TDKのROIC経営による事業撤退や売却 ROIC経営とは何か?問題点はないのか?

この記事で分かること

  • ROIC経営とは:投下資本利益率(ROIC)を最重要指標とし、企業が投じた全ての資本をどれだけ効率的に使って利益を生み出したかを測り、資本効率の向上と企業価値の最大化を目指す経営手法です。
  • TDKが撤退する事業:具体的な事業名は非公表です。主にROIC目標を達成できず、成長が見込めない採算性の低い事業を整理し、経営資源を成長分野に集中させます。
  • ROIC経営の問題点:短期的な指標改善のため、将来に必要な研究開発や設備投資を抑制し、長期的な成長を阻害するリスクがあることです。また、事業や成長フェーズによっては適さない場合もあります。

TDKのROIC経営による事業撤退や売却

 TDKはROIC経営(投下資本利益率経営)を強化する一環として、事業ポートフォリオの見直しを進めており、その中で採算性の低い事業や成長が見込めない事業など、8事業を撤退・売却する方針を示しました。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOTG0437S0U5A700C2000000/

 この方針は、2024年5月に発表された新中期経営計画(2025年3月期から2027年3月期)の中で、「事業ポートフォリオマネジメントの強化(ROIC経営の強化)」を重点施策の一つとして掲げる中で示されました。

ROIC経営とは何か

 ROIC経営(ロイック経営)とは、ROIC(投下資本利益率:Return On Invested Capital)を最重要指標として、資本効率の向上と企業価値の最大化を目指す経営手法です。

ROICは、企業が事業活動のために投じたすべての資本(株主から集めたお金と、銀行などからの借入金)を使って、どれだけ効率的に利益を生み出したかを示す指標です。

ROIC(投下資本利益率)の定義と計算式

ROICは、企業がどれだけ「稼ぐ力」があるかを測る指標であり、主に以下の式で算出されます。

ROIC = (税引き後営業利益/投下資本)×100

  • 税引後営業利益(分子):
    • 本業の稼ぎを示す営業利益から、法人税などの税金を差し引いたものです。(NOPAT: Net Operating Profit After Tax)
  • 投下資本(分母):
    • 事業に投じられた資金の総額です。
    • 一般的に「有利子負債(借入金など) + 株主資本(自己資本)」で計算されます。

この指標を用いることで、企業は借入金を含めた全ての資本の使い道に責任を持ち、効率的に運用しているかを評価できます。

ROIC経営の主な目的とメリット

 ROIC経営を導入する目的は、以下の2点に集約されます。

1. 資本効率の向上と資源の最適配分

  • ROICを基準にすることで、経営陣は投下資本に対するリターン(利益)が低い事業を特定しやすくなります。
  • TDKの事例のように、ROICが低い不採算事業からの撤退や、逆にROICが高い成長性の高い事業への集中投資を判断するための明確な基準となります。

2. 資本コスト(WACC)の意識と企業価値の創造

  • ROIC経営では、ROICが企業が資本を調達するためにかかるコストであるWACC(加重平均資本コスト)を上回っているかどうかが重要視されます。
    • ROIC > WACC:企業が資本コスト以上の価値を創造しており、企業価値を向上させている状態。
    • ROIC < WACC:資本を無駄に使っており、企業価値を毀損している状態。
  • この視点を持つことで、企業は株主や債権者からの信頼を高め、持続的な企業価値の最大化を目指すことができます。

 ROICは、株主視点に偏りがちなROE(自己資本利益率)や、事業と直接関係のない資産も含めるROA(総資産利益率)よりも、事業活動全体における資本の効率性をより正確に測れる指標として、近年多くの日本企業で重視されています。

ROIC経営とは、投下資本利益率(ROIC)を最重要指標とし、企業が投じた全ての資本をどれだけ効率的に使って利益を生み出したかを測り、資本効率の向上と企業価値の最大化を目指す経営手法です。

どんな事業から撤退するのか

TDKがROIC経営強化の一環として撤退・売却を決めた8事業について、具体的な事業名や製品カテゴリー公表されていません

これは、TDKが事業ポートフォリオ見直しの一環として、主に採算性の低い事業や、将来的な成長が見込めずROICの目標水準(ハードルレート)を下回っている「守り」の対象事業を非公表で整理しているためです。

撤退・売却の対象事業の特性

TDKの方針として、これらの事業は以下の特性を持つと推測されます。

  1. ROICが資本コスト(WACC)を下回る事業: 投じた資本に対して十分な利益を生み出せていない事業。
  2. 成長性が低い、または市場が縮小傾向にある事業: 今後の収益改善が見込みにくい事業。
  3. TDKの主要な成長戦略(xEV、ADAS、AI、産業機器など)から外れる事業: 経営資源の集中を図る上で非中核となる事業。

TDKは過去にも、記録メディア事業や一部の車載用電源製品事業など、時代の変化や収益性悪化に伴う事業撤退を断行しており、今回の8事業整理も、「事業ポートフォリオマネジメントの強化」という名の下で、資本効率を重視した継続的な取り組みの一環です。

TDKがROIC経営に基づき撤退・売却を決めた8事業について、具体的な事業名は非公表です。主にROIC目標を達成できず、成長が見込めない採算性の低い事業を整理し、経営資源を成長分野に集中させます。

ROIC経営の問題点は何か

 ROIC経営は資本効率を重視する上で有効ですが、その手法や指標の性質上、以下のようにいくつかの問題点や落とし穴が存在します。これらを考慮せずROICを絶対視すると、かえって企業の長期的な成長を阻害するリスクがあります。

1. 長期的な成長を抑制するリスク

 ROICは「投下資本」に対する利益の「率」を測るため、短期的なROICを改善するために、経営者が将来に必要な投資を抑制しがちになります。

  • 投資の抑制: 新規事業の立ち上げ、R&D(研究開発)、生産設備への大規模投資などは、初期に多額の資本(投下資本=分母)が必要となり、利益(分子)が出るまでに時間がかかります。この結果、一時的にROICが低下することを嫌がり、必要な投資が手控えられ、長期的な成長機会を逃す可能性があります。
  • 「率」の改善に偏重: ROICは「率」の指標であり、分母である投下資本を削減することでも改善できます。しかし、設備投資を削って投下資本を減らしても、企業価値の絶対額(利益の総額)は増えず、将来の競争力が低下するリスクがあります。

2. 事業の成長フェーズや特性との不一致

 ROICはすべての事業や企業のフェーズに万能な指標ではありません。

  • 創業期・成長初期: 多くの先行投資が必要な事業や企業は、利益が出るまでROICが低く抑えられます。この段階でROICだけを基準に評価すると、将来有望な事業を時期尚早に切り捨ててしまう可能性があります。
  • 事業特性の違い: 装置産業(製造業やインフラなど)は投下資本が大きくなるためROICは低くなりがちですが、資本をあまり使わないサービス業やIT企業は相対的にROICが高く出やすい傾向があります。このため、異なる業種や特性を持つ事業間をROICのみで画一的に比較・評価することは適切ではありません。

3. 現場への浸透の難しさと指標の複雑性

 ROICは、ROE(自己資本利益率)や売上高利益率などに比べ、計算式や概念が複雑であり、現場の従業員が自分たちの日常業務と結びつけて理解しにくいという問題があります。

  • 理解の障壁: 「投下資本」や「税引後営業利益」といった会計用語を、現場のオペレーションやKPI(重要業績評価指標)に落とし込む作業が難しく、経営と現場の間に「溝」が生じ、経営方針が浸透しない原因となり得ます。
  • 評価期間の誤用: 投資は成果が出るまでに数年かかるため、ROICを単年度(1年)のみで評価すると、前述の「投資抑制リスク」がさらに高まります。複数年の中期的なスパンで評価することが必須となります。

ROIC経営の主な問題点は、短期的な指標改善のため、将来に必要な研究開発や設備投資を抑制し、長期的な成長を阻害するリスクがあることです。また、事業や成長フェーズによっては適さない場合もあります。

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