この記事で分かること
- 経産省が投資する理由:研究開発費の補助、成果への懸賞金、先端設備の提供などを通じ、民間単独ではリスクが高い初期段階を支援し、国際標準の獲得と産業化を狙います。
- 天然水素とは:地下で岩石と水の反応などにより自然に生成・蓄積された水素のことです。従来の「作る」水素と異なり、石油のように直接採取するため、低コストかつCO2を排出しない究極のクリーンエネルギーとして期待されています。
- どのように採掘するのか:量子センサーを積んだドローンや、自律稼働する水中ロボット(AUV)を多重展開し、広範囲を自動で調査します。得られた膨大なデータをAIで解析し、埋蔵場所や最適な採取ポイントをピンポイントで特定する手法です。
経産省のフロンティア領域への投資:天然水素
経済産業省(METI)が、2040年頃の市場創出を見据えて、次世代技術(AI、半導体など)のさらに先にある「フロンティア領域」として6つの事業分野を特定し、投資を行うことを発表しています。
これらは、民間企業だけではリスクが高すぎて投資が難しいものの、将来的に日本が主導権を握れる可能性が高い分野です。
どのような事業に投資を行うのか
経済産業省が「フロンティア領域」として掲げる6事業への投資は、単なる資金援助にとどまらず、「民間だけではリスクが高すぎて手が出せない初期段階」を政府が支え、2040年頃に日本企業が世界市場を独占できる仕組みを作ることを目的としています。
具体的には、以下のような仕組みで投資や支援が行われる予定です。
1. どのような「形態」で投資されるのか
現在検討されている主な支援メニューは以下の3点です。
- 研究開発基金・補助金(約66億円~)2026年度予算案に計上された予算を使い、大学やスタートアップ、民間企業の研究開発費を直接補助します。
- 懸賞金付きコンテスト(インセンティブ)「天然水素を最初に見つけた」「水中ロボットで特定のミッションをクリアした」といった成果に対して賞金を支払う仕組みです。これにより、多くの企業が競い合って参入する流れを作ります。
- GX経済移行債(脱炭素関連)天然水素や海洋CO2吸収などは「脱炭素」に直結するため、国が発行する「GX経済移行債」を活用した大規模な金融支援(数千億円規模の呼び水)が想定されています。
2. 各事業ごとの具体的な投資ポイント
6つの事業それぞれで、特に注力される投資内容は以下の通りです。
| 事業分野 | 主な投資・支援内容 |
| 天然水素 | 国内外の有望な埋蔵エリアの調査、地下から水素を効率的に取り出す掘削技術の開発。 |
| 海洋ロボティクス | 水深数千メートルで自律稼働するロボット(AUV)の開発、水中通信インフラの整備。 |
| 海洋CO2吸収 | 海水からCO2を分離・回収する設備の試作、海藻などを使った炭素貯留(ブルーカーボン)の実証。 |
| ニューロテクノロジー | 脳信号を正確に読み取る低侵襲なセンサー開発、医療やリハビリでの臨床試験支援。 |
| 極限環境材料 | 宇宙の放射線や深海の超高圧に耐える「新素材」のシミュレーションと製造ラインの構築。 |
| 量子センシング | 超高感度センサーを搭載した小型チップの開発、自動運転車などへの搭載試験。 |
3. なぜ政府が「投資」するのか
これらの領域は、「成功すれば市場を独占できるが、失敗する確率も高い」分野です。
政府が先に投資を行うことで、
- 日本企業が国際的な規格(標準化)を先に作る。
- 銀行や投資家が「国が支援しているなら」と民間マネーを出しやすくする。という環境を整えようとしています。
従来の「今ある産業を助ける」投資ではなく、「まだ存在しない巨大産業をゼロから創り出す」ための先行投資と言えます。

経産省は、天然水素や海洋ロボティクス等、2040年頃に市場創出が見込まれる未踏領域へ投資します。具体的には、研究開発費の補助、成果への懸賞金、先端設備の提供などを通じ、民間単独ではリスクが高い初期段階を支援し、国際標準の獲得と産業化を狙います。
天然水素採取とは何か
「天然水素(ゴールド水素)」は、今までの水素の常識を覆すかもしれない非常にエキサイティングな分野です。
これまでの水素は、天然ガスを加工したり(グレー水素)、電気分解したり(グリーン水素)と、人間が「作る」ものでした。しかし、天然水素は石油や天然ガスのように、地下から「掘り出す」ものです。
天然水素が発生する仕組み
地下では、主に以下の2つの反応によって水素が絶えず生成されています。
- 蛇紋岩化作用(じもんがんかさよう)マントル付近にある鉄分を多く含んだ岩石が、高温の水と反応して酸化する際に水素が発生します。
- 水の放射線分解地中の放射性元素が発するエネルギーによって、地下水が分子レベルで分解され、水素が発生します。
なぜ「ゲームチェンジャー」と呼ばれるのか
これまでの「作る水素」と比較して、圧倒的なメリットがあるからです。
- 驚異の低コスト「作る」ために必要な大規模なプラントや膨大な電気代がかかりません。推定コストは、グリーン水素の10分の1以下(1kgあたり1ドル未満)になると予測する研究者もいます。
- 真のクリーンエネルギー製造過程でCO2を排出しないのはもちろん、地球が自然に作り出し続けているため、枯渇しにくい「再生可能」な側面も持っています。
- 24時間安定供給太陽光や風力のように天候に左右されず、地下から安定して採取し続けることができます。
課題と現状
「夢のエネルギー」に見えますが、実用化にはまだハードルがあります。
- どこにあるか分からない:目に見えず、これまでの化石燃料とは溜まっている場所(地質構造)が異なるため、探査技術の確立が急務です。
- 漏れやすい:水素は宇宙で最も小さい分子なので、貯留層から逃げ出しやすく、効率的にトラップ(封じ込め)されている場所を見つける必要があります。
現在の動向
アフリカのマリ共和国では、すでに天然水素を掘り当て、村の電力をまかなっている実例があります。
これをきっかけに、現在アメリカ、オーストラリア、フランスなどで大規模な調査が進んでおり、日本政府(経産省)も「日本近海や陸地に眠っていないか」の本格的な調査に乗り出そうとしています。

天然水素(ゴールド水素)とは、地下で岩石と水の反応などにより自然に生成・蓄積された水素のことです。従来の「作る」水素と異なり、石油のように直接採取するため、低コストかつCO2を排出しない究極のクリーンエネルギーとして期待されています。
どのように探索を行うのか
経産省が主導する「フロンティア領域」の探索は、従来の「人間が現地に行く」手法から、「最新テクノロジーを組み合わせた遠隔・非破壊の自動探索」へと大きくシフトします。
1. 「量子センシング」による超高感度な透視
地下や海底を掘る前に、地表や空中から「何がどこにあるか」を特定します。
- 重力・磁気センサー: 量子技術を用いた超高感度センサーをドローン等に搭載し、地下のわずかな密度変化や磁気の乱れをキャッチして、水素の貯留層や鉱物資源を「透視」します。
2. 「海洋ロボティクス」による自動マッピング
人間が潜れない深海(水深3,000m〜6,000m超)では、ロボットが主役です。
- 自律型水中探査機(AUV): 複数のAUVを同時に展開し、チームで連携(群制御)させながら海底地形や海水の成分を自動で調査します。
- 持続的な監視: 海洋CO2吸収量を測定するため、長期間海底に留まりデータを送る「定点観測ロボット」も活用されます。
3. AIによる「極限環境データ」の解析
探索で得られた膨大なデータをAIが解析します。
- 予測モデルの構築: 「どのような地質構造に天然水素が溜まりやすいか」をAIに学習させ、目星をつけた場所をピンポイントで掘削(投資の効率化)します。
- デジタルツイン: 宇宙や深海などの極限環境をデジタル上で再現し、開発した新素材が耐えられるかを事前にシミュレーションします。

量子センサーを積んだドローンや、自律稼働する水中ロボット(AUV)を多重展開し、広範囲を自動で調査します。得られた膨大なデータをAIで解析し、埋蔵場所や最適な採取ポイントをピンポイントで特定する手法です。
天然水素はどれくらい埋蔵されているのか
天然水素(ゴールド水素)の埋蔵量については、近年の研究で人類のエネルギー需要を数百年単位で満たせるほど膨大である可能性が示唆されており、世界中で「水素版ゴールドラッシュ」が起きつつあります。
1. 世界の推定埋蔵量
米国地質調査所(USGS)などの最新の研究によれば、地中には驚くべき量の水素が眠っていると推計されています。
- 総量: 地下に約 5兆トン 眠っているという推計があります。
- 利用可能な量: そのうち、技術的に採取可能なものがわずか 2% であったとしても、世界全体のエネルギー需要(現在の水素消費量ベース)の約200年分を賄えるとされています。
- 比較: 過去10億年に生成された総量は、石油消費量の17万年分に相当するという極めて楽観的な試算もあります。
2. 日本国内の可能性
日本は火山国であり、天然水素が発生しやすい「蛇紋岩(じゃもんがん)」が広く分布しているため、実はポテンシャルが高いと考えられています。
- 有力候補地: 長野県の白馬村周辺などが、水素が自然に湧き出している場所として注目されています。
- 調査状況: 2025年度から、エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が国内の埋蔵ポテンシャルを把握するための本格的な動向調査を開始しています。
3. 埋蔵量に関する「期待」と「現実」
これほど膨大な量が推計されている一方で、課題も明確です。
- 「どこにあるか」が未特定: 石油と違い、水素がどこに溜まっているかを探し当てる技術がまだ確立されていません。
- 「回収できるか」: 広く薄く分布している場所が多く、経済的に見合う(採掘コストが安く済む)「巨大な溜まり場」を見つけられるかどうかが鍵です。
もしこの水素が安価に掘り出せれば、日本のエネルギー自給率は一気に跳ね上がる可能性があります。

世界全体で約5兆トン、回収可能な分だけでも人類の需要数百数年分が埋蔵されているとの推計があります。日本も火山国特有の地質から有望視されており、国を挙げて「水素の溜まり場」を探す調査が始まっています。

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