ニコンの曲がるデバイス試作支援ラボの設立 曲がるデバイスとは何か?何に使われるのか?

この記事で分かること

  • 曲がるデバイスは:柔軟性があり、曲げたり折り曲げたりできる電子機器や部品のことを指します。柔軟性、薄い、軽量、耐衝撃性に優れるなどの特徴があります。
  • 用途:折りたたみスマホ、ウェアラブル端末、体に密着するヘルスケアセンサーなど、多岐にわたる分野で活用されます。
  • ポリイミドが柔軟性を持つわけ:分子鎖に柔軟な結合を持ち、極めて薄いフィルムに加工できるため曲がります。分子が外部の力でたわんだり、絡みがほどけたりすることで、しなやかに変形できる特性を持つため、柔軟性を持っています。

ニコンの曲がるデバイス試作支援ラボの設立

 ニコンが、新たに「フィルム印刷」を行うラボを立ち上げ、特に「曲がるデバイス」の試作支援をお行うことがニュースになっています。

 https://news.yahoo.co.jp/articles/71672d197a7f9e460d12dea566f9d81efb32fe7d

 これは、ニコンがこれまで培ってきた精密な光学技術や加工技術を活かし、フレキシブルエレクトロニクスなどの分野で需要が高まっている「曲がるデバイス」の開発を支援していくものと見られます。

曲がるデバイスとは何か

 曲がるデバイス曲がるデバイスは何に使われるのかとは、文字通り柔軟性があり、曲げたり折り曲げたりできる電子機器や部品のことを指します。従来の多くの電子デバイスが硬い基板の上に部品が配置され、形状が固定されているのに対し、曲がるデバイスはしなやかに形を変えることができます。

 この技術は「フレキシブルエレクトロニクス」とも呼ばれ、様々な分野で革新をもたらすと期待されています。

曲がるデバイスの特徴

  • 柔軟性・可動性: 最も大きな特徴は、その柔軟性です。折りたたんだり、湾曲させたり、ねじったりすることが可能です。
  • 薄型・軽量: 従来のデバイスよりも薄く、軽いものが多く、持ち運びや装着に適しています。
  • 耐衝撃性: 硬いデバイスに比べて、落としても壊れにくいという特性を持つものもあります。
  • デザインの自由度: 既存の枠にとらわれない、新しい形状のデバイス開発が可能になります。

曲がるデバイスは柔軟性があり、曲げたり折り曲げたりできる電子機器や部品のことを指します。柔軟性、薄い、軽量、耐衝撃性に優れるなどの理由から多くの分野での活用がなされています。

曲がるデバイスは何に使われるのか

 「曲がるデバイス」は、その柔軟性という特性を活かして、非常に多岐にわたる分野での応用が期待されています。単に折りたためるだけでなく、生活の様々な場面に溶け込み、新しい体験や機能を提供する可能性を秘めています。

1. ディスプレイ・表示デバイス

  • 折りたたみスマートフォン/タブレット: 既に市場に出回っており、ポケットに入れて持ち運びやすいサイズから、広げると大画面になる利便性を提供します。将来的には、複数回折りたためるデバイスや、巻き取り式ディスプレイなども考えられます。
  • ウェアラブルディスプレイ: 服の袖や腕に巻き付けるような形、あるいは眼鏡型、コンタクトレンズ型など、体にフィットする形で情報を表示するデバイス。
  • 曲面ディスプレイ/透明ディスプレイ: 車のダッシュボード、スマート家電、公共の場でのサイネージなど、従来の平面ディスプレイでは難しかった場所に、より自然に、あるいは没入感のある形で情報を表示できます。透明なフレキシブルディスプレイは、窓ガラスなどに情報を投影する用途も考えられます。
  • 壁紙型ディスプレイ: 壁に直接貼り付けて、いつでも好きな映像を流せるような壁紙型のディスプレイ。

2. ウェアラブルデバイス・ヘルスケア

  • スマートウェア/スマートパッチ: 衣服に組み込まれたセンサーや回路で、心拍数、体温、呼吸パターン、活動量などの生体情報をリアルタイムでモニタリングし、健康管理や医療に応用します。絆創膏のように皮膚に貼るタイプの生体センサーも開発されています。
  • 体にフィットするセンサー: リストバンド型や指輪型など、身体に無理なく装着でき、運動能力向上やリハビリ、姿勢矯正などに応用できるセンサー。
  • 医療用インプラント: 体内に埋め込むデバイスが、生体組織の動きに合わせて柔軟に変形することで、より長期間安定して機能したり、拒絶反応を抑えたりすることが期待されます。
  • 人工臓器/人工肢体: 生体の動きに近い柔軟性を持つ人工物に応用され、より自然な動作を実現する可能性があります。

3. IoTデバイス・センサー

  • 環境センサー: 橋梁やトンネルのひび割れ検知、土砂崩れの予兆検知など、従来のセンサーでは設置が難しかった曲面や隙間、振動が多い場所にも設置できるセンサー。
  • フレキシブルバッテリー/発電デバイス: 薄くて曲がるバッテリーや、環境光から発電するデバイス(環境発電デバイス)は、IoTデバイスの電源として、電池交換不要の「充電のない世界」の実現に貢献します。様々な形状のIoTデバイスに組み込みやすくなります。
  • スマートパッケージ: 商品のパッケージにセンサーを組み込み、鮮度管理や盗難防止、物流追跡などを行う。
  • ロボット: 柔らかい素材でできたソフトロボットのアームやグリッパーに曲がるセンサーを組み込むことで、繊細な作業や不定形な物体を掴むことが可能になります。

4. その他

  • スマートテキスタイル: 衣服だけでなく、カーテンやカーペットなど、生活空間の様々な布製品に電子機能を持たせる。
  • デザイン性の高い家電・家具: 従来の四角い形状にとらわれない、自由なデザインの家電や家具に電子機能を組み込む。
  • 自動車部品: 車の内装の曲面部分にディスプレイや操作パネルを一体化させたり、軽量化やデザインの自由度を高めたりする。

 ニコンが「フィルム印刷」で曲がるデバイスの試作支援に乗り出すのは、このような多岐にわたる応用分野において、特に精密な回路形成技術が求められる部分で貢献し、次世代のデバイス開発を加速させようとしているためと考えられます。

曲がるデバイスは、その柔軟性を活かし、折りたたみスマホ、ウェアラブル端末、体に密着するヘルスケアセンサーなど、多岐にわたる分野で活用されます。建材や自動車内装への組込み、ロボットの触覚、IoTデバイスの電源など、既存の枠を超えたデザインと機能性で、私たちの生活や産業に新たな価値をもたらします。

どんな素材が利用されるのか

 曲がるデバイスに使用される素材は、その柔軟性だけでなく、電気伝導性、透明性、耐久性、加工性など、デバイスの機能や用途に応じた多様な特性が求められます。主要な素材は以下の通りです。

1. 基板材料(ベースフィルム)

 デバイスの土台となる部分で、最も重要な柔軟性を提供します。

  • ポリイミド (PI): 高い耐熱性、機械的強度、耐薬品性を持つため、フレキシブルディスプレイやフレキシブルプリント基板(FPC)の基板として広く用いられています。高温でのプロセスにも耐えられます。
  • ポリエチレンテレフタレート (PET): 安価で透明性が高く、加工しやすい点が特徴です。比較的低温での処理に適しており、センサーやアンテナ部品などに利用されます。
  • ポリエチレンナフタレート (PEN): PETよりも耐熱性や機械的強度に優れていますが、引っ張り応力によって導電性が低下する可能性があるため、酸化物コーティングなどで補強されることがあります。
  • 環状オレフィンポリマー (COP): 透明性、耐熱性、低吸湿性に優れ、光学フィルムなどにも使用されます。
  • 超薄板ガラス: ガラス本来の優れた特性(透明性、ガスバリア性、耐熱性など)を持ちながら、極限まで薄くすることで柔軟性を持たせたガラスです。ロールtoロールプロセスへの適用も可能で、ディスプレイ基板などへの応用が期待されています。
  • セラミックフィルム: 従来硬いイメージのあるセラミックも、薄膜化することで紙のような柔軟性を持つものが開発されています。高い耐熱性が特徴です。

2. 透明導電材料(電極・配線)

 ディスプレイやセンサーにおいて、透明性を保ちつつ電気を流す役割を担います。

  • インジウムスズ酸化物 (ITO): 従来のディスプレイやタッチパネルで広く使われてきた透明導電材料です。高い透明性と導電性を持ちますが、柔軟性には限界があり、インジウムが希少金属であるという課題もあります。
  • 銀ナノワイヤー (AgNW): 非常に柔軟性が高く、ITOの代替として注目されています。曲げに対する耐久性に優れ、フレキシブルディスプレイやウェアラブルデバイスに適しています。
  • カーボンナノチューブ (CNT): 導電性と透明性を兼ね備え、軽量で柔軟性も高いことから、次世代の透明導電材料として研究が進められています。
  • 有機導電性ポリマー(例: PEDOT:PSS): 印刷プロセスに適しており、低温での成膜が可能です。透明性や柔軟性があり、静電気対策や特定のセンサーなどに用いられます。
  • 金属メッシュ(メタルメッシュ): 金属を非常に細かくメッシュ状に加工することで、透明性と導電性を両立させ、高い柔軟性も実現します。

3. 発光材料・半導体材料

 ディスプレイやセンサーの発光部、トランジスタなどの半導体部分に使用されます。

  • 有機EL材料: 有機ELディスプレイの主要な発光材料で、薄膜で自発光するため、フレキシブルディスプレイの実現に不可欠です。
  • 有機半導体: 有機材料でできた半導体で、プラスチック基板上に印刷で形成できるため、フレキシブルデバイスのトランジスタなどに利用が期待されています。

4. 電解質材料(フレキシブルバッテリーなど)

 フレキシブルバッテリーや一部のセンサーに用いられます。

  • ゲル電解質: 液体電解質を高分子でゲル状にしたもので、液漏れのリスクが低く、柔軟性を持たせやすいです。
  • 固体電解質: 全固体バッテリーなどで用いられる固体材料で、薄膜化することで柔軟性を持たせることが可能です。

5. 外装・封止材料

デバイスを保護し、外部からの水分や酸素の侵入を防ぎます。

  • ポリジメチルシロキサン (PDMS) ゴム: 高い柔軟性と透明性、生体適合性を持つため、ウェアラブルデバイスや医療用デバイスの外装によく用いられます。
  • 薄膜バリアフィルム: 水蒸気や酸素の透過を防ぐための多層構造のフィルムで、特に有機ELディスプレイなど、酸素や水分に弱い材料を保護するために重要です。

 ニコンが「フィルム印刷」に注力するのは、これらの多様な素材を精密に加工し、電気的な機能を持つ薄膜を形成する技術が、曲がるデバイス開発において極めて重要だからです。

曲がるデバイスは柔軟性を持つ基板材料(ベースフィルム)に透明導電材料

や発光材料・半導体材料、電解質材料などが素材が組み合わされることで作られます。

PIやPETはなぜ曲げる事ができるのか

 PI(ポリイミド)やPET(ポリエチレンテレフタレート)といった高分子材料が曲げられるのは、その分子構造と、それが集まってできた高次構造に柔軟性をもたらす特徴があるためです。

1. 分子構造の柔軟性

 高分子(ポリマー)は、モノマー(単量体)が多数つながってできた非常に長い鎖状の分子です。PIやPETも例外ではありません。

  • PET(ポリエチレンテレフタレート):
    • PETは、エチレングリコールとテレフタル酸が結合してできるポリエステルの一種です。
    • 分子鎖の中に、ある程度の柔軟な結合(単結合など)や回転可能な結合を含んでいます。これらの結合が、外から力が加わった際に分子鎖がねじれたり、折りたたまれたりすることを可能にします。
    • また、非晶領域(分子がランダムに配置されている部分)と結晶領域(分子が規則正しく並んでいる部分)の両方を持つ半結晶性高分子です。非晶領域は特に柔軟性に寄与します。
  • PI(ポリイミド):
    • ポリイミドは、イミド結合を持つ高分子です。一般的に、他のプラスチックに比べて非常に高い耐熱性を持つことで知られています。
    • 耐熱性が高い一方で、特定の分子設計によっては高い柔軟性も持ちます。これは、分子鎖の中に芳香環(ベンゼン環など)のような剛直な構造と、柔軟な結合部位(エーテル結合や単結合など)をバランスよく配置することで実現されます。
    • 例えば、特定のジアミンや酸二無水物を選ぶことで、分子鎖が自由に回転しやすい構造を作り出すことができ、これによって柔軟性が向上します。高い耐熱性も兼ね備えているため、高温プロセスが必要なフレキシブルエレクトロニクスで特に重宝されます。

2. 高次構造(フィルムの形態)

 単一の分子だけでなく、それらの分子がどのように集まってフィルムを形成しているかも重要です。

  • 薄膜であること: PIやPETは、極めて薄いフィルムとして製造されます(数十マイクロメートルオーダー)。厚い板状では曲がりにくいものでも、薄くなればなるほど曲げやすくなります。これは、曲げ応力が厚さの3乗に比例するため、薄いほど同じ力で大きく変形できるためです。
  • 非晶領域の存在: 特にPETのような半結晶性高分子では、完全に結晶化しているわけではなく、分子が不規則に絡み合った非晶領域が存在します。この非晶領域は、分子が比較的自由に動けるため、フィルム全体の柔軟性に大きく貢献します。
  • 分子配向の制御: フィルム製造プロセスにおいて、分子鎖の配向(並び方)を制御することで、特定の方向に柔軟性を持たせたり、強度を高めたりすることが可能です。

まとめ

 PIやPETが曲がるのは、

  1. 分子鎖の中に回転可能な結合や柔軟な構造が含まれているため、外力によって分子鎖が動き、変形できる。
  2. 非常に薄いフィルムとして製造できるため、物理的に曲げやすい。
  3. (特にPETの場合)非晶領域の存在が柔軟性を高めている。
  4. (特にPIの場合)剛直な構造と柔軟な構造をバランス良く持つ分子設計により、耐熱性と柔軟性を両立させている。

 これらの要素が組み合わさることで、PIやPETは、私たちがイメージするような「曲がる」という特性を発揮するのです。

PIやPETは、分子鎖に柔軟な結合を持ち、極めて薄いフィルムに加工できるため曲がります。分子が外部の力でたわんだり、絡みがほどけたりすることで、しなやかに変形できる特性を持つため、柔軟性を持っています。

フィルム印刷は曲がるデバイスでどのように使用されるのか

 ニコンがフィルム印刷の新ラボを立ち上げ、「曲がるデバイス」の試作支援を行う、という報道は、同社の持つ精密な光学技術や加工技術が、次世代のフレキシブルエレクトロニクス分野でどのように活用されるかを示唆しています。

フィルム印刷は、曲がるデバイスにおいて、主に以下のような形で利用されます。

  1. フレキシブル回路基板(FPC)の製造:
    • 従来の硬いプリント基板に代わり、薄いポリイミド(PI)やPETなどの柔軟なフィルム上に、電子回路パターンを印刷技術で形成します。
    • これにより、デバイス全体を曲げたり、折りたたんだり、あるいは体にフィットする形状にしたりすることが可能になります。
    • ニコンの技術は、この回路パターンの「精密さ」が求められる部分で強みを発揮すると考えられます。例えば、より微細な配線や、複数の層を正確に重ね合わせる多層化技術などです。
  2. 透明導電膜の形成:
    • フレキシブルディスプレイやタッチセンサーでは、曲げても電気を通す透明な電極が必要です。
    • 銀ナノワイヤーやカーボンナノチューブなどの透明導電材料を、フィルム上に印刷技術で塗布・形成します。
    • 印刷技術を用いることで、従来の蒸着法などに比べて低コストで、広範囲にわたる膜形成が可能になります。ニコンの技術は、この透明導電膜の均一性や欠陥の少なさといった品質向上に貢献する可能性があります。
  3. 有機EL発光層などの機能性層の形成:
    • 有機ELディスプレイでは、有機発光材料を基板上に形成します。インクジェット印刷などの印刷技術を用いることで、発光材料を必要な部分にだけ塗布し、効率的に製造することができます。
    • ニコンの持つ精密な位置決め技術や検査技術は、このような機能性層の高品質な形成を支援するでしょう。
  4. センサー素子の形成:
    • 曲がるセンサー(例:生体センサー、応力センサー)では、感応材料や電極を柔軟なフィルム上に直接印刷することで製造されます。
    • これにより、皮膚に貼るパッチ型センサーや、複雑な形状の対象物に貼り付けるセンサーなどが実現可能になります。
  5. フレキシブルバッテリーやエネルギーハーベスティングデバイスの製造:
    • 薄く柔軟なバッテリーや、光や熱、振動から発電する環境発電デバイスも、材料をフィルム上に印刷することで実現されます。
    • ニコンの技術は、これらのデバイスの内部構造を精密に形成し、性能向上に寄与する可能性があります。

ニコンの強みと貢献

 ニコンは、半導体露光装置などで培ってきた微細加工技術高精度な位置決め技術、そして光学検査技術に強みを持っています。これらの技術をフィルム印刷に適用することで、

  • 高精細化: より微細なパターンをフィルム上に形成できる。
  • 高精度化: 複数層を重ねる際に、位置ずれを最小限に抑えることができる。
  • 高品質化: 欠陥の少ない、均一な膜やパターンを形成できる。
  • 生産性向上: ロールtoロール方式(フィルムをロール状に巻き取りながら連続的に印刷・加工する方式)などと組み合わせることで、量産化の効率を高める。

 このように「曲がるデバイス」の試作から量産化までの支援に貢献していくと考えられます。特に、これまで製造が難しかった複雑な構造を持つフレキシブルデバイスの実現に寄与することが期待されます。

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