この記事で分かること
- 太陽光パネルのカバーガラスとは:太陽電池セルを風雨や衝撃から保護し、高い光透過率で発電を助ける最前面のガラスです。多くは強化ガラスで、希少元素アンチモンなどが含まれます。
- アンチモンの役割:アンチモンは、ガラス製造時に気泡を除去し、ガラスの色味の原因となる鉄イオンを酸化することで光透過率を高め、パネルの発電効率を向上させる役割があります。
- 抽出方法:ガラス粉末を水と混合し、比較的温和な条件で加熱することで、ガラス中のアンチモン含有成分を液相(水)に溶出させ、分離・回収を行っています。
産総研の太陽光パネルのカバーガラスからのアンチモン抽出
産総研(産業技術総合研究所)は、太陽光パネルのカバーガラスから希少元素であるアンチモン(Sb)を抽出するプロセスを開発しました。これは、2030年代後半に予測される太陽光パネルの大量廃棄問題への貢献を目指すものです。
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250929/pr20250929.html
今後は、この抽出プロセスの社会実装に向け、抽出メカニズムのさらなる理解による高効率化や、反応スケールの大型化を進める予定です。また、抽出したアンチモン含有成分からのアンチモンの分離・回収・リサイクル技術、および得られる結晶化ガラス粉末の有効活用も目指しています。
太陽光パネルのカバーガラスとは何か
太陽光パネルのカバーガラスは、太陽電池モジュールの表面(太陽光入射側)に使われているガラス板です。
その主な役割は、太陽光を最大限に取り込みつつ、内部にある重要な太陽電池セルを外部環境から保護することです。
1. 保護(耐久性)
太陽電池セルを風雨、雪、ひょう(雹)、砂塵、化学物質などによる物理的・化学的な劣化や損傷から守ります。高い強度を持たせるため、一般的に強化ガラス(Tempered Glass)が使用されます。
2. 透過率
発電効率を高めるため、太陽光をできるだけ多く内部の太陽電池セルに届ける必要があります。そのため、鉄分などの不純物を減らした低鉄ガラス(Low-iron glass)が使われ、高い光透過率を持っています。
3. 反射防止(ARコーティング)
ガラス表面で光が反射して失われるのを防ぐため、反射防止(Anti-Reflection: AR)コーティングが施されていることが一般的です。また、表面にテクスチャ加工(凹凸)を施し、光の拡散を促進して反射を減らし、発電効率を向上させる工夫もされています。
4. 主な材料
多くの場合、ソーダ石灰ガラスをベースとしていますが、透過率や製造過程での気泡防止などの目的で、酸化アンチモン(Sb₂O₃)などの特殊な成分が添加されることがあります。産総研がリサイクル技術を開発しているのは、このアンチモン(希少元素)が含有されているカバーガラスです。

太陽光パネルのカバーガラスは、太陽電池セルを風雨や衝撃から保護し、高い光透過率で発電を助ける最前面のガラスです。多くは強化ガラスで、希少元素アンチモンなどが含まれます。
アンチモンの役割は何か
太陽光パネルのカバーガラスに含まれるアンチモンの主な役割は、以下の2点です。
1. 溶解助剤・清澄剤としての機能
ガラスの製造過程で、溶けたガラス原料から気泡を除去し、ガラスをきれいに(清澄に)する役割を果たします。これにより、製品の高い透明性を確保し、光の透過を妨げないようにします。
2. 透過率の向上と安定化
酸化アンチモン は、ガラスに含まれる鉄イオン(Fe 2+ )を酸化し、青緑色の発色を防ぐ働きもあります。
鉄イオン (Fe2+):ガラスに青緑色を与え、赤外線領域の光を吸収して光の透過率を下げます。
アンチモン:鉄(Fe2+)を酸化し、Fe3+に変化させ、ガラスの色味を抑えることで、特に太陽光パネルの効率に関わる可視光の透過率を向上させ、太陽光発電の性能を安定させる効果があります。
環境とリサイクル上の課題
アンチモンは希少元素であると同時に、特定の条件下で環境中に溶出する可能性がある有害物質としても懸念されています。
そのため、寿命を迎えた太陽光パネルを埋め立て処分するのではなく、アンチモンを安全に分離・回収し、再資源化する技術が求められています。産総研が開発しているのは、まさにこのアンチモンを回収する技術です。

太陽光パネルのガラスに含まれるアンチモンは、ガラス製造時に気泡を除去し、ガラスの色味の原因となる鉄イオンを酸化することで光透過率を高め、パネルの発電効率を向上させる役割があります。
なぜ気泡ができ、アンチモンで少なく出来るのか
太陽光パネルのカバーガラス製造における気泡の発生と、アンチモンによる除去(清澄化)のメカニズムは、ガラス製造技術の重要な要素です。
気泡が発生する理由
ガラスは、主に珪砂(二酸化ケイ素)などの原料を高温で溶かして作られますが、その溶解過程で複数の要因により気泡(シードとも呼ばれます)が発生します。
- 原料の分解ガス
炭酸塩(ソーダ灰など)や硫酸塩などの原料は、溶解時に炭酸ガスや二酸化硫黄などのガスを大量に発生させます。このガスの多くは溶融ガラスの外に放出されますが、一部がガラスの中に泡として閉じ込められます。 - 原料間の隙間(閉じ込められた空気)
粉末状の原料を混ぜて炉に入れる際、原料粒子の間にあった空気が溶融ガラスに閉じ込められて気泡となります。 - 溶解不足
特に溶解しにくい原料(珪砂など)が完全に溶け切らずに残った場合、そこからガスが徐々に発生し、気泡になることがあります。 - 再沸騰(リボイル)
一度溶け込んだガスが、ガラスの温度変化(特に冷却過程後の再加熱など)や圧力変化により、再び泡として出てくる現象です。
アンチモンで気泡を少なくできるメカニズム
アンチモン(主に酸化アンチモンの形で添加)は、ガラス製造における清澄剤(Fining Agent)として機能し、気泡を効果的に除去します。
アンチモンは、温度によって安定な酸化状態が変わる多価イオンです。この性質を利用して、気泡を大きくし、浮き上がらせて除去します。
- 高温域でのガス放出(気泡の生長)
ガラスの高温溶解域(例えば約1400℃)では、アンチモンは主に還元され、酸素ガスを放出します。
この酸素ガスは、溶融ガラス中に残っている微細な気泡(シード)に拡散して入り込みます。これにより、気泡は大きく成長し、浮力が大幅に増すため、ガラス表面へ速やかに浮上して除去されます。 - 冷却域でのガス再吸収(気泡の収縮・消滅)
清澄化が進んだ後、ガラスが冷却される過程では、アンチモンは酸化され、逆に酸素ガスを吸収します。
この反応により、ガラス中に残った微小な気泡からガスを奪い、気泡を収縮させて溶融ガラスの中に溶かし込んで消滅させます。
このように、アンチモンは高温で気泡を大きくして浮かばせ、低温で残った気泡を小さくして消滅させるという二段階の作用で、ガラスの透明度を極めて高くするのに不可欠な役割を果たしています。

ガラス原料が溶解する際に炭酸ガスなどが発生し、気泡ができます。アンチモンは清澄剤として、高温で酸素ガスを放出し気泡を成長させて浮上させ、低温でガスを吸収して残った気泡を消滅させるためです。
抽出の方法は
太陽光パネルのカバーガラスからアンチモン(Sb)を効率的に回収・抽出する方法として、近年、産業技術総合研究所(産総研)が開発した水熱処理(すいねつしょり)プロセスが注目されています。
この技術は、アンチモンを再利用可能な形でガラスから分離することを目的としています。
1. 抽出方法の概要
アンチモンを回収するプロセスは、以下の手順で行われます。
- ガラスの分離・粉砕:
- 寿命を迎えた太陽光パネルから、まず熱分解やホットナイフ方式などにより、接着剤である樹脂などを分解・除去し、カバーガラスを分離します。
- 分離したカバーガラスを、水熱処理に適した微細な粉末に粉砕します。
- 水熱処理(抽出):
- このガラス粉末と水を混合し、密閉した容器(圧力容器)内で、比較的穏やかな条件(一般的な圧力容器の標準設計温度以下)で加熱します。
- アンチモンの分離・回収:
- 水熱処理により、ガラスの中からアンチモンを含む成分が液相(水)中に溶け出します。
- 溶け出したアンチモン含有成分は、ガラスが結晶化しても結晶に取り込まれず、液相中に留まるため、ろ過などの方法で分離・回収されます。
2. 水熱処理の利点
この水熱処理による抽出方法は、従来の高温処理などに比べて以下の利点があります。
- 省エネルギー: 比較的温和な条件下で行えるため、エネルギー消費を抑えられます。
- 高効率: 廃ガラスから約割のアンチモン含有成分を効率的に液相に抽出できることが報告されています。
- 産業応用性: 特殊な設備を必要とせず、既存の一般的な工業プロセスで実現可能な設計温度・圧力帯で処理できます。
回収されたアンチモンは、新たなガラス製品の原料や、その他の用途(難燃剤など)として再資源化されることが期待されています。

太陽光パネルのカバーガラスからアンチモンを抽出する主要な方法は、水熱処理です。これは、パネルから分離・粉砕したガラス粉末を水と混合し、比較的温和な条件で加熱することで、ガラス中のアンチモン含有成分を液相(水)に溶出させ、分離・回収するプロセスです。
アンチモンはなぜ水に溶けるのか
アンチモンは、純粋な金属や一般的な酸化アンチモンの状態では、水にほとんど溶けない物質です。
しかし、太陽光パネルのガラスからの抽出では、以下の特別な条件と化学的性質を利用して、水に溶かし出しています。
1. アンチモンの両性的な性質
アンチモンを含む酸化物は両性酸化物の性質を持っています。
- 両性とは、酸性の水溶液にもアルカリ性の水溶液にも反応して溶ける性質のことです。
- ガラスからの抽出プロセスでは、ガラスの主成分であるケイ酸塩やソーダなどの影響、または抽出剤の添加により、水溶液が特定のpH(酸性またはアルカリ性)に調整されることで、アンチモンがイオンの形で水(液相)に溶けやすくなります。
- アルカリ性の環境では、亜アンチモン酸イオンなどの形で水に溶けます。
2. 水熱処理による溶解の促進
太陽光パネルのリサイクルで用いられる水熱処理は、単に水に浸すのではなく、高温・高圧の条件下で処理します。
- ガラス構造の分解: 高温・高圧の水(水蒸気)は、通常の水よりも高い反応性を持ちます。これにより、アンチモンが埋め込まれているガラス(ケイ酸塩)の構造に作用し、ガラスを構成する結合が切断されやすくなります。
- アンチモン成分の溶出: 結合が切断されることで、アンチモンを含む成分がガラス構造から切り離され、液相(水)中に効率よく溶け出すことができます。
要 アンチモンが水に溶けるのは、単なる水ではなく、熱と圧力が加えられた特別な反応環境と、アンチモンが持つ特定pH条件でイオン化する性質を組み合わせているためです。

アンチモン(酸化物)は両性で、酸やアルカリpHでイオン化して溶けます。カバーガラスの水熱処理では、高温高圧の水がガラスの結合を切断し、アンチモン成分を液相に効率よく溶出させるためです。
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