この記事で分かること
- データからの「知見抽出と予測」とは:膨大な加工データを、AI(人工知能)、機械学習、統計解析などの技術を用いて分析することであり、製造業の競争力向上とイノベーションに大きく貢献しています。
- 加工プロセスへの「フィードバックと活用」とは:データ分析によって得られた知見を、実際の加工プロセスにフィードバックし、改善サイクルを回す工程であり、ものづくりの質と効率を向上させるものです。
次世代ものづくり実装研究センター
産業技術総合研究所(産総研)は、2025年4月に「実装研究センター」を新設し、社会課題の解決に向けた技術の社会実装を加速する取り組みを開始しました。
https://www.aist.go.jp/aist_j/news/au20250401_2.html
産総研の第6期中長期目標では、「エネルギー・環境・資源制約への対応」「人口減少・高齢化社会への対応」「レジリエントな社会の実現」の3つの社会課題の解決が掲げられています。
これらの課題に取り組むため、7つの実装研究センターが設立され、所内の研究成果を結集し、産総研の総合力を最大限に生かした研究開発を推進していくとしています。
今回は次世代ものづくり実装研究センターのデータ駆動型加工データ統合・活用のうち、データからの「知見抽出と予測」と加工プロセスへの「フィードバックと活用」の解説となります。
データ駆動型加工データ統合・活用とは何か
産総研の次世代ものづくり実装研究センターが掲げる「データ駆動型加工データ統合・活用」とは、製造プロセスで発生する多種多様なデータを単に集めるだけでなく、それらを統合的に管理し、AIやデータ分析技術を駆使して意味のある知見を抽出し、その知見に基づいて加工プロセスを最適化・高度化するアプローチを指します。
「データ駆動型(Data-Driven)」という言葉は、「経験や勘に頼るのではなく、データに基づいて意思決定や行動を行う」という意味合いを持ちます。
製造業の文脈では、これまで熟練工の経験や勘に大きく依存してきた加工技術を、データに基づいて科学的・定量的に制御・改善していくことを目指します。
具体的には、以下の要素が組み合わされます。
- 多様な「加工データ」の統合
- データからの「知見抽出と予測」
- 加工プロセスへの「フィードバックと活用」

データ駆動型加工データ統合・活用は、熟練工の経験や勘に大きく依存してきた加工技術を、AIやデータ分析技術によって最適化、高度化するアプローチのことです。
データからの「知見抽出と予測」とは何か
データからの「知見抽出と予測」では、統合された膨大な加工データを、AI(人工知能)、機械学習、統計解析などの技術を用いて分析します。
ミクロ組織との関係性解明
材料の加工によって生じるミクロな組織変化が、最終的な製品特性にどう影響するかをデータから解明し、より高機能な材料・製品開発に貢献します。
加工現象のモデル化と可視化
センサーデータから、実際の加工中に材料や工具に何が起きているかを詳細に分析し、物理現象をモデル化します。例えば、切削時のチップの摩耗や、溶接時の溶融池の挙動などを、データに基づいて理解します。
品質予測と不良要因特定
加工条件や材料データと製品の品質データを結びつけ、どのような条件で加工すると、どのような品質になるのか、あるいは不良品が発生するのかを予測します。これにより、不良品の発生要因を特定し、根本的な対策を講じることが可能になります。
加工条件の最適化
目的とする品質や生産性、コスト(工具寿命、エネルギー消費など)を満たす最適な加工条件を、データに基づいて探索・提案します。
異常検知と予兆保全
正常な加工パターンからの逸脱をリアルタイムで検知し、工具の折損や設備の故障を未然に防ぐためのアラートを発します。

データからの「知見抽出と予測」は、膨大な加工データを、AI(人工知能)、機械学習、統計解析などの技術を用いて分析することです。
データからの「知見抽出と予測」の実例は
データからの「知見抽出と予測」は、以下のように、製造業におけるさまざまな課題解決に貢献しています。
1. 予兆保全(Predictive Maintenance)
- 概要: 設備の故障が発生する前に、その兆候をデータから検知し、計画的なメンテナンスを行うことで、突発的な停止を防ぎ、稼働率を向上させる。
- 実例:
- 自動車部品メーカーのプレス機: プレス機のモーター、ベアリング、ギアなどに振動センサー、温度センサー、電流センサーなどを設置。これらのリアルタイムデータをAIモデルが継続的に分析します。
- 知見抽出と予測: AIは、正常時のデータパターンと、過去の故障発生前のデータパターンを学習しています。例えば、
- 「特定の周波数帯の振動が徐々に大きくなっている」
- 「モーターの電流値が通常より高くなっている」
- 「ベアリングの温度がわずかに上昇している」 といった複数の兆候を組み合わせることで、「〇時間後にベアリングが故障する可能性がXX%」と予測します。
- 活用: 予測に基づいて、実際に故障が発生する前に計画的に部品交換やメンテナンスを実施。これにより、ラインの突発停止による生産ロスを最小限に抑え、メンテナンスコストも最適化されます。
2. 品質予測と加工条件の最適化
- 概要: 加工中に得られるデータから、最終製品の品質を予測し、その予測に基づいてリアルタイムで加工条件を調整することで、不良品の発生を抑え、品質を安定させる。
- 実例:
- 金属加工(切削・研削): 切削加工中の切削抵抗、工具の振動、音響、材料の温度、使用中の工具の摩耗度などのセンサーデータをリアルタイムで収集。
- 知見抽出と予測: AIは、これらの加工データと、最終的な製品の表面粗さ、寸法精度、内部応力などの品質データとの複雑な関係性を学習します。
- 「現在の切削抵抗と工具の摩耗度から、次工程で表面粗さが規格外になる確率がXX%」
- 「特定材料のロットは、この加工条件だとクラック(ひび割れ)が発生しやすい傾向がある」 といった予測を行います。
- 活用: AIの予測に基づいて、加工機のNCプログラムを自動で微調整したり、工具の交換タイミングを最適化したりします。これにより、熟練工の経験に頼らずとも、常に高い品質の製品を安定して生産できるようになります。また、不良品削減による材料ロスの低減、再加工の手間の削減にもつながります。
3. 需要予測と生産計画の最適化
- 概要: 市場の需要変動や過去の販売データ、外的要因(季節、景気、イベントなど)を分析し、将来の製品需要を予測することで、適切な生産量を計画し、過剰生産や品切れを防ぐ。
- 実例:
- 食品・飲料メーカー(例:キリンビール): 過去の販売データ、キャンペーン履歴、天候データ、競合製品の動向、SNSでの話題性、地域ごとの特性など、多岐にわたるデータを統合。
- 知見抽出と予測: AI(機械学習モデル)がこれらの膨大なデータを分析し、複雑な相関関係を学習します。
- 「来月の特定の製品の需要は、前年同期比でXX%増加する」
- 「特定地域の特定商品の需要は、特定の気温やイベントに強く影響される」 といった高精度な需要予測を行います。
- 活用: この予測に基づいて、資材の調達量、生産ラインの稼働スケジュール、人員配置などを最適化します。これにより、過剰在庫による廃棄ロスや保管コストを削減し、同時に品切れによる販売機会の損失も防ぐことができます。また、生産計画立案にかかる人的工数も大幅に削減されます。
4. 材料開発における探索・最適化
- 概要: 材料の組成、製造プロセス、構造、特性といったデータを統合し、AIを用いて目的の特性を持つ新材料を効率的に探索・設計する(マテリアルズ・インフォマティクス)。
- 実例:
- タイヤメーカー(例:横浜ゴム): タイヤのゴム配合(ポリマーの種類、添加剤の量など)、製造プロセス(混練条件、加硫条件)、タイヤの物理特性(グリップ力、耐摩耗性、転がり抵抗など)といった膨大な実験データやシミュレーションデータを統合。
- 知見抽出と予測: AIがこれらのデータから、
- 「この組成とこのプロセスで製造すると、目標とするグリップ力と耐摩耗性を両立する可能性が高い」
- 「特定の添加剤の微細な配合量変化が、特定の条件下でのタイヤ性能に大きく影響する」 といった複雑な関係性や隠れた知見を抽出します。従来の経験や試行錯誤では気づきにくい、斬新な切り口の特徴量も発見されることがあります。
- 活用: AIが提案する最適な組成やプロセス条件に基づいて、効率的に新材料の開発を進めます。これにより、開発期間の大幅な短縮とコスト削減を実現し、競争力の高い製品をいち早く市場に投入できます。

データからの知見抽出と予測は予兆保全や品質予測と加工条件の最適化、需要予測と生産計画の最適化、 材料開発における探索・最適化などを通じて、製造業の競争力向上とイノベーションに大きく貢献しています。
加工プロセスへの「フィードバックと活用」とは何か
データ分析によって得られた知見を、実際の加工プロセスにフィードバックし、改善サイクルを回す工程です。
リアルタイム制御
センサーデータに基づいて、加工中の工具の送り速度や回転数、クーラントの供給量などをリアルタイムで自動調整し、最適な加工状態を維持します。
加工プログラムの自動生成/最適化
AIが過去の加工データと知識データベースを参照し、新たな製品や材料に対して最適なNCプログラムやロボットプログラムを自動生成したり、既存のプログラムを最適化したりします。
予防保全計画の最適化
設備の稼働データや摩耗予測に基づいて、計画的なメンテナンススケジュールを立案し、突発的なダウンタイムを削減します。
熟練技術の形式知化と共有
ベテランの判断をデータとして蓄積・分析することで、属人化していた技術を形式知として共有し、若手育成や技術継承に役立てます。
新材料・新プロセス開発の加速
データ駆動型のアプローチにより、試行錯誤の回数を減らし、より効率的かつ短期間で新しい材料や加工プロセスを開発します。これは、産総研が注力する「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」や「プロセス・インフォマティクス(PI)」の概念にも深く関連しています。

加工プロセスへの「フィードバックと活用」は、データ分析によって得られた知見を、実際の加工プロセスにフィードバックし、改善サイクルを回す工程です。
加工プロセスへの「フィードバックと活用」の実例は
「加工プロセスへのフィードバックと活用」は、以下のような手法で、データ分析によって得られた知見を、実際に製造現場の行動や機械の制御に落とし込むことで、効率性、品質、生産性を向上させるものです。
工作機械のリアルタイム加工条件最適化(不良品削減・工具寿命延長)
- 知見と予測:
- 多数のセンサー(振動、音響、電流、トルクなど)が切削加工中の工作機械に設置されており、これらのデータがリアルタイムでAIに送られます。
- AIは、現在の切削条件(回転数、送り速度、切削深さ)と工具の摩耗状態、材料の特性、さらには過去の加工履歴データと不良発生履歴を学習しています。
- 予測例: 「この切削条件と工具の摩耗度では、次の加工で表面粗さが仕様範囲を逸脱する可能性が80%である」あるいは「工具の異常振動から、あと5分で工具が破損するリスクが高い」と判断します。
- フィードバックと活用:
- 自動調整: AIが予測に基づき、自動的に工作機械のNCプログラムに指示を送り、切削条件(回転数、送り速度など)を微調整します。 例えば、工具破損リスクが高いと判断した場合、一時的に送り速度を落として負荷を軽減する、といった制御を行います。
- アラートと推奨: オペレーターのHMI(Human Machine Interface)に「現在の条件では品質低下の懸念あり。送り速度を〇〇mm/minに調整推奨」や「工具寿命が近い。次ロット終了後に交換してください」といったアラートを表示します。
- 効果: 突発的な不良品の発生を未然に防ぎ、再加工や廃棄コストを削減します。また、工具の最適交換タイミングを通知することで、工具寿命を最大限に活用しつつ、工具破損によるライン停止を防ぎます。
2. 溶接ロボットの品質リアルタイム補正(溶接欠陥防止)
- 知見と予測:
- 溶接ロボットには、アーク溶接中のアークの安定性、電流・電圧、溶融池(溶けている金属のプール)の形状を監視するセンサーやカメラが搭載されています。
- AIは、これらのリアルタイムデータと、過去の溶接欠陥(溶け込み不足、アンダーカット、スパッタなど)が発生した際のデータパターンを学習しています。
- 予測例: 「現在の溶融池の形状から、溶け込み不足が発生する兆候がある」あるいは「アークが不安定で、スパッタが多発する可能性が高い」と判断します。
- フィードバックと活用:
- リアルタイム条件調整: AIが予測に基づき、溶接ロボットの制御システムに直接指示を送り、溶接速度、溶接電流、ワイヤ送給速度、アーク長などを瞬時に微調整します。 例えば、溶け込み不足の兆候があれば電流を上げる、といった制御を行います。
- ロボット軌道の補正: センサーからの情報で、ワーク(加工対象物)の位置ずれを検知した場合、ロボットの動作軌道をリアルタイムで補正し、常に最適な溶接位置を保ちます。
- 効果: 溶接品質の安定化、再溶接や不良品による手戻りの大幅な削減、溶接作業の完全自動化・無人化への貢献。
3. 生産ラインのボトルネック解消と生産計画の最適化
- 知見と予測:
- 工場内のすべての生産設備(搬送装置、検査機、加工機など)にIoTセンサーが設置され、各工程の進捗状況、設備稼働率、待ち時間、不良発生率などがリアルタイムで収集されます。
- AIは、これらのデータと生産計画、受注状況を統合的に分析し、
- 予測例: 「現在の状況が続けば、X工程でY時間後にボトルネックが発生し、生産計画が遅延する可能性がある」あるいは「特定の製品の生産量が急増すると、Z設備が過負荷になる」と予測します。
- フィードバックと活用:
- スケジューリングの動的調整: AIが予測に基づき、生産計画システムに指示を送り、生産順序や各設備の稼働時間を動的に再配分します。 例えば、ボトルネック発生前に先行工程の速度を調整したり、他のラインへの振り分けを指示したりします。
- 人員配置の最適化推奨: 特定の工程で人員不足が予想される場合、適切なスキルを持つ作業員の配置転換を推奨します。
- 効果: 生産計画の遵守率向上、リードタイムの短縮、設備稼働率の最大化、工場全体の生産スループットの向上。
4. 材料特性と加工プロセス連動による高機能部材製造
- 知見と予測:
- 材料のロットごとの微細な特性データ(例:結晶粒径、組成のわずかな違い)、前工程での加工履歴、そして後工程での加工条件と最終的な製品特性(例:強度、導電性、表面の濡れ性)との関係性をAIが学習。
- 予測例: 「この材料ロットの特性では、標準の熱処理条件だと目標とする強度が得られない可能性があるため、熱処理時間をX秒延長する必要がある」と判断します。
- フィードバックと活用:
- 個別最適化された加工レシピの適用: AIが材料ロットごとの特性を判断し、最適な熱処理条件や成形条件を自動で生成し、該当する製造装置に送信します。
- 品質保証の自動化: プロセス中にリアルタイムで品質パラメータを監視し、目標特性から逸脱しそうになった場合に即座に介入します。
- 効果: 材料の個体差に起因する品質ばらつきの抑制、狙った特性を持つ高機能部材の安定生産、新材料開発における試作回数の削減。

「フィードバックと活用」は、単にデータを集めるだけでなく、そのデータを活用して「現場の判断と行動を支援・自動化」し、「物理的なプロセスを能動的に改善」することで、ものづくりの質と効率を向上させるものです。
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