京セラのiPrint研究所とのインクジェット技術協業 インクジェット技術とは?どのような協業を行うのか?

この記事で分かること

  • インクジェット技術とは:微小な液滴をノズルから対象物に非接触で正確に吐出し、印刷や塗布を行うデジタル技術です。
  • インクジェット技術の応用例:家庭用プリンターに加え、3D印刷、有機ELなどのディスプレイ製造や電子回路形成(プリンテッド・エレクトロニクス)に利用されます。さらに、布地への捺染やバイオ3Dプリンティングなど、幅広い産業で精密な塗布・造形に活用されています。
  • 協業の内容:Print研究所の施設に専用スペースを設け、特殊インク・材料の評価を共同で行います。3D印刷、塗装、プリンテッド・エレクトロニクスなど、インクジェット技術の新規用途開拓を目指します。

京セラのiPrint研究所とのインクジェット技術協業

 京セラ株式会社は、スイスに拠点を置くインクジェット技術に特化した公的研究機関であるiPrint研究所協業を開始しました。

 https://www.kyocera.co.jp/prdct/inkjet-printheads/news/2025/news20251007.html

 協業の目的は京セラが持つ独自のインクジェット技術を生かし、3D印刷塗装プリンテッド・エレクトロニクスなど、新規用途への展開を目指すこととしています。

インクジェット技術とは何か

 インクジェット技術とは、微小な液滴をノズルから対象物へ直接、非接触で射出(吐出)し、印刷や塗布を行うデジタル技術です。家庭用プリンターから産業用途まで幅広く利用されています。

 この技術の最大の特長は、版(印刷用の型)が不要であるため、デジタルデータに基づいたオンデマンド(必要な時、必要な分だけ)の印刷が可能であり、小ロット生産やデザインの変更に柔軟に対応できる点です。

仕組みと主な方式

 インクジェット技術の核心は、インクを微細な液滴として正確に吐出する「プリントヘッド」にあります。主に以下の2つの方式が広く使われています。

1. ピエゾ方式(Piezoelectric System)

  • 原理: 圧電素子(ピエゾ素子)という、電圧を加えると伸縮するセラミックスを利用します。
  • ノズル付近のインク室の壁にピエゾ素子を取り付け、電圧をかけることで壁を機械的に変形・加圧し、その圧力波によってインクをノズルから押し出します。
  • 特徴:
    • 熱を使わないため、インクの組成(粘度など)に幅広く対応でき、熱に弱い機能性材料なども使えるため、3D印刷やプリンテッド・エレクトロニクスなどの産業用途で多く採用されています。
    • 吐出する液滴の量を電圧制御で精密にコントロールできるため、高画質化にも有利です。

2. サーマル方式(Thermal/Bubble Jet System)

  • 原理: ノズル付近のヒーターを瞬間的に加熱し、インクを沸騰させて気泡を発生させます。
  • この気泡が膨張する際の圧力でインクをノズルから押し出します。
  • 特徴:
    • 構造が比較的シンプルで、ノズルの高密度化や小型化がしやすいです。
    • 主に家庭用やオフィス用のプリンターで普及しています。

応用分野の広がり

 インクジェット技術は、従来の紙への印刷だけでなく、その非接触・高精細な液滴制御能力を活かして、様々な分野で応用されています。

分野応用例
商業・産業印刷大判ポスター、テキスタイル(布地)捺染、建材、パッケージ印刷など
エレクトロニクスプリンテッド・エレクトロニクス(導電性インクを用いた回路の形成)、ディスプレイの製造(有機ELなど)
医療・バイオバイオ3Dプリンター(細胞などを吐出して組織を造形)、試薬の精密塗布、遺伝子検査薬の配置など
その他3Dプリンティング(セラミックス、樹脂など様々な材料を積層)、特殊コーティング(塗装)など

インクジェット技術は、微小な液滴をノズルから対象物に非接触で正確に吐出し、印刷や塗布を行うデジタル技術です。版が不要なため、家庭用印刷から、3D印刷エレクトロニクスなどの産業用途まで幅広く応用されています。

どのような協業を行うのか

 京セラとiPrint研究所との協業は、インクジェット技術の新たな市場・用途開拓を目的とした共同研究開発が中心となります。具体的な協業の形態と内容は以下の通りです。

1. 協業の目的とする新規用途

 京セラが持つ独自のインクジェット技術(特にプリントヘッド技術)を活かし、以下の分野での市場開拓を目指します。

  • 3D印刷(アディティブ・マニュファクチャリング)
  • 塗装
  • プリンテッド・エレクトロニクス(インクジェットで電子回路などを印刷する技術)

2. 具体的な活動内容

 協業の実務は、京セラの欧州事業の中核子会社(KYOCERA Europe GmbH)とiPrint研究所が共同で行います。

  • 専用スペースの設置と評価:
    • 京セラがiPrint研究所の施設内に専用のスペースを設けます。
    • このスペースで、特殊なインクや材料の評価を共同で実施します。
  • 技術基盤の整備とデータ活用:
    • 評価によって得られたデータを蓄積・分析し、技術サポートの効率化や新たな用途展開に役立てます。
    • この共同作業を通じて、京セラはインクジェット技術のさらなる進化と、産業用市場での技術基盤の整備を進めます。

 iPrint研究所はインクジェット技術に特化した公的研究機関であり、多様な技術者や企業が集まる環境であるため、京セラはここを欧州での技術拠点の一つとして活用し、オープンイノベーションを通じて新規事業の創出を加速させる考えです。

京セラはiPrint研究所の施設に専用スペースを設け、特殊インク・材料の評価を共同で行います。3D印刷、塗装、プリンテッド・エレクトロニクスなど、インクジェット技術の新規用途開拓を目指します。

3D印刷とは何か

 D印刷(3Dプリンティング)とは、3次元のデジタルデータ(CADデータなど)をもとに、材料を一層ずつ積み重ねて(積層造形)立体的なオブジェクトを造形する技術です。

 この技術は、従来の製造方法(切削加工や金型成形など)とは異なり、材料を「追加(Additive)」していくため、アディティブ・マニュファクチャリング(AM:付加製造)とも呼ばれます。


3D印刷の仕組みと特長

1. 基本的な原理

 デジタルデータを水平方向に無数の薄い層(スライス)に分割し、その層ごとに材料を吐出したり、光や熱で固めたりする工程を繰り返して、立体物を作り上げます。

2. 主要な造形方式

 使用する材料や造形の手段によって、さまざまな方式があります。

方式概要主な材料
熱溶解積層方式 (FDM)熱で溶かした樹脂をノズルから押し出し、積み重ねる。熱可塑性樹脂(PLA、ABSなど)
光造形方式 (SLA/DLP)液体状の光硬化性樹脂にレーザーや光を照射し、一層ずつ硬化させて造形する。液体レジン(光硬化樹脂)
粉末床溶融結合方式 (PBF)材料の粉末を敷き詰め、レーザーや電子ビームを照射して粉末を焼結・融解させて固める。ナイロン、金属粉末、セラミック粉末
マテリアルジェッティングインクジェット技術を応用し、液状の材料(樹脂、接着剤など)を噴射し、紫外線などで硬化させながら積み重ねる。樹脂、ワックス、機能性材料

3. 主なメリット

  • 複雑な形状の造形: 従来の加工では困難だった、中空構造や複雑な内部形状を持つ部品も一体で造形できます。
  • ラピッド・プロトタイピング: 金型が不要なため、試作品を迅速かつ低コストで作成でき、開発期間を大幅に短縮できます。
  • 少量多品種生産: デジタルデータさえあれば製造できるため、カスタムメイド品や少量生産に非常に適しています。

 京セラがiPrint研究所と協業して力を入れているのも、この「インクジェット技術」を用いた高精細な造形や、複数の材料を組み合わせる3D印刷への応用です。

3D印刷(アディティブ・マニュファクチャリング)とは、3次元デジタルデータを基に、プラスチックや金属などの材料を一層ずつ積み重ねて立体物を造形する技術です。複雑な形状や試作品を迅速かつ低コストで製造できます。

3D印刷の問題点は何か

3D印刷(アディティブ・マニュファクチャリング)は革新的な技術ですが、その普及と実用化にはいくつかの重要な問題点(課題やデメリット)があります。

主な問題点は、コスト造形物の品質と特性生産効率に関するものです。


1. コストに関する問題

  • 高い初期投資とランニングコスト:
    • 高性能な業務用3Dプリンターは、装置自体の初期導入コストが非常に高額です。
    • 材料となる専用の粉末やレジン(樹脂)が高価であり、特に金属粉末などは従来の素材に比べて割高になる傾向があります。
  • 後処理(ポストプロセス)のコストと手間:
    • 造形後、不要なサポート材(支え)を除去したり、造形物の表面を滑らかにするための研磨や洗浄二次硬化といった手間のかかる後処理が必要です。この作業にかかる時間や労力もコストとしてかかります。

2. 品質と造形物の特性に関する問題

  • 強度・耐久性の不足と異方性:
    • 積層して作られるため、積層面(層と層の境目)が弱くなりやすく、造形方向によって強度が異なる(異方性)ことがあります。射出成形品などと比べて、製品としての信頼性や耐久性が劣る場合があります。
  • 精度と熱による変形(反り):
    • 特に金属の造形では、レーザーなどの熱源を使用するため、冷える際に熱応力による変形(反りや歪み)が発生しやすく、高い寸法精度を出すのが難しい場合があります。
  • 表面の仕上がり:
    • 積層の跡(段差)が残りやすく、表面がザラザラとした仕上がりになりがちです。滑らかな表面を得るためには、時間とコストのかかる研磨などの後加工が必須となります。

3. 生産効率と限界に関する問題

  • 大量生産に不向き:
    • 1つの製品を造形するのに時間がかかりすぎるため、大量生産が必要な分野では、射出成形などの従来の製造方法に比べてコスト効率が悪く、生産性が低くなります。
  • 造形サイズの制限:
    • 3Dプリンターの造形スペースには限界があり、大型の部品や製品を一体で造形することができません。
  • 設計ノウハウの不足:
    • 3D印刷の特性を最大限に活かすための特殊な設計手法(DfAM: Additive Manufacturingのための設計)の知識を持つ技術者がまだ少ないため、技術のメリットを十分に引き出せていません。

主な問題点は、装置・材料のコストが高いこと、造形時間が長く大量生産に不向きな点です。また、積層跡が残りやすく、造形方向によって強度が異なるなど、品質と特性にも課題があります。

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