この記事で分かること
- 窒化スカンジウムアルミニウム薄膜とは:窒化アルミニウム(AlN)にスカンジウム(Sc)を添加した次世代の半導体材料です。高い圧電係数や強誘電性を持ち次世代材料として注目されています。
- 圧電係数とは:物質に力を加えた際に生じる電圧、あるいは電圧を加えた際の変形の度合いを表します。この数値が大きいほど、より効率的に力と電気エネルギーを変換できます。
- スパッタでの形成が難しい理由:成膜温度が低く、結晶が不十分になりがちでした。原子が適切に並ぶためのエネルギーが足りず、膜の結晶性や表面の平坦性が低下するため、高品質な薄膜の作製が困難でした。
スパッタ法による窒化スカンジウムアルミニウム薄膜形成
東京理科大学と住友電気工業、東京大学の共同研究チームは、汎用性の高いスパッタ法を用いて、次世代半導体材料として注目される窒化スカンジウムアルミニウム(ScAlN)薄膜を高品質で作製することに成功しました。
https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2508/13/news030.html
この成果は、今後のGaN系高電子移動度トランジスタ(HEMT)や不揮発性メモリなどの高性能デバイス開発に貢献すると期待されています。
窒化スカンジウムアルミニウム膜とは何か
窒化スカンジウムアルミニウム(ScAlN)膜とは、窒化アルミニウム(AlN)にスカンジウム(Sc)を添加した半導体材料の薄膜です。AlNは優れた圧電性を持つ材料ですが、Scを添加することでその特性が大幅に向上することが分かっています。
主な特徴
- 高い圧電性: AlNに比べて圧電係数が飛躍的に向上します。これにより、微小な力で大きな電圧を発生させたり、微小な電圧で大きく変形させたりすることが可能になります。
- 高い自発分極: 結晶の自発的な分極が大きいため、他の半導体材料と組み合わせた場合に、高密度の2次元電子ガス(2DEG)を形成しやすくなります。
- 強誘電性: 電界を印加することで分極の向きを反転させられる強誘電体としての性質も持ちます。
主な用途
これらの優れた特性から、ScAlN膜は次世代のエレクトロニクス分野で幅広い応用が期待されています。
- 不揮発性メモリ: 強誘電性を利用した低消費電力の不揮電性メモリへの応用も期待されています。
- 高電子移動度トランジスタ(HEMT): 特に窒化ガリウム(GaN)ベースのHEMTのバリア層として使用されます。ScAlNとGaNのヘテロ構造(異なる半導体を重ね合わせた構造)は、高密度の2DEGを形成し、デバイスの高速・高出力化に貢献します。
- 高周波フィルター: 5Gなどの通信機器に使われる弾性波フィルター(BAWフィルター)の圧電材料として、より高性能なデバイスを実現します。

窒化スカンジウムアルミニウム(ScAlN)は、窒化アルミニウム(AlN)にスカンジウム(Sc)を添加した次世代の半導体材料です。高い圧電性や強誘電性を持ち、窒化ガリウム(GaN)系高電子移動度トランジスタ(HEMT)や高周波デバイスの性能を向上させるために研究されています。
圧電係数とは何か
圧電係数とは、圧電効果の大きさを示す定数です。圧電効果とは、特定の物質に力を加えると電圧が発生し、逆に電圧を加えると変形する現象のことです。
圧電係数の種類
圧電係数には、主に以下の2種類があります。
1. 圧電ひずみ係数 (d)
- 定義: 物質に加えた電界の強さに対して、どれだけひずみ(変形)が生じるかを示す係数。
- 圧電ひずみ係数は「逆圧電効果」の大きさを表します。電圧を加えることで物質を精密に制御するアクチュエーターなどの用途で重要になります。
2. 圧電電圧係数 (g)
- 定義: 物質に加えた応力(力)に対して、どれだけ電界が発生するかを示す係数。
- 圧電電圧係数は「直接圧電効果」の大きさを表します。力を電気信号に変換するセンサーなどの用途で重要になります。
圧電係数が大きいとどうなるか
- 圧電ひずみ係数(d)が大きい場合: 同じ電圧を加えても、より大きく変形します。
- 圧電電圧係数(g)が大きい場合: 同じ力を加えても、より大きな電圧が発生します。
これらの係数は、物質の結晶構造や向きによって値が異なり、材料の性能を評価する上で重要な指標となります。

圧電係数とは、圧電効果の大きさを示す定数です。物質に力を加えた際に生じる電圧、あるいは電圧を加えた際の変形の度合いを表します。この数値が大きいほど、より効率的に力と電気エネルギーを変換できます。
なぜ窒化スカンジウムアルミニウムは圧電係数が大きいのか
窒化スカンジウムアルミニウム(ScAlN)の圧電係数が大きい主な理由は、AlNの結晶構造にスカンジウム(Sc)が添加されることによって、格子が歪みやすくなるためです。
結晶構造の変化
窒化アルミニウム(AlN)は、ウルツ鉱型と呼ばれる結晶構造を持ち、この構造自体が自発分極(外部からの力がなくても電気的な偏りを持つ性質)を示します。これが圧電性の起源です。
スカンジウム(Sc)を添加すると、元のAlのサイトをSc原子が置換します。Sc原子はAl原子よりもサイズが大きいため、結晶格子が膨張し、内部にひずみが生じます。このひずみによって、結晶の自発分極がさらに強まり、わずかな外力でより大きな分極の変化が起こりやすくなります。
圧電性の飛躍的向上
この現象により、ScAlNはAlN単体に比べて圧電係数が飛躍的に向上することが知られています。この高い圧電性は、高周波フィルタや高性能トランジスタなど、幅広い応用分野で非常に重要な特性となります。

窒化アルミニウム(AlN)の結晶構造にスカンジウム(Sc)を添加することで、格子が歪みやすくなるためです。このひずみが自発分極を強め、わずかな外力でより大きな分極の変化を引き起こすため、圧電係数が飛躍的に増大します。
なぜスパッタ法での成膜が難しかったのか
スパッタ法で高品質なScAlN薄膜を作製することは、結晶性の制御が非常に難しかったため困難とされていました。この難しさの主な原因は、成膜条件、特に温度とスパッタ粒子の制御の複雑さにあります。
高品質な成膜を妨げる要因
従来のスパッタ法では、ScAlNのような特殊な材料を高品質に成膜する上で、以下の課題がありました。
- 低い結晶性: スパッタ法は、分子線エピタキシー法(MBE)や有機金属気相成長法(MOCVD)のような他の方法と比べて、一般的に成膜温度が低いため、結晶の成長が不十分になりがちです。高品質な薄膜を得るためには、原子が適切な位置に並ぶための十分なエネルギーと時間が必要ですが、低温では原子の再配列が妨げられ、膜の結晶性が低下します。
- 表面の粗さ: スパッタ粒子(ターゲットから叩き出された原子)が不均一に基板に堆積すると、薄膜の表面が平坦にならず、凹凸が生じます。この表面の粗さは、その上にデバイスを構築する際の性能に悪影響を及ぼします。
- 不純物の混入: スパッタリングプロセス中に、不純物ガスが薄膜中に取り込まれる可能性があり、これが電気特性を劣化させる原因となります。
東京理科大学らのアプローチ
東京理科大学と住友電工らの研究は、これらの課題に対し、成長温度を精密に制御することで解決策を見出しました。
- 成長温度の最適化: 成長温度を250℃から750℃に系統的に変化させることで、750℃という高温で成長させた薄膜が、最も平坦で高品質になることを発見しました。この温度では、原子が十分に動き回り、結晶のひずみが緩和されるため、結晶性が大幅に向上します。
- 高キャリア密度: 750℃で成膜した薄膜は、GaNとの界面で形成される2次元電子ガス(2DEG)の密度を約3倍に増加させ、高性能デバイスへの応用可能性を示しました。これは、界面の平坦性が向上したことで2DEGの形成が効率的に行われたためです。
この研究は、スパッタ法でも成膜条件を最適化することで、結晶成長が困難とされてきたScAlNのような材料でも高品質な薄膜を作製できることを実証した点で、大きな意義があります。

スパッタ法では成膜温度が低く、結晶が不十分になりがちでした。原子が適切に並ぶためのエネルギーが足りず、膜の結晶性や表面の平坦性が低下するため、高品質な薄膜の作製が困難でした。
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