運命と選択の科学 ハナ―・クリッチロウ 日本実業出版社 要約

運命を生物学の言葉で把握できるのか

 本書は我々が自由意志を持ち、自覚の元主体的に動いているのか、それともあらかじめプログラミングされた機械に近い存在で自分では気づきもしない意識の底にある装置によって動かされているのかという疑問に神経科学の分野から考えていく。

 個々の遺伝情報が脳に与える影響がわかり始めたことで、運命に関する21世紀ならではの説らしきものが誕生するかもしれない。筆者の目標は運命を生物学の言葉で把握できるかどうか。

 どんな行動も決断も遺伝子によって運命つけられたり脳に組み込まれてはいないが、ある決定をしやすい傾向にある遺伝形質や生まれる前に組み立てられた脳のあり方が原因であることはある。

 神経科学自体が人生や万物の答えではないが、行動が、どの程度生得的なもので、決断はどの程度まで潜在意識的なものかを考えていくことができるようになってきた。
 自分の力を信じる気持ちを捨てるべきではないが、自分の限界をしっかり理解することは必要。神経生物学がどのように行動を駆り立てるかをしることで自分のコントロールできる決断をより上手に下すことができるようになる。

個人的な性格は自分でコントロールできない要因きまる

 生まれたての赤ん坊の脳の体積は大人の25%に過ぎないが、3歳の誕生までに80%まで発達する。新しいスキルや理解したことは記憶に固定され、その行動にアクセスすると自動的に電気信号が通り、習慣となる。使われない神経回路はやがて刈り込みによって失われていく。

 赤ん坊の脳を発達させるシンプルな方法は、できるだけたくさん赤ん坊にアイコンタクトをとりながら、やや高めでやさしく話しかけるだけでよい。
 幼少期の経験が世の中を見識する力を 形成し行動に大きく影響することが証明されている。個人的な性格と考えられているものは何年も前に自分ではコントロールできない要因で2重に決定されている。
 赤ちゃんや幼児の時の性格は大人になってからの性格をにおわすことがわかっている。

不機嫌なティーンエイジャーも脳の作用が大きい

 青年期に特徴的な自意識の肥大や慎重さに欠ける行動は、ホルモンの影響や前頭葉が未発達なために見られる。衝動的で新しいものを求めることは、前頭前野の形成に役立つ経験の幅を広げるための手段で、脳は加齢ととも、実績の経験豊かな回路に頼るようになる
 
 一般的に年を取ると新しいことに取り組みにくくなる。高齢化した脳は過去の経験や知識を現在のものよりも重視し、効率化するため。

 一方で、環境に違いによって脳の老化に変化があることもわかっている。運動や食事、学習、睡眠などを改善することで脳の老化を遅らせることができる。

何を食べるかは思っている以上に選択の自由度は低い

 何をたべるかは個人的なものであるが、人の食欲の大部分は誕生時に決まっている。

 食糧を探し、素早く消化し、効率的に脂肪を貯めやすい人類ほど、生き残りやすく、遺伝子を残すことができた。現代では食料は大量にあるが、この遺伝子に変わりはないため、肥満になりやすい。


 肥満になりやすい特徴は人類全体のものではあるが、それでも体重や体系の素地に関わる遺伝子は150程度あり、個々のレベルでは大きな差が出る余地がある。
 空腹感を管理する遺伝子、快感回路に関する遺伝子、栄養素の程度を感じる遺伝子などがあり、これらの遺伝子には個人で差異がある。


 実際に報酬系に影響するFTO遺伝子配列内に2つの変異があると肥満になるリスクは50%高くなる。体重は遺伝子による影響が70%、環境の影響が30%とする研究もある。実際に胎児のときの母親の栄養状態は子供の遺伝子に影響を与える。栄養の豊富なものを食べれると子供も栄養豊富なものを好みやすい。

 また、環境によって遺伝子の発現が変化することもある。マウスにさくらんぼのにおいをかがせたときに電気ショックを続けると、さくらんぼの匂いに不快感を持つようになる。この匂いと不快感は孫にまで伝えられる。
 この研究結果は遺伝子の影響も環境要因で変化できる可能性を示している。

 肥満になるような食を選択すること自体が人類の特性であることを理解することで行動を変え、続けやすくなる。

いつくしむことも脳の機能の一つ

 性的嗜好が遺伝子に組み込まれた本能的なものであることは理解しやすいが、恋愛、パートナーとの絆、子育て、友情なども本能と報酬系回路によって動かされている。

 あらゆる社会的、感情的な絆は神経生物学的なレベルでほぼすべての人に報酬がもたらされる。

 女性は相手の評価基準の一つににおいを重視している。自分の免疫系と異なる免疫系を持つ男性の子孫は免疫系に優れるため、免疫系の異なる体臭好むことが知られている。
 一方で、ピルで避妊状態にある人は自分と近いにおいを持つ人を好む。妊娠中は親族など近い人の助けを借りることを望むためと考えられる。

 子育のために愛情と慈しみを高める作用も遺伝子、ホルモンの影響を大きくうける。友情にをはぐくむような行為もドーパミンによって意欲と高揚感が与えられる。またエンドルフィンは社交的な行為に心地よい満足感を与える。
 生存に有利となるため、ホルモンによって友情をはぐくむ行為を推奨している。

 一方で、社交性の高さには人によって大きな違いがある。社交性の低い人は群れの中で特異な利点として働く可能性もある。感情を乱されるような災難に強いなどの利点から社交性の低い人も存続してきたのかもしれない。

脳はエネルギーの節約のため不完全なシステムを持つ

 日々の経験は常に五感から脳に殺到する情報の解釈の仕方によって形づけられる。素早く対応し、エネルギーを節約するために脳は不完全な認識システムを持っている。

 そのため、間違えた認知を避けることは非常に難しい。新たな経験や意見に浸ることが認知の不具合
を回避する対策となる。

自由意志はないかもしれないが、あると信じることは有用

 何かを信じることも脳の本来持つメカニズムと無数の潜在意識が生んでいる。ただし、脳の認識システムは不完全であり、信じることは喜びをもたらすと同時に不具合をもたらす傾向もある。

 信念とは脳の頑固なパターン探しの副産物であり、特殊なパターンでも数回続けばそれが不完全でも一般的と考え、見直したがらない。原因となる事柄に意味を割り当てたくてしょうがないからこそ起こること。
 信念は社会的なつながりや芸術、文化、科学技術の発展まで様々な目的を果たしてきた。
 
 一方で、信念は脳の機能に由来する情動反応であるため、自分の信念に合うことは間違っていても否定しにくく、自分の信念に合わないことは正しくても否定しやすい。

 人間は無制限の自由意志を持ち、自主的に行動できるという考えは他の生物を見下したり、自身と考えの違う人間の否定につながる。保守とリベラルの分断などは典型的な例といえる。

 瞑想のように沈思することは新たな神経発生をもたらし、健全に信念を変える可能性を秘めているものの自由意志や自主的な行為主体の力は全てでなく、一部の研究者からは自由意思など存在しないとの声も聞かれる。
 ただし、全ての行動の因果関係を知ることはできないため、行動が自由意志であったかそうでないかを完璧に判別することは不可能でまた、自由意志がないとするのは気がめいるため、自由意志の存在を信じることは必要とされている。

遺伝子検査の持つ意味は徐々に大きくなる

 遺伝子の働きが明らかになることで遺伝子検査でわかることも増えていく。現在では健康や病気に用いられる程度だが、ゆくゆくは幸福度、成功度、裕福度までも予想するかもしれない。

 遺伝子検査による個人へ適した治療法の検討は必要だが、行動遺伝学の発見が増えるほど、遺伝子検査の結果の持つ意味は多様化していく。
 
 遺伝子検査は一般に広がってきたが、まだ予測の精度が低く、環境要因との切り分けも完全ではない。そのため、自身の親に疾患が見られた場合に自分の遺伝子検査を行うべきか、病気の可能性が高いといわれた場合にどのような行動をとるべきか迷う人も多い。
 
 遺伝学そのものが全体を見るには有効だが、個人にはあいまいな予測を提供する程度。

変化は個人よりも集団にもたらすほうが簡単 神経科学を賢く利用することで人間の持つ利他性を発揮することもできる

 人間には種全体に共通の特性はあるが、全ての人に当てはまる本質など存在しない。そのため、個人レベルでの変化よりも集団に変化をもたらすほうが容易といえる。

 ある集団に特定の行動を促すものとしてナッジが注目されている。脳の認知的な不協和を減らすことで強制することなく、人々を正しい行動に導くもので近年注目を浴びている。
 レジの周りのお菓子を禁止することで購入や食べる量を減らし、肥満を予防するなどがナッジの利用例。

 行動の神経科学は人々を操る強い力として使われることもありうる。そうなれば必ず社会を分断する
こととなる。
一方で、行動傾向を賢く利用することで人類の生得的に持つ利他性を発揮し、教育、健康、司法を政策を生み出し可能性も秘めている。

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