この記事で分かること
- ITO膜の課題:少なインジウムへの依存による高コスト・供給不安、脆く曲げに弱い機械的特性(フレキシブル用途不適)、製造に高価な真空装置を要する高コストなプロセス、そして高温や湿度による性能劣化が挙げられます。
- 代替材料の例:、柔軟性と高導電性を持つ銀ナノワイヤー、低コストで塗布可能な導電性ポリマー、高い特性を持つカーボンナノチューブ/グラフェン、安価な酸化亜鉛系やフッ素ドープ酸化スズなどが開発されています。
- フレキシブル性向上の意味:折り畳みスマホやウェアラブルデバイス、曲面対応センサー、フレキシブル太陽電池などへの適用が期待されます。
ITO膜の課題と代替材料
JDIは千葉県茂原市にある茂原工場の液晶パネル生産を2026年3月までに終了し、工場と生産設備の売却を検討していることが明らかにしています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC117HF0R10C25A7000000/
茂原工場は、かつて主力工場の一つであり、特にApple Watch向けの有機ELパネルの生産も行っていたとされていますが、有機ELパネルの生産も中止し、その設備も売却する方針です。
前回の記事では、透明電極、ITO膜に関する解説でしたが、今回はITO膜の課題と代替材料に関する解説となります。
ITO膜の課題
ITO(酸化インジウムスズ)は、電気を通す「導電性」と光を透過させる「透明性」を両立した無機混合物です。酸化インジウムに少量の酸化スズを添加して作られ、液晶ディスプレイやタッチパネルなどの透明電極として幅広く利用されています。
ITO膜は優れた透明性と導電性を両立する非常に有用な材料ですが、いくつかの重要な課題を抱えています。
1. レアメタル「インジウム」への依存
ITOの主成分であるインジウムは、産出量が限られたレアメタル(希少金属)です。このため、以下のような問題があります。
- 資源枯渇のリスク: 世界的な電子デバイス需要の増加に伴い、インジウムの需要も増え続けています。将来的な供給不安や資源枯渇の懸念があります。
- 価格高騰と不安定性: インジウムの価格は、供給と需要のバランスによって変動しやすく、価格高騰が製造コストに直接影響を与えます。
- 環境への懸念: インジウムの採掘や精製は、環境に悪影響を及ぼす可能性があります。
2. 機械的脆性
ITOは、硬くて電気を通しやすい薄膜ですが、同時に非常に脆いという性質があります。
- クラック(ひび割れ)の発生: 曲げたり、衝撃を与えたりすると、容易にひび割れが発生し、導電性が損なわれたり、見た目の品質が低下したりします。
- フレキシブルデバイスへの不向き: この脆性のため、折り曲げたり、丸めたりするフレキシブルディスプレイやウェアラブルデバイスなど、高い機械的耐久性が求められる用途には基本的に適していません。
3. 製造コストとプロセス
ITO膜の製造には、一般的にスパッタリングという真空プロセスが必要です。
- 高コスト: スパッタリング装置は高価であり、真空環境を維持するためのコストもかかります。
- 製造工程の複雑さ: 真空プロセスは、比較的複雑で時間のかかる工程であり、生産効率に影響を与えることがあります。
4. 環境耐性・長期信頼性
ITO膜は、特定の環境下で性能が劣化する可能性があります。
- 高温環境での劣化: 高温にさらされると、導電性や透明性が低下することが報告されています。
- 湿度や腐食性環境での劣化: 高湿度環境や腐食性の化学薬品に触れると、材料が腐食したり、性能が失われたりする可能性があります。例えば、ディスプレイの一部が黒く変色する劣化モードも知られています。
5. その他の課題
- 膜厚や均一性の制御: 高品質なITO膜を安定して製造するには、膜厚や導電率、光学特性の均一性を高い精度で制御する必要があります。
- 欠陥の発生: 製造プロセス中に、傷、異物、欠け、ムラ、剥がれ、クラックなどの欠陥が発生しやすく、製品の歩留まりや品質に影響を与えます。
これらの課題があるため、ITOに代わる代替透明導電材料の研究開発が世界中で活発に進められています。銀ナノワイヤー、導電性ポリマー(PEDOTなど)、酸化亜鉛(ZnO)系材料などがその代表例です。これらの材料は、ITOの課題を克服し、特にフレキシブルデバイスなどの新しい用途での利用が期待されています。

ITO膜の主な課題は、希少なインジウムへの依存による高コスト・供給不安、脆く曲げに弱い機械的特性(フレキシブル用途不適)、製造に高価な真空装置を要する高コストなプロセス、そして高温や湿度による性能劣化が挙げられます。
ITOに代わる代替透明導電材料にはどのようなものがあるのか
ITO膜が抱える課題、特にインジウムの希少性や機械的脆性に対応するため、様々な代替透明導電材料の研究開発と実用化が進められています。主な代替材料とその特徴は以下の通りです。
金属ナノワイヤー系(特に銀ナノワイヤー:AgNW)
- 特徴: 極めて細い銀の繊維状のナノワイヤーを分散させて薄膜を形成します。銀は導電性が非常に高く、ナノワイヤーにすることで高い透明性も確保できます。ITOに比べて柔軟性が非常に高く、折り曲げ可能なフレキシブルディスプレイやウェアラブルデバイスに適しています。
- 課題: 銀は酸化しやすく、耐久性や長期信頼性の確保が課題となることがあります。また、ワイヤーの分散均一性も重要です。
- 用途: フレキシブルディスプレイ、折り畳みスマートフォン、ウェアラブルデバイス、大画面タッチパネルなど。
導電性ポリマー系(特にPEDOT:PSS)
- 特徴: ポリエチレンジオキシチオフェン-ポリ(スチレンスルホン酸)(PEDOT:PSS)などの導電性高分子材料です。有機材料であるため、柔軟性が高く、溶液塗布プロセス(印刷技術など)で成膜できるため、低コスト製造が期待されます。
- 課題: ITOや金属ナノワイヤーに比べて導電性が劣る場合があります。耐熱性や耐湿性、UV耐性などの環境安定性が課題となることがあります。
- 用途: 有機ELデバイスの一部、有機太陽電池、静電防止膜、フレキシブルエレクトロニクスなど。
カーボンナノチューブ(CNT)/グラフェン
- 特徴: 炭素原子からなるこれらの材料は、非常に高い導電性と透明性、そして優れた柔軟性と強度を兼ね備えています。地球上に豊富に存在する炭素が原料であるため、資源枯渇の懸念がありません。
- 課題: 大面積で均一な膜を製造する技術や、量産コストの削減がまだ大きな課題です。
- 用途: 研究開発段階から実用化に向けた動きが進んでおり、将来的なフレキシブルディスプレイや透明センサーなどへの応用が期待されています。
酸化物系透明導電膜(非ITO系)
酸化亜鉛(ZnO)系(AZO: Al-doped ZnO, GZO: Ga-doped ZnOなど):
- 特徴: 亜鉛はインジウムに比べて資源が豊富で安価です。高い導電性と透明性を持ち、ウェットエッチングが容易という特徴もあります。
- 課題: ITOに比べて導電性や安定性が劣る場合があり、高温高湿環境での信頼性向上が課題です。
- 用途: 太陽電池の窓層、一部のディスプレイなど。
フッ素ドープ酸化スズ(FTO: Fluorine-doped Tin Oxide):
- 特徴: 酸化スズにフッ素を添加したもので、高い透明性と導電性を持ち、耐熱性にも優れています。安価で安定供給が可能です。
- 課題: ITOと比較して導電性がやや劣る場合があり、エッチング加工が難しい場合があります。
- 用途: 主に太陽電池(色素増感型、ペロブスカイト型)の透明電極。
- その他の酸化物: 二酸化チタン(TiO₂)や複合酸化物(IZOなど)も研究されています。特に二酸化チタンは資源が豊富で、特定のドーピングにより高い導電性を示すことが報告されています。
これらの代替材料はそれぞれ一長一短があり、ITOの全特性を凌駕する「万能な代替材料」はまだ確立されていません。そのため、用途や求められる性能に応じて最適な材料が選択されたり、複数の材料を組み合わせたりするハイブリッド型の透明電極の開発も進められています。特に、フレキシブルデバイス市場の拡大が、ITO代替材料開発を加速させています。

ITO代替透明導電材料として、柔軟性と高導電性を持つ銀ナノワイヤー、低コストで塗布可能な導電性ポリマー、高い特性を持つカーボンナノチューブ/グラフェン、安価な酸化亜鉛系やフッ素ドープ酸化スズなどが開発されています。
フレキシブル性に優れた透明電極の用途は
フレキシブル性に優れた透明電極は、従来のITOでは実現困難だった「曲がる」「折りたためる」「体に貼り付けられる」といった特性を活かし、様々な新しい電子デバイスやシステムに応用されています。主な用途は以下の通りです。
- フレキシブルディスプレイ/折り畳みスマートフォン
- 用途: 最も代表的な用途。スマートフォン、タブレット、ノートPC、テレビなど、従来の硬いガラス基板のディスプレイを、自由に折り曲げたり、巻き取ったりできる形に変革します。
- メリット: 携帯性の向上、耐久性の向上(割れにくい)、新たなデザイン性の創出。
- ウェアラブルデバイス
- 用途: スマートウォッチ、スマートグラス、スマート衣料、電子皮膚(e-skin)など、体に密着させたり、衣服に組み込んだりするデバイス。
- メリット: 軽量化、快適な装着感、生体信号のモニタリング(心拍、体温、脳波など)のためのセンサー電極としての利用。金属アレルギーのリスクを低減できる材料も開発されています。
- フレキシブルセンサー
- 用途: 医療用センサー(例:生体情報センサー、肌に貼るパッチ型センサー)、ロボットの触覚センサー、圧力センサー、ひずみセンサー、環境センサーなど。
- メリット: 曲面や不規則な形状の表面に沿って貼り付けられるため、多様な場所に設置可能。人間の動きや物体の変形に合わせて機能するセンサーが実現します。
- 透明ヒーター/防曇・融雪システム
- 用途: 自動車の窓(ヘッドアップディスプレイの結露防止、融雪)、監視カメラのレンズ(着雪・曇り防止)、ショーケースの結露防止など。
- メリット: 視界を遮らずに加熱できるため、様々な透明部に組み込み可能。
- フレキシブル太陽電池/有機薄膜太陽電池(OPV)
- 用途: 軽量で設置場所を選ばない太陽電池。建物の壁面、テント、衣服、自動車のルーフなど、これまで太陽電池の設置が難しかった場所への導入が可能になります。
- メリット: 薄型・軽量でデザインの自由度が高い。
- スマートウィンドウ/調光フィルム
- 用途: ガラスの透明度や遮熱性を電気的に制御できる窓やフィルム。
- メリット: 日差しやプライバシーの調整が容易になり、省エネにも貢献。
- 透明アンテナ/電磁波シールド
- 用途: 自動車のガラスに組み込まれたり、スマートフォンのデザイン性を損なわない透明アンテナ。電磁波を遮蔽しつつ視認性を保つシールド材。
- メリット: デザインの自由度が高まり、機器の小型化や高機能化に貢献。
- 電子ペーパー
- 用途: フレキシブルな電子書籍リーダーやデジタルサイネージ。
- メリット: 紙のような視認性と曲げられる利便性を両立。
このように、フレキシブル性に優れた透明電極は、ディスプレイの進化だけでなく、IoTデバイス、医療・ヘルスケア、自動車、エネルギーなど、様々な分野で新たな製品やサービスの創出を可能にする基盤材料として期待されています。

フレキシブル性に優れた透明電極は、折り畳みスマホやウェアラブルデバイス、曲面対応センサー、フレキシブル太陽電池など、従来の硬いITOでは困難だった「曲がる」「変形する」特性を活かした次世代の電子機器に幅広く応用されます。
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