この記事で分かること
- 塩水(かん水)とは:塩化ナトリウムなどの塩分を多量に含んだ水のことです。海水、塩湖の水、地中の濃い地下水(ブライン)など、天然のものが存在し、リチウムなどの資源抽出にも利用されます。
- リチウム抽出の方法:直接リチウム抽出技術(DLE)を用います。これは、汲み上げた塩水から、特殊な膜や吸着材などでリチウムイオンを選択的に分離・濃縮し、残りの塩水を地下に戻す、効率的で環境負荷の低い方法です。
- 使用される膜:特定の物質のみを選択的に通過させ、他の物質を分離・遮断する薄い層状の素材であるメンブレン膜が使われます。
栗田工業の直接リチウム抽出技術の取り組み
栗田工業はリチウム生産の新技術の開発を手がけるスタートアップに出資するなど、直接リチウム抽出技術(DLE:Direct Lithium Extraction)を活用し、塩水(かん水)からのリチウム生産に取り組んでいます。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC1547F0V11C25A0000000/
この取り組みは、環境への負荷を軽減しながら、需要が高まるリチウムの安定供給に貢献する可能性を秘めています。
塩水(かん水)とは何か
塩水(かん水、英語ではbrine)とは、塩分を多量に含んだ水のことで、食塩(塩化ナトリウム)などの塩類濃度が通常の水よりも高い溶液を指します。
文脈によって、天然に存在する塩水や、人為的に濃縮された塩水など、いくつかの意味合いで使われます。
主な「かん水」の種類
1. 天然に存在する塩水
塩分を多量に含む天然の水全般を指します。
- 海水: 最も身近な天然の塩水です。
- 塩湖の水: 死海やウユニ塩湖など、塩分濃度が非常に高い湖の水。
- 地下かん水: 地下の岩塩層などに水が触れて溶け出したり、過去の海水が閉じ込められたりしてできる、濃い塩分を含む地下水。天然ガスやリチウムなどの資源が溶け込んでいることがあります。
- 汽水: 海水と淡水が混じり合う河口付近の水も、広義には含まれます。
2. 人為的に濃縮された塩水(製塩の過程)
製塩(塩づくり)の過程で、海水やその他の塩分を含む水から水分を蒸発させて、食塩濃度を高くした溶液を指します。
- 日本の伝統的な製塩では、まず海水から水分を飛ばしてこの濃い塩水(かん水)を作り、次にそれを煮詰めて塩の結晶を取り出すという工程がとられてきました。
3. その他
- ブライン(Brine): 化学や工業分野では、上記のような濃い塩類水溶液全般や、冷凍・冷却に用いられる凍結点の低い塩化カルシウムなどの溶液を指すことがあります。
- 中華麺の「かん水」: 中華麺の製造に使われるアルカリ塩水溶液(炭酸ナトリウムなどを主成分とする)のことも「かん水」(漢字表記では「鹹水」の代わりに「鹸水」や「唐灰汁」など)と呼びますが、これは上記のような天然の塩水ではなく、麺に特有のコシや色合いを与えるための食品添加物としての溶液です。

塩水(かん水)は、塩化ナトリウムなどの塩分を多量に含んだ水のことです。海水、塩湖の水、地中の濃い地下水(ブライン)など、天然のものが存在します。製塩工程では、海水を濃縮して得られる高濃度の塩類溶液を指すこともあります。リチウムなどの資源抽出にも利用されます。
どのようにリチウムを抽出するのか
栗田工業は、塩水(かん水)からリチウムを抽出するために、主に直接リチウム抽出技術(DLE:Direct Lithium Extraction)を採用しています。この技術は、従来の方法よりも環境負荷が低く、効率的です。
栗田工業がEvove社とNorthern Lithium社との提携で用いるDLE技術は、高性能な膜(メンブレン)を利用したアプローチと報じられています。
DLE技術によるリチウム抽出の一般的な流れ
DLEは一つの技術ではなく、吸着材、イオン交換樹脂、溶媒抽出、そして栗田工業が採用する膜分離など、いくつかの要素技術があります。一般的なDLEプロセスは以下の手順で進められます。
1. 塩水(かん水)の採取と前処理
まず、地下の帯水層などからリチウムを含む塩水を汲み上げます。
- 汲み上げた塩水は、不純物や微細な固体粒子を除去するためにフィルターを通すなどの前処理が行われます。
2. リチウムの選択的分離・抽出(DLEコアプロセス)
前処理された塩水から、リチウムイオンを他のイオン(ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウムなど)から選択的に分離します。
- 栗田工業の採用技術(膜分離):
- Evove社の高度な膜(メンブレン)技術を利用し、圧力をかけて塩水を膜に通します。
- この膜がリチウムイオンだけを効果的に通過させたり、他の不純物イオンを分離・除去したりすることで、リチウムを濃縮した溶液を得ます。
- その他のDLE技術(参考):
- 吸着法: リチウムイオンを選択的に吸着する特殊な吸着剤(リチウム吸着材)を塩水に接触させ、リチウムを回収した後、水で洗浄してリチウムを分離します。
- イオン交換法: リチウムイオンと他のイオンを交換するイオン交換樹脂を使用してリチウムを捕捉します。
3. リチウム濃縮と製品化
抽出されたリチウム溶液はまだ濃度が低いため、さらに濃縮・精製されます。
- 逆浸透膜(RO膜)や機械的蒸発装置(MVR)などの技術を使って、リチウム溶液の濃度を高め、純度を上げます。
- 最終的に、高純度のリチウム溶液を化学処理し、電池材料などに使われる炭酸リチウム(LCE)や水酸化リチウムといった製品として製造されます。
4. 廃液の地下還元
リチウムを抽出した後の残りの塩水(廃液)は、環境への影響を最小限に抑えるため、地下の帯水層に戻す(再圧入)ことがDLE技術の重要な特徴となっています。
DLEは、従来必要とされた広大な天日蒸発池(蒸発に年単位の時間がかかる)を不要とし、短期間でリチウムを回収できるため、リチウム生産のゲームチェンジャーとして注目されています。

栗田工業は、直接リチウム抽出技術(DLE)を用います。これは、汲み上げた塩水から、特殊な膜や吸着材などでリチウムイオンを選択的に分離・濃縮し、残りの塩水を地下に戻す、効率的で環境負荷の低い方法です。
メンブレンとは何か
メンブレン(Membrane)は、英語で「膜」や「薄膜」を意味し、一般的には特定の物質だけを選択的に通過させ、他の物質は遮断する機能を持つ、非常に薄い層状の素材を指します。
栗田工業のリチウム抽出や水処理の文脈では、主に分離膜(Synthetic Membrane)のことを指します。
メンブレンの機能と種類
メンブレンの最も重要な機能は、その選択的分離能力です。膜の孔(あな)の大きさや素材の化学的性質を利用して、水や特定のイオン、分子、粒子などを分離・濃縮します。
1. 膜の分類(孔の大きさによる分類)
分離対象とする物質の大きさや、膜にかける圧力に応じて、さまざまな種類のメンブレンが使われています。
| 分類 | 英語略称 | 分離対象 | 主な用途 |
| 精密ろ過膜 | MF (Micro Filtration) | 微粒子、バクテリア | 清澄化、除菌 |
| 限外ろ過膜 | UF (Ultra Filtration) | ウイルス、高分子 | 飲用水の浄化、タンパク質分離 |
| ナノろ過膜 | NF (Nano Filtration) | 2価イオン、低分子 | リチウム抽出、軟水化 |
| 逆浸透膜 | RO (Reverse Osmosis) | イオン、塩分(すべて) | 海水淡水化、超純水製造 |
2. 栗田工業の利用文脈
栗田工業がリチウム抽出で提携しているEvove社の技術は、このうちナノろ過(NF)膜やその他の高度な膜技術を利用し、塩水からリチウムイオンを選択的に濃縮・分離するために活用されています。
3. その他のメンブレン
- 生体膜: 生物の細胞を覆う細胞膜のように、物質の出入りを制御する薄い組織。
- 工業用防水透湿膜: ゴアテックス(GORE-TEX)などに使われる、水滴は通さず水蒸気(汗)だけを通す機能性薄膜。

メンブレン(膜)は、特定の物質のみを選択的に通過させ、他の物質を分離・遮断する薄い層状の素材です。水処理やリチウム抽出の分野では、ナノろ過膜などが使われ、イオンや分子の分離・濃縮に重要な役割を果たします。
メンブレンで選択的な分離が可能な理由は何か
メンブレン(分離膜)が物質を選択的に分離できる理由は、主に以下の二つの原理が複合的に働くためです。
1. サイズ排除(ふるい分け効果)
最も基本的かつ重要な原理は、膜に開けられた微細な孔(ポア)の大きさを利用する物理的な分離です。
- 膜の孔径: メンブレンは、分離したい物質の大きさに応じて、孔径が厳密に制御されています(例:精密ろ過膜、限外ろ過膜など)。
- 物理的な遮断: 溶液を膜に圧力をかけて流すと、孔径よりも小さい分子(例:水分子、リチウムイオン)は膜を透過できますが、孔径よりも大きい分子や粒子(例:マグネシウムイオン、巨大な不純物)は膜の表面で遮断されます。
- 栗田工業がリチウム抽出で用いるナノろ過膜(NF)や逆浸透膜(RO)は、この原理でイオンや塩分を分離します。
2. 溶解拡散と電気化学的相互作用
特にイオンや極小分子の分離では、膜の素材そのものの性質が重要になります。
- 溶解拡散: 膜素材が特定の物質(溶媒や溶質)と親和性が高い場合、その物質が膜内に溶け込み(溶解)、膜内を移動して反対側へ拡散します。他の物質は溶けにくいため、透過できません。
- 電気化学的相互作用: 膜素材の表面や内部に電荷を持っている場合、イオン性物質との間に静電気的な反発力(ドナン効果)や引き付け合う力が発生します。
- 例として、リチウムイオンはマグネシウムイオンよりも価数が低い(電荷が小さい)ため、膜の特性を調整することで、リチウムのみを選択的に透過させることが可能になります。
これらの原理を組み合わせることで、メンブレンはただのフィルターではなく、「特定の物質を選り分ける選択的透過性のバリア」として機能します。

メンブレンの分離は、主に孔(あな)の大きさで粒子をふるい分けるサイズ排除と、膜素材とイオンの間に生じる電気的な反発力(電荷)を利用することで、特定の物質だけを選択的に透過させるためです。

コメント