この記事で分かること
・従来の枠林にはこれくらいの時間がかかっていたのか:基礎研究、臨床試験、承認審査や製造などに時間がかかり、多くのワクチンで10年以上の時間が必要だった。
・どうやって短縮するのか:事前のワクチン設計、AI活用、mRNA技術、迅速な臨床試験、量産体制、規制緩和の統合によって、感染症発生から100日以内のワクチン提供を目指しています。
100日以内のワクチン提供
東京大学は、次のパンデミックに備え、感染症発生から100日以内にワクチンを提供することを目指しています。
https://x.com/nikkei/status/1896975253726982432?utm_source=chatgpt.com
東京大学医科学研究所内に設立された「国際ワクチンデザインセンター」がワクチン開発の司令塔として、感染症研究の基礎から臨床開発までを統合的に推進し、迅速なワクチン提供を可能にする体制を構築しています。
この取り組みは、COVID-19ワクチン開発の経験を活かしつつ、次のパンデミックに備える革新的な取り組みといえます。
従来、ワクチン開発にはどれくらい時間がかかっていたのか
従来のワクチン開発は、多くの場合10年以上の時間を要していました。以下が一般的な手順とそれぞれにかかる期間です。
従来のワクチン開発の手順と期間
- 基礎研究(2〜5年)
- 病原体(ウイルスや細菌)の特性を解析し、ワクチンの標的を決定。
- ワクチンの種類(不活化、弱毒化、mRNA、ウイルスベクターなど)を選定。
- 前臨床試験(1〜2年)
- 動物実験で免疫反応や安全性を評価。
- ヒトでの試験を開始するためのデータを収集。
- 臨床試験(6〜8年)
- 第Ⅰ相試験(6か月〜2年):少数の健康な人で安全性と適切な投与量を確認。
- 第Ⅱ相試験(1〜3年):数百人で免疫応答と有効性を評価。
- 第Ⅲ相試験(3〜5年):数千〜数万人を対象に有効性と副作用を詳細に確認。
- 承認・規制審査(1〜2年)
- 規制機関(FDA, EMA, PMDAなど)がデータを精査し、承認可否を決定。
- 一部のワクチンは追加の第Ⅳ相試験(市販後調査)が必要。
- 製造・流通(6か月〜2年)
- 生産設備の整備、大量生産、品質管理、物流の確保。
例外的な迅速開発(COVID-19ワクチン)
- 開発期間:約1年(2020年初頭〜2020年末)
- 短縮ポイント:
- 既存のmRNA技術を活用(基礎研究を短縮)。
- 臨床試験のフェーズを並行実施。
- 緊急使用許可(EUA)による迅速承認。
- 事前生産で承認後すぐに供給可能に。

基礎研究、臨床試験、承認審査や製造などに時間がかかり、多くのワクチンで10年以上の時間がかかっていました。
100日プロジェクトをどのように実現しようとしているのか
東京大学の「100日でワクチン提供」プロジェクトは、次のパンデミックに迅速対応するために、従来のワクチン開発の手順を抜本的に見直し、最新技術を活用して短縮を図っています。
実現に向けた主な取り組み
1. 事前のワクチン設計・データ蓄積
- 事前に多様な病原体のワクチン候補を設計し、データベース化。
- 病原体が出現した際に、類似するワクチン設計を即座に適用可能にする。
2. AIとシミュレーションの活用
- AIを活用し、病原体の遺伝子情報から最適なワクチン設計を即座に導出。
- シミュレーション技術で、抗原設計や免疫応答の予測を迅速化。
3. mRNAワクチン技術の最大活用
- mRNAワクチンは開発期間が短く、迅速に設計・製造できるため、最有力技術として活用。
- 東京大学は新型mRNA技術(耐熱性向上や免疫応答最適化)を研究。
4. 次世代アジュバントの開発
- 免疫応答を高める物質(アジュバント)を事前に準備し、迅速な適用を可能に。
- 東京大学は、効果が高く副作用の少ない新型アジュバントの開発を推進。
5. 迅速な臨床試験の実施
- フェーズⅠ・Ⅱの試験を並行実施し、安全性と効果を同時に評価。
- 人間の免疫細胞を用いた試験システムを開発し、ヒト試験の前に効果を精密予測。
6. 量産体制の整備
- 国内外の製薬会社と連携し、即時生産できる体制を構築。
- mRNAワクチンは、汎用的な生産ラインで迅速に大量生産が可能。
7. 規制当局との事前調整
- 緊急時の承認手続きを事前に策定し、開発と審査を並行実施。
- 過去のデータとリアルタイムデータを組み合わせ、迅速な安全性評価を可能に。

東京大学の「100日プロジェクト」は、事前のワクチン設計、AI活用、mRNA技術、迅速な臨床試験、量産体制、規制緩和の統合によって、感染症発生から100日以内のワクチン提供を目指しています。
mRNAはなぜ迅速に設計、製造が出来るのか
mRNAワクチンが迅速に設計・製造できる理由は、以下の3つの特性によるものです。
1. 設計の迅速性:病原体の遺伝情報だけで作れる
- mRNAワクチンは、病原体の遺伝子情報(RNAやDNA配列)さえ分かれば設計可能。
- 実際のウイルスを培養する必要がなく、数日〜数週間でワクチンの設計が完了。
- 例:COVID-19では、SARS-CoV-2の遺伝情報が公開された数日後にはmRNAワクチンの設計が完了。
2. 製造の迅速性:化学合成による大量生産が可能
- mRNAワクチンは、従来のワクチン(ウイルス培養型)と異なり、化学的に合成可能。
- 培養細胞や鶏卵を使わずに、試験管内(in vitro)で大量生産できるため、製造時間が大幅に短縮。
- 例えば、従来のワクチンは数ヶ月〜数年かかるが、mRNAワクチンは数週間で製造可能。
3. 汎用的な生産プラットフォームが使える
これにより、新型ウイルスが発生しても、すぐに量産体制に入ることが可能。
mRNAワクチンは、ウイルスの種類が変わっても基本的な製造プロセスは同じ。
既存のmRNAワクチンの製造設備をそのまま利用可能で、新しいワクチンを迅速に生産できる。

mRNAワクチンは、
・病原体の遺伝情報だけで設計できる
・ 化学合成によって迅速に大量生産できる
・ 汎用的な生産プラットフォームを活用できる
といった特徴からスピーディーな開発が可能になっています。
コロナワクチンでは臨床試験はどのように行われたのか
COVID-19ワクチンの臨床試験は、以下のような工夫によって、通常のワクチン開発(10年以上)よりも大幅に短縮され、約1年で承認されました。
1. 臨床試験のフェーズを並行して実施
通常のワクチン開発では、第Ⅰ相 → 第Ⅱ相 → 第Ⅲ相と順番に進めるますが、COVID-19ワクチンでは、フェーズを並行して実施し、時間を短縮しました。
通常の手順(10年以上)
❶ 第Ⅰ相試験(安全性の確認):健康な少数の成人(数十〜百人)で安全性と適切な用量を確認(1〜2年)
❷ 第Ⅱ相試験(免疫応答と副作用):数百〜千人規模で免疫応答を評価(2〜3年)
❸ 第Ⅲ相試験(大規模有効性試験):数万人を対象に感染予防効果と副作用を確認(3〜5年)
❹ 承認審査(1〜2年)
COVID-19ワクチンの手順(約1年)
・第Ⅰ・Ⅱ相試験を並行して実施(安全性・免疫応答を同時に評価)
・ 第Ⅲ相試験を準備しながら、第Ⅰ・Ⅱ相の結果を元にすぐ開始
・規制当局とリアルタイムでデータ共有し、審査を迅速化
2. 参加者を大規模に募集し、早期にデータを収集
通常のワクチン試験は時間をかけて被験者を集めるますが、COVID-19ワクチンでは世界的な感染拡大の中、多国間で大規模試験(3〜5万人規模)を短期間で実施しました。
例:
- ファイザー/BioNTech(BNT162b2):4万4千人規模の第Ⅲ相試験(3カ月で終了)
- モデルナ(mRNA-1273):3万人規模の第Ⅲ相試験(4カ月で終了)
3. 感染が広がる環境で効果を早期確認
通常のワクチン試験では、感染者が少ないと統計的な有効性確認に時間がかかるが、COVID-19の流行により、短期間で感染データが集まり、有効性を迅速に確認できました。
4. 事前生産と緊急使用承認(EUA)の活用
各国の規制当局(FDA, EMA, PMDAなど)は、「緊急使用承認(EUA)」を適用し、正式承認前に使用を許可しました。
通常のワクチン開発では、臨床試験が終わるまで大量生産はしませんがCOVID-19では、臨床試験と並行してワクチンを大量生産したことで、承認後すぐに配布可能になりました。

COVID-19ワクチンの臨床試験は、
・フェーズを並行して実施
・ 被験者を大規模に募集し、データを早期収集
・ 感染流行下で迅速に有効性を確認
・ ワクチンを事前生産し、緊急使用承認を適用
以上によって通常10年以上かかるワクチン開発を約1年で実現しました。
コメント