EV用バッテリーの供給過剰 供給過剰の理由は何か?他国のバッテリー国産化の状況と与える影響は何か?

この記事で分かること

  • 供給過剰の要因:、中国の巨額な政府補助金による生産能力の急拡大が主因です。加えて、欧米でのEV購入補助金の削減や高金利、充電インフラの不足などが重なり、世界のEV需要が鈍化したことが背景にあります。
  • バッテリー国産化の状況:日米欧は、中国への依存を減らすため、巨額の補助金や優遇策を投じてバッテリーの国内生産を推進しています。
  • 国産化への影響:EV用バッテリーの供給過剰は、中国の圧倒的な低価格攻勢を招き、日米欧の国産化計画の経済的採算性を悪化させています。これにより、自国での工場建設やサプライチェーン構築が難しくなり、計画の見直しや遅延につながる可能性があります。

EV用バッテリーの供給過剰

 EV用バッテリーの供給が過剰になっていることが報じられています。

 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC241YI0U5A620C2000000/

 主要なメーカーや中国が生産能力を大幅に拡大した一方、EV市場の成長が一部で鈍化したことが主な原因で、生産能力は、世界の需要の3倍以上に達しているとされています。

供給過剰の背景は

 EV用バッテリーの供給過剰の背景には、いくつかの要因が複雑に絡み合っています。特に、中国の戦略的な生産拡大と、世界的なEV需要の伸び悩みが大きな柱となっています。

1. 中国の積極的な生産能力拡大

 中国は、EVおよびバッテリーを「新質生産力(新たな質の生産力)」の中核と位置づけ、国を挙げて産業を育成してきました。

  • 政府の補助金政策: 中国政府は、EV購入時の補助金や税制優遇策を長期にわたって実施し、国内のEV市場を爆発的に拡大させました。これにより、バッテリーメーカーも大規模な生産投資を加速させました。
  • 「世界の工場」としての地位: 中国は、世界のリチウムイオン電池生産能力の8割以上を占めるまでになりました。CATLやBYDといった大手企業は、国内の巨大な需要を背景に、次々とギガファクトリーを建設し、圧倒的なコスト競争力を獲得しました。
  • 地方政府の役割: 中央政府の大方針に加え、地方政府も経済や雇用拡大のために補助金支給などを通じて企業を誘致・支援した結果、生産能力が全国的に急拡大しました。 

 これらの要因が複合的に作用し、中国のバッテリー生産能力は世界の需要をはるかに上回る水準にまで達しました。

2. 世界的なEV需要の伸び悩み

 中国の積極的な供給拡大に対し、特に2024年以降、世界のEV市場の成長が鈍化しました。これは、消費者がEV購入をためらういくつかの要因が浮き彫りになったためです。

  • 購入補助金の削減・撤廃: ドイツなど欧州各国や、一部の地域ではEV購入に対する補助金が削減されたり、完全に撤廃されたりしました。これにより、EVの購入コストが割高になり、消費者の購買意欲が減退しました。
  • 高金利と高物価: 世界的なインフレと金利の上昇により、自動車ローン金利も高くなりました。高価なEVの購入は家計にとってさらに大きな負担となり、需要の抑制につながっています。
  • 充電インフラの不足: 特に長距離移動を考える消費者にとって、充電スタンドが不足していることや、充電に時間がかかることは大きな懸念点です。このインフラの整備遅れが、購入をためらわせる要因となっています。
  • 「EV疲れ」と価格帯の課題: 一部の市場では、消費者がガソリン車よりも高価なEVへの移行に「EV疲れ」を感じているとの見方もあります。また、市場の中心が高級EVに偏り、安価な大衆車が少ないことも、普及を妨げる一因となっています。

3. リチウム価格の急落

 上記の需給の不均衡は、バッテリーの主要材料であるリチウムの価格に直接的な影響を与えました。

  • 供給過剰: バッテリー生産能力の急拡大と需要の伸び悩みが、リチウムの供給過剰を引き起こしました。
  • 投機マネーの流入と流出: 2021年から2022年にかけて、EV市場の急成長を見越した投機的な資金がリチウム業界に大量に流入し、価格は一時的に高騰しました。しかし、需給バランスの崩壊により、そのマネーが急速に引き上げられ、価格の暴落を加速させました。

 このように、EV用バッテリーの供給過剰は、中国による戦略的な生産拡大と、それに見合わない世界の需要の伸び悩みが重なり、結果としてリチウム価格の暴落という形で現れています。

EV用バッテリーの供給過剰は、中国の巨額な政府補助金による生産能力の急拡大が主因です。加えて、欧米でのEV購入補助金の削減や高金利、充電インフラの不足などが重なり、世界のEV需要が鈍化したことが背景にあります。

日米欧のバッテリーの国産化計画について

 日米欧のバッテリー国産化計画は、中国の圧倒的な生産力に対抗し、サプライチェーンの安定確保と経済安全保障を目的としています。各国が巨額の予算を投じ、官民一体で推進しているのが特徴です。


日本の計画

 日本は、2030年までに国内のバッテリー生産能力を150GWhまで引き上げる目標を掲げています。経済安全保障推進法に基づき、政府が民間企業に補助金を支給し、国内での生産基盤強化を図っています。

  • トヨタと出光: 全固体電池の実用化を目指し、2027〜2028年の市場投入を目標に協業を進めています。
  • トヨタとパナソニック: 車載用電池の生産を手がける合弁会社プライムプラネットエナジー&ソリューションズ(PPES)などを通じて、国内生産能力の増強を進めています。
  • 日産: 軽商用車に採用するリン酸鉄リチウムイオン(LFP)電池の国産化にも取り組んでいます。

米国の計画

 米国は、インフレ削減法(IRA)を核とした政策で、北米域内でのバッテリー生産を強力に支援しています。

  • 目的: バッテリーサプライチェーンの中国依存を減らし、国内の雇用創出と産業育成を推進することです。
  • IRA: 北米で組み立てられたEVに対し、バッテリーの重要鉱物が米国または自由貿易協定を結んだ国で調達された場合に、手厚い税額控除を適用します。これにより、日本のパナソニックや韓国のLG、SKといった企業が米国での工場建設を加速させています。

欧州の計画

 欧州連合(EU)は、2035年の新車販売におけるゼロエミッション車義務化を見据え、域内でのバッテリー生産能力を増強しています。

  • 課題: 中国企業や米国からの競争激化に加え、資金調達の難航から、英国のブリティッシュボルトのような新興メーカーが破綻するなど、計画は順風満帆ではありません。
  • 目的: 自動車産業の競争力を維持し、脱炭素目標を達成することです。
  • バッテリー規則: バッテリーの持続可能性やリサイクル率に関する厳しい規則を導入し、環境面からも優位性を確立しようとしています。

日米欧は、中国への依存を減らすため、巨額の補助金や優遇策を投じてバッテリーの国内生産を推進しています。米国はインフレ削減法(IRA)で北米生産を優遇し、日本は経済安全保障法、欧州は独自の規則でサプライチェーン構築を目指しています。

供給過多が国産化計画へ与える影響は

 EV用バッテリーの供給過剰は、日米欧が自国でバッテリーのサプライチェーンを構築しようとする国産化計画に大きな逆風となっています。これは、主に以下の理由によります。

1. 中国との価格競争

  • 圧倒的なコスト優位性: 中国のバッテリーメーカーは、大規模な生産と政府からの手厚い補助金によって、圧倒的なコスト競争力を確立しています。
  • 国産化計画の経済的困難: 日米欧のメーカーが自国で工場を建設しても、中国製の安価なバッテリーとの価格差を埋めることは非常に困難です。補助金がなければ、採算が合わず、投資計画の見直しや遅延につながる可能性があります。
  • 市場シェアの奪取: 中国メーカーは、過剰な在庫を抱えることで、低価格で日米欧市場への輸出を拡大しようとしています。これは、現地のバッテリーメーカーや自動車メーカーにとって大きな脅威となります。

2. 政策支援の複雑化

  • 米国の「インフレ削減法(IRA)」: 米国は、中国への依存を減らすために、北米で生産されたバッテリーやEVに手厚い税額控除を付与するIRAを導入しました。この政策は、日本や韓国のメーカーを米国への投資へと促す一方、中国企業の排除を目指しています。しかし、中国メーカーも米国内での生産を検討するなど、政策の意図通りに事が運ぶかは不透明な部分があります。
  • 欧州の対抗策: 欧州連合(EU)も、中国の補助金政策を「不公正な競争」として調査を開始し、中国製EVへの追加関税導入を検討するなど、対抗策を講じています。しかし、これにより報復関税のリスクも生じ、グローバルな貿易摩擦に発展する可能性を秘めています。

3. リチウム価格の変動

  • 投資の不確実性: 供給過剰によるリチウム価格の暴落は、新規のリチウム鉱山開発や精製事業の採算性を悪化させます。日米欧は、中国が支配的なリチウムサプライチェーンからの脱却を目指していますが、この価格変動が、新たな投資をためらわせる要因となっています。

 結論として、EV用バッテリーの供給過剰は、単なる需給の不均衡にとどまらず、日米欧が莫大な費用を投じて進める産業の国内回帰計画に対し、経済的な採算性という形で大きな壁を作り出しています。

 各国は、関税や補助金といった政策を駆使して自国産業を保護しようとしていますが、中国の圧倒的な生産力と低価格攻勢は、その計画の実現を困難にしています。

EV用バッテリーの供給過剰は、中国の圧倒的な低価格攻勢を招き、日米欧の国産化計画の経済的採算性を悪化させています。これにより、自国での工場建設やサプライチェーン構築が難しくなり、計画の見直しや遅延につながる可能性があります。

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