この記事で分かること
- LFP電池とは:正極材にリン酸鉄リチウム (LiFePO) を使用するリチウムイオン電池です。コバルトなどを使わないため安価で、熱安定性が高く安全ですが、NCM系に比べエネルギー密度は低い特徴があります。
- 安全性に優れる理由:LFP電池のリン酸鉄リチウムの結晶構造が強固で熱に安定しており、高温になっても酸素をほとんど放出しないためです。これにより、熱暴走や発火に至る反応を抑制します。
- 採用した理由:EVのコストを大幅に削減し、価格競争力を高めるためです。安価な原料と高い安全性により、中国勢に対抗しEVの大衆化を促進します。
ルノーグループのEVでのLFP電池の採用
ルノーグループ傘下のEV部門であるアンペア(Ampere)が、安価なLFP(リン酸鉄リチウム)電池をEVに採用する計画を発表しています。

これにより、ルノーはEVの価格競争力を高め、EVの民主化を目指すとしています。
LFP電池とは何か
LFP電池は、電気自動車(EV)などで使われるリチウムイオン電池の一種です。
LFP電池の概要
LFPは「Lithium Ferrum Phosphate(リチウム・フェラム・フォスフェイト)」の略で、日本語では「リン酸鉄リチウム」と呼ばれます。
この電池の最大の特徴は、正極材にリン酸鉄リチウム(LiFePO)を使用している点です。
特徴 | LFP電池 | NCM/NCA電池(三元系) |
正極材 | リン酸鉄リチウム LiFePO | ニッケル・コバルト・マンガン (NCM) やニッケル・コバルト・アルミニウム (NCA) |
コスト | 安い (コバルトなどの希少金属を使用しないため) | 高い |
安全性 | 高い (熱暴走が起こりにくい化学的安定性) | LFPに比べるとやや低い |
エネルギー密度 | 低い (同じ重量で蓄えられる電力量が少ない) | 高い (長い航続距離向き) |
寿命 | 長い (充放電サイクル回数が多い) | LFPに比べると短い |
LFP電池が注目される理由
ルノーがEV全車種への採用を検討するなど、近年LFP電池が再注目されている主な理由は以下の3点です。
- 低コスト: コバルトやニッケルといった高価で希少な金属を使用しないため、電池の製造コストを大幅に下げることができ、EVの車両価格を抑えることが可能です。
- 高い安全性: 化学構造が安定しているため、過充電や外部からの衝撃による発火や熱暴走のリスクが低いです。
- 長寿命: 充放電を繰り返しても性能が低下しにくく、電池の寿命が長いとされています。
従来はエネルギー密度の低さから、航続距離を重視する乗用車よりもバスなどの商用車に使われることが多かったですが、技術革新により航続距離の差が縮まりつつあり、テスラやBYDをはじめとするメーカーが大衆向けEVへの採用を加速させています。

LFP電池は、正極材にリン酸鉄リチウム (LiFePO) を使用するリチウムイオン電池です。コバルトなどを使わないため安価で、熱安定性が高く安全ですが、NCM系に比べエネルギー密度は低い特徴があり、主に低価格帯EVに採用されています。
なぜ安定性が高いのか
LFP電池(リン酸鉄リチウム電池)の安定性が高い主な理由は、その正極材の化学構造にあります。安定性の高さは、以下の2つの化学的な特性に基づいています。
1. 非常に安定した結晶構造
LFP電池の正極材であるリン酸鉄リチウム(LiFePO)は、非常に強固で安定したオリビン構造という結晶構造を持っています。
- 熱的安定性: この構造は熱に対して非常に安定しており、過充電や外部からの衝撃、高温などによって電池内部の温度が上昇しても、構造が崩壊しにくい性質があります。
- 酸素の放出がない: 一般的なNCM(三元系)電池の場合、熱暴走が始まると正極材から酸素ガスが放出され、これが電解液と反応して発火や爆発を引き起こす原因となります。しかし、LFPの構造では、熱が加わっても酸素をほとんど放出しないため、連鎖的な反応(熱暴走)が起こりにくいです。
2. 鉄の強い結合
LFPでは、正極の活性物質である鉄がリン酸基と非常に強く結合しています。
- 構造の保護: この強い結合が、リチウムイオンの出入り(充放電)の際に、熱によって発生する可能性のある鉄の酸化反応を抑制し、結晶構造の骨格をしっかりと保ちます。
- 化学反応の抑制: これにより、電池内部で異常な熱が発生しても、激しい化学反応(熱暴走)に発展するのを効果的に防ぎ、発火や爆発のリスクが大幅に低減します。
簡潔に言えば、LFP電池は「酸素を放出しない強固な骨格」を持っているため、万が一の事態でも安全性が高いのです。

LFP電池のリン酸鉄リチウムの結晶構造が強固で熱に安定しており、高温になっても酸素をほとんど放出しないためです。これにより、熱暴走や発火に至る反応を抑制します。
エネルギー密度が低い理由は何か
LFP電池(リン酸鉄リチウム電池)のエネルギー密度が低い主な理由は、正極材の動作電圧の低さと結晶構造の特性にあります。
1. 動作電圧が低い
LFP電池の正極材であるリン酸鉄リチウムは、ニッケル・コバルト・マンガン(NCM)などの三元系正極材に比べて、作動時の電圧(電位)が低いです。
- 電圧とエネルギー密度の関係: 電池のエネルギー(容量)は、基本的に「電圧 × 容量」で決まります。LFPは、NCM系よりも電圧が0.5~1V低いため、同じ体積・質量で比較した場合、電圧の差がそのままエネルギー密度の差となって現れます。
2. 結晶構造(オリビン構造)の特性
LFPの安全性を高めているオリビン構造という結晶構造が、同時にエネルギー密度の制限にもなっています。
- リチウムイオンの移動: オリビン構造は非常に安定している反面、リチウムイオンが移動できる経路が一次元的(一次元チャネル)に限られています。この構造特性が、材料にリチウムを多く詰め込むこと(高容量化)を難しくしています。
- 導電性の低さ: また、LFP自体が電気を通しにくい性質を持っているため、高性能化のためにカーボン(炭素)のコーティングなどが必要になり、これらが電池全体の質量を増やす要因にもなり、結果としてエネルギー密度(特に重量エネルギー密度)を低くしてしまいます。
これらの理由から、LFP電池は安全で安価ですが、同じ重量や体積のNCM電池に比べると蓄えられるエネルギー量が少なく、EVの航続距離を伸ばす用途には不利になる傾向があります。

LFP電池は、作動電圧がNCM系より低く、エネルギーが「電圧 × 容量」で決まるためです。また、安定した結晶構造(オリビン構造)がリチウムイオンの移動経路を制限し、高容量化が難しいことも理由です。
ルノーが採用した理由は何か
ルノーグループのEV部門であるアンペア(Ampere)がLFP電池を採用する最も大きな理由は、EVのコストを大幅に削減し、価格競争力を高めることです。
この戦略は、中国メーカーの台頭やEVの大衆化に対応するためのものです。
1. コストの大幅な削減(最重要)
LFP電池は、高価で供給が不安定なコバルトやニッケルを使用しないため、原材料費が安くなります。ルノーは、LFP技術の導入とCell-to-Pack(CTP)技術の組み合わせにより、2026年初頭から車両のバッテリーコストを約20%削減することを目指しています。
このコスト削減は、最終的にEVの販売価格を下げ、「手頃な価格のEV」を実現し、内燃機関車との価格平価(価格が同等になること)を達成するための重要な柱となっています。
2. EVの「大衆化」と市場拡大
安価なLFP電池は、特に航続距離よりも価格が重視される小型車や中型車に最適です。
この技術を採用することで、ルノーはEVをより多くの消費者に手の届く製品にし、欧州におけるEVの普及、すなわち「電動モビリティの民主化」を推進したいと考えています。
3. サプライチェーンの安定化とリスク低減
コバルトなどのレアメタルの調達は、地政学的リスクや環境・労働倫理の問題を伴います。
LFPの主原料である鉄やリン酸は比較的豊富で調達リスクが低いため、サプライチェーンを安定させ、持続可能性を高めることができます。
4. 安全性の向上
LFP電池は、NCM電池に比べて熱安定性が高く、発火や熱暴走のリスクが低いという特性があります。これも消費者の信頼を得る上で重要な要素です。
これらの理由から、ルノーは従来のNCM電池とLFP電池を併用する「デュアルケミストリー」戦略を採用し、車種や用途に応じて最適なバッテリーを使い分ける方針をとっています。

ルノーのLFP電池採用の主目的は、EVのコストを大幅に削減し、価格競争力を高めるためです。安価な原料と高い安全性により、中国勢に対抗しEVの大衆化を促進します。
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