この記事で分かること
- 透過法とは:赤外分光分析の基本的な手法で、薄く前処理した試料に赤外光を直接照射し、試料を透過した光の吸収強度を測定することで、試料全体の分子構造に関するスペクトルを得る方法です。
- 全反射測定法とは:屈折率の高いプリズム内部で赤外光を全反射させ、境界面から浸み出すエバネッセント波を利用します。これにより、試料の表面を前処理なしで迅速に分析する手法です。
- 顕微FT-IRとは:FT-IRに光学顕微鏡を組み込んだ装置です。微小な異物や数μmレベルの極小領域に赤外光を集光し、その部分の分子構造(スペクトル)を非破壊で分析できます。
赤外分光分析の様々な分析手法
機器分析とは、化学反応を用いる古典的な化学分析に対し、物質が持つ物理的・化学的性質を精密な機器で測定し、その物質の成分や構造を分析する方法の総称です。
高感度で迅速な分析が可能であり、微量な成分や複雑な混合物も精度高く分析できるため、現代の科学技術分野で広く利用されています。
今回は様々な赤外分光分析の分析手法についての記事となります。
分光分析とは何か
分光分析は、光と物質の相互作用を測定する手法です。紫外可視分光光度法で濃度、赤外分光法で構造、原子吸光分析法で金属元素の定量、蛍光X線分析法で元素組成、核磁気共鳴分光法で分子構造の解析など、使用する光の種類や原理によって多岐にわたります。
透過法とは何か
透過法(とうかほう、Transmission Method)は、赤外分光分析($\text{IR}$)の最も基本的で標準的な測定法の一つです。
透過法の原理
透過法では、測定したい試料を赤外光が通り抜ける(透過する)際に、分子の振動によって光が吸収される現象を利用します。
- 赤外光の照射: 装置の光源から発せられた赤外光が試料に向かって照射されます。
- 分子による吸収: 試料の分子を構成する原子団(官能基)が、固有の振動エネルギーに一致する特定の波長の赤外光を吸収します。
- 透過光の検出: 試料を透過した後の赤外光を検出器で測定します。
- スペクトルの生成: 吸収されずに透過した光の強度と、元の光の強度を比較することで、どの波長(波数)の光がどれだけ吸収されたかを示すスペクトルが得られます。
この吸収の強さは、ランベルト・ベールの法則(吸光度 Aは濃度 c と光路長 l に比例する:A =εcl)に従い、試料の濃度と光が通過する厚さに依存します。
測定の準備(前処理)
透過法で正確なスペクトルを得るためには、赤外光が十分に通るように試料を準備する前処理が必要です。
- 固体試料の場合:
- KBr錠剤法: 試料を微粉砕し、KBr(臭化カリウム、赤外光をほとんど吸収しない)の粉末と混合して、強い圧力で透明な円盤状の錠剤(ペレット)に成形します。
- 塗布法・溶媒キャスト法: 液体または溶媒に溶かした試料を、赤外光を透過する窓材(例:NaClやKBrの板)に薄く塗布・乾燥させて膜を作ります。
- 液体試料の場合:
- 赤外光を透過する材質で作られたセル(容器)に液体を注入し、光路長が非常に薄い(通常0.1mm程度)状態で測定します。
- 気体試料の場合:
- 両端に窓材を持つ長い光路長のセル(例:数cmから数m)に気体を封入して測定します。
透過法のメリットとデメリット
| メリット | デメリット | |
| メリット | 最も信頼性の高いデータ: ランベルト・ベールの法則が成り立ちやすく、定量分析に適しています。 | 前処理が必要: 試料を非常に薄くしたり、KBrと混ぜたりと、手間がかかります。 |
| 内部構造の情報: 試料の全体(バルク)を透過するため、表面だけでなく内部の情報を得られます。 | 測定が困難な試料: カーボンブラックなどの光を強く吸収する試料や、厚すぎる試料は測定できません。 |
現在では、簡便さからATR法が多用されますが、正確な定量分析や、試料内部の純粋な構造情報を得る必要がある場合に、透過法が選ばれます。

透過法(Transmission Method)は、赤外分光分析の基本的な手法で、薄く前処理した試料に赤外光を直接照射し、試料を透過した光の吸収強度を測定することで、試料全体の分子構造に関するスペクトルを得る方法です。
全反射測定法とは何か
全反射測定法(ぜんはんしゃそくていほう、ATR:Atenuated Total Reflectance)は、試料の前処理がほとんど不要で、特に固体や液体の表面を迅速に分析するために、FT-IRなどで広く用いられる赤外分光分析の測定法の一つです。
ATRの原理
ATR法の測定原理は、光の「全反射」と「エバネッセント波」の現象に基づいています。
1. 全反射
- ATRプリズム(光学結晶):屈折率の高い結晶(ダイヤモンド、ZnSe、Geなど)をプリズムとして使用します。
- 光の入射:このプリズムの内部に赤外光を特定の角度で入射させます。
- 全反射:光はプリズムと、その表面に接している屈折率の低い試料との境界面で全反射を繰り返します。
2. エバネッセント波
- 浸み出し(エバネッセント波):全反射が起こる際、光のエネルギーのごく一部が、プリズムの境界面から非常に浅く(通常、数μm以内)試料側へと浸み出します。この浸み出した電磁場をエバネッセント波と呼びます。
- 吸収: このエバネッセント波が試料の表面に存在する分子の原子団(官能基)と相互作用(振動)し、エネルギーが吸収されます。
- 減衰: 赤外光が吸収されると、エバネッセント波のエネルギーが失われ(減衰され)、プリズム内部に戻る反射光の強度が弱まります。
3. スペクトルの取得
- 測定: 検出器は、全反射後の減衰した光の強度を測定します。
- 結果: これを元の光の強度と比較することで、試料がどの波長(波数)の光を吸収したかを示す、透過法とほぼ同じスペクトルが得られます。
ATRのメリット
ATR法は、特に前処理が難しい試料に対して、以下のような大きな利点があります。
- 前処理がほぼ不要:固体、液体、ペースト、粉末など、ほとんどの試料をそのままプリズム表面に押し当てるだけで測定できます。従来の透過法のように、薄膜化したりKBrと混ぜて錠剤にする必要がありません。
- 迅速な測定:試料の交換が容易で、短時間でスペクトルを取得できます。
- 非破壊的:多くの場合、試料を破壊したり化学的に変化させたりすることなく測定できます。
- 表面分析に特化:エバネッセント波の浸透深さが数$\mu\text{m}$と浅いため、試料の表面層の情報を得たい場合に非常に有用です。
主な用途
プラスチック、ゴム、繊維、塗料、接着剤、液体サンプル、異物など、幅広い分野の品質管理や分析で最も多用されています。

全反射測定法(ATR)は、屈折率の高いプリズム内部で赤外光を全反射させ、境界面から浸み出すエバネッセント波を利用します。これにより、試料の表面を前処理なしで迅速に分析する手法です。
顕微FT-IRとは何か
顕微FT-IR(けんびエフティーアイアール、Micro-FTIR)とは、フーリエ変換型赤外分光光度計(FT-IR)に光学顕微鏡の機能を統合した分析装置です。
顕微FT-IRの概要
この装置の主な目的は、非常に小さな領域や微細な物質(例:数μmレベルの異物や多層フィルムの断面など)を選び出し、その部分のみの赤外吸収スペクトルを非破壊で測定することにあります。
1. 構成要素
- FT-IR本体: 赤外光を生成し、干渉計と検出器を通してスペクトル情報を取得する装置。
- 顕微鏡部:
- 可視光光学系: 試料を観察し、分析したい微小な場所を特定するために使用します。
- 赤外光光学系: 試料上で目的の領域に赤外光を集光し、透過または反射した光を効率よく検出器に戻すための鏡(対物鏡、集光鏡など)で構成されます。
2. 測定の仕組み
- 試料観察: まず、可視光で試料を観察し、分析したい微小な領域を特定し、その周囲に絞り(アパーチャー)を設定します。
- 赤外光の測定: 赤外光は絞りを通過した目的の領域のみに照射され、その部分を透過または反射した光のスペクトルを取得します。
顕微FT-IRの主な特徴と利点
- 微小領域の分析: 通常のFT-IRでは難しい、数μmから数十μmの極小領域や微量試料の分析が可能です。
- 非破壊分析: 試料を溶かしたり破壊したりすることなく、そのままの状態で分析できます。
- マッピング測定: 試料の広い範囲を微小な領域に区切り、各点からスペクトルを取得することで、特定の成分の分布図(ケミカルイメージング)を作成できます。これは、多層フィルムの層構造や、異物の組成分布などを視覚的に把握するのに非常に強力です。
- 多様な測定モード: 透過法、反射法、ATR法など、試料の形態に応じて様々な測定モードを選択できます。特に顕微鏡でATR測定を行う顕微ATRは、微小異物の表面分析に有効です。
主な用途
顕微FT-IRは、特に微小な物質や構造解析が必要な分野で不可欠なツールとなっています。
- 異物分析: 製品に混入した微小な異物(プラスチック片、繊維、粉体など)の材質特定。
- 品質管理: 多層フィルムや塗膜の断面分析を行い、各層の組成や厚さの評価。
- 法医学: 繊維や塗料片などの微細な証拠品の分析。
- 環境科学: マイクロプラスチックの種類の特定。

顕微FT-IRは、FT-IRに光学顕微鏡を組み込んだ装置です。微小な異物や数μmレベルの極小領域に赤外光を集光し、その部分の分子構造(スペクトル)を非破壊で分析できます。

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