この記事で分かること
- バイオセンサーとは:酵素や微生物などの生物学的要素(バイオレセプター)を用いて特定の物質を識別し、その反応を電気や光などの信号に変換することで濃度や量を測る装置です。
- バイオセンサーと機器分析との比較:メリットは高感度で迅速な現場測定が可能で低コストなことです。一方生体分子の安定性が低く、分析対象が限定的であるという欠点はあります。
バイオセンサーによる分析機器
栗田工業は、PFAS(パーフルオロアルキルおよびポリフルオロアルキル化合物)の濃度を測定するためのモバイル分析キットについて、カナダのFREDsense Technologies社と協業を推進しています。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000052.000132866.html
この装置はPFASに反応して発光するように改変された微生物(センサー)を水試料に添加し、その発光シグナルの強度を専用のモバイル機器で測定して濃度を算出しています。このようなバイオセンサーは近年大きな注目を浴びています。
バイオセンサーとは何か
バイオセンサー(Biosensor)とは、生物学的要素(酵素、抗体、微生物、核酸など)を用いて特定の物質を識別し、その反応を電気信号や光信号などの測定可能な信号に変換することで、対象物質の濃度や量を定量的に検出する装置のことです。
簡単に言えば、「生体の持つ高い識別能力」と「センサー技術」を組み合わせた分析機器です。
バイオセンサーの基本的な構造
バイオセンサーは、主に以下の3つの要素で構成されています。
- 基質認識部位(バイオレセプター)
- 役割: 測定対象の物質(分析対象物、例:グルコース、PFAS、特定のタンパク質など)を特異的・選択的に認識し、結合する部分です。
- 例: 酵素、抗体、DNA、微生物、細胞など、生物由来の素材が用いられます。
- トランスデューサー(変換器)
- 役割: 認識部位で起こった生物学的・化学的反応(例:結合、代謝、熱の発生、光の変化)を、電気信号や光信号などの物理的な信号に変換する部分です。
- 種類: 電極(電気化学式)、光ファイバー(光式)、水晶振動子(質量測定式)、半導体(熱式)などがあります。
- 信号処理・表示部
- 役割: トランスデューサーから送られた信号を増幅・処理し、最終的に濃度や量を数値として表示する部分です。
身近な応用例
バイオセンサーの最も身近で成功した応用例は、血糖値測定器です。
- 認識部位: 血液中のグルコースに特異的に反応する酵素(グルコースオキシダーゼ)。
- 反応: 酵素がグルコースと反応する際に発生する電子(電流)。
- トランスデューサー: 発生した電流を検出する電極。
この仕組みにより、指先から採取した微量の血液で、簡単に血糖値を測定することができます。
その他の主な利用分野
バイオセンサーは、その高い特異性と迅速性、小型化の容易さから、様々な分野で活用されています。
- 医療・診断: 血糖値、がんマーカー、感染症(例:新型コロナウイルスの抗原検査)、妊娠検査など。
- 環境モニタリング: 水中の重金属、農薬、環境ホルモン、およびPFASなどの汚染物質の検出(栗田工業の事例)。
- 食品産業: 食中毒菌の検出、食品の鮮度、残留農薬の検査など。

バイオセンサーは、酵素や微生物などの生物学的要素(バイオレセプター)を用いて特定の物質を識別し、その反応を電気や光などの信号に変換することで濃度や量を測る装置です。
どんな微生物が利用されるのか
バイオセンサーには、主に細菌や酵母、藻類、ウイルスなどの微生物や微生物由来の素材が利用されます。
これらの微生物は、特定の物質を識別したり、分解したりする能力(代謝活性)を持つため、センサーの「バイオレセプター(基質認識部位)」として活用されます。
1. 細菌・バクテリア
特定の化学物質に対して代謝や増殖パターンを変化させる細菌がよく利用されます。
- 水質汚染のモニタリング(BOD測定など):
- 硝化細菌などの微生物を固定化し、水中の毒性物質によって微生物の代謝活動(酸素消費量など)が変化するのを検出することで、水質異常を調べます。
- 特定の有害物質の検出:
- 遺伝子組換え技術を用いて、特定の環境汚染物質(例:農薬、ダイオキシン、地雷に含まれるTNTなど)に応答して蛍光色を変化させるように改変された細菌が開発されています。
- 発光バクテリア:
- 毒性物質によって発光量が変化する細菌を利用し、毒性を迅速に検出するセンサーも存在します。
2. 酵母・藻類
- 酵母:
- 特定のホルモンや環境ホルモンに対して応答する酵母を利用し、それらの物質の検出に使われます。
- 藻類:
- 光合成活性や遊泳運動など、化学的な刺激に対する藻類細胞の応答を計測するセンサーの研究が進められています。
3. ウイルス
- ウイルス自体、またはウイルス様粒子:
- 特定の抗体と組み合わせることで、極めて低濃度のウイルス(例:ノロウイルス様粒子)を高感度に検出するためのバイオセンサーに利用されることがあります。

バイオセンサーには、主に細菌や酵母、藻類などの微生物が利用されます。これらは特定の物質に対する代謝や蛍光変化などの応答を利用し、水質汚染物質や有害物質を高感度に検出します。
バイオセンサーの利点は何か
バイオセンサーの最大の利点は、生物の持つ優れた分子識別能力を活用することで、以下のように従来の分析手法に比べて非常に優れた性能と利便性を実現できる点です。
1. 高感度・高特異性(分子レベルでの識別)
- 高特異性: 酵素や抗体などのバイオレセプターが、特定の物質(ターゲット分子)にのみ結合・反応するという生物特有の性質を利用しています。これにより、複雑な試料(血液、尿、土壌など)の中に含まれる目的の物質を、他の類似物質の影響を受けずに選択的かつ正確に識別できます。
- 高感度: 分子の結合や微細な化学変化を電気信号や光信号に変換・増幅するため、ごく微量の物質でも検出が可能です。
2. 迅速な測定とリアルタイム応答
- バイオレセプターとターゲット分子の反応は非常に速く、その場で瞬時に信号として検出できます。これにより、従来の検査のように検体を専門施設に送って時間をかけて分析する手間がなく、短時間で結果が得られます(例:血糖値測定、抗原検査)。
- 連続的なモニタリング(リアルタイム応答)が可能で、環境汚染物質の常時監視や生体内の物質濃度の経時変化の把握などに有用です。
3. 小型化・簡便性・低コスト
- バイオセンサーは構造がシンプルで、デバイスの小型化が容易です。これにより、ウェアラブルデバイスへの組み込みや、病院外・工場外などの現場(Point-of-Care Testing: 臨床現場即時検査)での使用が可能です。
- 高性能な分析機器を必要としないため、操作が簡単で専門知識のない人でも使用でき、トータルでの人件費や時間的コストを抑えることができます。

バイオセンサーの利点は、高感度で特定の物質を選択的に検出できる点です。また、迅速かつ簡便な測定が可能で、装置の小型化により、医療現場や自宅、環境モニタリングなど様々な場所での検査に役立ちます。
機器分析よりも優れる点と劣る点は何か
バイオセンサーと従来の機器分析(ガスクロマトグラフィー、質量分析、高性能液体クロマトグラフィーなど)を比較した場合、それぞれに明確な優位点と劣位点があります。
機器分析よりも優れる点(メリット)
バイオセンサーは、生物学的素材の特性を活かし、現場での迅速な検査に強みがあります。
優位点 | 詳細 |
高特異性・高感度 | 酵素や抗体などの生体分子認識機能により、複雑な試料中でも特定のターゲット分子のみを分子レベルで選択的かつ高感度に検出できます。煩雑な前処理が不要な場合が多いです。 |
迅速性・リアルタイム測定 | 分析機器のように長時間の処理が不要で、即時(リアルタイム)に測定結果が得られます。病気の早期診断や環境汚染の連続監視に適しています。 |
簡便性・小型化 | 大型で専門的な分析機器と異なり、センサー自体や測定装置の小型化が容易です。これにより、現場(Point-of-Care Testing)や自宅など、どこでも手軽に使用できます。 |
低コスト | 装置の導入・維持コストや、分析ごとのランニングコストが、高価な分析機器を用いる公定法に比べて低く抑えられる傾向があります。 |
機器分析よりも劣る点(デメリット)
一方で、バイオセンサーは、生物学的素材の不安定さに起因する欠点や、検出対象の範囲に限界があります。
劣位点 | 詳細 |
安定性・寿命 | 酵素や抗体などの生体分子が認識部に用いられるため、熱やpHの変化に弱く、保存安定性(寿命)が短いことが多いです。 |
再現性・信頼性 | 生体分子の活性度や固定化の状態がロット間でばらつくことがあり、分析機器と同等の高い再現性・信頼性を維持するのが難しい場合があります。 |
検出対象の柔軟性 | 検出できる物質が、固定化された生体分子が認識できる特定の分子に限られます。機器分析のように、装置や条件を変更するだけで幅広い種類の物質を網羅的に分析することはできません。 |
夾雑物の影響 | 試料中の他の物質(夾雑物)が生体分子の活性を阻害したり、非特異的な反応を引き起こしたりして、測定結果に影響を与えることがあります。 |

バイオセンサーが機器分析より優れる点は、高感度で迅速な現場測定が可能で低コストなことです。一方劣る点は、生体分子の安定性が低く、分析対象が限定的であることです。
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