この記事で分かること
- 使用される生分解性ポリマー:PHBH(ポリヒドロキシブチレート-co-3-ヒドロキシヘキサノエート重合体)などが用いられます。
- 生分解性ポリマーを用いる利点:使用後に微生物によって水と二酸化炭素に分解されるため、マイクロプラスチック汚染を防ぎ、環境負荷を大幅に軽減します。また、バイオマス由来で資源を節約し、従来の人工芝と同等の性能を持つため、持続可能な社会に貢献します。
- どのように分解されるのか:自然界の微生物が分泌する酵素によって低分子化されます。その後、微生物がこれらを栄養源として取り込み、最終的に二酸化炭素と水に完全に分解されます。
カネカの生分解性バイオポリマーを用いた人工芝
カネカは、生分解性バイオポリマー「Green Planet®」を用いた人工芝の開発に積極的に取り組んでいます。
https://www.kaneka.co.jp/topics/news/2025/nr2506101.html
特に注目されるのは、ミズノとの共同開発による「生分解性人工芝シリーズ」です。
生分解性人工芝の特徴と利点はなにか
生分解性人工芝は、従来の石油由来の人工芝とは異なり、環境負荷を大幅に軽減できる次世代の素材として注目されています。主な特徴と利点は以下の通りです。
環境負荷の低減
- マイクロプラスチック問題の軽減: 最大の利点は、使用後に自然環境中で微生物によって水と二酸化炭素に分解される点です。これにより、従来の人工芝が引き起こすマイクロプラスチック汚染のリスクを大幅に低減できます。特に、海に流れ出た場合でも分解される海洋生分解性を持つものは、海洋生態系への影響を最小限に抑えられます。
- 資源の節約とCO2排出量の削減: 主に植物由来のバイオマスを原料としているため、石油資源の使用量を減らせます。製造から廃棄までのライフサイクル全体で、従来の人工芝に比べて温室効果ガスの排出量を抑制できる可能性があります。
- 廃棄物問題の解決: 寿命が来た際に焼却や埋め立て以外の選択肢が生まれます。適切に処理されれば、最終的に自然に還るため、廃棄物量の削減に貢献します。
安全性と持続可能性
- 人や動物への配慮: 分解される過程で有害物質を発生させないため、人や動物にとってもより安全な選択肢となります。
- 持続可能な社会への貢献: 地球温暖化対策や循環型社会の実現に向けた、より持続可能な素材として、SDGs(持続可能な開発目標)への貢献が期待されます。
性能と汎用性
- 従来の人工芝と同等の性能: 最新の生分解性ポリマーは、耐久性、クッション性、風合いなど、従来の人工芝と遜色のない性能を実現しています。スポーツ用途でも十分に対応できる品質が開発されています。
- 幅広い用途への展開: スポーツ施設、公園、庭、ベランダなど、従来の人工芝が使われていた様々な場所で代替品として利用できます。
このように、生分解性人工芝は環境への配慮、資源の持続可能性、そして実用的な性能を兼ね備えた、非常に有望な技術と言えるでしょう。

生分解性人工芝は、使用後に微生物によって水と二酸化炭素に分解されるため、マイクロプラスチック汚染を防ぎ、環境負荷を大幅に軽減します。また、バイオマス由来で資源を節約し、従来の人工芝と同等の性能を持つため、持続可能な社会に貢献します。
人工芝はどのように作られるのか
従来の人工芝は、主に石油由来のプラスチック(ポリプロピレン、ポリエチレン、ナイロンなど)を原料として、いくつかの主要な工程を経て製造されます。一般的な製造工程は以下の通りです。
- 原料の準備(ヤーンの製造):
- まず、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)、ナイロン(PA)などのプラスチックペレットに、芝の色を出すための顔料や紫外線による劣化を防ぐためのUV安定剤などの添加剤を混ぜ合わせます。
- この混合物を高温で溶かし、小さな穴が開いた金型(ダイ)から押し出して、細い糸状のフィラメント(繊維)を形成します。この工程を「押出成形(extrusion)」と呼びます。
- 押し出された糸は冷却され、さらに引き伸ばされて強度と伸縮性を持たせます。この引き伸ばしの過程で、芝の形状(平らなもの、V字型、C字型など)を付与することもあります。
- 最終的に、これらの細い糸は「ヤーン」と呼ばれ、大きなスプール(糸巻き)に巻き取られます。
- タフティング(Tufting:芝を基布に植え込む工程):
- 次に、ヤーンを「基布(きふ)」(通常はポリプロピレン製の織布)に縫い付けていきます。この工程は「タフティング」と呼ばれ、大型のミシンのような機械(タフティングマシン)を使用します。
- タフティングマシンには多数の針が付いており、ヤーンを基布の裏側から表側に突き通し、ループ状に引き出します。
- その後、引き出されたループ状のヤーンの先端をカットすることで、芝の葉のような形状になります。芝の長さや密度は、この工程で調整されます。
- バッキング処理(裏面加工):
- タフティングされただけの状態では、芝の葉が基布から抜けやすいため、裏面に接着剤を塗布して固定する「バッキング処理」を行います。
- 一般的には、ラテックス(ゴム)やポリウレタンなどの接着剤が使用され、基布の裏面全体に均一に塗られます。
- この接着剤を塗布することで、芝の葉がしっかりと固定され、耐久性が向上します。
- 接着剤が塗られた後、乾燥炉に通して完全に乾燥させます。
- この際、水はけを良くするための「透水穴」を開ける加工も行われることがあります。
- 仕上げ・検査:
- 乾燥後、芝の長さを均一にするためにトリミング(刈り込み)が行われます。
- 最後に、製品の品質基準(耐久性、耐摩耗性、UV耐性、色落ちの有無など)を満たしているかどうかの検査が行われ、ロール状に巻かれて出荷されます。
このように、従来の人工芝は石油由来の素材と複数の加工工程を経て製造され、その過程で多くのエネルギーが消費され、最終的には廃棄物として自然界に残るという環境負荷が課題とされてきました。
カネカの生分解性ポリマーを使った人工芝は、これらの課題を解決する可能性を秘めた技術と言えます。

従来の人工芝は、石油由来のプラスチック(ポリプロピレンなど)を高温で溶かし、細い糸(ヤーン)に加工します。次に、このヤーンを基布に縫い付け、裏面に接着剤を塗布して固定し、乾燥させて作られます。
どのような物質がバイオポリマーとして、使われるのか
カネカが生分解性人工芝に主に使っている物質は、同社が開発したバイオポリマーである「Green Planet®」です。
「Green Planet®」は、化学名をPHBH(ポリヒドロキシブチレート-co-3-ヒドロキシヘキサノエート重合体)といい、以下の特徴を持っています。
- 100%バイオマス由来: 植物油などを原料として、微生物の発酵プロセスによって生産されるポリマーです。これにより、石油資源の使用量を削減し、持続可能性に貢献します。
- 高い生分解性: 土中だけでなく、海水中でも微生物によって水と二酸化炭素に完全に分解されます。これが、海洋マイクロプラスチック問題の解決に大きく寄与する点です。
- 優れた物性: 従来のプラスチックと同等の加工性や強度、耐久性を持つように設計されており、人工芝としての使用に耐えうる性能を実現しています。
この「Green Planet®」が、生分解性人工芝の葉の部分に主に使われています。さらに、ミズノとの共同開発では、人工芝の充填材(ゴムチップの代替など)にもこの「Green Planet®」を用いた生分解性の材料が使われる予定です。
また、カネカの「Green Planet®」以外にも、生分解性人工芝の開発では以下のような素材が検討されたり、実際に一部製品で使われたりしています。
- 紙の糸: 国際紙パルプ商事株式会社の「OJO⁺(オージョ)」のように、マニラ麻を原料とした和紙から作られた紙の糸をパイル部分に使用する人工芝もあります。これも高い生分解性を持ち、環境負荷軽減に貢献します。
- ポリ乳酸(PLA): 植物澱粉などを原料とする生分解性プラスチックで、農業用シートや一部の使い捨て製品などに利用されています。人工芝への応用も考えられます。
しかし、現時点でのカネカの主力は、特に海洋生分解性という点で強みを持つ「Green Planet®(PHBH)」であると言えます。

カネカが生分解性人工芝に主に使っているのは、PHBH(ポリヒドロキシブチレート-co-3-ヒドロキシヘキサノエート重合体)という物質で高い生分解性と優れた物性をもっています。
PHBHはどのように生分解されるのか
PHBH(ポリヒドロキシブチレート-co-3-ヒドロキシヘキサノエート重合体)の生分解は、主に自然界に存在する微生物の働きによって進行します。そのメカニズムは以下の段階で説明できます。
1. 微生物による「認識」と「付着」
PHBHが土壌や海中などの自然環境に存在すると、その表面に様々な種類の微生物(バクテリア、真菌など)が付着し始めます。
これらの微生物の中には、PHBHを栄養源として利用できるものが存在します。
2. 酵素による「加水分解(ポリマーの短鎖化)」
微生物は、PHBHのような高分子プラスチックを直接細胞内に取り込むことができません。そのため、微生物はPHBHの表面に分解酵素(PHBHデポリメラーゼなど)を分泌します。
この酵素は、PHBHの分子鎖を構成しているエステル結合を標的として、加水分解という化学反応を起こします。加水分解によって、PHBHの長い高分子鎖が、モノマー(単量体)やオリゴマー(数個のモノマーが結合した短い鎖)といった低分子量の化合物に分解されます。この過程で、PHBHの構造は徐々に崩れていきます。
3. 微生物による「取り込み」と「代謝」
酵素によって低分子化されたモノマーやオリゴマーは、微生物にとって取り込み可能なサイズになります。
微生物はこれらの分解産物を細胞内に取り込み、自身のエネルギー源や細胞を構成する栄養源として利用します。
細胞内に取り込まれた分解産物は、さらに微生物の代謝経路(例:β酸化経路、クエン酸回路など)に乗って分解が進みます。
最終的には、二酸化炭素(CO2)と水(H2O)にまで完全に分解されます。このCO2と水は、再び自然界の炭素循環や水循環に戻っていきます。
PHBHの強み:海洋生分解性
PHBHの特筆すべき点は、従来の生分解性プラスチックの一部が分解しにくいとされる海水中でも、非常に高い生分解性を示すことです。
これは、PHBHを分解できる酵素や微生物が、海水環境にも広く存在しているためです。これにより、意図せず海洋に流出した場合でも、マイクロプラスチックとして蓄積するリスクを大幅に低減できます。
このように、PHBHは微生物が分泌する酵素によって低分子化され、その後微生物がその低分子化された物質を栄養源として利用し、最終的に水と二酸化炭素にまで分解されるという、自然界の循環メカニズムに沿ったプロセスで生分解されます。

PHBHは、自然界の微生物が分泌する酵素によって低分子化されます。その後、微生物がこれらを栄養源として取り込み、最終的に二酸化炭素と水に完全に分解されます。海洋中でも効率的に分解されるのが特徴です。
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