中国のEV用バッテリーの新規安全基準 どのような変更があるのか?なぜバッテリーは発火、発熱するのか?

この記事で分かること

  • 安全基準の変更点:熱暴走時、従来の「5分前警報」から「発火・爆発せず、乗員に害を及ぼす煙を出さない」に厳格化されています。
  • バッテリーの発熱や発火は起きる理由:主にリチウムイオン電池の「熱暴走」によるものです。内部短絡や過充電、外部からの高温が引き金となり、内部で急激な化学反応が連鎖的に起こり、温度が上昇します。最終的に可燃性の電解液が引火し、発煙・発火に至ります。
  • 発熱を防ぐ方法:過充電・過放電や物理的損傷を防ぐBMS(バッテリー管理システム)の活用が重要です。また、難燃性材料の採用や、熱暴走が起きても隣接セルに伝播しないよう熱伝播を抑制する構造設計

中国のEV用バッテリーの新規安全基準

 中国は電気自動車(EV)用バッテリーの安全性向上を目指し、より厳しい新たな安全基準を導入しています。特に「燃えにくい」という点に焦点が当てられています。

 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM24BNL0U5A620C2000000/

 この新しい安全基準は「電気自動車用動力蓄電池安全要求」(GB38031-2025)という名称で、2025年3月28日に承認・公布され、2026年7月1日から施行されます。これは、2020年版の既存のガイドラインよりも大幅に厳格化された内容となっています。

新しい安全基準の特徴

 新しい安全基準の主な変更点とポイントは以下の通りです。

熱拡散への対応の強化

  • 従来の基準では、バッテリー内部で熱暴走が発生した場合、5分前までに警報を発することが求められていましたが、新基準では「発火せず、爆発せず(ただし警報は必要)、乗員に害を及ぼす煙を発生させないこと」が求められます。これは「世界初の規格」とも言われています。
  • 熱拡散試験において、従来の「外部加熱」や「ピン刺し」に加えて、新たに「内部加熱」試験が導入されました。これにより、バッテリー内部からの発火リスクをより厳しく検証します。
  • 単一のバッテリーセルで熱暴走が開始した後、2時間は発火も爆発もしないことが求められるとの情報もあります。

底部衝撃試験の追加

  • バッテリーの底部への衝撃に対する安全性が強化され、バッテリーの漏れ、外殻の破裂、発火や爆発がないこと、また絶縁抵抗の要件を満たすことが求められます。

急速充電サイクル後の安全性

  • 300回の急速充電サイクルを経た後、バッテリーに対して外部短絡試験(ショートテスト)を行い、「発火せず、爆発しない」ことが要求されます。

有害な煙の発生防止

  • 「煙が乗客に害を及ぼさないこと」という要件も注目されています。これは実現が困難ではないかとの声もありますが、バッテリーの安全性を追求する中国の姿勢を示しています。

 この新基準の導入により、EVの火災や爆発のリスクを低減し、消費者の安全を一層確保することが目的とされています。また、バッテリー産業全体の質の向上を促し、研究開発への投資が少ない中小メーカーを淘汰する狙いもあると見られています。

 CATL(寧徳時代)などの大手バッテリーメーカーは既に必要な技術を開発済みとしていますが、中小メーカーにとっては新たな研究開発コストが必要になるという意見も出ています。

 中国はEV市場の拡大と安全基準の強化を同時に推進しており、今回の新基準はその重要な一環と言えるでしょう。

中国はEV電池の新安全基準「GB38031-2025」を2026年7月1日に施行。熱暴走時、従来の「5分前警報」から「発火・爆発せず、乗員に害を及ぼす煙を出さない」に厳格化。内部加熱試験や底部衝撃試験も追加され、EV火災リスク低減と産業全体の質向上を目指す。

バッテリーの発熱や発火はなぜ起きるのか

 バッテリーの発熱や発火は、主にリチウムイオン電池の特性と、それが様々な要因によって不安定化することで発生します。この現象は「熱暴走(Thermal Runaway)」と呼ばれ、一度始まると連鎖的に温度が上昇し、最終的に発煙、発火、爆発に至る可能性があります。

  1. 内部短絡(ショート)
    • 物理的損傷: 落下、衝撃、圧迫などにより、バッテリー内部のプラス極とマイナス極を隔てるセパレーターが破損すると、両極が直接接触し、短絡が起こります。これにより、非常に大きな電流が流れ、急激な発熱を引き起こします。
    • 製造上の欠陥: 製造過程での異物混入(金属粒子など)や電極の変形などが原因で、初期段階から内部短絡が発生する場合があります。
    • 劣化: バッテリーが劣化すると、内部の電解質が酸化してガスを発生させたり、セパレーターが収縮・劣化したりすることで、短絡が起こりやすくなります。
  2. 過充電・過放電
    • 過充電: 充電しすぎると、正極の電位が異常に上昇し、電解液が酸化分解されて発熱します。また、リチウム金属が負極表面に析出し、それが短絡の原因となることもあります。
    • 過放電: 過度に放電すると、バッテリー内部の構造が損傷し、内部抵抗が増加したり、電極材料が不安定になったりすることで、その後の充電時に熱暴走のリスクが高まります。
  3. 外部からの熱
    • 高温環境下への放置(直射日光の当たる場所、車内など)や外部からの加熱により、バッテリーの温度が上昇し、内部の化学反応が加速することで熱暴走を引き起こす可能性があります。
  4. 不適切な使用環境
    • 非純正充電器の使用: 規格外の電圧や電流で充電すると、過充電や過熱を引き起こし、バッテリーにダメージを与える可能性があります。
    • 液体の侵入: 水や汗、その他の液体がバッテリー内部に入り込むと、短絡を引き起こすことがあります。
    • 分解・改造: バッテリーを分解したり、許可なく改造したりすると、内部構造を損傷させ、安全装置を無効にしてしまうため、発熱・発火のリスクが著しく高まります。

 これらの要因により、バッテリー内部で発熱が始まると、その熱がさらに化学反応を促進し、より多くの熱を生み出すという悪循環(正のフィードバックループ)に入ります。これが熱暴走であり、最終的にバッテリー内の可燃性電解液が引火し、発火に至るのです。

 EVバッテリーの場合、大容量のバッテリーパックを搭載しているため、単一のセルで熱暴走が始まると、それが隣接するセルに伝播し、より大規模な火災につながる可能性があります。そのため、バッテリーマネジメントシステム(BMS)による厳密な監視や、熱伝播を防ぐための設計が非常に重要となります。

バッテリーの発熱・発火は、主にリチウムイオン電池の「熱暴走」によるものです。内部短絡(物理損傷、異物、劣化)や過充電、外部からの高温が引き金となり、内部で急激な化学反応が連鎖的に起こり、温度が上昇します。最終的に可燃性の電解液が引火し、発煙・発火に至ります。

どうやって発熱、発火しにくくするのか

 バッテリーの発熱・発火を防ぐためには、熱暴走の発生を抑制し、万一発生してもそれが拡大しないようにする多層的なアプローチが取られています。

バッテリーマネジメントシステム(BMS)の高度化

  • 厳密な電圧・電流監視: 過充電・過放電を防ぐため、充電・放電中の電圧と電流を常時監視し、異常があればすぐに制御します。
  • 温度監視と熱管理: 各セルの温度を常に監視し、異常な発熱があれば冷却システムを作動させたり、充電・放電を停止したりします。バッテリーにとって最適な温度範囲(通常20~40℃程度)を維持することで、性能劣化と安全リスクの両方を低減します。液冷方式などがEVでは主流です。
  • セルのバランス制御: バッテリーパック内の各セルの充電状態や劣化度合いを均一に保つことで、一部のセルに過度な負担がかかるのを防ぎます。

セルレベルでの安全性向上

  • 耐熱性セパレーター: プラス極とマイナス極を隔てるセパレーターに、高温でも破損しにくいセラミックや高分子材料を用いることで、内部短絡のリスクを低減します。
  • 難燃性電解液: 可燃性の有機溶媒を使用している電解液に、難燃性の添加剤を加えたり、不燃性のイオン液体や水系電解液、さらには固体の電解質(全固体電池)を開発することで、発火リスクそのものを低減します。
  • 構造設計の改良: 物理的な衝撃や圧力に対する耐性を高めるため、セルの内部構造や外部ケースの設計を工夫します。
  • 化学組成の選択: リン酸鉄リチウム(LFP)など、比較的熱的に安定性の高い正極材料の採用も、発熱・発火リスク低減に貢献します。

バッテリーパックレベルでの安全設計

  • 熱伝播抑制構造: 熱暴走が発生したセルから隣のセルへ熱が伝播するのを防ぐため、セル間に断熱材を配置したり、熱を効率的に排出する構造を導入したりします。中国の新基準では、この「熱拡散」の抑制が特に重視されています。
  • 排熱・排ガス機構: 熱暴走時に発生するガスや熱を外部に安全に排出する経路を設けることで、パック内の圧力上昇や爆発を防ぎます。
  • 頑丈な筐体: 外部からの衝撃(衝突など)からバッテリーを保護するための堅牢なケース設計が重要です。底部衝撃試験などの導入もこのためです。
  • ヒューズや回路遮断器: 異常な電流が流れた場合に回路を遮断する安全装置を多重に設けます。

製造プロセスの品質管理

  • 製造過程での異物混入や欠陥を徹底的に排除するため、クリーンルームでの製造、厳格な品質検査を行います。

 これらの技術や対策を組み合わせることで、バッテリーの安全性は飛躍的に向上しています。特にEVにおいては、大容量バッテリーの安全性が最重要課題であり、各国・各メーカーが研究開発に注力しています。

発熱・発火防止には、まず過充電・過放電や物理的損傷を防ぐBMS(バッテリー管理システム)の活用が重要です。また、難燃性材料の採用や、熱暴走が起きても隣接セルに伝播しないよう熱伝播を抑制する構造設計、さらに異常な熱を安全に排出する機構の導入が不可欠です。

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