算速度を高速化しているが神経細胞は化学反応を利用するため演算速度の高速化は不可能。そこで神経細胞は多数の神経細胞とつながり膨大な並列処理を行うことで演算を行っている。

 人工知能と脳の働きは違うものの、人工知能からインスピレーションを得る時代になっている。一方で人工知能の出力がブラックボックス化され人間に理解できないケースも増えてきた。入力と出力の関係を説明可能にするには人工知能に意識を実装することが近道かもしれない。

脳の中も多様性によって、環境に適応している

 ダーウィニズムとは自然選択で種の多様性が起き、環境へ適応していくこと。脳や神経回路、身体もダーウィニズムによって作られている。

 多様性はDNAの変異によっておきるが個体間でのDNAの塩基配列の差は少ない。生命維持に欠かせない部分に変異が起きると生きていけないため、生きる上で有利でも不利でもない部分に変異が起きやすい。重要な部分を変えず、多様性を増すことで進化が起こっている。進化は変異と選択によって起きるが好都合な変異はまれなため、大量の試行錯誤が必要。

 神経細胞でもダーウィニズムは見られる。神経細胞自体がシナプスで結合し回路が形成される。始めは無数のシナプスとネットワークを形成するが徐々に重要なシナプスが強化され不要なシナプスは消滅していく。

 脳の原理を考えると考える前に、失敗してもよいから試すというおおらかさが脳のメカニズムにはあっている。しかし、脳にも変異が起きにくい部分があるように、定石や絶対に試してはいけないことを学ぶことを軽視してもいけない。

脳の自発行動は人工知能には見られない機能

 神経細胞はアナログ信号を統合し、デジタル信号に変換する働きをしている。脳ではイオンを用いて電気信号のやり取りを行っている。

 脳は意識がなく、何の刺激がなくても自発活動を行っているが、人工知能はタスクが与えられなければ勝手に動くことはない。脳が自発活動を行うのは分子が動くことでイオンチャンネルが開閉するため。この熱ゆらぎと呼ばれる現象は電子回路でも見られるため、電子回路では誤作動防止のため始動するために必要なエネルギーを高くしている。

 脳は省エネのため、熱ゆらぎの影響を受けるほど小さいエネルギーで作動する設計されており、自発行動には謎が多い。自発行動は創造性や記憶の定着、臨機応変な対応など人工知能の苦手な部分に優れるため、その解明は重要課題になっている。

多様性を生かすのが生命知能、排除するのが人工知能

 計算機の情報伝達に比べ、脳内の情報伝達は場所や条件によって速度差があるなどいい加減な部分があり、そのいい加減さに生物本来の賢い仕組みが隠されているかもしれない。

 脳は通常は小さく局所的に反応するが、必要な時には脳全体を巻き込む大きな反応を生じる。このようにごくまれに大きな現象が発生することはべき乗則と呼ばれ、地震の発生などでも見られる。

 脳は様々な状況に対応するために多様化し、課題解決に役に立たない神経細胞にも自発行動をさせている。一方計算機は最適化と無駄を省くことで多様性を排除し、目的達成を効率的に実現する半面、特定の目的しか達成することは出来ない。

 筆者は多様性を生かすのが生命知能、排除するのが人口知能と呼んでいる。生命知能を高めるのは多様性が必要。そのためすぐに役に立つものだけでなく、様々な素養を身に着けることが重要。

脳は多様性を増して、正解を見つけてから無駄を排除し効率化する

 脳は機能性マップと呼ばれるように視覚野、聴覚野、運動野など領域ごとに役割がきまっており、重要な身体部ほど大きな領域を持ち、訓練で変化することもある。

 ラットに対し、聴覚を利用した訓練を行った結果ではラットの賢さは二つの軸で説明される。二つの軸は最初に思考錯誤する能力とその経験から適切な解を見つける能力であった。思考錯誤の段階では聴覚野が大きく、神経細胞の多様性が増し、最適化の段階では聴覚野が小さく、多様性が減る個体ほど成績は優秀だった。

 脳にとって学習とは序盤に多くの神経細胞を情報処理に参加させ、多様性を増し、解を発見したのち無駄な神経活動を排除することで効率的な情報処理を獲得している。

 効率化で節約したリソースを別の課題につぎ込めば、脳はますます活性化する。一方で、現状に満足し、異なる課題に取り組まなければ、脳は不活性化してしまう。

 機能性マップは特定の領域に近い働きをする神経細胞が多数あるため、多様化しやすくなる。脳に機能性マップがあるのも多様化の重要性のため。

意識には謎の部分が多い

 人工知能の次は人工意識の研究がブームになるかもしれない。意識の厳密な定義、機構は分からないため、意識の機能について考えていく。

 意識は脳が視覚や聴覚などの入力情報や記憶や過去の情報といった内部情報から作り出し、我々は意識の世界で生きている。

 意識によって直接の経験をしなくても、他の人の行動などからその行動を自分の意識の世界で経験することができる。この機能は子供が大人を模倣するなど小さいときから見られるように人間の幼児は他の類人猿と比べても圧倒的も模倣力が高い。模倣力は社会性を発達させ、文化の発展には欠かせない。文化の発展には個々の能力の高さ以上に模倣能力が必要になる。

 意識を持っているかを特定の試験で確認することは難しく、どの脳の部位が働いているかもわかっていない。しかし、多くの動物で意識を示唆する共感をしめすことは多く報告されている。

芸術の本質は物事の本質の抽出し伝えること。意識がなければ難しい

 フランスの脳研究家ドゥアンヌは意識はシステム全体での可用性と自己監視の2軸から考えるべきと提唱している。システム全体の可用性とは意識の世界で取捨選択された情報が脳全体で共有されていることで、自己監視はおなかが空いたことやメタ認知など自分の内部情報を得たり、意識の作り出す世界を監視すること。つまり意識には情報の生成と監視が必要になる。

 芸術は意識がないと出来ないイメージが強いが、人工知能による芸術の試みも行われている。ただ、芸術の目的は物事の本質を抽出することで、どのように表現すれば脳の中で表象され、他者にも伝わるかが芸術家が探求している問いになるため違和感も大きい。芸術家には観察者に意識の世界で何らかの経験をさせる意図があり、その経験こそが物事の本質。伝えられたい意図を持つには意識が必要で人口知能に意思が搭載されなければ芸術を発展させることは出来ないと考えられる。

目の前の世界はリアルタイムではない

 私たちは脳の作り出す意識の世界で生きているため、神経信号の伝達の遅れなどで目の前に広がる世界は原理的にリアルタイムではない。電子刺激による実験の結果、脳では意識の内容と時刻は別々に扱われ、最終的に意識の世界で統一されている。

 脳では無数の考えや行動プログラムが勝手に起動しその中のほんの一部が意識に上がっている。資格では脳は毎秒1000万ビットの情報を受け取っているが、意識的に処理するのはわずか0.0004%の40ビットでしかない。

 脳はリアルタイムで処理可能な量にだけタイムスタンプを付けた後に、意識の世界で現実世界を再構築している。多くの情報が消失するデメリットがあるが、明確な時間軸を定義できるメリットがある。時間軸が明確になれば因果性(原因と結果)に基づく推論を可能にし、デメリットを上回る効果があった。

 推論による予測は大きな効果があったが、科学の発展していないときには自然現象など予測不能なものも多くあり、そのストレスは大きなものであった。そのストレスに対処するために神を考え、全てが神によるものであるとし、物事の因果性を理解したつもりになり、ストレスを軽減させた。

無駄を省くのは人工知能に任せ、無駄を作新たな価値観を作るべき

 既存技術の改善は人工知能的な戦略で、技術が成熟すると人工知能的な戦略は効果が薄くなり、コストパフォーマンスが悪くなる。経済的なコストだけでなく、ドーパミン分泌のような内面でも効率が悪くなるため、発想を転換し生命知能的な戦略を試すべき。

 そのためにも既存の一つの評価軸にこだわるのをやめ、新しい評価軸や価値観をいくつも持つようにすると良い。ダイバーシティとは人種や性別の共存だけでなく、価値観や評価軸の共存でもある。

 新たな評価軸を作ったり、自分の評価軸に何を選ぶか等にが明確なルールがないため、人工知能は役に立たず、意識システムを持つ生命知能の出番になる。

 評価軸や価値観を自分で決めることを放棄すれば、生命知能の必要性はなくなり、人工知能に活躍の場を奪われることとなる。人工知能ができることは人工知能に任せ、無駄を省き、我々は無駄を作り出しながら、新たな評価軸や価値観を形成していけばよい。

人工知能が怖いのではなく、社会の人工知能化

 筆者が危機感を覚えるのは人工知能やロボットではなく、意識システムの活用を止めた社会の人工知能化。人工知能と共存していくには意識システムを鍛えることが重要になる。

 仮説と検証を繰り返す一連の作業は膨大なエネルギーと長い年月がかかるが、強い生命知能を育てることは間違いない。しかし、博士課程の減少や企業の基礎研究所の閉鎖など生命知能を育てる環境は日本の社会全体で減少している。

 生命知能を育てるためには既存の評価軸を疑い、自ら考えることで評価軸を決め、それをたくさん持つことや意識システムを利用し、受け取った情報から自分なりの情報を意識の世界に作り、因果性を見いだすことが重要。

 人工知能と共存する社会だからこそ、文化的な営みがますます注目される。脳の働きから、芸術、宗教、科学など文化の意義を見つめ直すことで、環境の変化に対し、最適化をめざす人工知能と異なる手法を用いる生命知能の多様な戦略を用いることができる。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました