この本や記事で分かること
・ダイヤモンド半導体とは何か:ダイヤモンド半導体は、ダイヤモンドを基板材料として利用する 半導体のこと。優れた物理的・電気的特性を持つ次世代パワー半導体材料として注目されている。
・ダイヤモンド半導体の特性は何か:広いバンドギャップや絶縁破壊電界
・バンドギャップとは何か:、半導体や絶縁体において、電子が存在できないエネルギーの範囲のこと。半導体の持つ性能に大きな影響を与える。
ダイヤモンド半導体に関するニュース
金沢大学と産業技術総合研究所により開発によって、ダイヤモンド金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ(MOSFET)の電気抵抗を1ケタ下げることに成功したことがニュースになっています。

従来のシリコン(Si)や炭化ケイ素(SiC)、窒化ガリウム(GaN)と比べて、優れた物理的・電気的特性を持つ次世代パワー半導体材料として注目されています。
ダイヤモンド半導体はどんな特徴があるのか
- バンドギャップが大きい
- ダイヤモンドのバンドギャップは 5.5 eV と非常に大きく、Si(1.1 eV)、SiC(3.3 eV)、GaN(3.4 eV)を大きく上回ります。
- これにより、高温環境や高電圧での動作が可能。
- 熱伝導率が高い
- ダイヤモンドの熱伝導率は 2000 W/mK と、Si(150 W/mK)やSiC(490 W/mK)よりも圧倒的に高い。
- 放熱性が高く、電子機器の小型化や高出力化に貢献。
- 高い絶縁破壊電界
- 絶縁破壊電界は 10 MV/cm 以上で、Si(0.3 MV/cm)やSiC(2.8 MV/cm)と比べて非常に高い。
- これにより、高耐圧・高効率なパワーデバイスの実現が可能。
- 電子移動度の制御が可能
- ダイヤモンドは本来は絶縁体だが、ドーピング(ホウ素やリンの添加)によってP型やN型の半導体として機能する。
- 特にP型(ホウ素ドープ)の移動度は比較的高い。
ダイヤモンド半導体はどんな分野で期待されているのか
ダイヤモンド半導体は、圧倒的な耐圧性・放熱性・高温耐性を持つため、以下のような用途での次世代パワー半導体として期待されています。
- パワーデバイス(高電圧・高効率トランジスタ)
- 電力変換装置(インバーター、コンバーター)
- 電気自動車(EV)、電動航空機
- 送電網(スマートグリッド)
- 高周波デバイス
- 5G・6Gの通信基地局
- 衛星通信・レーダー
- 耐放射線デバイス
- 宇宙開発(人工衛星、探査機)
- 原子力関連センサー
- 高温環境用電子機器
- 石油・ガス探査機器
- 航空宇宙産業

圧倒的な耐圧性・放熱性・高温耐性を利用した分野での応用が期待されています。
バンドギャップとは何か
バンドギャップ(Band Gap)とは、半導体や絶縁体において、電子が存在できないエネルギーの範囲のことです。
物質の電子構造では、電子が存在できる「価電子帯(Valence Band)」と「伝導帯(Conduction Band)」があり、その間にあるエネルギー差(隙間)が バンドギャップ です。
バンドギャップの意味
- バンドギャップが小さいと、電子が容易に伝導帯に移動でき、電気を流しやすくなる(例:金属や狭バンドギャップ半導体)。
- バンドギャップが大きいと、電子は移動しにくくなり、電気を流しにくい(例:絶縁体や広バンドギャップ半導体)。
物質ごとのバンドギャップ例
物質 | バンドギャップ(eV) | 特性 |
---|---|---|
金属(Cu, Ag, Al など) | 0 eV | 導体(電気を流す) |
シリコン(Si) | 1.1 eV | 半導体(コンピュータや太陽電池) |
ガリウムヒ素(GaAs) | 1.4 eV | 高速半導体(通信デバイス) |
炭化ケイ素(SiC) | 3.3 eV | ワイドバンドギャップ半導体(高耐圧・高温) |
窒化ガリウム(GaN) | 3.4 eV | 高出力デバイス(5G, LED) |
ダイヤモンド | 5.5 eV | 超ワイドバンドギャップ半導体(次世代パワーデバイス) |

バンドギャップ(Band Gap)とは、半導体や絶縁体において、電子が存在できないエネルギーの範囲のことです。
なぜ、バンドギャップが重要なのか
半導体デバイスの動作
シリコン(Si)やSiCは、適度なバンドギャップを持つため、電気を制御しやすく、ダイヤモンドはバンドギャップが大きく、高温・高電圧環境でも安定して動作可能などバンドギャップの大きさが半導体と性能に大きな影響がある
光吸収の特性
バンドギャップの値によって、吸収する光の波長が決まる。
例:GaN(青色LED)、Si(太陽電池)
パワーデバイスへの応用
広いバンドギャップ(ワイドバンドギャップ)は、高電圧や高周波動作が可能で、エネルギー損失が少ない。

バンドギャップは、電子の動きを決める重要な特性であり、半導体デバイスの性能や用途を左右します。ダイヤモンドのような広いバンドギャップを持つ材料は、次世代のパワーデバイスや高温環境での応用が期待されています。
なぜ、ダイヤモンドのバンドギャップは大きいのか
ダイヤモンドのバンドギャップは5.5 eVと、シリコン(1.1 eV)やSiC(3.3 eV)、GaN(3.4 eV)と比べても圧倒的に大きいです。この理由は、結晶構造・結合の強さ・電子構造 の観点から説明されます。
1. 炭素(C-C)結合が非常に強い
- ダイヤモンドは炭素原子だけ でできた結晶で、原子同士は非常に強い共有結合(sp³混成軌道) で結びついている。
- この結合はシリコン(Si-Si結合)やガリウムヒ素(Ga-As結合)よりも強いため、電子が価電子帯から伝導帯に励起されるのにより大きなエネルギーが必要 になる。
➡ 結合が強いほど、電子を励起するためのエネルギー(バンドギャップ)が大きくなる。
結合エネルギーの比較(kJ/mol)
材料 | 結合エネルギー (kJ/mol) | バンドギャップ (eV) |
---|---|---|
Si(シリコン) | 226 | 1.1 |
SiC(炭化ケイ素) | 318 | 3.3 |
GaN(窒化ガリウム) | 365 | 3.4 |
C(ダイヤモンド) | 348 | 5.5 |
➡ 炭素結合の強さが、バンドギャップの大きさに影響している。
2. 結晶構造がコンパクトで電子が動きにくい
- ダイヤモンドは面心立方格子(FCC構造) で、炭素原子が非常に密に詰まっている。
- そのため、電子が価電子帯から伝導帯へ移動するためには、より大きなエネルギーが必要になる。
- シリコンやGaNは原子間の距離が少し広いため、バンドギャップが小さい。
格子定数の比較(Å)
材料 | 格子定数 (Å) | バンドギャップ (eV) |
---|---|---|
Si | 5.43 | 1.1 |
GaN | 4.50 | 3.4 |
ダイヤモンド | 3.57 | 5.5 |
➡ ダイヤモンドは原子が詰まっているため、電子が移動しにくく、バンドギャップが大きくなる。
3. 軌道のエネルギー構造(電子の分布)
- ダイヤモンドの炭素原子は2s軌道と3つの2p軌道を混成(sp³混成軌道) し、強い共有結合を作る。
- その結果、価電子帯と伝導帯のエネルギー差が大きくなり、バンドギャップが広くなる。
シリコン(Si)では、Si-Si結合が炭素(C-C結合)ほど強くないため、価電子帯と伝導帯のエネルギー差が小さく、バンドギャップも狭い。
➡ 炭素のsp³混成軌道の影響で、エネルギー差が広がりバンドギャップが大きくなる。

・C-C結合が非常に強いため、電子が励起されるのに大きなエネルギーが必要。
・結晶が密に詰まっているため、電子が動きにくくバンドギャップが広がる。
・ sp³混成軌道の影響で、価電子帯と伝導帯のエネルギー差が大きくなる。
➡ この3つの要因が合わさり、ダイヤモンドのバンドギャップが非常に大きくなっている。
絶縁破壊電界とは何か
絶縁破壊電界(Breakdown Electric Field) とは、絶縁体や半導体の材料が電気を通さない限界を超え、急に電流が流れるようになる電界強度のことです。
単位は MV/cm(メガボルト毎センチメートル)で表され、材料ごとに異なります。
絶縁破壊のメカニズム
通常、半導体や絶縁体は電圧をかけても電流を流しません。しかし、ある限界を超えると電子が急激に伝導帯へ移動し、急に電気が流れる(絶縁破壊)します。
これは、電界の力によって電子が束縛を振り切るために起こります。
絶縁破壊電界の比較
材料 | 絶縁破壊電界(MV/cm) | 特性 |
---|---|---|
シリコン(Si) | 0.3 | 一般的な半導体 |
炭化ケイ素(SiC) | 2.8 | 高耐圧・高効率 |
窒化ガリウム(GaN) | 3.3 | 高周波・パワー半導体 |
ダイヤモンド | 10 | 世界最高クラスの耐圧性 |
ダイヤモンドの絶縁破壊電界はSiの約30倍も高いため、高電圧に耐えるパワーデバイスとして非常に優れています。
絶縁破壊電界が重要な理由
ダイヤモンド半導体は特に耐圧性が高く、以下のような理由からも、次世代の高電圧パワーエレクトロニクスに有望です。
高電圧デバイスの小型化が可能
高い絶縁破壊電界を持つ材料を使えば、デバイスのサイズを小さくできる。
例:SiCやGaNを使ったパワー半導体は、小型・高効率の電源に利用される。
電力損失を低減できる
絶縁破壊電界が高いと、電流のリーク(漏れ)が少なく、エネルギー損失が減る。
例:電気自動車(EV)のインバーター効率向上。
高耐圧デバイスの開発が可能

絶縁破壊電界は、材料が電気を通さない限界を示す値であり、パワー半導体の性能に直結します。SiC、GaN、ダイヤモンドのような「ワイドバンドギャップ半導体」は絶縁破壊電界が高く、高耐圧・高効率なデバイスに向いているため、次世代の電力変換技術で注目されています。
バンドギャップが小さいとなぜ、高電圧で不具合が起こるのか
バンドギャップが小さい半導体(例:Si(1.1eV))に高電圧をかけると、以下のような不具合が発生しやすくなります。
1. 絶縁破壊が起こりやすい(リーク電流の増加)
- 現象:高電圧をかけると、半導体が本来の絶縁性を失い、急激に電流が流れる(絶縁破壊)。
- 理由:バンドギャップが小さいと、電子が熱エネルギーや電界の影響で伝導帯に移動しやすくなり、リーク電流(不要な電流)が増える。
- 影響:回路が誤動作したり、素子が破壊されたりする。
🔹 例:Siの絶縁破壊電界は 0.3MV/cm と低いため、高電圧用途ではSiC(2.8MV/cm)やGaN(3.3MV/cm)が使われる。
2. 熱暴走(Thermal Runaway)
- 現象:デバイスが高電圧で発熱し、最終的に破壊する。
- 理由:バンドギャップが小さいと、温度が上がるとリーク電流が指数関数的に増加 する。
- 高電流 → 発熱 → バンドギャップ縮小 → さらにリーク電流増加 → 発熱加速 → 破壊
- 影響:デバイスの寿命短縮や誤作動。
🔹 例:シリコンは高温でのリーク電流が増えるため、高温環境ではSiCやGaNが採用される。
3. 耐電圧不足によるデバイス破壊
- 現象:半導体デバイスが想定以上の電圧で破壊される。
- 理由:バンドギャップが小さいと絶縁破壊電界も低く、高電圧に耐えられない。
- 影響:高電圧を扱うパワーエレクトロニクスでは、SiよりもSiCやGaNのようなワイドバンドギャップ半導体が必要になる。
🔹 例:電気自動車のインバーターでは、高耐圧が求められるため、SiではなくSiCが使われることが多い。
4. バンド間トンネル効果(Zener Breakdown, Tunneling Breakdown)
- 現象:電界が強すぎると、電子が価電子帯から伝導帯へ「トンネル移動」してしまい、急に電流が流れる。
- 理由:バンドギャップが小さいと、トンネル効果によって絶縁破壊が起こりやすい。
- 影響:不必要な電流が流れ、デバイスが誤動作する。
🔹 例:Siのバンドギャップ(1.1eV)は小さいため、電界が強くなるとトンネル効果でリーク電流が増える。一方、SiCやダイヤモンドはバンドギャップが大きいため、この影響を受けにくい。

バンドギャップが小さいと、高電圧で リーク電流増加・熱暴走・絶縁破壊・耐電圧不足 などの問題が発生しやすくなります。
ダイヤモンド半導体の問題点は何か
ダイヤモンド半導体には以下のような問題点があります。
・製造コストが非常に高い(合成技術の進化が必要) 現時点ではダイヤモンド半導体の価格は非常に高く、実用化の大きな課題。
ただし、SiCやGaNも最初は高価だったが、量産化で価格が下がったように、ダイヤモンドも技術革新次第で低価格化の可能性あり。
また、大電力・高温環境での優位性があるため、特定の用途(航空宇宙、送電網、高速通信)では高コストでも導入価値がある。
N型ダイヤモンドの実用化が難しい(電子移動度が低い)
・ダイヤモンドはn型にするのが難しく、リン(P)のドナー準位が深すぎる(0.57 eV) ため、常 温では電子が供給できない
・ ダイヤモンドの結晶が強固でPのドーピング効率が低いため、n型が成立しにくい。
・ 水素終端がn型を抑制する ため、表面の制御も課題。
・ 研究は進んでいるが、実用化にはまだ時間がかかる。
その他、大面積・高品質なダイヤモンド基板の量産が困難であることも問題点の一つです。

コストやN型ダイヤモンドの実用化が難しい点が問題点といえ、今後の研究に期待があつまっています。
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