この記事で分かること
- 納豆菌粉とは:納豆菌そのものを大量培養し粉末化した高タンパク質・高栄養の新しい食品素材として注目されています。環境負荷が低く、多様な食品への応用が期待され、持続可能な食糧供給に貢献する次世代食材です。
- 次世代のタンパク質源の課題:コスト高、生産性、消費者(見た目・味・安全性)の受容性に加えて、大規模培養などの技術的課題や、法整備も普及への大きな障壁となっています。
フェルメクテス株式会社の総額2.5億円の資金調達
納豆菌由来の次世代タンパク質食品「kin-pun®(きんぷん)」の開発・製造を行う慶應義塾大学発のスタートアップ企業であるフェルメクテス株式会社が総額2.5億円の資金調達を実施しました。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000018.000134851.html
フェルメクテスは、この「kin-pun®」を次世代のタンパク質源として社会に広め、食糧問題の解決や持続可能な食文化の実現に貢献することを目指しています。
納豆菌粉とは何か
「納豆菌粉」とは、大きく分けて2つの意味合いで使われることがあります。
- 納豆を作るための種菌(納豆菌)の粉末:これは、蒸した大豆に振りかけて納豆を作るためのものです。一般的に、ご家庭で自家製納豆を作る際などに使われます。純粋培養された納豆菌を乾燥させ、粉末にしたもので、少量で大量の納豆を作ることができます。
- 納豆菌そのものを大量培養し、乾燥・粉末化した新しい食品素材(フェルメクテス社「kin-pun®」など):これは、市販されている「粉末納豆」とは全く異なります。粉末納豆は、通常の納豆(大豆を発酵させたもの)を乾燥させて粉末にしたものですが、納豆菌粉(特にフェルメクテス社が開発しているもの)は、大豆を介さずに、納豆菌そのものを人工的に大量培養し、それを乾燥させて粉末にしたものです。フェルメクテス社の「kin-pun®」を例に挙げると、以下のような特徴があります。
- 高タンパク質・高栄養: 大豆よりもタンパク質含有率が高く、効率的にタンパク質を摂取できます。
- 環境負荷の低減: 農業や畜産に比べて、より効率的にタンパク質を生産できるため、持続可能な食糧供給に貢献することが期待されています。
- 汎用性の高さ: 培養条件や菌株によって風味を変化させることが可能で、麺やパンなどの主食の原料としても利用が想定されており、さまざまな食品への応用が期待されています。
- 安心・安全: 長年の食経験がある納豆菌を使用しているため、食品としての安心感があります。
- 菌そのもの: 目に見えるほど大量に培養した納豆菌を粉末にしているため、菌そのものを直接摂取できます。これにより、納豆菌が持つ様々な機能性をより効率的に活用できる可能性があります。
つまり、「納豆菌粉」という言葉は、文脈によって「納豆作りのための種菌」を指す場合と、「次世代のタンパク質源となる新しい食品素材」を指す場合があるということです。特に最近のニュースで話題になっている「納豆菌粉」は、後者の意味合いで、食糧問題の解決や持続可能な社会への貢献が期待される画期的な食品素材として注目されています。

納豆菌粉は、納豆作りの種菌としても使われますが、近年では納豆菌そのものを大量培養し粉末化した高タンパク質・高栄養の新しい食品素材として注目されています。環境負荷が低く、多様な食品への応用が期待され、持続可能な食糧供給に貢献する次世代食材です。
なぜ培養条件や菌株によって風味を変化させることができるのか
納豆菌粉(特にフェルメクテス社が開発している「kin-pun®」のような、納豆菌そのものを培養したもの)において、培養条件や菌株によって風味を変化させられるのは、主に以下の理由によります。
1. 培養条件による風味の変化
納豆菌は、その増殖や代謝活動において、周囲の環境(培養条件)に非常に敏感です。これらの条件を変えることで、菌が産生する様々な物質のバランスが変化し、最終的な風味に影響を与えます。
- 温度: 納豆菌には最適な発酵温度があります(一般的に35~40℃)。この温度が低すぎると発酵が不十分になり、高すぎると過剰な活動や菌の死滅につながります。適度な温度範囲内でも、わずかな温度変化によって菌の代謝経路が変わり、生成される香気成分や旨味成分の量、種類に影響が出ます。
- 酸素濃度: 納豆菌は好気性菌であり、酸素の有無や濃度は菌の活動に大きく関わります。酸素が豊富な環境とそうでない環境では、菌の呼吸や物質代謝が異なり、生成される風味成分も変化します。
- 栄養源(培地組成): 納豆菌が育つための「ごはん」となる培地の成分(タンパク質、炭水化物、ミネラルなど)の種類や比率を変えることで、菌がどのような物質を分解し、どのような代謝産物を生成するかが変わります。例えば、特定の栄養素を多く含む培地では、その栄養素を原料とする特定の風味成分が多く作られる可能性があります。
- pH(酸性度): 培養液のpHは、酵素活性や菌の増殖に影響を与えます。pHが変化することで、菌が産生する酸やその他の代謝産物の種類や量が変わり、風味が変化します。
- 発酵時間: 発酵時間によっても、菌の増殖段階や代謝産物の蓄積量が異なります。短時間では特定の成分が少なく、長時間では別の成分が蓄積されることで、風味が変化します。
こ れらの培養条件を細かく調整することで、納豆菌が産生するアミノ酸(旨味成分)、有機酸、ピラジン類(納豆特有の香り成分)、短鎖分岐鎖脂肪酸、多糖類などの成分のバランスをコントロールし、様々な風味を作り出すことが可能になります。
2. 菌株による風味の変化
納豆菌と一言で言っても、実は非常に多くの「菌株」(微生物の系統)が存在します。これらの菌株は、遺伝的な違いによってそれぞれ異なる特性を持っています。
- 酵素活性の違い: 菌株ごとに、タンパク質や糖質などを分解する酵素の種類や活性が異なります。例えば、特定のタンパク質を効率よく分解する菌株は、より多くのアミノ酸(旨味成分)を生成する可能性があります。
- 代謝経路の違い: 菌株ごとに、特定の物質を生成する代謝経路の効率が異なります。これにより、同じ培養条件でも、ある菌株は特定の香気成分を多く作り、別の菌株は別の香気成分を多く作る、といった違いが生じます。
- 耐性の違い: 高温や低温、特定の栄養不足などに対する耐性も菌株によって異なります。これにより、特定の条件下でより活発に特定の風味成分を産生する菌株が存在します。
研究機関や企業では、これらの多様な納豆菌株の中から、特定の風味や機能性を持つ株を選び出し、あるいは改良することで、狙った風味の納豆菌粉を開発しています。
このように、培養条件の緻密なコントロールと、多様な納豆菌株の特性を理解し活用することで、フェルメクテス社は「kin-pun®」の風味を自在に変化させることを可能にしているのです。

培養条件(温度、酸素、栄養など)を変えることで、納豆菌の代謝活動が変化し、生成される香気・旨味成分の種類や量が変動します。また、菌株ごとに持つ遺伝的特性や酵素活性が異なるため、同じ条件でも異なる風味を生み出します。
次世代のタンパク質源としての課題は何か
世界的な人口増加と環境負荷の増大により、従来の畜産に代わる次世代のタンパク質源への期待が高まっています。しかし、これらの新しいタンパク質源には、それぞれ以下のような課題があります。
1. コストと生産性
- 高コスト: 培養肉や特定の微生物由来タンパク質は、開発段階であることや、大規模な生産設備、特殊な培養液が必要なことから、現在のところ生産コストが高く、一般の消費者が気軽に購入できる価格にはなっていません。量産化技術の確立が課題です。
- 安定供給: 昆虫食や藻類など、まだ安定した大量生産システムが確立されていないものもあります。気候変動や病気などによる供給不安定のリスクも考慮する必要があります。
2. 消費者の受容性
- 心理的抵抗: 培養肉の「人工的」なイメージや、昆虫食の「見た目」への嫌悪感など、多くの消費者が心理的な抵抗を感じています。味や食感が従来の肉と異なる場合も、普及の障壁となります。
- 栄養バランスと安全性への懸念: 新しい食材であるため、栄養価が十分に摂取できるのか、長期的な安全性はどうかといった疑問が残る場合があります。アレルギーの問題(例:昆虫食と甲殻類アレルギー)も考慮が必要です。
- 情報と理解不足: 代替タンパク質に関する正しい情報やメリットが十分に伝わっていないため、消費者が選択肢として認識していない、あるいは誤解しているケースがあります。
3. 技術的課題
- 味・食感の再現性: 特に代替肉においては、従来の肉のようなジューシーさ、弾力、風味を完全に再現することが難しい場合があります。
- 大規模培養技術: 培養肉や微生物由来タンパク質では、効率的で衛生的な大規模培養技術の確立が不可欠です。細胞の増殖効率や、汚染防止なども課題となります。
- 栄養素の強化: 植物由来のタンパク質では、動物性タンパク質に比べて特定の必須アミノ酸やビタミン(例:ビタミンB12)が不足することがあります。これを補うための技術や、適切な栄養バランスを考慮した製品開発が求められます。
4. 法整備と規制
- 食品としての位置づけ: 新しい食品であるため、各国での法的な位置づけや、安全性に関する基準、表示ルールなどがまだ十分に整備されていません。これにより、開発や流通が滞る可能性があります。
- 倫理的側面: 培養肉など、一部の次世代タンパク質源については、生命倫理に関する議論も存在します。
これらの課題を克服し、次世代のタンパク質源を広く普及させるためには、技術開発だけでなく、消費者の理解促進や社会全体の意識改革、そして国際的な連携が不可欠と言えるでしょう。

コスト高、生産性、消費者(見た目・味・安全性)の受容性が挙げられます。加えて、大規模培養などの技術的課題や、法整備も普及への大きな障壁となっています。これらの克服が社会実装の鍵です。
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