この記事で分かること
- マテリアルズ・インフォマティクスとは:AIや機械学習などの情報科学を材料開発に応用する技術です。データ解析で材料の特性を予測・最適化し、新材料の探索や開発期間・コストの大幅な削減を目指します。
- 予測モデルの作成方法:過去の材料データ(組成、構造、特性)を収集・整理し、機械学習アルゴリズムを用いて学習させることで構築されます。
- 応用例:タイヤゴムや高機能ポリマー、熱電変換材料などの探索・最適化で、開発期間とコストを大幅に削減できる活用例があります。
マテリアルズ・インフォマティクス
住友ゴム工業とNECは、戦略的パートナーシップを締結し、世界で競争力のある研究開発基盤の構築と、両社の技術・知見を掛け合わせた新たな事業機会の探索・創出を目指しています。
https://www.srigroup.co.jp/newsrelease/2025/sri/2025_050.html
両社はこれまでも連携を深めており、2022年にはタイヤ開発における熟練設計者のノウハウをAI化する取り組みに成功しています。これは「匠設計AI」と呼ばれ、熟練者の知見を形式知化し、技能伝承と技術開発体制の強化に貢献しています。
前回はどのような研究開発を行うのかの概略でしたが、今回はその一つである マテリアルズ・インフォマティクスについての解説となります。
マテリアルズ・インフォマティクスとは何か
マテリアルズ・インフォマティクス(Materials Informatics, MI)とは、情報科学(特にAIや機械学習、統計分析)を材料開発に応用し、新材料の探索や既存材料の特性最適化を効率的に行う取り組みのことです。
従 来の材料開発は、研究者の経験や勘、試行錯誤に基づいた実験が中心で、多大な時間とコストを要していました。MIは、このプロセスを以下のように変革します。
- データ収集とデータベース構築:
- 過去の実験データ、論文、シミュレーション結果など、材料に関するあらゆるデータを収集し、体系的なデータベースを構築します。
- データ分析とモデル構築:
- 構築されたデータベースを、AIや機械学習、統計解析などの情報科学の手法を用いて分析します。
- 材料の構造、組成、製造プロセスと、得られる物性や特性との間の関係性を学習し、予測モデルを構築します。
- 新材料の探索・特性予測・最適化:
- 構築したモデルを使って、目的とする性能(例:高強度、軽量、耐熱性、特定の機能)を持つ未知の材料を予測したり、既存材料の組成や構造を最適化したりします。
- これにより、無数の組み合わせの中から有望な候補を絞り込み、実験やシミュレーションの回数を大幅に削減できます。
マテリアルズ・インフォマティクスがもたらすメリット
- 開発期間とコストの大幅な削減: 試行錯誤を減らし、効率的な材料探索が可能になります。
- 未知の材料の発見: 研究者の経験や勘だけでは見つけられなかった、新しい材料の可能性をデータから導き出します。
- 材料特性の最適化: 特定の用途に最適な材料設計を精密に行うことができます。
- 研究者のノウハウの形式知化・継承: 熟練研究者の知識や経験をデータとして蓄積・活用し、若手研究者への技術継承を促進します。
化学、金属、セラミックス、高分子など、様々な分野での材料開発において、MIは不可欠なツールとなりつつあります。

マテリアルズ・インフォマティクス(MI)とは、AIや機械学習などの情報科学を材料開発に応用する技術です。データ解析で材料の特性を予測・最適化し、新材料の探索や開発期間・コストの大幅な削減を目指します。
予測モデルはどのように構築されるのか
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)における予測モデルの構築は、主に以下のステップで進められます。
1. データの収集と準備
- データ収集: 新材料開発の目標に合致する、過去の実験データ、シミュレーション結果、論文や特許情報(非構造化データも含む)など、材料の組成、構造、製造プロセス、およびそれによって得られた物性値や特性に関するあらゆるデータを収集します。データの量と質がモデルの性能を大きく左右するため、非常に重要なステップです。
- データ前処理: 収集した生データは、そのまま機械学習に適用できる形ではありません。
- 欠損値処理: データに欠損がある場合、削除したり、適切な値で補完したりします。
- 外れ値処理: 異常なデータ(測定ミスなど)があれば、除去または修正します。
- 正規化・標準化: データのスケールを揃え、アルゴリズムが適切に学習できるようにします。
- 特徴量エンジニアリング: 材料の化学構造(SMILES、MOLファイルなど)や組成情報から、機械学習モデルが理解できる数値データ(記述子)を抽出・生成します。例えば、原子の種類、結合の状態、分子の形状、部分構造の有無などを数値化します。これが「特徴量」となり、予測の精度に大きく影響します。
2. モデルの選択と構築
- 問題設定: 予測したい物性(例:硬度、引張強度、導電性など)や目標を明確にします。これは回帰問題(連続値を予測)か、分類問題(カテゴリを予測)かによって、選択するモデルが変わります。
- モデルの選択: 用途やデータセットの性質に合わせて、適切な機械学習アルゴリズムを選択します。MIでよく用いられるアルゴリズムには以下のようなものがあります。
- 線形回帰: シンプルな線形の関係を学習。
- 決定木、ランダムフォレスト: 非線形の関係を捉えやすく、解釈性も比較的高い。
- サポートベクターマシン(SVM): 分類問題で強力な性能を発揮。
- ニューラルネットワーク、ディープラーニング: 複雑なパターンを学習し、特に大量のデータがある場合に威力を発揮。
- ガウス過程回帰: 予測値だけでなく、予測の不確実性も評価できるため、実験計画に役立つ。
- モデルの学習(トレーニング): 準備されたデータセットを「学習データ」と「テストデータ」に分割します。学習データを用いて、選択したアルゴリズムでモデルを訓練し、材料の入力特徴量から物性値を出力する関係性を学習させます。この際、モデルの性能を最適化するために、ハイパーパラメータの調整も行われます。
3. モデルの評価と改善
- モデルの評価: 学習済みのモデルが、まだ見たことのないデータ(テストデータ)に対してどれくらいの精度で予測できるかを評価します。評価指標としては、回帰問題ならRMSE(二乗平均平方根誤差)、R2スコア、分類問題なら正解率、適合率、再現率などが用いられます。
- モデルの改善: 評価結果に基づいて、モデルの性能を改善します。
- 特徴量の再検討: より適切な特徴量を選んだり、新しい特徴量を生成したりします。
- アルゴリズムの変更: 別のアルゴリズムを試したり、アンサンブル学習(複数のモデルを組み合わせる)を導入したりします。
- ハイパーパラメータの再調整: モデルの学習プロセスを制御するパラメータを最適化します。
- データの追加: データ量が不足している場合は、さらにデータを収集・生成します。
- 交差検証(Cross-validation): 特にデータが少ない場合に、学習データとテストデータの分割を複数回繰り返すことで、モデルの汎化性能(未知のデータに対する予測性能)をより頑健に評価します。
4. 予測と応用
- 予測: 構築・評価された予測モデルを用いて、まだ合成されていない材料の特性を予測したり、目的とする特性を持つ材料の組成や構造を逆算したりします。
- 実験計画: モデルの予測に基づき、実際に合成・評価すべき材料の候補を絞り込み、効率的な実験計画を立てます。これにより、試行錯誤の回数を大幅に削減し、開発期間とコストを短縮します。
MIにおける予測モデルの構築は、これらのステップを繰り返し、より高精度で実用的なモデルを目指すプロセスです。

予測モデルは、過去の材料データ(組成、構造、特性)を収集・整理し、機械学習アルゴリズムを用いて学習させることで構築されます。これにより、未知の材料特性を予測し、効率的な材料開発を可能にします。
マテリアルズ・インフォマティクスの活用例は
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)は、AIとデータ科学の力を借りて、これまで時間と労力がかかっていた材料開発を劇的に効率化する技術です。様々な産業で導入が進んでおり、その活用例は多岐にわたります。
主要な活用例
- タイヤのゴム材料開発(横浜ゴム、住友ゴム工業)
- タイヤの性能を左右するゴム材料の配合は、無数の組み合わせがあり、最適なものを探すのが困難でした。MIを活用することで、ゴム材料の組成と物性の関係をAIに学習させ、求める性能を持つ材料の配合を効率的に探索できるようになりました。これにより、開発期間の大幅な短縮とコスト削減が実現しています。
- 高機能ポリマーの開発期間短縮(旭化成、ENEOS、東レなど)
- 自動車や航空機、電子部品などに使われる高機能なプラスチックや繊維(例:炭素繊維強化プラスチック(CFRP))の開発においてもMIが活躍しています。数年かかっていた開発期間を半年程度にまで短縮できた事例や、高性能ポリマーの収率改善に貢献した事例などがあります。
- 熱電変換材料の開発(NEC、東北大学)
- 排熱を電気に変換する熱電変換材料は、エネルギー効率化の鍵となる材料です。NECと東北大学はMIを活用し、効率の良い熱電変換材料の探索を加速させています。これにより、新たな材料の発見や、既存材料の性能向上に繋がり、開発期間を短縮できています。
- 全固体電池の材料開発(サムスン電子)
- 次世代バッテリーとして期待される全固体電池は、安全性が高く、エネルギー密度も向上する可能性があります。しかし、その材料開発は非常に複雑です。MIは、固体電解質などの材料特性予測や最適化に活用され、開発プロセスを大幅に高速化しています。
- 医療・医薬品分野
- 新薬の開発では、数万から数百万もの分子の中から、目的の疾患に効果のある化合物を探索する必要があります。MIは、化合物の構造と効果の関係を学習し、有望な候補化合物を予測することで、新薬探索の効率化に貢献しています。
- 触媒開発
- 化学反応を促進する触媒は、製造プロセスにおいて非常に重要です。MIは、様々な元素の組み合わせや構造が触媒活性にどう影響するかを予測し、高性能な触媒を効率的に開発するために利用されています。
MIがもたらす共通のメリット
これらの活用事例に共通するのは、
「試行錯誤の回数の大幅な削減」
「開発期間の短縮」
「コスト削減」
「従来では見つけられなかった新たな材料や最適解の発見」です。
MIは、材料科学と情報科学の融合により、次世代の製品や技術を生み出すための強力なツールとして、その重要性を増しています。

マテリアルズ・インフォマティクス(MI)は、タイヤゴムや高機能ポリマー、熱電変換材料などの探索・最適化で、開発期間とコストを大幅に削減できる活用例があります。
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