積水化学工業のiPS培養プレート iPS培養プレートとは何か?未分化を維持する方法は?

この記事で分かること

  • iPS培養プレートとは:iPS細胞などの幹細胞を培養するための専用容器です。細胞が安定的に接着・増殖し、未分化性を保つよう特殊コーティングなどが施されています。
  • なぜ、未分化状態を維持できるのか:特別な培養プレートの表面コーティングで適切な足場を提供し、分化誘導シグナルを抑制しています。また、未分化維持因子(例:bFGF、ROCK阻害剤)を含む培養液と、適切な温度・CO2濃度を保つことで、細胞にとって最適な環境を維持することで未分化状態のままにしています。

積水化学工業のiPS培養プレート

 積水化学工業は、iPS細胞などの幹細胞培養に用いる細胞接着ポリマー「Ceglu™(セグル)」をコーティングした培養プレートの販売を、2025年6月30日より開始しました。

 https://www.sekisui.co.jp/news/2025/1437334_41954.html

 これは同社にとって再生医療関連分野への初の本格参入となります。

iPS培養プレートとは何か

 iPS培養プレートとは、iPS細胞(人工多能性幹細胞)やその他の幹細胞を培養するために特化して設計された、細胞培養容器のことです。

 通常の細胞培養用シャーレやプレートと異なり、iPS細胞の培養では、細胞が適切な環境で増殖し、かつ未分化性(様々な細胞に分化できる能力)を維持することが非常に重要になります。

 iPS細胞は、適切な「足場」がなければ死んでしまったり、分化してしまったりする性質があるため、培養プレートの表面処理が極めて重要になります。

iPS培養プレートの主な特徴と役割

  • 細胞接着の足場を提供する: iPS細胞は、培養容器の表面に適切に接着することで増殖します。iPS培養プレートは、この接着を促進し、細胞が安定して成長できる環境を提供するために、特別なコーティングが施されています。
  • 未分化性維持のサポート: iPS細胞の最大の特長である多能性(未分化性)を保ったまま増殖させるために、プレートの表面には、細胞にとって最適な微細な構造や、特定の細胞接着分子、あるいは化学合成されたポリマーなどがコーティングされています。これにより、細胞が勝手に分化してしまうのを防ぎ、iPS細胞としての特性を維持しやすくなります。
  • 均質な培養環境の提供: 再生医療や創薬研究において、品質のばらつきは大きな問題となります。iPS培養プレートは、ロット間やプレート間で均質な細胞培養表面を提供し、再現性の高い実験結果や、安定した細胞製造を可能にします。
  • 簡便性と効率性: 従来のiPS細胞培養では、ユーザーが自分でプレートにコーティングを行う必要がありましたが、積水化学の「Ceglu™」のように、あらかじめコーティング済みのプレートであれば、すぐに細胞を播種して培養を開始できます。これにより、実験の手間や時間を削減し、作業効率を向上させることができます。
  • 安全性: 再生医療などヒトへの応用を目指す場合、動物由来の成分を排除し、完全化学合成された材料を使用することが望まれます。これにより、ウイルスや病原体の混入リスクを低減し、安全性を高めることができます。

 要するに、iPS培養プレートは、iPS細胞の特別な性質を理解し、その培養を成功させるために不可欠な、細胞にとって最適な「住まい」を提供する特殊な培養容器であると言えます。

iPS培養プレートは、iPS細胞などの幹細胞を培養するための専用容器です。細胞が安定的に接着・増殖し、未分化性を保つよう特殊コーティング(例:Ceglu™)が施されています。これにより、簡便かつ安全にiPS細胞を効率的に培養でき、再生医療や研究に貢献します。

どうやって分化を防ぐのか

 iPS細胞の「分化」を防ぎ、「未分化性」を維持するためには、主に以下の要素が組み合わされて作用します。培養プレートはその中でも重要な役割を果たします。

  1. 培養プレートの表面コーティング(足場):
    • 細胞接着の最適化: iPS細胞は、適切な足場がなければ死んでしまったり、分化してしまったりします。培養プレートの表面には、iPS細胞が安定して接着できるような特殊な分子(例:積水化学のCeglu™、ラミニン、コラーゲンなど)がコーティングされています。これにより、細胞が正常な形態を保ち、増殖しやすくなります。
    • 分化誘導シグナルの抑制: 表面の分子構造や化学的性質を調整することで、iPS細胞が分化を始めるきっかけとなるシグナル(例えば、特定の細胞外マトリックスとの相互作用など)を抑制します。Ceglu™のような化学合成ポリマーは、動物由来の成分を含まないため、不純物による分化誘導のリスクを低減する効果もあります。
  2. 培養液の組成:
    • 未分化維持因子の供給: iPS細胞の未分化性を維持するためには、特定の成長因子や低分子化合物が培養液中に必要です。例えば、bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)や、ROCK阻害剤(Y-27632など)は、細胞の接着や生存を助け、分化を抑制する効果があります。
    • 分化誘導因子の排除: 意図しない分化を避けるため、分化を促進する可能性のある成分(特定のサイトカインなど)は培養液から排除されます。
    • pHの維持: 細胞の生理的なpH範囲(通常7.2~7.4)を維持することが重要です。pHが変動すると細胞にストレスがかかり、分化が促進される可能性があります。
  3. 培養環境の管理:
    • 適切な温度とCO2濃度: 細胞の代謝とpHの安定性を保つため、適切な温度(通常37℃)とCO2濃度(通常5%)の維持が不可欠です。
    • 培地交換の頻度: 細胞が代謝する老廃物を除去し、新鮮な栄養素を供給するために、定期的な培地交換が必要です。これにより、細胞にとって最適な環境を維持し、ストレスによる分化を防ぎます。
    • 継代時の注意: 継代(新しい培養皿に細胞を移す作業)の際に、すでに分化してしまった細胞や、ストレスを受けている細胞を選別して取り除くことも、未分化性を維持する上で重要です。

 これらの要素が複合的に作用することで、iPS細胞は未分化な状態を保ちながら安定的に増殖できるようになります。特に、培養プレートの表面は、iPS細胞が最初に接触する環境であり、その細胞接着特性が分化抑制に大きく寄与していると言えます。

iPS細胞の分化を防ぐには、特別な培養プレートの表面コーティングで適切な足場を提供し、分化誘導シグナルを抑制します。また、未分化維持因子(例:bFGF、ROCK阻害剤)を含む培養液と、適切な温度・CO2濃度を保つことで、細胞にとって最適な環境を維持します。

コーティング済みのプレートが使用できるようになった理由は

 コーティング済みのiPS培養プレートが使用できるようになった主な理由は、従来の課題を解決し、より簡便性、安定性、そして安全性の高い培養環境を提供できる技術が開発されたためです。

具体的には、積水化学の「Ceglu™」を例にとると、以下の点が大きな要因となっています。

  1. 従来のタンパク質コーティング材の課題解決:
    • 従来のiPS細胞培養では、ラミニンやコラーゲンといった動物由来のタンパク質を培養プレートにコーティングする必要がありました。しかし、これらのタンパク質はロット間差が生じやすく、品質の均質性や安定性に課題がありました。また、動物由来であるため、ウイルスや病原体の混入リスクも考慮する必要がありました。
    • 「Ceglu™」のような完全化学合成ポリマーは、これらのタンパク質由来の課題を克服するために開発されました。これにより、均質で安定した培養表面を大量に生産できるようになりました。
  2. 簡便性と作業効率の向上:
    • 従来、研究者や技術者が培養前に自身でプレートにコーティングを施す必要があり、手間と時間がかかっていました。また、コーティング作業の熟練度によって品質にばらつきが生じる可能性もありました。
    • あらかじめ「Ceglu™」がコーティングされたプレートが提供されることで、ユーザー側での準備作業が不要となり、すぐに細胞培養を開始できます。これにより、作業効率が大幅に向上し、研究開発や細胞製造のプロセスが加速されます。
  3. 製品の安定性と保存性の向上:
    • タンパク質は一般的に不安定で、冷蔵や冷凍保存が必要な場合が多いですが、「Ceglu™」は室温での長期保存(1年間)が可能です。これにより、取り扱いの利便性が向上し、輸送や保管コストの削減にもつながります。
  4. 再生医療の実用化への貢献:
    • 再生医療製品の製造においては、細胞の品質と安全性が非常に重要です。均質で安定した、そして動物由来成分を含まないコーティング済みプレートは、細胞製造の品質管理を容易にし、再生医療の実用化と産業化を加速する上で不可欠な要素となります。

 つまり、技術革新によって、従来の煩雑で不安定な工程を排除し、高品質かつ安定した細胞培養環境を「既製品」として提供できるようになったことが、コーティング済みプレートが広く使われるようになった最大の理由と言えるでしょう。ングなど)は、細胞内のこれらの仕組みを外部からサポートする役割を担っています。

完全化学合成ポリマーの開発により、従来の動物由来成分の課題(品質のばらつき、汚染リスク)を解決しました。これにより、均質で安定、かつ室温で長期保存可能な培養表面を実現し、研究者による準備作業が不要となり、簡便性と安全性が大幅に向上したためです。

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