この記事で分かること
- 炭素NMRとは:磁場を利用して分子内の炭素原子の環境を調べる分析手法です。全炭素の約1.1%存在する13Cを観測し、その数や結合状態から、分子の「炭素骨格」を直接特定できる点が最大の特徴です。
- なぜ、水素に比べ化学シフトが大きいのか:結合に関与する電子(2p軌道)の変化が劇的に磁場へ影響するためです。この「常磁性遮蔽項」という効果が強く働くことで、電子密度のわずかな差が大きな化学シフトの差として現れます。
- 13Cを観測の利点:水素を持たない「カルボニル基」や「四級炭素」を含む分子の解析に最適です。水素NMRでは見えない分子の中心(骨格)を直接観測できるため、複雑な有機化合物の正確な構造決定には欠かせない手法です。
炭素NMR
機器分析とは、化学反応を用いる古典的な化学分析に対し、物質が持つ物理的・化学的性質を精密な機器で測定し、その物質の成分や構造を分析する方法の総称です。
高感度で迅速な分析が可能であり、微量な成分や複雑な混合物も精度高く分析できるため、現代の科学技術分野で広く利用されています。
今回は炭素NMRに関する記事となります。
炭素NMRとは何か
炭素NMR(13C-NMR)は、有機化学や材料科学において、分子の「炭素の骨格」を直接観察するための非常に強力な分析手法です。
1. 炭素NMRで何がわかるのか?
水素NMR(1H-NMR)が分子の「外側(水素)」を見るのに対し、炭素NMRは「中心(炭素)」を見ます。
- 炭素の種類: 分子の中に何種類の炭素があるか。
- 炭素の環境: その炭素がどんな原子(酸素、窒素など)と結合しているか。
- 結合の性質: 単結合なのか、二重結合(ベンゼン環など)なのか。
2. なぜ「13C」なのか
私たちが普段目にする炭素のほとんど(約99%)は「12C」という種類ですが、実はこれはNMRでは観測できません。 観測できるのは、自然界にわずか 1.1% しか存在しない「13C」という同位体だけです。
>1.1%しかないので信号が弱く、昔は測定に時間がかかりました。しかし、現在は技術向上により、数分から数時間で鮮明なデータが得られるようになっています。
3. チャート(スペクトル)の読み方
炭素NMRの結果は、横軸に「化学シフト(ppm)」をとったグラフで表されます。
| 化学シフトの範囲 (ppm) | 特徴的な炭素の種類 |
| 0 ~ 50 | アルカン(単結合の炭素:CH3, CH2 など) |
| 50 ~ 100 | アルコールやエーテル(酸素と結合した炭素) |
| 100 ~ 150 | アルケン、ベンゼン環(二重結合の炭素) |
| 150 ~ 220 | カルボニル基(C=O:エステル、ケトン、アルデヒドなど) |
4. 炭素NMRの大きなメリット
- 重なりが少ない: 水素NMRに比べてグラフの幅が広く(0〜200ppm以上)、ピーク同士が重なりにくいため、複雑な分子でも構造を特定しやすいです。
- 四級炭素が見える: 水素が一つもついていない炭素(例:C=O や 4つの炭素と結合した炭素)も、はっきりと検出できます。

13C-NMRとは、磁場を利用して分子内の炭素原子の環境を調べる分析手法です。全炭素の約1.1%存在する13Cを観測し、その数や結合状態から、分子の「炭素骨格」を直接特定できる点が最大の特徴です。
なぜシフトの幅が広いのか
水素NMRの幅が約10ppm程度なのに対し、炭素NMRが約200ppm以上と非常に広い理由は、主に「電子との距離」と「遮蔽(しゃへい)効果」の違いにあります。
1. 原子核が「むき出し」に近い
炭素は水素に比べて電子を多く持っており、他の原子と結合した際に自身の電子の状態(電子密度)が劇的に変化します。
NMRの信号位置(化学シフト)は、原子核の周りの電子が磁場をどれくらい遮るか(遮蔽)で決まるため、電子状態の変化が激しい炭素は、その分シフトの動きも大きくなります。
2. 反磁性遮蔽と常磁性遮蔽
- 水素の場合: ほぼ「1s軌道」の電子のみが関与するため、変化の幅が限定的です。
- 炭素の場合: 2p軌道などの複雑な電子配置が関与し、「常磁性遮蔽項」という効果が強く働きます。これが化学シフトを大きく低磁場側(数値の大きい方)へ引き延ばす要因となっています。
幅が広いおかげで、似たような環境にある炭素同士でもピークが重なりにくく、一本一本を識別しやすいという実用上の大きなメリットが生まれています。

炭素は水素に比べ、結合に関与する電子(2p軌道)の変化が劇的に磁場へ影響するためです。この「常磁性遮蔽項」という効果が強く働くことで、電子密度のわずかな差が大きな化学シフトの差として現れます。
プロパンとプロペンの測定結果の違いは
プロパンとプロペンでは、「二重結合の有無」によってスペクトルの数と位置(化学シフト)が劇的に変わります。
1. ピークの「数」の違い(対称性の違い)
- プロパン (CH3-CH2-CH3): 左右対称なので、両端のメチル基は同じものとして扱われます。結果、2本のピークが出ます。
- プロペン (CH2=CH-CH3): 二重結合があるため対称性が崩れ、3つの炭素すべてが異なる環境になります。結果、3本のピークが出ます。
2. ピークの「位置」の違い(化学シフト)
二重結合(sp2炭素)は、単結合(sp3炭素)よりも大きく左側(高ppm側)に現れます。
| 化合物 | 炭素の種類と位置 (目安) |
| プロパン | CH3(約16ppm), CH2 (約16.5ppm) → すべて右側(高磁場) |
| プロペン | CH3 (約19ppm), =CH- (約133ppm), =CH2 (約115ppm) |
プロペンを測定すると、100ppmを超えたあたりに2本の鋭いピーク(二重結合由来)が見えるのが最大の特徴です。これにより、一目で「不飽和結合がある」と断定できます。

プロパンは左右対称なため2本、プロペンは対称性が崩れ3本のピークが現れます。また、プロペンは二重結合(sp2炭素)の影響で、100〜140ppm付近に2本の大きなシフトが出るのが特徴的です。
なぜ二重結合によってシフトが跳ね上がるのか
炭素NMRにおいて、二重結合(sp2炭素)が単結合(sp3炭素)よりも大きく左側(高ppm側)にシフトする理由は、主に「電子の混成軌道」と「電子密度の低さ」にあります。
1. sp2 混成軌道の影響(s性の増加)
単結合の炭素は sp3 混成ですが、二重結合の炭素は sp2 混成です。
- sp2 軌道は sp3 よりも「s軌道」の性質が強いため、電子が原子核の近くに引き寄せられます。
- その結果、炭素原子核の周りの電子密度が実質的に下がり、外部磁場を打ち消す「遮蔽効果」が弱まります(これを脱遮蔽と呼びます)。
2. π 電子の広がり
二重結合を形成する π 電子は、単結合の電子に比べて動きやすく、外部磁場がかかると分子内で特殊な電流(環電流に近い効果)を生じさせます。
この誘導磁場が、外部磁場を強める方向に働くため、原子核はより強い磁場を感じてしまい、化学シフトが大きく跳ね上がるのです。

二重結合の炭素(sp2)は単結合(sp3)に比べ、s軌道の性質が強く電子を引き込むため、核の周りの遮蔽が弱まります。さらに、π電子の影響で外部磁場が強まり、100ppm以上の低磁場側へ大きくシフトします。
水素NMRよりも炭素NMRが適した構造解析例は
炭素NMRが水素NMRよりも圧倒的に威力を発揮するのは、以下のような「水素が少ない、または全くない炭素」を含む構造を解析する場合です。
1. カルボニル基(C=O)の特定
ケトン、エステル、アミドなどのカルボニル基には水素が直接結合していません。
- 水素NMR: 隣の炭素の水素への影響(間接的)しか分かりません。
- 炭素NMR: 160〜220ppm付近に直接ピークが出るため、カルボニル基の種類を一発で特定できます。
2. 四級炭素(水素を持たない炭素)の検出
4つの炭素と結合している炭素(ネオペンチル構造など)は水素を持ちません。
- 水素NMR: この炭素の存在は「空白」になり、推測するしかありません。
- 炭素NMR: すべての炭素がピークとして現れるため、分子の「骨格の数」を正確にカウントできます。
3. 対称性の高い芳香族化合物
ベンゼン環に多くの置換基がついた化合物(多置換ベンゼン)などでは、水素が数個しか残りません。
- 水素NMR: 信号が少なすぎて、どこに置換基があるか判断が難しいです。
- 炭素NMR: 6つの炭素すべて(あるいは対称性に応じた数)を確認できるため、置換位置の特定が容易です。

水素を持たない「カルボニル基」や「四級炭素」を含む分子の解析に最適です。水素NMRでは見えない分子の中心(骨格)を直接観測できるため、複雑な有機化合物の正確な構造決定には欠かせない手法です。

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