この記事で分かること
- ネクスペリアとは:オランダ発の半導体メーカーで、中国の聞泰科技傘下です。主に自動車や産業機器に不可欠な汎用的なトランジスタ、ダイオード、ロジックICなどを年間数千億個規模で供給する、世界の電子部品サプライチェーンで極めて重要な企業です。
- 出荷停止となった理由:オランダ政府が安全保障上の懸念から中国系親会社傘下のネクスペリアの経営権を掌握したことに対し、中国政府が対抗措置として中国工場からの製品輸出を禁止しています。
- 他社製品で穴埋めできない理由:ネクスペリアの供給量が圧倒的なため、他社が短期間で代替生産できる余剰能力がないからです。また、車載部品は認証に時間がかかり、すぐに他社製品に切り替えられないためです。
ネクスペリアの出荷停止による自動車向け半導体不足
オランダの半導体メーカーネクスペリアを巡るオランダ政府と中国政府の対立により、同社の半導体出荷が停止し、特に自動車産業で深刻な半導体不足と生産停止の懸念が生じています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC219H30R21C25A0000000/
この対立は、パンデミック後に世界を襲った半導体不足の再燃、あるいはそれ以上の深刻なサプライチェーン危機を招く恐れがあり、関係各国政府と企業の間で解決に向けた協議が続けられています。
ネクスペリアはどんな企業か
ネクスペリア(Nexperia B.V.)は、オランダに本社を置くディスクリート、ロジック、およびMOSFETデバイスを専門とする世界的な半導体メーカーです。
最先端のCPUやメモリのような先端半導体ではなく、「コモディティ製品(汎用品)」と呼ばれる、あらゆる電子機器に不可欠な基本的な電子部品を大量に製造・供給しているのが大きな特徴です。
企業の主な特徴
- 設立と背景:
- 2017年にNXPセミコンダクターズから独立して設立されました。
- 設立の背景には、数十年にわたる半導体製造の実績があり、独立後も積極的な成長戦略をとっています。
- 現在は中国の聞泰科技(Wingtech Technologies)の完全子会社となっています。
- 主力製品:
- ディスクリート製品:
- トランジスタ、ダイオード(SiC含む)、ESD(静電気放電)保護デバイスなど。
- 特にトランジスタやダイオードの市場で高いシェアを持ち、中核となる製品群です。
- ロジック製品:
- 標準ロジック、ミニロジック、レベルシフタ(電圧変換器)など。
- ロジック製品の出荷数量は世界トップクラスです。
- MOSFET:
- パワーMOSFET、小信号MOSFETなど。特に車載向けの小型パッケージ技術(LFPAKなど)に強みを持っています。
- 最近では、GaN(窒化ガリウム)やSiC(炭化ケイ素)といったワイドバンドギャップ(WBG)半導体や、パワーマネジメントIC、インタフェースICなどにも製品ラインナップを拡大しています。
- ディスクリート製品:
- 事業規模と市場:
- 年間数千億個の半導体部品を製造・販売する高い生産能力を持ちます。
- 製品は、自動車、産業機器、通信インフラ、モバイル、民生機器など、非常に幅広い用途に使用されています。
- 特に自動車市場では、製品の多くがAEC-Q100/Q101などの厳しい車載規格に適合しており、世界中の自動車メーカーのサプライチェーンで重要な役割を担っています。
今回の問題における重要性
ネクスペリアの製品は、高性能なメインチップではありませんが、車のあらゆる電子制御ユニット(ECU)に必要不可欠な基本部品です。そのため、今回の出荷停止が続くと、自動車の製造に必要な「たった一つの欠けた部品」となり、最終的な自動車生産の停止に直結する懸念が生じています。

ネクスペリアはオランダ発の半導体メーカーで、中国の聞泰科技傘下です。主に自動車や産業機器に不可欠な汎用的なトランジスタ、ダイオード、ロジックICなどを年間数千億個規模で供給する、世界の電子部品サプライチェーンで極めて重要な企業です。
出荷停止となった理由は何か
ネクスペリアの半導体が出荷停止となった主な理由は、オランダ政府による経営権掌握に対する中国政府の対抗措置です。
これは、米中間の技術覇権争いが第三国であるオランダの企業に波及し、サプライチェーンの分断を引き起こした結果です。
1. オランダ政府の「介入(経営権掌握)」
- 時期と理由: 2025年9月末、オランダ政府は物資可用性法を発動し、中国の聞泰科技傘下にあるネクスペリアの管理権を一時的に掌握しました。
- 背景:
- 国家安全保障: 機密性の高い半導体技術が中国へ移転される可能性への懸念。
- ガバナンスへの懸念: 中国人CEOのリーダーシップの下での健全な経営に疑義が生じたこと。
- 米国の圧力: 米国政府が、ネクスペリアの中国親会社が米国のエンティティ・リストに追加されたことを受け、オランダ政府に欧州事業の切り離しを求めたこと。
2. 中国政府の「対抗措置(輸出禁止)」
- 措置の内容: オランダ政府の介入を受け、中国商務部は、ネクスペリアの中国子会社(および下請け業者)に対し、中国国内で製造された特定の完成品やサブアセンブリの海外への輸出を禁止する措置を発動しました。
- 停止の直接原因: ネクスペリアの生産工程では、欧州(ドイツなど)でウェハー製造を行った後、製品の約80%が中国に送られ、パッケージング(最終組み立て)が行われています。中国からの輸出が禁止されたため、完成品を出荷できなくなり、顧客への供給がストップしました。
この一連の動きにより、ネクスペリアは顧客に対し、この状況が契約上の義務を免除される「フォース・マジュール(不可抗力)」事態に当たると通知し、チップの出荷保証ができなくなっています。

オランダ政府が安全保障上の懸念から中国系親会社傘下のネクスペリアの経営権を掌握したことに対し、中国政府が対抗措置として中国工場からの製品輸出を禁止したためです。
同業他社の増産で対応できない理由は何か
同業他社がネクスペリアの供給停止分をすぐに代替できない理由は、主に以下の3点に集約されます。
1. 圧倒的な供給規模(スケールメリット)
ネクスペリアは、トランジスタやダイオードといった汎用部品の分野で世界最大級のサプライヤーであり、年間数千億個という桁外れの量を供給しています。
- 代替生産の困難さ: 他のメーカーも汎用部品を生産していますが、ネクスペリアの供給量を短期間で代替生産できるほどのキャパシティ(生産能力)の余裕がありません。
- 市場シェア: 特にキーとなるトランジスタやダイオードの市場では、ネクスペリアが市場シェアの約40%を占めているとされ、その欠落を埋めるのは極めて困難です。
2. 製品認証・プロセス変更の壁
自動車業界では、品質と信頼性を確保するために、使用する部品ごとに厳格な認証プロセスが設けられています。
- 車載グレードの認証: ネクスペリアの部品は、既に各自動車メーカーやティア1サプライヤーによってAEC-Q100/Q101などの車載規格で認証されています。
- 代替品への切り替え時間: 他社製の代替部品を使う場合でも、品質評価、耐久試験、ECU(電子制御ユニット)の再設計と再認証に数ヶ月から年単位の時間を要します。単なる汎用品であっても、自動車向けは簡単に別メーカーのものに置き換えられません。
3. 成熟ノード半導体の生産制約
ネクスペリアが主に製造しているのは、成熟した製造プロセス(成熟ノード)を用いた汎用チップです。
- 設備投資の傾向: 現在、世界の半導体メーカーの新規設備投資は、AIや高性能コンピューティング向けの最先端チップに集中しています。
- 既存ラインのフル稼働: 汎用チップの製造ラインは、パンデミック後の半導体不足以降、既にほぼフル稼働状態にあり、急な増産に対応するための余剰能力がほとんど残っていません。
これらの要因から、ネクスペリアの出荷停止分は「汎用品だから」といって簡単に埋め合わせることができず、自動車産業全体に深刻な影響を与えています。

ネクスペリアの供給量が圧倒的なため、他社が短期間で代替生産できる余剰能力がないからです。また、車載部品は認証に時間がかかり、すぐに他社製品に切り替えられないためです。
今後の動向はどうなるのか
ネクスペリアを巡る問題の今後の動向は、政治的な交渉の結果と、それに伴うサプライチェーンの対応にかかっており、予断を許さない状況です。
短期的な動向(数週間以内)
- 自動車生産の混乱:
- 自動車メーカーの持つネクスペリア製チップの在庫は、一般的に数週間程度しかもたないと予測されています。
- この期間内に中国からの出荷が再開されない場合、欧州、米国、アジアなどの主要な自動車工場で生産停止が現実のものとなる可能性が極めて高いです。
- ドイツ自動車工業会(VDA)など、各国の自動車団体は事態の早急な解決を強く要求しています。
- 外交交渉:
- 問題解決の鍵は、オランダと中国の間の政治的な協議にかかっています。
- オランダのカレマンス経済相が中国を訪問し、輸出禁止措置の解除について話し合うなど、水面下および公式の場で交渉が続けられています。しかし、現時点では解決に至ったとの報告はありません。
中長期的な動向(数ヶ月~)
- サプライチェーンの見直し:
- この紛争は、汎用チップという「地味だが不可欠な部品」においても、サプライチェーンの地政学的な脆弱性を浮き彫りにしました。
- 自動車メーカーは、代替品の認証プロセス(数ヶ月を要する)を急ぐとともに、特定の地域(中国)に依存しすぎないよう、調達先を多角化(マルチソース化)する動きを加速させる可能性があります。
- ネクスペリアの将来的な体制:
- オランダ政府の介入は1年間を期限とする異例の措置であり、この間にネクスペリアの経営体制や技術流出リスクへの対応がどうなるかが注目されます。
- 中国親会社(聞泰科技)が法廷闘争を含めた対抗措置を講じる可能性もあり、企業の支配権を巡る争いは続く見通しです。
- 米中対立の更なる波及:
- 今回の事例は、米中間の技術対立が、半導体製造装置だけでなく、成熟した技術を持つ第三国の汎用部品メーカーにも波及したことを示しています。
- 今後、他の同様のサプライヤーや産業に対しても、同様のリスクが広がる可能性があります。

オランダと中国の政治交渉が解決の鍵です。早期に出荷再開しなければ、自動車メーカーは数週間で在庫が尽き、大規模な生産停止に陥る恐れがあります。長期的には調達先の多角化が加速します。

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