この記事で分かること
- インド移管の背景:米中対立による地政学リスクの回避が最大要因です。また、パンデミックでのサプライチェーン寸断経験や、インド政府の優遇策、豊富な労働力も後押ししています。
- 課題:部品の現地調達率の低さ、物流インフラや電力供給の未整備、品質管理の難しさ、そして熟練労働者の確保や定着率などの労働環境が挙げられます。
- Apple以外の動き:GoogleがPixelスマホ、HPやLenovoがPC生産の一部をインドへ移管しています。また、AppleのサプライヤーであるFoxconnやPegatronも、他社製品を含めインドでの生産を拡大しています。
インドでのiPhone生産拡大
ここ数年、Appleが生産拠点の多様化を進め、特にインドでのiPhone生産を拡大していることは注目されており、「インドが米国向けスマホ製造国最大になった」という報道もてきています。
これは、Appleが中国に集中していた生産拠点の地理的リスクを分散させる戦略の一環であるとされています。
インドへの移管の背景は
AppleがiPhoneなどの生産拠点をインドへ移管する背景には、主に以下の3つの要因が挙げられます。
地政学的リスクの回避とサプライチェーンの多様化(「脱中国」)
- 米中関係の悪化: 米中間の貿易摩擦、関税賦課、技術覇権争い、そして台湾情勢など、地政学的な緊張が続いていることで、中国に生産拠点が集中していることの企業リスクが非常に高まっています。サプライチェーンが分断されたり、関税によるコスト増が生じたりするリスクを回避したいという強い意図があります。
- COVID-19パンデミックによる生産停滞: 新型コロナウイルスのパンデミック時に、中国の厳しいロックダウン政策により、主要工場での生産が停止し、iPhoneの供給に大きな影響が出ました。この経験から、単一の国に生産を依存することの脆弱性が露呈し、サプライチェーンの強靭化(レジリエンス向上)のために、生産拠点の地理的diversification(多様化)が急務となりました。
インド政府の強力な誘致政策と市場の魅力
- 「Make in India」政策とPLIスキーム: インド政府は、国内の製造業を振興し、雇用を創出するために「Make in India」政策を推進しており、その目玉として「生産連動型優遇策(PLIスキーム)」を提供しています。これは、インド国内での生産量や輸出額に応じて、企業に補助金などのインセンティブを付与するもので、Appleやそのサプライヤーにとって非常に魅力的な条件となっています。
- 巨大な国内市場と豊富な労働力: インドは人口が多く、特に若い世代が多いことから、将来的なスマートフォン市場としての巨大な可能性を秘めています。また、安価で豊富な労働力が確保できる点も、製造拠点としての魅力を高めています。
コスト効率の追求(一部)
- 中国での人件費上昇も背景にはありますが、単純な労働コストだけでなく、米中間の関税が課される場合のコスト増を回避する目的も大きいです。インドからの輸出には、中国からの輸出よりも低い関税が適用される場合があります。
これらの複合的な要因により、Appleは長年の主要生産拠点であった中国から、戦略的にインドへの生産移管を加速させています。これは、単なるコスト削減だけでなく、地政学的なリスク管理とサプライチェーンの安定化を最優先するAppleの経営戦略の大きな転換と言えます。

Appleが生産をインドへ移管する背景は、米中対立による地政学リスクの回避が最大要因です。また、パンデミックでのサプライチェーン寸断経験や、インド政府の優遇策、豊富な労働力も後押ししています。
インドへの移管の課題は何か
Appleのようなグローバル企業がインドへ生産拠点を移管する際、魅力的な要素が多い一方で、いくつかの重要な課題に直面しています。
サプライチェーンの未成熟さ
- 部品の現地調達率の低さ: iPhoneの製造には非常に多くの部品が必要ですが、多くの高機能部品は依然として中国、台湾、韓国などの既存のサプライヤーから調達されています。インド国内には、これらの部品を高品質かつ効率的に供給できるサプライヤーがまだ少ないため、輸入に頼る割合が高く、これがコスト増やサプライチェーンの複雑性を生んでいます。
- エコシステムの未形成: 中国では長年にわたって、部品メーカーから組み立て工場、物流、専門人材に至るまで、巨大で効率的な製造エコシステムが構築されていますが、インドではまだその段階にありません。
インフラの未整備
- 電力供給の不安定さ: 安定した電力供給は製造業にとって不可欠ですが、インドの一部地域では停電や電圧変動が依然として課題となることがあります。
- 物流インフラの課題: 道路、港湾、空港などの物流インフラが中国と比べて未整備な部分が多く、部品や製品の輸送に時間やコストがかかることがあります。通関手続きの煩雑さも課題として挙げられます。
- 水資源の確保: 半導体関連の製造には大量のきれいな水が必要であり、地域によってはその確保が課題となります。
品質管理と生産効率
- 品質安定化の難しさ: 新しい工場や生産ラインの立ち上げ初期には、品質の安定化や歩留まりの向上が大きな課題となります。特にiPhoneのような精密機器では、わずかな欠陥も許されないため、高度な品質管理体制の構築が求められます。
- 熟練工の不足: 豊富な労働力はありますが、高度な技術や品質管理の知識を持つ熟練工の育成には時間がかかります。従業員の離職率の高さも指摘されています。
行政手続きと税制の複雑さ
- 許認可手続きの煩雑さ: 新しい工場の設立や事業運営において、許認可の取得に時間がかかったり、手続きが複雑であったりすることが、企業活動の阻害要因となることがあります。
- 税制・税務手続きの煩雑さ: インドの税制は複雑で、運用が不透明な部分があるとの指摘もあります。
これらの課題は、Appleだけでなく、インドに進出する多くの製造業企業が直面している共通の課題です。インド政府は「Make in India」政策のもと、これらの改善に努めていますが、一朝一夕に解決できるものではなく、長期的な取り組みが必要です。

インドへの生産移管の課題は、部品の現地調達率の低さ、物流インフラや電力供給の未整備、品質管理の難しさ、そして熟練労働者の確保や定着率などの労働環境が挙げられます。
Apple以外で中国からインドへの移管を進めている例は
Appleの事例が最も有名ですが、米中関係の緊張やサプライチェーンの多様化の必要性から、多くのグローバル企業が中国からの生産移管を検討・実行しており、インドはその有力な移転先の一つとなっています。
Apple以外で中国からインドへの生産移管を進めている例としては、主に以下のような企業や業界が挙げられます。
スマートフォン・PCメーカーとそのサプライヤー
- Samsung Electronics (韓国): インドに大規模なスマートフォン工場を保有しており、中国からの生産移管というよりは、もともとインド国内市場向けの生産拠点として確立していました。近年では、その生産能力をさらに強化し、輸出も視野に入れています。
- Google (米国): Pixelスマートフォンの生産の一部を中国からインドに移管する計画を進めていると報じられています。
- HP (米国): 一部のPC生産を中国からインドへ移管する計画を進めています。
- ASUS (台湾): PCメーカーとして、インドでの生産増強を計画しています。
- Lenovo Group (中国): PCメーカーとして、インドでの生産増強を計画していると報じられています。
- Foxconn Technology Group (台湾): Appleの主要サプライヤーであるFoxconnは、中国以外にインドやベトナムにも大規模な生産拠点を展開しており、Apple製品以外の生産も手掛けています。他のクライアントからの要請や自社のリスク分散戦略として、インドでの生産能力を拡大しています。
- Pegatron (台湾): Appleのサプライヤーの一つであり、インドに工場を設立し、iPhoneの生産を行っています。
- Luxshare Precision Industry (中国): Appleのサプライヤーであり、インドでの生産拡大を模索しているとされています。
その他の業界
- 玩具メーカー: 米国のMGAエンターテインメントなど、一部の玩具メーカーが製造拠点の4割をインド、ベトナム、インドネシアに移管することを検討していると報じられています。
- 自動車・EVメーカー:
- BYD (中国): 電気自動車(EV)メーカーとして、インドでの工場新設を進めています。
- VinFast (ベトナム): EVメーカーとして、インドでの工場新設を進めています。
- その他、多くの自動車部品メーカーがインドに生産拠点を持っていますが、中国からの移管というよりは、インド市場の成長を見越した投資が多いです。
- 医薬品: インドはもともと「世界の薬局」と呼ばれるほど医薬品生産が盛んですが、中国に依存する原材料供給のリスク分散の観点から、一部の医薬品メーカーがインドでの生産能力を強化する動きが見られます。
- 電子部品・繊維・金属・プラスチック製品: ジェトロの調査などによると、日本企業においても、中国からの生産移管先としてASEAN諸国に加えてインドを検討する動きが見られ、「電気・電子機器部品」や「繊維・衣服」、「金属」「プラスチック製品」といった業種が上位に挙げられています。
- シーメンス (ドイツ): 送配電設備や輸送設備などでインドの生産能力引き上げを検討しています。
これらの動きは、単一の国への生産集中リスクを低減し、より強靭なグローバルサプライチェーンを構築しようとする企業戦略の明確な現れと言えます。インド政府の強力な誘致策も相まって、今後もこの傾向は続くと予想されます。

Apple以外では、GoogleがPixelスマホ、HPやLenovoがPC生産の一部をインドへ移管しています。また、AppleのサプライヤーであるFoxconnやPegatronも、他社製品を含めインドでの生産を拡大。家電、自動車部品、繊維など多業種で、中国集中リスク回避のため移管検討・実行が進んでいます。
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