この記事で分かること
- 上方修正の要因:TSMCの上方修正は、AI関連チップやHPC(高性能コンピューティング)向け需要の急増が主因です。先進の3nm・5nmプロセス技術が、市場の強い牽引役となっています。
- HPCプラットフォーム需要増の要因:AIモデルの学習・推論、ビッグデータ解析、科学・産業シミュレーションなど、膨大な計算能力を必要とする分野の拡大が主要因です。
- アメリカ関税政策の懸念:製造コスト上昇、サプライチェーンの混乱、製品価格高騰による需要減退、貿易摩擦による報復措置など、TSMCの利益圧迫や事業展開に悪影響を及ぼす可能性があります。
TSMCの売上高成長率予測上方修正
TSMCは、2025年の売上高成長率予測を従来の「20%台半ば」から「約30%」に上方修正しました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/f78f2b5e0988988741d5560cac5de348b22e9979
台湾ドル高による為替換算での売上減少や、米国の関税政策による不確実性などの課題も抱えていますが、TSMCは技術的なリーダーシップ、戦略的な価格設定、稼働率の最適化、コスト削減、技術ミックスの改善などによって、これらの影響を乗り越えることができると見ています。
この上方修正の主な要因は、以下の通りです。
旺盛な生産能力
3nmプロセスの稼働率は既にフル稼働状態であり、CoWoSなどの先進パッケージング技術の需要も高まっています。TSMCは需要と供給のギャップを埋めるために生産能力の拡大を加速しています。
AI関連チップの強い需要
人工知能(AI)向けのチップに対する需要が非常に堅調であり、TSMCの先進的な3nmおよび5nmプロセス技術がこの需要を牽引しています。AI関連の売上は2025年に倍増する見込みとされています。
HPC(高性能コンピューティング)プラットフォームの成長
AIに加え、HPCプラットフォームからの需要もTSMCの業績を強く支えています。
先進プロセス技術のリーダーシップ
TSMCは3nmや今後量産が本格化する2nmといった最先端の製造技術において圧倒的な優位性を持っており、NVIDIAやAppleなどの主要な顧客がこれらの技術に依存していることが強みとなっています。
HPCプラットフォームからの需要増加の理由は何か
TSMCのHPC(高性能コンピューティング)プラットフォームからの需要が強い理由は、主に以下の要素が複合的に絡み合っています。
- AI(人工知能)の爆発的な成長:
- 大規模AIモデルの学習と推論: 生成AIをはじめとする大規模なAIモデルの開発には、膨大な量のデータを高速で処理し、複雑な計算を並列に実行できるHPCが不可欠です。TSMCの最先端プロセス技術(3nm, 5nm, 今後の2nm)は、NVIDIAのGPUやAMDのAIアクセラレーターなど、これらのAIチップの製造に不可欠です。
- AIインフラの構築: データセンターにおけるAIインフラの構築が世界中で加速しており、これに伴い、高性能なAIチップの需要が飛躍的に伸びています。TSMCは、AIチップサプライチェーンの中核を担っており、その需要を直接的に受けています。
- CoWoS(Chip-on-Wafer-on-Substrate)などの先進パッケージング技術の需要増: AIチップは、複数のチップを密に統合するCoWoSなどの先進パッケージング技術を必要とします。TSMCはこれらの技術においてもリーダーシップを発揮しており、需要と供給のギャップを埋めるために生産能力を倍増させています。
- ビッグデータの処理と分析:
- データ量の急増: IoTデバイス、センサー、Webサービスなどから日々生成されるデータ量は爆発的に増加しています。これらの膨大なビッグデータを効率的に蓄積、処理、分析するためには、HPCのような高速な計算能力が求められます。HPCは、これまで時間とコストがかかりすぎたビッグデータの分析を可能にし、企業が競争力を維持するために不可欠なツールとなっています。
- 多様な産業分野での活用拡大:
- 科学研究・シミュレーション: 気象予測、気候変動モデリング、新薬開発、ゲノム解析、分子シミュレーションなど、高度なシミュレーションやモデリングを必要とする科学研究分野でHPCは不可欠です。
- 製品設計・製造: 自動車の衝突シミュレーション、航空宇宙設計、材料開発など、物理的な実験の回数を減らし、開発期間とコストを削減するためにHPCが活用されています。
- 金融: 大量の市場データをリアルタイムで分析し、株価予測、不正取引の検出、リスク管理などを行うためにHPCが利用されています。
- 医療: 画像診断、疾患の早期発見、個別化医療など、医療分野でもHPCの活用が進んでいます。
- クラウドベースHPCの普及:
- アクセス性の向上: かつてHPCは大規模な研究機関や大企業に限られていましたが、クラウドサービスとしてHPCが提供されるようになったことで、中小企業やスタートアップ企業でもHPCリソースにアクセスしやすくなりました。これにより、HPCの利用層が拡大し、市場全体の成長を後押ししています。
- 半導体技術の進化:
- TSMCが提供するような最先端のプロセス技術(3nm, 2nmなど)は、より高性能で電力効率の良いプロセッサを実現し、HPCの性能向上に貢献しています。この技術的優位性が、HPC市場におけるTSMCの地位をさらに強固なものにしています。
これらの要因が重なり、HPCプラットフォーム全体の需要が強く、特にAI関連の需要がその成長を牽引しているため、TSMCはHPC分野で大きな恩恵を受けています。

HPC需要は、AIモデルの学習・推論、ビッグデータ解析、科学・産業シミュレーションなど、膨大な計算能力を必要とする分野の拡大が主要因です。TSMCの先進プロセス技術が、これら高性能チップ製造を支えています。
アメリカ市場への投資状況は
TSMCは、米国アリゾナ州への大規模な投資を積極的に進めています。これは、米国の半導体サプライチェーン強化と、AI関連チップなどの高まる需要に対応するための戦略的な動きです。
最新の情報によると、以下のようにTSMCはアリゾナ州フェニックスでの投資総額を1,650億ドルに拡大する計画を発表しました。これは、単一の外国企業による米国への直接投資としては史上最大規模とされています。
- 複数の製造工場(ファブ):
- 第1工場: 2024年第4四半期に4nmプロセスの量産を開始し、2025年前半には本格的な高量産に入る予定です。歩留まりは台湾の工場と同等レベルに達しているとされています。
- 第2工場: 3nmプロセスを採用し、建設は既に完了しています。顧客からの需要に応えるため、量産開始スケジュールを数四半期前倒しする努力が進められています。
- 第3工場: 2nmおよびA16プロセスを採用し、建設が既に開始されています。こちらも生産タイムラインの加速を目指しています。
- 第4~6工場: さらに先進的な技術を採用する予定で、アリゾナにギガファブクラスターを構築する構想があります。完成すれば、TSMCの2nm以上の先進プロセス能力の約30%がアリゾナに集中することになります。
- 先進パッケージング施設: 2つの先進パッケージング施設の計画も含まれています。これは、AIチップの性能向上に不可欠なCoWoSなどの技術に対応するためです。
- 研究開発(R&D)センター: 主要な研究開発センターも設置される予定です。
- CHIPS法による支援: 米国政府は、CHIPS法に基づきTSMCアリゾナに最大66億ドルの直接助成金と、最大50億ドルのローンを提供する覚書を交わしています。
TSMCは、アリゾナ工場群全体で約6,000人の直接的なハイテク・高賃金雇用を創出し、建設期間中には20,000人以上の建設関連雇用を生み出すと見込んでいます。
当初は労働力不足や許認可の問題などで遅延も報じられましたが、現在は生産スケジュールを加速する動きが見られます。この大規模な投資は、米国の半導体自給率を高め、特にAIや高性能コンピューティング分野での競争力を強化する上で極めて重要な意味を持っています。

TSMCは米国アリゾナ州へ総額1,650億ドルの大規模投資を計画し、複数工場で4nm、3nm、2nm以降の先進プロセス半導体を生産します。第1工場は2024年Q4に量産開始予定で、CHIPS法による米政府からの支援も受けています。
米国の関税政策がマイナスとなるとなるケースは
米国の関税政策が半導体業界、特にTSMCのような企業にとってマイナスとなるケースはいくつか考えられます。
- 製造コストの上昇:
- 米国が特定の半導体製品や製造装置、材料に関税を課した場合、TSMCが米国に輸入するそれらの部品や設備、あるいは米国で製造した半導体チップのコストが上昇します。
- このコスト増は、最終的に製品価格に転嫁されるか、TSMCの利益を圧迫する可能性があります。顧客にとっては調達コストの上昇につながり、需要の減退を招くこともあります。
- サプライチェーンの混乱と非効率化:
- 関税は、既存の効率的なグローバルサプライチェーンを分断し、企業に調達先の変更や生産拠点の移転を促します。
- 例えば、米国が特定の国からの半導体輸入に関税を課した場合、TSMCは関税を回避するために、より高コストな別の国からの調達や、米国内での生産を増やす必要が出てくるかもしれません。これにより、サプライチェーン全体のコストが増加し、効率が低下します。
- 需要の減退と市場規模の縮小:
- 高関税によって半導体チップやそれを使用した最終製品の価格が上昇すると、消費者の購買意欲が低下し、需要が減少する可能性があります。
- 特に、スマートフォン、PC、自動車などの最終製品の価格が高騰すれば、米国内での販売が減速し、結果としてTSMCが製造する半導体チップの需要も減少することになります。
- 国際貿易関係の悪化と報復措置:
- 米国の関税政策が他国との貿易摩擦を引き起こした場合、報復関税や非関税障壁の導入につながる可能性があります。
- 例えば、中国が米国製半導体製造装置への輸入規制を強化したり、他国が米国からの半導体製品輸入に関税を課したりすれば、TSMCのグローバルな事業展開に悪影響を及ぼします。
- 不確実性の増大と投資判断への影響:
- 関税政策の変更や予期せぬ追加措置は、企業の将来計画に不確実性をもたらします。
- TSMCのような巨額の投資を伴う企業にとって、政策の予測不可能性は新たな投資判断を難しくし、投資の遅延や見送りの原因となる可能性があります。
特に、近年議論されている「相互関税」のような政策は、賦課した米国側にも物価上昇や景気減速といったマイナス影響を及ぼす可能性が指摘されています。半導体産業はグローバルな分業体制で成り立っているため、一国による関税政策は、サプライチェーン全体に広範な影響を及ぼすリスクを抱えています。

米国の関税政策は、製造コスト上昇、サプライチェーンの混乱、製品価格高騰による需要減退、貿易摩擦による報復措置など、TSMCの利益圧迫や事業展開に悪影響を及ぼす可能性があります。
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