AMDと米エネルギー省のAIスパコン共同開発 どのような開発を行うのか?AMDが選ばれた理由は何か?

この記事で分かること

  • 開発の内容:総投資10億ドルでAIスパコンを共同開発します。これは、原子力、核融合、創薬などの重要分野における科学的問題を5〜10倍速く解決し、米国のAI・HPC分野での優位性を確保することを目的としています。
  • AMDが選ばれたわけ:世界最速級のスパコン「Frontier」などでHPC実績があること、InstinctシリーズがAI要件を満たすこと、そしてオープンな技術で米国のAI主権を確保し、迅速な展開を可能にするためです。
  • NVIDIAではない理由:独占的なCUDAエコシステムによるベンダーロックインを避け、競争を促すためです。また、AMDのHPC実績とオープンソース戦略が、DOEのAI主権と迅速な展開の要件に適合したためです。

AMDと米エネルギー省のAIスパコン共同開発

 AMDが米エネルギー省(DOE)と共同でAIスパコン(スーパーコンピューター)を開発すると報道されています。

 https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-10-28/T4TAGJGOYMTL00

 総投資額10億ドルに上る大規模なプロジェクトであり、高性能コンピューティング分野でのイノベーション技術開発における米国のリーダーシップを強化する一環と捉えられます。

どんな開発を行うのか 

 AMDと米エネルギー省(DOE)が共同で行うAIスパコンの開発は、主に科学的発見の加速米国の技術的優位性の確保に焦点を当てています。具体的な開発内容や目的は以下の通りです。


開発の主な目的と応用分野

 この新しいAIスパコンは、従来のスーパーコンピューターの計算能力と、AIの機械学習能力を融合させることを目指しています。

  • 科学的問題の解決速度向上:
    • 2025年~2030年の間に、現在のシステムの5倍から10倍の速度で科学的問題を解決できるスーパーコンピューターを導入する意向がDOEにはあります。このプロジェクトもその一環です。
  • 重要な研究分野の加速:
    • 原子力: 原子力技術や核セキュリティに関する研究。
    • 核融合エネルギー: クリーンエネルギーとしての核融合実現に向けたシミュレーションとモデリング。
    • 創薬: 膨大な分子データやタンパク質の情報を処理し、新しい治療法や薬の開発を加速。
    • 複雑な実験の実行: 現在の機械では処理が困難な、膨大な量のデータを伴う複雑なシミュレーションと実験を可能にします。

戦略的な重要性

 この共同開発は、技術的な側面に加えて、国家的な戦略的な重要性も持っています。

  • 米国のリーダーシップ確保:
    • 高性能コンピューティング(HPC)と人工知能(AI)の分野において、グローバルな競争相手に対抗し、米国の技術的リーダーシップを確保することを目的としています。

技術的な特徴(推測される点)

総投資額10億ドルという規模から、AMDの最先端技術が投入されることが予想されます。

  • AMD製CPUとGPUの採用:
    • AMDの高性能なCPU(例:EPYCシリーズ)と、AI/HPC向けの高性能GPU(例:Instinctシリーズ)がシステムの中核として採用される可能性が高いです。
    • これらのチップを組み合わせることで、ペタフロップス級(またはそれ以上)の膨大な計算能力を実現します。
  • AIに最適化されたアーキテクチャ:
    • 機械学習モデルの訓練(トレーニング)と推論(インファレンス)を高速に行うために、AIワークロードに特化したアーキテクチャやインターコネクト技術が導入されると見られます。

 AMDとDOEが、世界最速クラスのAI機能を搭載したスパコンを開発し、米国のエネルギー・科学研究を飛躍的に進める」プロジェクトです。

AMDと米エネルギー省は、総投資10億ドルでAIスパコンを共同開発します。これは、原子力、核融合、創薬などの重要分野における科学的問題を5〜10倍速く解決し、米国のAI・HPC分野での優位性を確保することを目的としています。

AIスパコン市場の半導体チップの有力メーカーはどこか

 AIスパコン市場、特にAIの訓練(トレーニング)や大規模な科学計算に使われる高性能コンピューティング(HPC)チップの分野における有力メーカーは以下の通りです。


トップランナーと有力メーカー

 現在の市場は、特定のGPU(画像処理半導体)メーカーが圧倒的なシェアを持っていますが、競合他社も猛追しています。

1. NVIDIA(エヌビディア): 絶対的リーダー

  • 特徴: AIスパコンおよびデータセンター向けGPU市場で圧倒的なシェア(9割超とされることも)を誇るリーダーです。
  • 主要製品:
    • AI処理に特化したGPUであるH100(Hopper)、H200、B200(Blackwell)などのシリーズ。
  • 強み: ハードウェアの性能に加え、AI開発のための強力なソフトウェアプラットフォームであるCUDA(クーダ)のエコシステムが、開発者を囲い込み、他社に対する大きな「参入障壁」となっています。

2. AMD(アドバンスト・マイクロ・デバイセズ): 猛追するチャレンジャー

  • 特徴: NVIDIAを追随する最大の競合であり、高性能コンピューティング市場でのシェア拡大に注力しています。
  • 主要製品:
    • AI/HPC向けのGPUアクセラレータInstinct MI300シリーズ
  • 強み: CPU(EPYCシリーズ)とGPUの両方を手掛けるため、統合的なソリューションを提供できます。前述の米エネルギー省との共同開発もこの戦略の一環です。

3. Intel(インテル): CPUの巨人による参入

  • 特徴: 長年CPU市場の巨人として君臨してきましたが、AI・HPC分野でも存在感を高めています。
  • 主要製品:
    • データセンター向けCPUXeonのAI機能強化。
    • AI専用チップ(ASIC)であるGaudiシリーズ(旧Habana Labs)。
    • スーパーコンピューター向けGPUPonte Vecchioなど。
  • 強み: 既存の広範なデータセンターインフラと、CPU市場での確固たる地位を基盤に、AI分野にも深くコミットしています。

その他の重要プレーヤー

 巨大テック企業も、自社のクラウドサービス向けにAI処理に特化したカスタムチップを開発しており、この市場に大きな影響を与えています。

  • Google: TPU (Tensor Processing Unit) – 自社のクラウド(Google Cloud)とAIワークロードに最適化されたカスタムASIC(特定用途向け集積回路)。
  • Amazon (AWS): Inferentia / Trainium – AWSのクラウドサービス向けに、AIの推論と訓練に特化したカスタムチップ。
  • Microsoft: Maia – 自社の大規模AIモデル運用に特化したカスタムAIチップ。

 AIスパコン市場では、NVIDIAのGPUがデファクトスタンダード(事実上の標準)となっていますが、AMDが強力な製品とDOEのような戦略的パートナーシップで追撃し、Intelや巨大クラウド企業がカスタムチップで独自の領域を築いているという状況です。

エネルギー省がAMDを選んだ理由は何か

 米エネルギー省(DOE)がAMDをAIスパコン開発に選んだ主な理由は、以下の3つの戦略的要素に基づいています。


1. 圧倒的なHPC(高性能コンピューティング)の実績と信頼

 DOEがAMDを選んだ最も大きな理由は、AMDがすでに世界最高峰のスパコンをDOEに提供し、その性能が証明されていることです。

  • 世界最速クラスの実績: DOEのオークリッジ国立研究所(ORNL)にあるスパコン「Frontier」は、一時期、世界スパコンランキング「TOP500」で世界最速を記録しました。また、ローレンス・リバモア国立研究所に建設中の次期エクサスケール・システム「El Capitan」もAMDの技術を採用しており、これらも世界最速クラスです。
  • 技術的な優位性: AMDの高性能なEPYC CPUと、AI/HPC向けGPUアクセラレータであるInstinctシリーズ(特にMI300/MI400シリーズ)が、DOEが求めるAIと科学計算の融合に必要な性能とエネルギー効率を満たしていると評価されました。

2. 米国の技術的優位性の確保(AI主権)

 このパートナーシップは、単なる技術開発ではなく、国家的な戦略の一環です。

  • グローバル競争への対抗: AIおよびHPCの分野で、グローバルな競争相手に対抗し、米国の技術的リーダーシップを維持・強化することが目的です。
  • オープンなAIスタック: AMDは、オープンソースソフトウェアオープンスタンダードに基づいたプラットフォーム(ROCmなど)を推進しており、これによりDOEは特定のベンダーに依存することなく、AIの主権(Sovereign AI)を確保できる利点があります。

3. 迅速なAI能力の展開

 DOEは、AI能力を「最速」でオンライン化することを重視しており、AMDとの協力モデルはその要求に応えています。

  • 「Lux」の迅速な展開: 開発される2つのスパコンのうち、「Lux」は、新しい官民連携モデルを採用することで、非常に短期間(数カ月〜1年以内)で展開される予定であり、AMDのCEOも「これほどの規模で見た中で最速の展開」と述べています。これは、DOEの近接したAI能力ニーズを迅速に満たすのに不可欠です。

 AMDは実績のあるHPC技術を持ち、NVIDIAに対抗し得る強力なAIチップを提供することで、DOEの国家的なAI戦略目標迅速な能力展開という二つの重要な要求を満たせる唯一無二のパートナーとして選ばれた、と言えます。

エネルギー省がAMDを選んだのは、世界最速級のスパコン「Frontier」などでHPC実績があること、InstinctシリーズがAI要件を満たすこと、そしてオープンな技術で米国のAI主権を確保し、迅速な展開を可能にするためです。

エヌビディアではない理由は何か

 米エネルギー省(DOE)がAIスパコン開発でNVIDIAではなくAMDを選んだ理由には、いくつかの戦略的な側面があります。これは、単にNVIDIAが劣っていたというよりも、DOEの特定の要件と戦略にAMDがより適合したためと考えられます。


1. 競争原理の維持とリスク分散

  • ベンダーロックインの回避: NVIDIAはAIチップ市場で圧倒的なシェア(約9割)を持ち、その強力なソフトウェアエコシステム「CUDA」は非常に優れていますが、一方で特定のベンダーに依存する「ベンダーロックイン」のリスクを伴います。
  • 技術的な競争の促進: DOEのような国家機関が大規模なプロジェクトで複数の有力メーカーと協力することは、市場における技術競争を維持・促進し、イノベーションを加速させるという戦略的な狙いがあります。AMDの採用は、NVIDIA一強体制へのカウンターとなる側面があります。
  • 実績の分散: DOEは、AMDのチップで動く「Frontier」などの世界最速クラスのスパコンをすでに所有しており、技術的な信頼があります。これにより、異なるアーキテクチャを持つシステムを並行して運用し、リスクを分散させることができます。

2. オープンスタンダードと柔軟性(AI主権)

  • オープンソース志向: AMDは、NVIDIAのクローズドなCUDAに対抗するため、ROCmというオープンソースのソフトウェアスタックを推進しています。DOEは、このオープンな環境を重視しており、これにより特定の企業に縛られず、国内で開発されたシステム上でAIモデルの訓練と展開を行う「AI主権(Sovereign AI)」を確保しやすくなります。
  • 特定のHPC要件への適合: DOEが求める核融合や科学シミュレーションといった分野では、従来のHPCの要件も重要であり、AMDのGPU(Instinctシリーズ)が提供するHPC向け機能や統合的なCPU-GPUソリューションが、これらの複雑な科学的ワークロードにより適していた可能性があります。

3. コストと迅速な展開

  • コストパフォーマンス: 一般的に、AMDのAIチップはNVIDIAの最上位機種と比較して安価でありながら、同等またはそれに近い性能(8割程度とされることも)を提供すると評価されることがあります。国家予算を使うDOEにとって、コストパフォーマンスは重要な選定理由の一つです。
  • 迅速な展開の実現: 今回のプロジェクトでは、AIスパコン「Lux」を異例のスピードで展開することが目標とされています。AMDとの新しい官民連携モデルは、この迅速性を実現するための鍵となりました。

 NVIDIAは市場の絶対王者ですが、DOEは戦略的な意図(競争促進、AI主権、コスト効率)を持って、高性能と実績を兼ね備えたチャレンジャーであるAMDをパートナーに選んだと言えます。

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