旭化成のヘルスケア領域への投資 どのような事業があるのか?なぜ、ヘルスケアに力を入れるのか?

この記事で分かること

  • ヘルスケア事業の内容:医薬事業での免疫・腎疾患等に特化したグローバル展開、医療機器(ZOLL)事業での心肺関連疾患領域の拡大、バイオプロセス事業での医薬品製造の安全・生産性向上を追求しています。
  • 力を入れる理由:グローバルで高成長が見込め、景気変動に左右されにくい安定した収益源となるためです。

旭化成のヘルスケア領域への投資

 旭化成は、2030年度に向けてヘルスケア領域を「第3の柱」として位置づけ、グローバル・ヘルスケア・カンパニーへの変革を加速させる戦略を掲げています。

 旭化成の領域ごとの売上比率は、最新の公開情報(主に2024年3月期決算時点)に基づくと以下の通りです。

  • マテリアル領域: 約45.3%
  • 住宅領域: 約34.3%
  • ヘルスケア領域: 約19.9%
  • その他: (ごくわずか)

 2027年度までの中期経営計画で想定される長期投資計画約1兆円のうち、約6,700億円を拡大関連投資に充て、その半分をヘルスケア領域に集中投資するとしています。

どのようなヘルスケア事業を検討しているのか

 旭化成がヘルスケア事業で検討している具体的な内容は、主に以下の3つの領域に集約されます。

医薬事業(グローバルスペシャリティファーマへの変革)

  • 重点領域: 免疫・移植、腎疾患、重症感染症などのスペシャリティ疾患。これらの領域は、アンメットメディカルニーズ(まだ満たされていない医療ニーズ)が高く、特定の疾患に特化することで、大手製薬会社と直接競合せず、効率的な事業運営を目指しています。
具体的な取り組み
  • パイプラインの拡充: 新薬候補の研究開発を強化し、M&A(企業の買収・合併)やライセンスイン(他社から技術や製品の実施権を獲得すること)を積極的に活用して、製品ラインナップを増やします。特に、医薬の最大市場である米国を中心に拡大を進めています。
  • 「One AK Pharma」体制: 旭化成ファーマとVeloxis社の各機能を統合し、グローバルで事業基盤を確立。多様な背景を持つグローバルな経営陣で構成され、医薬事業のリソースを集約し最適に配分することで、効率的な開発・販売体制を構築します。

医療機器事業(ZOLL事業の拡大)

  • 重点領域: 重篤な心肺関連疾患。心肺停止や心臓病などの救命救急医療において、高い技術力を持つ医療機器を提供しています。
具体的な取り組み
  • ベストインクラスの技術ポートフォリオ: クリティカルケア分野における最先端の技術を活用し、事業を拡大。
  • 周辺市場への事業領域拡大: 既存の強みを活かしつつ、関連する医療分野への展開も検討しています。例えば、着用型除細動器などが挙げられます。

バイオプロセス事業

  • 重点領域: 医薬品製造における安全性と生産性の向上。特にバイオ医薬品の製造プロセスに関連する製品やサービスを提供しています。
具体的な取り組み
  • Planova™フィルター: 抗体医薬品や血漿分画製剤などの製造工程で使用されるウイルス除去フィルターなど、医薬品の安全性を高める製品を提供。
  • バイオセーフティ試験サービス: 医薬品製造の安全性を確保するための試験サービスを提供し、事業ポートフォリオを拡大。
  • 設備投資: 米国や日本での生産能力増強など、需要拡大に対応するための投資を行っています。

 これらの事業領域において、旭化成はM&Aを成長戦略の重要な要素と位置づけ、特にヘルスケア領域への投資を強化することで、2030年度の目標達成とグローバル・ヘルスケア・カンパニーとしての地位確立を目指しています。

旭化成は2030年に向け、医薬事業で免疫・腎疾患等に特化したグローバル展開、医療機器(ZOLL)事業で心肺関連疾患領域の拡大、バイオプロセス事業で医薬品製造の安全・生産性向上を追求しています。。M&Aも活用し、ヘルスケアを「第3の柱」とします。

パイプラインの拡充とは何か

 医薬品開発における「パイプライン」とは、製薬企業が研究・開発中の新薬候補化合物や、承認申請中、あるいは承認されたばかりの新しい薬剤の「品揃え」や「一覧」を指します。

 石油がパイプラインを流れていくように、研究段階から臨床試験、承認、販売へと進んでいく一連のプロセスにある製品群をイメージした言葉です。

「パイプラインの拡充」とは、この新薬候補の数を増やし、多様化させることを意味します。具体的には、以下のような目的や方法があります。

  • 将来の成長基盤の強化: 新薬開発は成功率が低く、時間も費用もかかります。複数の新薬候補を持つことで、どれか一つが失敗しても、他の候補でカバーでき、将来の安定的な収益源を確保できます。
  • ポートフォリオの多様化: 特定の疾患領域だけでなく、様々な疾患領域の薬剤を開発することで、リスクを分散し、より幅広い医療ニーズに対応できるようになります。
  • 収益の持続性確保: 既存の医薬品はいずれ特許切れを迎え、後発医薬品(ジェネリック)との競争にさらされます。新たな医薬品を継続的に市場に投入することで、収益の柱を維持・拡大します。
  • 競争力の向上: 革新的な新薬やアンメットメディカルニーズに応える薬剤が増えれば、企業の競争力が高まります。

 「パイプラインの拡充」は、自社での研究開発だけでなく、他社からのライセンスイン(新薬候補の権利を購入すること)や、M&A(他の製薬企業やバイオベンチャーを買収すること)によっても行われます。旭化成が医薬事業でM&Aやライセンスインを積極的に推進すると述べているのは、まさにこのパイプラインの拡充を目的としています。

「パイプラインの拡充」とは、製薬企業が研究開発中の新薬候補や新薬の品揃えを増やすことを指します。将来の安定した収益源確保、リスク分散、競争力強化のため、自社開発に加え、M&Aやライセンスインで新薬候補を獲得します。

ZOLL事業とは何か

 ZOLL事業とは、旭化成グループのヘルスケア領域の中核を担う、ZOLL Medical Corporation(ゾール・メディカル・コーポレーション)が展開する救命救急医療(クリティカルケア)機器の事業のことです。

 ZOLL Medical Corporationは米国に本社を置く企業で、2012年に旭化成が買収しました。

主な事業内容

  • 除細動器: AED(自動体外式除細動器)や医療従事者向けの除細動器など。心停止した患者の心臓に電気ショックを与え、正常なリズムに戻すための機器です。特に、胸骨圧迫の質を向上させるフィードバック機能を持つAEDなどが特徴です。
  • 着用型自動除細動器(LifeVest®): 心臓突然死のリスクが高い患者が、万が一心停止を起こした場合に自動で電気ショックを行う、着用型の機器です。
  • 自動心肺蘇生システム: 心肺停止時の胸骨圧迫を、人力ではなく機械的に行い、一貫した質の高い心肺蘇生をサポートするシステムです。
  • 体温調節装置: 患者の体温を管理する装置で、心停止後の脳保護や、重症頭部外傷、くも膜下出血、熱中症などの患者の治療に用いられます。
  • ITソリューションシステム: 救急医療の現場におけるデータ管理や連携を支援するソフトウェアなど。

 ZOLL事業は、心肺停止や重篤な心臓・呼吸器疾患など、生命に関わるクリティカルな状況における患者の転帰改善と救命に貢献することを目指しています。旭化成は、このZOLL事業をヘルスケア領域の成長ドライバーとして、グローバルに展開・拡大していく方針です。

ZOLL事業は、旭化成傘下の米国企業が展開する、救命救急医療機器の事業です。除細動器、着用型自動除細動器、自動心肺蘇生システムなどを提供し、心停止や重篤な心肺関連疾患患者の救命に貢献。旭化成のヘルスケア成長戦略の柱です。

なぜヘルスケアを強化するのか

 旭化成がヘルスケア領域の強化を進める理由は、主に以下の点が挙げられます。

  1. 高成長市場であること:
    • 世界的に高齢化が進み、医療ニーズはますます高まっています。特にスペシャリティ疾患やクリティカルケアといった分野は、アンメットメディカルニーズ(いまだ満たされていない医療需要)が大きく、安定した成長が見込める市場です。
    • マテリアル領域が市況変動の影響を受けやすい一方で、ヘルスケア領域は比較的景気変動に左右されにくく、安定した収益源となり得ます。
  2. 収益性の高さとM&Aによる成長機会:
    • 医薬品や医療機器は、研究開発に多額の投資が必要ですが、成功すれば高い利益率を確保できます。
    • 特にスペシャリティファーマ戦略では、競争の少ないニッチな領域に特化することで、高い収益性を維持しながら、大規模な営業費用を抑えることが可能です。
    • グローバルでのM&Aや提携を通じて、新たな技術や製品を取り込み、事業規模を迅速に拡大できる機会が豊富に存在します。旭化成も大型のM&Aを視野に入れています。
  3. 既存技術とのシナジーと社会貢献性:
    • 旭化成は、素材分野で培った高分子技術や膜技術などが、医療機器や医薬品製造プロセス(バイオプロセス)に応用できるなど、既存の技術とのシナジーが期待できます。
    • 「人びとの“いのち”と“くらし”に貢献する」という旭化成グループの理念にも合致しており、企業としての社会貢献性も高まります。
  4. 事業ポートフォリオの最適化:
    • 現在、旭化成の売上はマテリアル領域が最大の比率を占めていますが、同領域は市況変動の影響を受けやすい側面があります。ヘルスケア領域を「第3の柱」として強化することで、事業ポートフォリオのバランスを改善し、企業全体のレジリエンス(回復力)を高め、持続的な成長を実現することを目指しています。
    • 特に、高資本効率で安定的成長を実現している住宅領域で創出するキャッシュを、ヘルスケア領域など高成長が期待できる事業の拡大に活用する戦略もとられています。

 これらの理由から、旭化成はヘルスケア領域を将来の成長エンジンと位置づけ、積極的な投資と事業再編を進めているのです。

旭化成がヘルスケアを強化するのは、グローバルで高成長が見込め、景気変動に左右されにくい安定した収益源となるためです。マテリアル領域のポートフォリオ最適化を図りつつ、高い収益性を確保できる医薬品・医療機器分野に投資を集中し、企業全体の持続的成長と社会貢献を目指します。

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