この記事で分かること
- 使用されている樹脂:UV硬化性樹脂(光硬化レジスト)が使用されます。インクジェットで塗布できるよう水のように低粘度で、型を押し当てた状態で紫外線を照射すると数秒で硬化します。
- 粘度を下げる方法:「低分子量モノマー」を採用することで、水のようなサラサラな状態を実現しています。また、気泡による欠陥を防ぐため、溶剤で薄めることなく樹脂自体の化学構造のみで極低粘度化を達成しているのが特徴です。
- 精度高く塗布する方法:回路の密度に合わせて樹脂をピコリットル単位で正確に配置します。独自のヘッド制御とシミュレーションにより、液滴の着弾位置と量を最適化しています。
キャノンのナノインプリントの樹脂
キヤノンが宇都宮光学機器事業所の新工場およびナノインプリント(NIL)装置の量産計画を進めています。2027年頃をめどに、ナノインプリント装置を年間10台〜20台規模で販売・供給できる体制を目指しています。
https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00769312
キヤノンは2025年に入り、AI半導体需要の拡大を受けて、これら次世代装置への投資をさらに加速させています。
ナノインプリント装置とは何か
ナノインプリント装置とは、回路パターンを刻んだ型を樹脂に直接押し当てて構造を転写する、半導体製造装置です。高価な光源やレンズが不要なため、従来の露光装置に比べ低コスト・低消費電力で微細化を実現できます。
どのような樹脂が使用されるのか
ナノインプリント装置で使用される樹脂は、一般的に「UV硬化性樹脂(光硬化レジスト)」と呼ばれます。キヤノンの装置では、これをインクジェットヘッドでウェハー上に精密に塗布します。この樹脂には、通常の露光装置用レジストとは異なる3つの大きな特徴があります。
1. 非常に低い粘度
スタンプ(型)を押し当てた際、数ナノメートルという極微細な溝の隅々まで一瞬で樹脂が流れ込む必要があります。そのため、水のようにサラサラとした極低粘度の性質を持っています。
2. UV(紫外線)による瞬間硬化
型を押し当てた状態で上から紫外線を照射すると、数秒でカチカチに固まる性質を持っています。これにより、型を引き離した際にも回路パターンが崩れずに維持されます。
3. 高い「離型性」と「耐エッチング性」
- 離型性: 型を剥がすときに、樹脂が型にくっついて壊れないよう、剥がれやすい成分(フッ素系化合物など)が含まれています。
- 耐エッチング性: 回路を形成した後、不要な部分を削る工程(エッチング)に耐えられる強固な化学構造を持っています。
主な成分構成
特定の製品によりますが、一般的には以下の混合物で構成されています。
| 成分名 | 役割 |
| モノマー / オリゴマー | 樹脂の主成分。光でつながり(重合)、固形分になる。 |
| 光重合開始剤 | 紫外線に反応して、樹脂を固める反応をスタートさせる。 |
| 離型剤 | 型との癒着を防ぎ、スムーズに剥がれるようにする。 |
| 添加剤 | 粘度の調整や、ウェハーへの密着性を高める役割。 |
キヤノンは自社のインクジェットプリンター技術を応用し、この樹脂を「必要な場所に、必要な量だけ(ピコリットル単位)」正確に配置する技術を確立しました。これにより、樹脂の無駄を省き、コストダウンを実現しています。

主に「UV硬化性樹脂(光硬化レジスト)」が使用されます。インクジェットで塗布できるよう水のように低粘度で、型を押し当てた状態で紫外線を照射すると数秒で硬化します。型から剥がれやすい離型性と、その後の加工に耐える強固な化学的耐久性を兼ね備えているのが特徴です。
なぜ、紫外線で硬化するのか
紫外線で樹脂が硬化するのは、樹脂の中に含まれる「光重合開始剤(ひかりじゅうごうかいしざい)」が化学反応のスイッチを入れ以下のようなステップを踏むためです。
- 光を吸収: 樹脂に含まれる「光重合開始剤」が、照射された紫外線のエネルギーを吸収します。
- 反応の種(ラジカル)が発生: エネルギーを得た開始剤が分解し、他の物質と激しく反応しようとする「ラジカル」という分子に変化します。
- 鎖がつながる(重合): このラジカルが、バラバラだった樹脂の主成分(モノマーやオリゴマー)を次々とつなぎ合わせ、巨大な網目状のネットワーク(ポリマー)を作ります。
この反応が数秒という短時間で連鎖的に起きるため、液体だった樹脂が瞬時にカチカチの固体に変わるのです。
どのように粘度を低くしたのか
ナノインプリント用の樹脂(レジスト)の粘度を低く抑えるために、主に「分子量の調整」と「溶剤を使わない特殊設計」という2つのアプローチが取られています。
1. 低分子量の「モノマー」を主成分にする
樹脂は通常、分子が長く連なった「ポリマー(重合体)」になるとドロドロになります。ナノインプリント用樹脂は、極めて短くバラバラな状態の「モノマー(単量体)」を主成分として構成されています。
- 分子が小さいため、液体の中を分子が動き回りやすく、結果として水に近いサラサラした状態(低粘度)を保てます。
2. 「溶剤フリー」の追求
一般的な塗料や接着剤は、溶剤(シンナーなど)で薄めて粘度を下げますが、ナノインプリントでは溶剤を使いません。
- 溶剤が入っていると、型を押し当てた際に溶剤が揮発して気泡(ボイド)ができ、回路が欠損する原因になるからです。
- そのため、溶剤に頼らず、樹脂成分そのものの化学構造を工夫して低粘度化を実現しています。
この低粘度な樹脂を、キヤノンは「インクジェット」で1滴ずつ正確に配置します。

主成分に分子が短く動きやすい「低分子量モノマー」を採用することで、水のようなサラサラな状態を実現しています。また、気泡による欠陥を防ぐため、溶剤で薄めることなく樹脂自体の化学構造のみで極低粘度化を達成しているのが特徴です。
塗布精度を高める方法は
キヤノンがナノインプリント装置で塗布精度を高めるために駆使しているのは、長年培ってきた「インクジェット技術」と「リアルタイムの高度な制御」です。主に以下の3つの手法で精度を極限まで高めています。
1. インクジェットによる「適材適所」の配置
従来の露光装置のようにウェハー全体に樹脂を広げるのではなく、インクジェットヘッドを使い、回路パターンの密度に合わせて必要な場所に、必要な量だけ(ピコリットル単位)滴下します。
- 回路が密集する場所には多めに、隙間がある場所には少なめに配置することで、型を押し当てた際に樹脂が均一に広がるように制御しています。
2. 独自のインクジェットヘッド制御
キヤノンのプリンター技術を応用し、数千個のノズルから吐出される液滴のサイズや速度を個別にコントロールしています。
- 飛行中の液滴の乱れを抑え、狙った場所に数マイクロメートルの誤差もなく着弾させることで、樹脂の厚みのムラを排除しています。
3. 型(マスク)に合わせたシミュレーション
型を押し当てる直前に、樹脂がどのように広がるかを計算し、最適なドット配置を瞬時に算出しています。これにより、樹脂の余りによる「はみ出し」や、不足による「欠損」を防止しています。

長年培ったインクジェット技術を駆使し、回路の密度に合わせて樹脂をピコリットル単位で正確に配置します。独自のヘッド制御とシミュレーションにより、液滴の着弾位置と量を最適化し、樹脂の厚みムラや欠損を極限まで抑えています。

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