この記事で分かること
- 閉鎖の理由:相模原製作所など他拠点への集約によって、開発・生産機能の集約化を目的としています。
- 開発、製造していた製品: FPD(フラットパネルディスプレイ)用露光装置、生物顕微鏡、工業顕微鏡・産業機器などの開発、製造を行っていました。
- FPD用露光装置とは:スマートフォンやテレビのガラス基板に、光を用いて微細な回路パターンを焼き付けるための超精密な機械です。
ニコンの横浜製作所閉鎖
ニコンは横浜製作所(神奈川県横浜市)を2025年9月30日付で閉鎖することを発表しました。
https://www.jp.nikon.com/company/news/2025/0821_01.html
この閉鎖は、開発・生産機能の集約化を目的としています。横浜製作所は様々な製品の研究開発や製造を担ってきました。閉鎖後は、これらの機能と人員を相模原製作所などの拠点に集約し、より効率的な事業運営を目指します。
横浜製作所ではどんな製品を製造しているのか
ニコンの横浜製作所では、多岐にわたる精密機器の研究開発と製造が行われていました。主な製品カテゴリとその詳細は以下の通りです。
1. FPD(フラットパネルディスプレイ)用露光装置
- 概要: スマートフォンやタブレット、薄型テレビなどに使われるFPDの製造に不可欠な装置です。
- 技術的特徴: FPDの大型化・高精細化に対応するため、高解像度でのパターニングや、ガラスプレートの歪みを計測・補正するニコン独自の技術が投入されていました。
- 役割: 世界中のパネルメーカーに提供され、FPDの生産性向上に大きく貢献していました。横浜製作所は、このFPD露光装置の開発・設計・試作を主に担う拠点でした。
2. 生物顕微鏡
- 概要: 医療や生命科学分野の研究で利用される顕微鏡です。
- 役割: 細胞内の超微細構造を観察できるナノスケール観察技術を実現するなど、バイオサイエンスや創薬分野の発展に寄与する最先端の顕微鏡の研究開発と製造を行っていました。
3. 工業顕微鏡・産業機器
- 概要: 製造業における品質検査や研究開発に用いられる顕微鏡や測定システムです。
- 製品例: 非接触三次元測定機やCNC(コンピュータ数値制御)画像測定システム、光干渉顕微鏡システムなど、製造現場の最先端プロセスに貢献する製品が開発・製造されていました。
横浜製作所は、これらの精密な光学技術と計測技術を基盤とした製品群の、特に研究開発と製造の中核を担う拠点でした。閉鎖後は、これらの機能が他の事業所に集約されることになります。
FPD(フラットパネルディスプレイ)用露光装置とは何か
FPD(フラットパネルディスプレイ)用露光装置とは、スマートフォンやテレビ、PCモニターなどに使われるFPDの製造工程において、微細な回路パターンをガラス基板に焼き付けるための非常に精密な装置です。
役割と仕組み
FPD露光装置の役割は、半導体製造で使われる「露光装置」に似ています。FPDの製造工程では、以下の手順で回路が形成されます。
- 感光性レジストの塗布: ガラス基板の表面に、光に反応する特殊な液体(感光性レジスト)を薄く塗布します。
- フォトマスクの配置: 形成したい回路パターンが描かれた「フォトマスク」を、ガラス基板の上に置きます。
- 露光(焼き付け): 露光装置が紫外線などの光をフォトマスクに照射します。光がフォトマスクを通過し、回路パターンが感光性レジストに転写(焼き付け)されます。
- 現像: 露光された部分とされなかった部分で化学変化が起きるため、現像液で不要な部分を取り除くことで、回路パターンが完成します。
この一連の工程をフォトリソグラフィと呼び、FPD用露光装置はその中心的な役割を担います。
技術的特徴
FPD用露光装置は、半導体用露光装置とは異なる、ディスプレイ特有の技術を必要とします。
- 大型化への対応: FPDは大型化が進んでおり、露光装置もテニスコート一面に匹敵するほどの巨大な装置となっています。
- 高精度な露光: スマートフォンなどに使われる高精細ディスプレイでは、画素(ピクセル)の制御回路が髪の毛の約75分の1の細かさ(約1.2μm)まで微細化されています。この極めて微細なパターンを、巨大なガラス基板全体に正確に焼き付けるには、高度な光学技術や高精度のステージ制御技術が不可欠です。

FPD用露光装置は、スマートフォンやテレビのガラス基板に、光を用いて微細な回路パターンを焼き付けるための超精密な機械です。これにより、高精細な画像を表示するための画素(ピクセル)が形成されます。
FPD用露光装置でのニコンの強みは何か
ニコンのFPD用露光装置における最大の強みは、高解像度と高生産性を両立させる独自の技術力にあります。特に以下の点が挙げられます。
1. マルチレンズシステム
FPDは大型化が進んでいますが、ニコンは複数の投影レンズを並べて精密に制御する「マルチレンズシステム」という独自技術を持っています。これにより、単一の巨大なレンズを使うかのように広い範囲にわたって回路を正確に露光することができ、生産性を大幅に向上させています。
2. 高精度な歪み補正技術
製造過程でガラス基板に生じるわずかな歪みを、高精度に計測し、露光中にリアルタイムで補正する機能を持っています。これにより、基板の歪みに左右されずに常に高精細で正確な回路を形成することが可能です。
3. 半導体露光装置で培った技術の応用
ニコンは半導体露光装置のトップメーカーの一つでもあり、その分野で培ったナノレベルの精密な光学技術や高解像度技術を、FPD用露光装置にも応用しています。これにより、高精細なディスプレイ製造に対応しています。
これらの強みにより、ニコンはFPD製造装置市場において、特に高精細な大型ディスプレイや、新しい技術を必要とする分野で重要な役割を果たしています。

ニコンのFPD用露光装置の強みは、複数レンズを精密に制御する技術により、大型基板でも高解像度と高生産性を両立できる点です。半導体露光装置で培った高精度な光学技術も活かされています。
マルチレンズシステムでなぜ広く、正確に露光できるのか
ニコンのマルチレンズシステムは、複数の小型レンズを並べて一つの大きなレンズのように機能させることで、広く正確な露光を実現しています。これは、主に以下の2つの理由によります。
1. 広く露光できる理由
フラットパネルディスプレイの製造に使うガラス基板は非常に大きく、単一のレンズで全体を露光することは技術的にもコスト的にも困難です。そこで、マルチレンズシステムでは、複数のレンズを格子状に配置し、それぞれのレンズが担当する領域に同時に光を照射します。
これにより、広範囲を一括で露光することが可能となり、露光回数を減らすことで生産性を大幅に向上させています。複数のレンズを並べることで、巨大な基板の露光を効率的に行えるわけです。
2. 正確に露光できる理由
ガラス基板は、熱などの影響でわずかに歪みが生じます。この歪みは、露光の精度を大きく損なう原因となります。
マルチレンズシステムは、個々のレンズが担当する狭い領域の歪みを個別に精密に計測し、露光中にリアルタイムで補正することができます。単一の巨大なレンズでは難しい、局所的な歪みの検出と補正が可能なため、基板全体のわずかな変形にも追従し、極めて高い精度で回路パターンを形成できます。これにより、歩留まり(製品の良品率)の向上にも貢献しています。

複数の小型レンズを並べることで、巨大な基板全体を一気に露光でき、生産性が向上します。さらに、個々のレンズが担当する領域の歪みを個別に補正するため、全体として極めて正確な露光が可能です。
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