この記事で分かること
- 増産する電池材料:主にリチウムイオン電池用電解質の一種であるLiFSIの増産を進めています。日本触媒は、このLiFSIを世界で初めて量産化に成功した企業でもあります。
- リチウムイオン電池用電解質とは:、正極と負極の間でリチウムイオンを運ぶ「電池の血液」です。主にリチウム塩、有機溶媒、添加剤で構成され、充放電を可能にします。LiFSIはリチウム塩の一種です。
日本触媒の電池材の増産
日本触媒は、EV(電気自動車)向けリチウムイオン電池の電池材の増産を中国で進めています。
日本触媒は、EV市場の拡大に対応するため、中国を含むグローバルでの電池材料の生産能力を大幅に引き上げる戦略を進めています。
どんな電池材を製造するのか
日本触媒が中国で増産するEV向け電池材は、主にリチウムイオン電池用電解質の一種であるLiFSI(リチウムビス(フルオロスルホニル)イミド)です。商品名としては、「イオネル® LF-101」として展開されています。
LiFSIは、リチウムイオン電池の性能向上に非常に重要な役割を果たす材料で、具体的には以下のような特性を向上させます。
- サイクル特性の向上: 電池の充放電を繰り返しても劣化しにくく、長寿命化に貢献します。
- レート特性の向上: 急速充電や高出力での放電に対応しやすくなります。
- 保存安定性の向上: 低温から高温まで幅広い温度範囲で電池の性能が安定し、劣化を抑制します。
これらの特性は、EVの航続距離や充電時間、バッテリー寿命といったユーザーが重視する性能に直結するため、LiFSIは次世代の高性能EV向けリチウムイオン電池に不可欠な材料として注目されています。
日本触媒は、このLiFSIを世界で初めて量産化に成功した企業であり、その技術力と経験を活かして、中国市場での供給能力を大幅に強化しています。
リチウムイオン電池用電解質とは何か
リチウムイオン電池用電解質とは、リチウムイオン電池の主要な4つの構成要素(正極、負極、セパレータ、そして電解質)の一つで、正極と負極の間でリチウムイオンを輸送する役割を担う材料です。電池の充放電において、リチウムイオンがこの電解質の中を移動することで、電流が発生し、エネルギーの貯蔵と放出が行われます。
電解質の主な構成要素
現在主流のリチウムイオン電池で用いられる電解質は、主に以下の3つの要素で構成される「電解液」が一般的です。
- リチウム塩(電解質塩):
- リチウムイオンの供給源であり、電解液中でリチウムイオンを移動可能にします。
- 最も一般的に使用されるのはLiPF6(六フッ化リン酸リチウム)です。
- 日本触媒が製造しているLiFSI(リチウムビス(フルオロスルホニル)イミド)もこのリチウム塩の一種であり、LiPF6と比較して高温安定性や低温特性、サイクル寿命の向上に寄与します。
- その他、LiClO4(過塩素酸リチウム)やLiBF4(四フッ化ホウ酸リチウム)なども存在しますが、主要な電解質としてはLiPF6が広く用いられています。
- 有機溶媒:
- リチウム塩を溶解させ、リチウムイオンが移動できる媒体を提供します。
- 主にカーボネート系溶媒が使用されます。具体的には、EC(エチレンカーボネート)、DMC(ジメチルカーボネート)、DEC(ジエチルカーボネート)などが単独または混合して用いられます。
- これらの溶媒は、リチウム塩の溶解性、イオン伝導性、粘度、誘電率などが考慮され、様々な組み合わせで調整されます。
- 添加剤:
- 電池の性能や安全性をさらに向上させるために少量加えられる成分です。
- 例として、以下の機能を持つ添加剤があります。
- SEI(固体電解質界面)形成剤: 充放電初期に電極表面に安定な保護膜(SEI層)を形成し、電解液の分解を抑制し、サイクル寿命を向上させます。
- 難燃剤: 電解液の可燃性を低減し、安全性を高めます。
- ガス発生抑制剤: 電解液の分解によるガス発生を抑制します。
- 低温特性向上剤: 低温環境での性能低下を抑制します。
電解質の役割と重要性
電解質は、リチウムイオン電池の「血液」とも例えられ、その性能を左右する非常に重要な要素です。
- イオン伝導: 正極と負極の間でリチウムイオンをスムーズに、効率良く移動させることが最も基本的な役割です。
- 高電圧・高比エネルギーの維持: 電池が高電圧や高いエネルギー密度を達成するためには、電解質が高い電気化学的安定性を持つことが不可欠です。
- 安全性: 電解質の安定性が低いと、電池の過充電や過放電、高温環境下などで分解し、ガス発生や発火の原因となることがあります。難燃性や熱安定性の高い電解質は、電池の安全性を高めます。
- サイクル寿命: 充放電を繰り返しても電解質が劣化しにくく、安定した性能を維持することで、電池の寿命が延びます。
- 低温・高温特性: 極端な温度環境下でも、電解質が安定してリチウムイオンを輸送できることが、幅広い用途での電池利用を可能にします。
特にEVのような用途では、高い出力、急速充電、長寿命、そして安全性といった要求が高いため、LiFSIのような高性能な電解質材料の開発と供給が非常に重要となっています。

リチウムイオン電池用電解質は、正極と負極の間でリチウムイオンを運ぶ「電池の血液」です。主にリチウム塩、有機溶媒、添加剤で構成され、充放電を可能にします。電池の性能(出力、寿命、安全性、温度特性)を大きく左右する重要な材料です。
LiFSIはなぜ高温で安定的なのか
LiFSI(リチウムビス(フルオロスルホニル)イミド)がLiPF6(六フッ化リン酸リチウム)と比較して高温で安定している主な理由は、その分子構造と分解挙動にあります。
LiFSIの安定性の理由
- Li-F結合の安定性:LiFSIは、LiPF6のようなP-F結合を持たず、S-F結合を持っています。S-F結合はP-F結合よりも熱的に安定であり、LiPF6のように高温や微量の水分存在下で容易に分解してHF(フッ化水素)を生成するリスクが低いとされています。LiPF6は、特に高温下や水分と反応すると、PF5(五フッ化リン)とHFを生成し、これらの分解生成物が電極やセパレータを腐食させ、電池の劣化を早めます。LiFSIはこのような分解経路をたどりにくいため、高温での安定性が向上します。
- 分子の対称性と電荷分散:LiFSIのアニオン(FSI⁻)は、比較的対称性の高い構造を持ち、電荷が広範囲に分散されています。これにより、Liイオンとの相互作用がより安定し、熱的な振動や分解に対する抵抗力が向上すると考えられています。
- SEI(固体電解質界面)の質:LiFSIは、電極表面に形成されるSEI(Solid Electrolyte Interphase)層の質を向上させる効果があります。LiFSI由来のSEI層は、より緻密で安定しており、電解液の不要な分解を抑制し、高温環境下での電極と電解液の副反応を防ぎます。特に、LiF(フッ化リチウム)を多く含む、より強固なSEI層を形成することが報告されており、これが電極の保護と高温安定性に寄与します。
- 低いルイス酸性度:LiPF6から生成されるPF5は強力なルイス酸であり、電解液中の溶媒を分解したり、アルミニウム集電体などを腐食させたりします。LiFSIはPF5のような強力なルイス酸を生成しにくいため、電解液全体の安定性が向上し、特に高温環境下での副反応が抑制されます。
具体的な違い(LiPF6との比較)
特性 | LiFSI | LiPF6 |
分解温度 | 200℃以上(一般的に220-240℃とされる) | 約80℃ |
熱安定性 | 非常に優れている | 比較的劣る |
加水分解性 | 高い耐性(水分の影響を受けにくい) | 容易に加水分解しHF(フッ化水素)を発生する |
SEI層形成 | 緻密で安定したSEI層を形成し、電極保護効果が高い | 不均一なSEI層を形成し、電極保護効果が劣る場合がある |
安全性 | 高温での分解リスクが低く、安全性向上に寄与 | 高温で分解しやすく、安全リスクにつながる場合がある |
これらの特性により、LiFSIは、特にEV用バッテリーのように高温環境下での安定性や長寿命が求められる用途において、LiPF6に代わる、またはLiPF6と併用する形で注目されています。ただし、LiFSIはLiPF6に比べて合成プロセスが複雑でコストが高いという課題もまだ存在します。

LiFSIはS-F結合がLiPF6のP-F結合より熱的に安定なため、高温でも分解しにくいです。また、安定な保護膜(SEI)を形成し、有害な分解生成物(HFなど)の発生を抑制するため、高温での電池性能劣化を防ぎます。
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