この記事で分かること
- 耐摩耗性、滑り性に優れるわけ:Hv 800超の極めて高い硬度で摩耗を防ぎます。また、摩擦係数が低く、部品同士の抵抗が少ないため、スムーズな滑り性(摺動性)に優れています。
- 硬度が高い理由:、極めて微細な結晶粒で構成されており、結晶粒界が変形を妨げます。さらに、めっき過程で生じる高い内部応力と水素の固溶が格子を歪ませ、Hv750以上の高い硬度を生み出します。
- 膜厚を厚くすると硬くなる理由:めっき皮膜を厚くすると、硬い皮膜が強い荷重や摩耗に対して下地の比較的柔らかい素材へ力が貫通するのを防ぎ、皮膜本来の高い硬度と耐摩耗性を効果的に発揮できるため、全体として硬く感じられます。
クロムめっき皮膜の摩耗性や滑り性
阜県各務原市にある町工場であるオーエスジーは、もともと金属の表面処理、特にクロムめっきを中心に行っていました。従来のクロムめっきには、摩擦熱で温度が上がりやすい、処理に時間がかかるなどの課題がありました。
:そこで同社は自動車部品などに使われる硬質クロムめっきの技術を応用し、耐摩耗性、滑り性、冷却性に優れた新しい表面処理技術を開発・確立しました。
クロムめっきとは
クロムめっき(Crめっき)は、電気化学的に金属表面にクロムの薄膜を析出させる技術です。耐食性、高硬度、美しい光沢、低摩擦といった特性を与え、自動車部品や機械、日用品などに広く使われます。
耐摩耗性、滑り性に優れる理由は何か
クロムめっきが耐摩耗性と滑り性(摺動性)に優れる理由は、主にその結晶構造と硬度、そして皮膜の特性に基づいています。
1. 非常に高い硬度(耐摩耗性の理由)
硬質クロムめっき皮膜は、ビッカース硬さで HV 800 ~ 1000という極めて高い硬度を持ちます。
- 物理的な強さ: この高硬度により、外部からの摩擦や接触に対して変形したり削れたりしにくいため、部品の寿命が大幅に延びます。これが、優れた耐摩耗性の直接的な要因です。
- 結晶構造: クロムめっきの皮膜は、結晶粒が非常に細かく、水素が固溶した微細な結晶構造を持っていることが、この高い硬さに寄与しています。
2. 低い摩擦係数と滑り性(滑り性の理由)
クロムめっきは、他の多くの金属やコーティングと比較して、摩擦係数が低い特性を持っています。
- 滑りやすさ: 摩擦係数が低いということは、相手材と接触して滑り合う際(摺動時)の抵抗が少ないことを意味します。これにより、部品同士がスムーズに動き、焼き付きや摩耗熱の発生を防ぎます。
- 離型性: 特に硬質クロムめっきを金型に施した場合、製品が型から剥がれやすい離型性にも優れており、生産効率の向上に貢献します。
3. 安定した不動態皮膜(間接的な理由)
前述の通り、表面に形成される安定した酸化クロムの不動態皮膜は、腐食を防ぐだけでなく、摺動環境においても化学的に安定しているため、摩擦相手との不要な化学反応や凝着を防ぎ、安定した滑り性能を維持します。

硬質クロムめっきは、Hv 800超の極めて高い硬度で摩耗を防ぎます。また、摩擦係数が低く、部品同士の抵抗が少ないため、スムーズな滑り性(摺動性)に優れています。
クロムの被膜はなぜ硬いのか
クロムの被膜が非常に硬い(特に硬質クロムめっき)主な理由は、その独特な結晶構造と内部応力にあります。
1. 微細な結晶構造
クロムめっき皮膜は、通常の金属結晶と比べて非常に細かい結晶粒(数ナノメートル~数十ナノメートル)から構成されています。
- ホール・ペッチの関係: 一般に、金属材料は結晶粒が細かいほど硬くなるという法則(ホール・ペッチの関係)が知られています。これは、結晶粒の境界面(粒界)が、変形を引き起こす原因となる転位の移動を妨げる障害物として働くためです。
- 電気めっきの特性: クロムめっきは、高い電流密度と比較的低い温度でめっき処理を行うため、急激に析出が起こり、この微細な結晶構造が形成されます。
2. 内部応力と水素の固溶
硬質クロムメッキ皮膜は、製造工程で避けられない内部応力(引張応力)を多く含んでおり、これも硬さに寄与しています。
- 水素の固溶: めっき処理の際に発生した水素が皮膜内に取り込まれ(固溶)、この水素が結晶格子を歪ませることで、硬さが増すとされています。
- 非平衡状態: 電気めっきで得られるクロムは、熱処理されたクロムとは異なり、熱力学的に非平衡な状態にあり、この不安定な状態が異常な硬さ(高硬度)をもたらす一因とも考えられています。
これらの要因により、クロムめっき皮膜はHv750 ~1000という非常に高い硬度を実現し、優れた耐摩耗性を発揮します。

クロム皮膜は、極めて微細な結晶粒で構成されており、結晶粒界が変形を妨げます。さらに、めっき過程で生じる高い内部応力と水素の固溶が格子を歪ませ、Hv750以上の高い硬度を生み出します。
なぜ膜厚を厚くすると硬くなるのか
「硬くする」という表現は、純粋な硬度(ビッカース硬さHv)の向上というよりも、摩耗に対する強さや耐久性(耐摩耗性)の向上を指すことが多く、その理由は主に以下の2点です。
1. 荷重に対する下地材(素材)の影響の低減
- 薄い皮膜の場合: クロムめっきの皮膜自体は非常に硬い(Hv750)ですが、皮膜が薄すぎると、硬度測定時や実使用時に強い荷重がかかった際、めっき層がすぐに貫通し、下地の比較的柔らかい素材(鉄鋼など)の硬さを拾ってしまいます。結果として、全体として期待する硬さや耐摩耗性を発揮できません。
- 厚い皮膜の場合: めっき皮膜を厚くすることで、外部からの荷重や摩耗がめっき層の途中で吸収され、下地材へ力が貫通するのを防ぎます。これにより、めっき皮膜本来の高い硬度と耐摩耗性が効果的に機能し、硬く(丈夫に)なったと感じられます。
2. クラックの分散と剛性(変形しにくさ)の向上
- クラックと脆さ: 硬質クロムめっきは、その硬さゆえに内部応力を多く含み、微細なクラック(ひび割れ)を生じやすいという特性があります。
- 厚膜の利点: 皮膜を厚くすることで、めっき層自体に剛性が生まれ、変形しにくくなります。また、小さな摩耗や衝撃に対してめっき層全体で耐えることができるため、耐久性が向上します。
硬質クロムめっきで膜厚を厚くするのは、皮膜自体の硬度を上げるためというよりは、皮膜の性能を最大限に引き出し、下地材の影響を排除することで、長期的な耐摩耗性を確保するためです。

めっき皮膜を厚くすると、硬い皮膜が強い荷重や摩耗に対して下地の比較的柔らかい素材へ力が貫通するのを防ぎ、皮膜本来の高い硬度と耐摩耗性を効果的に発揮できるため、全体として硬く感じられます。
装飾クロムめっきの用途は何か
装飾クロムめっき(Decorative Chromium Plating)は、主に美しい外観(光沢)と長期的な耐久性(耐食性・耐変色性)が求められる分野で幅広く利用されます。
1. 自動車・バイク部品
最も代表的な用途です。美しい輝きと、雨や塩害に晒されても錆びにくい特性が活かされます。
- 外装部品:
- エンブレムやロゴ
- ホイールカバーやホイールリム
- グリルやモールディング(装飾帯)
- バンパー(旧車やカスタムカーなど)
- 内装部品:
- ドアハンドルやノブ
- インパネ周りのトリム
2. 水回り・住宅設備
湿度の高い場所や、水に触れる頻度が高い場所で、光沢の維持と耐食性が求められます。
- 水栓金具: 蛇口、シャワーヘッドなど。
- タオル掛けやペーパーホルダー
- ドアノブや取手
3. 家電・日用品
美観やブランドイメージの向上を目的として使われます。
- 家電製品の一部: コーヒーメーカーやトースターなどの外装パーツ
- 家具: パイプ椅子、テーブルの脚、棚のフレームなど
- 文房具: 高級な筆記用具(万年筆、ボールペン)のクリップ部分
- ライターや喫煙具
4. その他
- 楽器: トランペットやサックスなどの一部
- 自転車部品: ハンドル、リム、サドルレールなど(特にクラシックな自転車)
- 装身具: バックルやベルトの金具
装飾クロムめっきは、下地のニッケルめっきによって得られた鏡面光沢を、クロムの不動態皮膜で保護することで、これらの製品の商品価値を長期間維持する役割を担っています。

装飾クロムめっきは、美しい光沢と優れた耐食性を活かし、自動車の外装部品(エンブレム、グリル)、水栓金具、ドアノブ、家電パーツなど、美観と耐久性が求められる日用品や設備に広く使われます。
硬質クロムめっきの用途は
硬質クロムめっき(Hard Chromium Plating)は、装飾用とは異なり、主に機能性、特に耐摩耗性、摺動性(滑りやすさ)、高硬度、耐食性が求められる産業分野で幅広く利用されます。
主要な硬質クロムめっきの用途
硬質クロムめっきは、高い耐久性が要求される機械部品の寿命を延ばし、メンテナンスコストを削減するために不可欠な技術です。
1. 金型・成形部品
製品の品質を左右し、継続的な摩擦にさらされる金型に使用されます。
- 射出成形金型: プラスチック製品の成形に使われ、離型性を向上させ、摩耗を防ぎます。
- プレス金型: 鋼板の打ち抜きや曲げ加工の際の摩耗や焼き付きを防ぎます。
2. 油圧・空圧機器
高い圧力と頻繁な摺動に耐える部品に使用されます。
- 油圧シリンダーロッド: シール(パッキン)との摩擦による摩耗を防ぎ、液漏れを防ぐために非常に重要です。
- ピストンロッド、バルブ
3. 印刷・圧延機械部品
均一な圧力がかかり、連続的な摩擦が生じる部品に使用されます。
- 各種ローラー: 印刷機、製鉄・製紙機械、フィルム製造装置などのローラーやドラム。高い硬度と均一な表面が求められます。
- シリンダー: 摩擦を減らし、耐久性を向上させます。
4. 自動車・エンジン部品
過酷な条件下で高い耐久性が求められる部品に使用されます。
- クランクシャフトやカムシャフトの一部
- ピストンリング
- バルブステム
5. その他産業機械
一般的な機械の寿命と性能を向上させるために使用されます。
- 工具・ゲージ: 摩耗を防ぎ、精度の長期維持に役立ちます。
- シャフト、軸受、摺動面など、常に摩擦にさらされる部品。
硬質クロムめっきの用途は、「摩擦・摩耗・腐食」のいずれかの問題が生じる工業分野全般にわたると言えます。

硬質クロムめっきは、高硬度と低摩擦を活かし、油圧シリンダーロッド、各種ローラー、射出成形金型など、摩耗や摺動に耐える産業機械部品の耐久性・性能向上に必須の機能めっきです。

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