この記事で分かること
- 脂環式エポキシ化合物とは:脂肪族の環状構造とエポキシ基を持つ高機能なエポキシ樹脂です。塩素を含まず不純物が少ない、高耐熱性、優れた電気絶縁性、高透明性、低粘度といった特徴を持ち、高信頼性が求められる分野で幅広く利用されています。
- 半導体での使用例:半導体後工程で主に封止材として用いられ、チップを湿気や衝撃から保護し、高い電気絶縁性と信頼性を提供します。また、ダイボンド接着剤や絶縁材料としても活用され、デバイスの高性能化と耐久性向上に貢献します。
- 高耐熱性、優れた電気絶縁性を持つ理由:緻密な三次元網目構造を形成しやすく、剛直な脂環式骨格と水酸基の水素結合により分子運動が抑制され、高耐熱性を示します。また、非極性でイオン性不純物が少ないため、優れた電気絶縁性を発揮します。
ダイセルの脂環式エポキシ化合物
ダイセルは同社が製品化し脂環式エポキシ化合物で先端パッケージング分野への進出を目指しています。
https://chemicaldaily.com/archives/665596
ダイセルの脂環式エポキシ化合物はその独自の製造方法により不純物が少なく、特に塩素を含まないという特徴を持っています。この特性は、高い品質信頼性や耐久性が求められる電子材料分野で多く採用されており、半導体後工程においてもそのメリットが活かされると考えられます。
脂環式エポキシとは何か?
「脂環式エポキシ」とは、エポキシ樹脂の一種で、その化学構造に脂環式骨格(脂肪族の環状構造)とエポキシ基(オキシラン環)を持つ化合物の総称です。
一般的なエポキシ樹脂の多くは、ビスフェノールAなどの芳香族骨格を持つものが多いですが、脂環式エポキシは、ベンゼン環のような芳香族構造を持たず、飽和した環状構造に直接エポキシ基が結合しているのが特徴です。
脂環式エポキシの主な特徴
- 不純物の少なさ(特に塩素を含まない): 多くの汎用エポキシ樹脂は、製造過程でエピクロロヒドリンを使用するため塩素が残存する可能性がありますが、脂環式エポキシは過酢酸を用いたエポキシ化反応など、異なる製造方法で作られることが多く、塩素を含まないという大きな特徴があります。これは、半導体などの精密な電子材料において、腐食や電気特性への悪影響を防ぐ上で非常に重要です。
- 高い耐熱性(高Tg): 硬化後に高いガラス転移温度(Tg)を示すものが多く、高温下での物性安定性に優れています。
- 優れた電気絶縁性: 電気を通しにくいため、絶縁材料として優れています。
- 高い耐候性・透明性: 芳香族骨格を持たないため、紫外線による劣化(黄変など)が少なく、高い透明性を維持できます。
- 低粘度で流動性が良い: 液状のものが多く、作業性に優れています。
- カチオン重合性に優れる: 硬化剤として酸無水物だけでなく、カチオン硬化剤(光カチオン重合開始剤など)と組み合わせることで、高速硬化が可能です。
脂環式エポキシの主な用途
これらの優れた特性から、脂環式エポキシは以下のような幅広い分野で活用されています。
- 電子材料:
- 半導体封止材: 高い耐熱性、電気絶縁性、低不純物性から、半導体チップの保護に用いられます。
- 絶縁材料: プリント基板や電子部品の絶縁層に。
- 接着剤: 半導体素子や電子部品の接合。
- LED封止材: 高い透明性、耐熱性、耐光性からLEDの保護に。
- フォトレジスト: 半導体製造プロセスにおける感光性樹脂。
- 光学材料:
- レンズや光導波路など、高い透明性が求められる分野。
- 塗料:
- 飲料缶の内面コーティング、自動車塗料、船舶塗料など、高い耐薬品性や耐水性、耐候性が求められる用途。UV硬化塗料のベース樹脂としても利用されます。
- 接着剤:
- 強力な接着力と耐久性から、様々な素材の接着に。
- 複合材料:
- 炭素繊維強化プラスチック(CFRP)などの高強度・高機能な複合材料の樹脂成分として。
このように、脂環式エポキシは、特に高い信頼性、耐久性、透明性、電気特性が要求される先端分野でその真価を発揮する高機能なエポキシ樹脂と言えます。

脂環式エポキシは、脂肪族の環状構造とエポキシ基を持つ高機能なエポキシ樹脂です。塩素を含まず不純物が少ない、高耐熱性、優れた電気絶縁性、高透明性、低粘度といった特徴を持ち、半導体封止材やLED、光学材料など、高信頼性が求められる分野で幅広く利用されています。
半導体製造ではどのように使用されるのか
脂環式エポキシは、その優れた特性から、半導体製造プロセスの特に後工程において重要な役割を担っています。前工程(回路形成など)とは異なり、後工程はチップを保護し、他の部品と接続するためのパッケージングや検査を行う段階です。
半導体製造における脂環式エポキシの主な用途は以下の通りです。
半導体封止材(モールド材)
- 役割: 半導体チップを外部環境(湿気、酸素、機械的衝撃、汚染物質など)から保護するために、エポキシ樹脂でチップ全体を封止します。これが最も主要な用途の一つです。
- 低塩素含有: 従来の汎用エポキシ樹脂に比べて塩素含有量が極めて少ないため、銅配線の腐食を防ぎ、半導体デバイスの長期信頼性を向上させます。
- 高い耐熱性: 半導体デバイスは動作時に発熱するため、高温下でも物性変化が少ない脂環式エポキシは安定した性能を維持できます。特に、高温環境下で使用されるパワー半導体(EVなど)でその重要性が増しています。
- 優れた電気絶縁性: デバイス内部の配線間のショートを防ぎ、適切な電気的特性を維持します。
- 高い接着性: チップとパッケージ基板、リードフレームなど、異種材料間の強固な接着を実現し、剥離を防ぎます。
- 低応力化: デバイスの小型化・高集積化に伴い、熱膨張係数の違いによる応力でチップが損傷するリスクが増しています。脂環式エポキシの中には、チップへの応力を緩和する柔軟性を持つタイプもあります。
- 透明性: 光学デバイス(LEDなど)の封止材として、高い透明性が求められる場合にも適しています。
接着剤
- ダイボンド接着剤: 半導体チップをリードフレームや基板に固定するための接着剤として使用されます。高い接着強度と耐熱性、低アウトガス性が求められます。
- 積層接着剤: 多層プリント基板(PCB)やフレキシブルプリント基板(FPC)において、層間の絶縁と接着を兼ねる材料として使用されます。
絶縁材料
- 半導体パッケージ内の特定の領域で、電気的な絶縁が必要な箇所にワニスやコーティング材として使用されます。高い絶縁耐圧と信頼性が求められます。
フォトレジスト用ポリマー
- これは主に前工程の用途ですが、半導体回路の微細加工(リソグラフィ)において、光に反応してパターンを形成するフォトレジストの原料として脂環式エポキシ系ポリマーが使われることがあります。高い感度と解像度、そして現像後の残留物の少なさが求められます。
このように、脂環式エポキシは、特に半導体の「保護」と「接続」に関わる後工程において、その高品質、低不純物、高耐熱性、優れた電気特性といった強みを発揮し、半導体デバイスの高性能化、高信頼性化に不可欠な材料となっています。

脂環式エポキシは、半導体後工程で主に封止材として用いられ、チップを湿気や衝撃から保護し、高い電気絶縁性と信頼性を提供します。また、ダイボンド接着剤や絶縁材料としても活用され、デバイスの高性能化と耐久性向上に貢献します。
耐熱性と絶縁特性に優れる理由は
脂環式エポキシが耐熱性と絶縁特性に優れる理由は、その独特な化学構造と硬化メカニズムに由来します。
耐熱性に優れる理由
- 高密度な三次元網目構造(架橋密度):
- エポキシ樹脂は、硬化剤との反応によってエポキシ基が開環し、高分子が三次元的に結合した網目(ネットワーク)構造を形成します。
- 脂環式エポキシは、特にカチオン重合によって硬化することが多いです。この硬化反応は非常に効率的で、多くのエポキシ基が反応し、高密度で強固な架橋構造を形成しやすい特徴があります。
- この密な網目構造は、分子の熱運動を抑制し、高分子鎖が動きにくくなるため、ガラス転移温度(Tg)が高くなり、結果として優れた耐熱性を示します。
- 脂環式骨格の安定性:
- 脂環式骨格は、剛直な環状構造を持つため、熱による分子の動きや分解が抑制されます。芳香族骨格に似た安定性を持つ一方で、より柔軟性も持ち合わせるため、硬化物の熱応力緩和にも寄与することがあります。
- 水酸基の形成:
- エポキシ基の開環重合によって、高分子鎖中に多くの水酸基(-OH)が生成されます。これらの水酸基は分子間水素結合を形成し、分子間の凝集力を高めます。これも高分子鎖の運動を制限し、耐熱性向上に寄与します。
絶縁特性に優れる理由
- 非極性または低極性構造:
- 脂環式エポキシの骨格は、一般的な芳香族系エポキシに比べて非極性または低極性である傾向があります。極性基が少ないと、電場の影響を受けにくく、誘電率や誘電正接が低くなり、電気絶縁性に優れます。
- 特に、誘電特性に悪影響を及ぼすイオン性不純物(例:塩素イオン)をほとんど含まないため、高い絶縁破壊電圧と低誘電損失を実現します。
- 緻密で均一な硬化物構造:
- 高効率な硬化反応により、硬化後の高分子構造が緻密で均一になります。内部にボイド(空隙)や欠陥が少ないため、電流が通り抜ける経路が少なくなり、絶縁性が向上します。
- 低吸湿性:
- 脂環式骨格は疎水性が高く、硬化後の吸湿性が低い傾向にあります。水分は電気伝導性を高め、絶縁性を低下させる要因となるため、低吸湿性は電気絶縁性を維持する上で重要です。
これらの要因が複合的に作用することで、脂環式エポキシは半導体などの高度な電子デバイスで求められる高い耐熱性と優れた電気絶縁性を発揮できるのです。

脂環式エポキシは、緻密な三次元網目構造を形成しやすく、剛直な脂環式骨格と水酸基の水素結合により分子運動が抑制され、高耐熱性を示します。また、非極性でイオン性不純物が少ないため、優れた電気絶縁性を発揮します。
脂環式エポキシはどのように製造されるのか
脂環式エポキシの製造方法は、一般的なエポキシ樹脂(ビスフェノールA型エポキシ樹脂など)とは異なり、主に以下の特徴的な方法が用いられます。
最も一般的で重要なのは、オレフィン(不飽和結合)を持つ脂環式化合物を過酸で酸化する方法です。これは「プリレジェフ反応 (Prilezhaev reaction)」として知られています。
製造の基本ステップ
- 原料: 脂環式骨格を持つオレフィン(例えば、シクロヘキセン、リモネンなど)
- 酸化剤: 過酸(パーオキシ酸)
- 代表的な過酸には、過酢酸 (peracetic acid) や m-クロロ過安息香酸 (m-CPBA) などがあります。
- 反応プロセス(エポキシ化):
- オレフィンの二重結合に過酸の酸素原子が直接付加することで、エポキシ基(三員環のエーテル構造)が形成されます。
- この反応は通常、溶媒中で行われ、温度管理が重要です。
プリレジェフ反応の利点と脂環式エポキシへの適用
- 塩素フリー: 従来のビスフェノールA型エポキシ樹脂の製造で用いられるエピクロロヒドリン(塩素を含む)を使用しないため、生成物中に塩素がほとんど残存しません。これが、脂環式エポキシが半導体などの精密電子材料で高く評価される大きな理由です。塩素はデバイスの腐食や信頼性低下の原因となるため、その含有量を極限まで抑えることが求められます。
- 高純度化: この製造方法により、不純物が少なく、高純度なエポキシ化合物が得られやすいです。
- 立体特異性: プリレジェフ反応は立体特異的に進行することが多く、特定の立体構造を持つエポキシ体を合成するのにも適しています。
その他の製造方法(研究段階や特殊用途)
- 水素過酸化物と触媒を用いた方法: 触媒(例:遷移金属触媒)の存在下で、水素過酸化物(H2O2)を酸化剤として使用する方法も研究されています。これはより環境に優しい方法として注目されています。
- 分子状酸素を用いた方法: 酸素とアルデヒドを組み合わせた自動酸化反応を利用する方法なども研究されていますが、一般的には過酸法が主流です。
ダイセルなどの企業が製造する脂環式エポキシは、多くの場合、上記のような過酸によるエポキシ化反応を基盤とし、独自の技術と品質管理によって、高性能かつ高純度な製品が供給されています。

脂環式エポキシは、主に脂環式骨格を持つオレフィン(不飽和結合)を過酸(例:過酢酸)で酸化(エポキシ化)することで製造されます。この方法では塩素を使用しないため、不純物が少なく、高純度な製品が得られるのが特徴です。
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