食料と人類 ルース・ドフリース 日本経済新聞出版社 まとめ

本の概要

 人間の究極のエネルギーは食糧で、自然界を利用して食料を確保してきた その際に自然の限界に近づくたびに問題を解決し、また新しい問題に対応してきた

 全ての生物はDNAによって環境の中で生き延びるための情報を次代に伝えている

 DNAでの伝達だけでは変更が効かず変化に対応できない それを補うのが他の個体や親族からの学習

 人類は学習が非常に得意だったため、様々な問題を解決することができた

 人類の学習能力の高さは農業で発生した様々な問題の解決を可能にしてきた 

 農業によって定住が可能になったときから、土壌の窒素、リンの補給が大きな問題となった

 窒素たリンを循環させるために利用していた糞尿が合成肥料に切り替わると、収量が大幅に上がったが富栄養化などの問題が起きている

 単一作物の大規模農業も効率を上げたが、疫病や害虫被害の増加を促した 害虫除去に利用されたDDTで一時は改善したが耐性害虫や環境への悪影響などまた新しい問題が起きた

 このように多くの問題にぶつかり、解決してきた

 現在の大きな変化は

 ・バイオテクノロジー:品種改良が簡便になった

 ・都市で暮らす人々を現代農業で養う

 これらに対しても多くの問題が起きるが、これまでの創意工夫と同じように学び続けるのではと考えられる

 なぜ人間が農業のような複雑なことができるのか、そしてどのような問題にぶつかり乗り越えてきたのかがわかる本

 糞尿による栄養の循環を無機肥料で行うと栄養過多に陥る、単一作物の栽培で効率を上げると害虫も増えるなど自然と共存して農業の効率を上げることがいかに奇跡的かよくわかります

プロローグ

 2000年代の始め、ブラジルのマットグロッソ州では森を切り開き大豆の生産を行っていた

 いっぽうそこから遠くない場所では先住民のカヤポ族が昔ながらの暮らしを続けている。

 化石燃料を使ったトラクターを使う現代農業とは違い、カヤポ族は自分たちの身体を動かすことだけが彼らのエネルギー源

 カポヤ族が自然と共存しているというロマンティックな考えに傾きがちだが、だれもがカポヤ族のように暮らせるわけではない

 かといって森が切り開かれていくのも喜ぶ気持ちになれない

 二つの間にどのような差が生まれたのか、つまり文明は自然に手を加える技術をどのように進化させてきたのかの道のりを明らかにしていく

1 鳥瞰図

 地球に生息する何百万もの種の一つに過ぎない人の影響力は凄まじい

 この影響力については反応が二つに分かれる

・どんな過酷な自然条件でも人間は克服できる 問題が起きても技術で解決できる

・資源は有限で、地球に刻まれた痕は大惨事、破綻を招くとする

 どちらの見方も短期的には説得力がある 自然界との密接な歴史に目を向ければどう対処すべきか判断する助けになる

 人間の究極のエネルギーは食糧 社会が巨大化し人数が増えると、自然界を利用して多くの食糧を確保する その限度を超えるとしっぺ返しを食らう

 人類と自然界の長い歴史を見ると人間は旺盛な想像力で問題を解決しては新たな問題を生み出しているのがわかる

 文明と地球の密接な関わりあいを俯瞰的に見ることで、問題を必ず解決できるという楽観論とも悲観論とも違うものが見えてくる

2 地球の始まり

地球に生命が存在できるのは

・太陽系での適切な位置:液体として水が存在可能 太陽との距離が適切・

・地軸の安定:地軸が不安定な場合、極端な暑さと寒さを繰り返す

・炭素の循環:炭素が大気や表面にとどまったりせずに循環可能

などの理由が大きい

 食材としてならぶ種は地球上に存在するごくわずか。しかし食材にならない種の旗籟がなければ、人類は生きていくことができない

 地球上には過剰なほど多様な生物がいて、様々な種が同じ役割を果たしている

 多様性があることで一部の種が全滅しても他の種が役割を引き継ぐことができる

 人間はこのような多様な種を作りだしたり、地質学的な変化を起こすことは到底できない 地球で人類が発展できたのは地質学的な特徴と進化の歴史の上に成り立っている

 それでも人類は工夫を重ね、地球の営みに手を加えてきた

3 創意工夫の能力を発揮する

1845年イギリス海軍が北極圏の海への航海を行ったが船員は全員死亡してしまった

北極圏に住むイヌイットは同じ人という種にもかかわらず、イギリス人は北極で生き抜く知恵を知らないために全滅してしまった

 この差異は狩りの方法や越冬の仕方を知恵として伝えていたか、つまり文化の違い

 全ての生物はDNAによって環境の中で生き延びるための情報を次代に伝えている

 DNAでの伝達だけでは変更が効かず変化に対応できない それを補うのが学習

 人類は仲間や親から学ぶ社会的学習が非常に得意 体の割りに大きい脳はこの社会的学習を支えている

 さらに人から人へスキルが伝えながら発展しくような累積学習を合わせることでありふれた種から世界中に勢力を広げる種となった

 農業でもこの学習の力を発揮し、狩猟採集から農耕への切り替えが起きた この切り替えは人類のとって大きな一歩であった 人類は食糧の余剰で都市に定住することが可能になった  

4 定住生活につきものの難題

 人類の定住生活は自然に多くの負担をかける 作物を収穫すれば土壌から養分が失われえるため、窒素やリンを補給する必要がある 

 その対策は今でも続いている 窒素の循環は下記のとおり進む

 根粒菌が窒素をアンモニアに変換する➡アンモニアを植物がさらに変換しエネルギーを得る➡動物が植物を食べ栄養となる➡動物を微生物が分解し土壌に硝酸塩を戻す➡緑膿菌などが硝酸塩を窒素に分解する

 リンも同様に土壌生物による分解で循環するが、リンは雨で流れたり、風で土の粒子ごと運ばれることで土壌から失われていく 

 失われたリンは海底に沈みこむ➡海底のプレート通しがぶつかり山ができる➡リンもリン鉱石として海水から山に移動➡風化することで土に変える

 という地質学的な長い時間でリン循環は進む そのため土壌にリンを補給したい人類は知恵を絞ってきた、その方法は主に二つ

1.糞尿や動植物に含まれるリンを短時間で循環させる

2.リンを掘り出して運んでくる

 もう一つの問題は摂取カロリーが消費カロリーを如何に上回れるか。こちらは家畜の使用を行うことで効率を上げてきた

5 海を越えてきた貴重な資源

都市化とトイレの水洗化が進み、排せつ物が肥料として使用されなくなると再び、土地の窒素、リン不足が問題となり始める

 グアノと呼ばれる鳥のフンにはリンと窒素が含まれていたため、肥料として利用された グアノが底をつくと硝石を用いるようになった

 どちらも需要が大きく、争奪は戦争になるほどであった

 大航海時代以降交易が盛んになると、効率良く栄養を取れる作物が世界中に広がった それによって人口増加も一層進んだ

 またそれまで水の不便な場所で人は多く住めなかったが、交易が盛んになれば水の豊富な場所で作物を作り、運ぶことで条件の悪い場所での人が住むことができるようになった。水の仮想的な移動=ヴァーチャルウォーターという概念ができるようなった

 産業革命を牽引する工場員などの食糧を賄うことが可能となった

6 何千年来の難題の解消

 グアノと硝石が取りつくされると再び肥料不足の問題が発生した

 1800年代中ごろに土に存在する無機塩が水に溶け、植物の根から吸収されることで養分となるとがわかっていた

 後は空気中の窒素を固定化できれば問題が解決すると思われた

 ➡ハーバーボッシュ法によって窒素からアンモニアの合成が可能となる

 リンのほうは始めは動物の骨の成分がのちにはリン鉱石からリン酸を取り出すことで肥料化することに成功した

 無機肥料によって生産量の増大と穀物の余剰が家畜の生産量向上を巻き起こした

 一方で土地の富栄養化は川などへの窒素過剰による藻類の大量発生につながり、飲料水の減少や魚の減少につながっている

 また、家畜を利用した労働効率UPも石炭や石油でさらに効率が上昇  しかし、温暖化など新しい問題も起こす原因となっている 

7 モノカルチャーが農業を変える

 人類が自然選択に介入する方法は何千もの間限られていた

 大きい、柔らかいなどの性質を持つ植物の種を集める、同じ性質を持つ子孫が生まれることを期待するしかなかった

 自然選択を発見したダーウィンはもう一つ雑種強勢の原則も発見していた これは異なった品種や同品種の別系統を掛け合わせるほうが、同系交配よりも成長が早く、丈夫で健康な傾向を示すというもの

 その後、メンデルによって遺伝子の存在が明らかになった

 20世紀になると雑種強勢を利用し収穫量が上がった種子が市場に出るようになった

 ハイブリットコーンや小麦、大豆の品種改良が大きく生産量の増加につながった

 生産量増加に合わせ単一栽培(モノカルチャー)を行う農家が増加していった

 農業は投資エネルギーが摂取エネルギーを上回るという狩猟採集での大前提が崩れるようになっている 化石燃料で人間の労働を使わなくてもよくなったため 特に食肉はエネルギーの損失が多い

8 実りの争奪戦

 モノカルチャーは大規模農業へとつながり生産量UPにつながったものの、遺伝的に類似した作物は害虫の被害を大きくした

 交易や物資の輸送の増加も害虫の移動を助ける形となった

 輪作などで多種多様な食物を同時並行的に栽培することなどが古来からの対策で殺虫剤の使用は限定されていた

 DDTは始めマラリアを媒介する蚊の駆除に利用されていたが、後に農業でも殺虫剤として利用されるようになった

 DDTは有機合成殺虫剤を世に広めるきっかけとなった しかし

・環境への悪影響

・耐性を持つ虫の誕生

・疎水性が高く、分解しにくいため食物連鎖のなかで生き残り、蓄積していく

などが新たに問題となる

9 飢餓の撲滅をめざして

 第2次大戦後、緑の革命など途上国での生産量UPを目指した取り組みが多く見られるようになった 

 大規模農業による生産量UPは可能となったが、多くに費用を必要とするため一部の農民にしかその恩恵は見られなかった 得をしたのは農業機器メーカー、ダム建設業者、大地主だともいわれている

 またバイオテクノロジーの発展で種の形質を変化させるスピードは大幅に上がるようになった

 これまでは長時間をかけて品種改良していたが、バイオテクノロジーでは一瞬で実現できるようになった

10 農耕生活から都市生活へ

 20世紀に入ると農村で充分な食糧生産が可能となると、都市への人口移動が大幅に進むようになった

 都市化は狩猟採集から農耕による定住生活への変化と同じような大きな変化となる

 生産量UPなどで摂取カロリーは飛躍的に増加したが新しい問題を生み出した

 カロリー、脂肪の過剰摂取は肥満をもたらした 飢餓に苦しむ人は減少しているが肥満は増加している

 農業や牧畜による温室効果ガス増加も問題の一つ  都市で暮らす人々を現代農業で養うという実験の最中 現代農業が地球に及ぼす影響はまだ完全に理解できていない、対策があってもすぐに別の問題が発生するが、これまでのように創意工夫で生きる方法を学び続けるだろう

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