この記事で分かること
- ダイナミックレンジ(HDR)とは:映像や音声における「最も暗い(小さい)部分」から「最も明るい(大きい)部分」までの表現可能な幅のことです。この範囲が広いほど、白飛びや黒つぶれなく、豊かな階調で細部まで描写・再現できます。
- SPADイメージセンサーとは:光の最小単位「フォトン」を一つずつ検出しカウントする超高感度なセンサーです。従来のCMOSと異なりノイズが少なく、暗所でも鮮明な画像が得られ、高速な距離計測も可能で、LiDARや監視カメラなどに活用されます。
- なぜ、単一の光子を検出できるのか:高電圧印加下で光子が入射すると、アバランシェ増倍という現象で電子を指数関数的に増やし、大きな電流パルスとして検出するからです。これにより、微弱な光でも確実に捉えられます。
キャノンのHDR SPADイメージセンサー開発
キヤノンは、高ダイナミックレンジ(HDR)を実現したSPAD(Single Photon Avalanche Diode)イメージセンサーの開発を発表しています。
https://global.canon/ja/news/2025/20250612.html
キヤノンは、この新技術のさらなる開発を進め、2031年度頃の量産開始を目指しています。これにより、自動運転車や防犯・監視、産業用マシンビジョンなど、様々な分野での画像認識性能の向上に貢献していく方針です。
ダイナミックレンジとは何か
ダイナミックレンジ(Dynamic Range)とは、信号の最も弱い部分から最も強い部分までの範囲を指す言葉です。様々な分野で使われる概念ですが、特にカメラや映像、音響の分野でよく耳にします。
カメラや映像におけるダイナミックレンジは、カメラやディスプレイが表現できる最も暗い部分から最も明るい部分までの明るさの範囲を意味します。
- ダイナミックレンジが広い(高い):
- 暗い部分から明るい部分まで、幅広い光の情報を同時に記録・表現できる能力が高いことを示します。
- 例えば、逆光の風景や、日向と日陰が混在するシーンなど、明暗差の激しい場面でも、明るい部分は白飛びせず、暗い部分は黒つぶれすることなく、細部まで鮮明に描写できます。
- 人間の目に近い、豊かな階調表現が可能になります。
- ダイナミックレンジが狭い(低い):
- 記録・表現できる明るさの範囲が限られていることを示します。
- 明暗差の大きい場面では、明るい部分が白飛び(真っ白になって情報が失われる)したり、暗い部分が黒つぶれ(真っ黒になって情報が失われる)したりしやすくなります。
SPADセンサーにおけるダイナミックレンジ
キヤノンのSPADセンサーの例で言えば、156dBという非常に高いダイナミックレンジを実現したことで、以下のようなメリットが生まれます。
- 車両の車載カメラ: 逆光時やトンネルの出入り口など、急激な明暗差がある状況でも、道路標識や対向車の情報を正確に捉えることができ、自動運転の安全性向上に貢献します。
- 監視カメラ: 夜間の暗い場所と、街灯などの明るい光が混在する環境でも、不審者の顔や物体の形状をはっきりと識別できます。
- 産業用マシンビジョン: 製造ラインでの製品検査などにおいて、光の当たり方による影や反射の影響を受けにくく、安定した高精度な画像認識が可能になります。
補足:単位と計測
ダイナミックレンジは、一般的にdB(デシベル)で表されます。これは最大値と最小値の比率を対数で表現したもので、数値が大きいほどダイナミックレンジが広いことを意味します。また、デジタル信号の場合はビット数で表現されることもあります。
ダイナミックレンジの広さは、カメラのセンサーサイズや画素数、ISO感度など、様々な要素に影響されます。一般的に、センサーサイズが大きいほどダイナミックレンジが広い傾向にあります。

ダイナミックレンジとは、映像や音声における「最も暗い(小さい)部分」から「最も明るい(大きい)部分」までの表現可能な幅のことです。この範囲が広いほど、白飛びや黒つぶれなく、豊かな階調で細部まで描写・再現できます。
SPADイメージセンサーとは何か
SPADイメージセンサーは、「Single Photon Avalanche Diode(シングルフォトンアバランシェダイオード)」の略で、光の最小単位である光子(フォトン)を一つひとつ検出・カウントできる、非常に感度の高いイメージセンサーです。従来のCMOSセンサーとは異なる原理で動作します。
従来のCMOSセンサーとの違いとSPADセンサーの原理
- CMOSセンサー: 画素に入射した光の量を一定時間貯め、それを電気信号として読み出すことで画像を生成します。この際、読み出し時にノイズが混ざることがあります。
- SPADセンサー: 各画素に設けられたSPAD素子に光子が入射すると、その光子が「アバランシェ増倍」という現象を引き起こし、一つの光子から大量の電子を発生させます。この大きな電気パルス信号を検出することで、光子をデジタルに一つずつカウントします。この「フォトンカウンティング」と呼ばれる仕組みにより、電気的なノイズの影響をほとんど受けずに、極めて微弱な光でも検出できます。
SPADイメージセンサーの主な特長
- 超高感度: 単一の光子を検出できるため、暗闇のような低照度環境でも、ノイズが少なく鮮明な画像を撮影できます。
- 高速応答性: 光子を検出した時間をピコ秒(1兆分の1秒)レベルの高精度で測定できます。これにより、光が物体に到達して反射して戻ってくるまでの時間(ToF: Time-of-Flight)を正確に計測でき、距離情報を高精度に取得できます。
- 低ノイズ: フォトンをデジタルにカウントするため、読み出しノイズが極めて少ないです。
- 高ダイナミックレンジ: 光子の数をカウントすることで、明暗差の激しい環境でも幅広い明るさの情報を捉えることが可能です。
SPADイメージセンサーの応用事例
これらの特長から、SPADイメージセンサーは以下のような幅広い分野での応用が期待されています。
- LiDAR(ライダー): 自動運転車やロボットの周辺環境認識において、高精度な3Dマッピングや障害物検知に不可欠な技術です。
- 監視・暗視カメラ: 夜間や暗い場所でも、被写体を鮮明に捉え、防犯や安全監視に貢献します。
- 医療・バイオ: 蛍光寿命イメージング(FLIM)など、微弱な光を扱う研究や診断に用いられます。
- 産業用マシンビジョン: 製造ラインでの高速・高精度な検査や計測に利用されます。
- スマートフォン: 距離センサーとして、ARアプリケーションやカメラのAF(オートフォーカス)性能向上に活用されます。
キヤノンをはじめとする企業がSPADイメージセンサーの開発に力を入れており、今後の実用化と普及が期待されています。

SPADイメージセンサーは、光の最小単位「フォトン」を一つずつ検出しカウントする超高感度なセンサーです。従来のCMOSと異なりノイズが少なく、暗所でも鮮明な画像が得られ、高速な距離計測も可能で、LiDARや監視カメラなどに活用されます。
なぜ単一の光子を検出できるのか
SPADイメージセンサーが単一の光子(フォトン)を検出できるのは、その独特な「アバランシェ増倍」という現象を利用しているからです。
具体的には、SPAD素子には、通常は電流が流れないように*ブレークダウン電圧(降伏電圧)を超える高い逆方向電圧(過剰バイアス電圧)が印加されています。この状態は、まるで崩壊寸前のダムのようなものです。
- 光子(フォトン)の入射: このダムに、たった一つの光子が入射します。
- 電子の生成: 入射した光子は、半導体内で一つの電子と正孔(ホール)のペアを生成します(光電効果)。
- アバランシェ増倍の誘発: 生成された電子は、高い電界によって急激に加速されます。この加速された電子が他の原子に衝突すると、さらに新たな電子と正孔のペアを生み出します。この現象が連鎖的に起こり、まるで雪崩(アバランシェ)のように指数関数的に大量の電子が増幅されます。
- 電流パルスの発生と検出: この大量に増幅された電子が、瞬時に大きな電流パルスとして検出されます。
このように、たった一つの光子の入射がトリガーとなって、非常に大きな電気信号が生成されるため、微弱な光でも確実に「検出された」と判断できるのです。
従来のCMOSセンサーが「光の量を測る」のに対し、SPADセンサーは「光子の数を数える」というデジタルな原理で動作するため、ノイズの影響を受けにくく、超高感度を実現しています。

SPADセンサーは、高電圧印加下で光子が入射すると、アバランシェ増倍という現象で電子を指数関数的に増やし、大きな電流パルスとして検出するからです。これにより、微弱な光でも確実に捉えられます。
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