この記事で分かること
- ファウンドリー建設の理由:メモリ偏重の構造を是正し、システム半導体の製造能力を強化することです。Samsung依存を減らし、中小ファブレスを支援する多様なエコシステムを構築し、国際競争力を確保します。
- システム半導体とは:電子機器の「頭脳」として情報処理・演算・制御を行うチップです。CPU、GPU、SoCなどがこれにあたり、AIや自動運転など次世代産業の核心技術となります。
- 官民投資が必要な理由:数兆円規模の巨額な初期投資による民間単独でのリスクが過大なためです。また、半導体製造基盤の確保は国家安全保障と未来産業の競争力に関わる国策であるため、安定的な推進が不可欠です。
韓国政府の官民投資による半導体ファウンドリー建設
韓国政府は、官民投資を通じて、およそ4兆5000億ウォン(約31億ドル)規模の半導体ファウンドリー(受託生産会社)を建設することを検討していると報じられています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM10B820Q5A211C2000000/
これらの動きは、韓国が国家の威信をかけて、今後の産業の根幹となるシステム半導体分野での競争力を確保しようとする強い意志の現れと言えます。
システム半導体とは何か
システム半導体は、現代の電子機器の「頭脳」や「神経」として機能し、情報処理、演算、制御といった複雑な役割を担う半導体の総称です。
システム半導体とは?
半導体は大きく分けて「システム半導体」と「メモリ半導体」の2種類に分類されます。
| 分類 | 役割・機能 | 具体的な製品例 |
| システム半導体 | 情報処理・演算・制御を行う「頭脳」。論理的な計算や特定機能の実行を担う。 | CPU、GPU、SoC、ASIC、センサー半導体、アナログICなど |
| メモリ半導体 | 情報やデータを記憶・保存する「倉庫」。 | DRAM(一時記憶)、NANDフラッシュ(長期保存)など |
システム半導体は、入力された情報(デジタル信号、アナログ信号など)に対して論理的な判断や計算を行い、機器全体の動作を制御します。このため、用途や機器によって求められる機能が大きく異なるため、多品種少量生産が中心となるのが特徴です。
システム半導体の主な種類と具体例
システム半導体は、その機能によってさらに細かく分類されます。
1. プロセッサ系(処理・演算の核)
デジタル情報を処理し、電子機器の「脳」の役割を果たします。
- CPU (Central Processing Unit/中央処理装置):
- PCやサーバーの中心的な演算装置。一般的なプログラムの実行やデータ計算を行います。
- 例: Intel Coreシリーズ、AMD Ryzenなど
- GPU (Graphics Processing Unit/グラフィックス処理装置):
- 主に画像処理や3Dグラフィックスの描画を担いますが、並列計算能力の高さから、近年はAI(人工知能)のディープラーニング計算にも不可欠な存在となっています。
- 例: NVIDIA GeForceシリーズなど
- SoC (System on Chip):
- CPU、GPU、モデム、メモリコントローラなど、一つのシステムに必要な複数の機能を持つ半導体を一つのチップに集積したもの。スマートフォンやタブレットの心臓部として使われ、小型化・省電力化に貢献します。
- 例: Apple Aシリーズ、Qualcomm Snapdragonなど
2. 特定機能特化型
特定の用途に特化して設計された半導体です。
- ASIC (Application Specific Integrated Circuit/特定用途向け集積回路):
- 特定の機能を実現するためだけにカスタム設計されたチップ。非常に効率的で高速ですが、設計コストが高いです。
- 例: 暗号通貨マイニング用チップ、AI処理に特化したGoogle TPUなど
- FPGA (Field-Programmable Gate Array):
- 利用者が後から論理回路を書き換えられる(再構成できる)半導体。開発期間の短縮や柔軟な機能変更が必要な分野で使われます。
3. 信号処理・制御系
外界の情報を取り込み、機器の動作を制御するために使われます。
- アナログIC:
- 現実世界の連続的な信号(音声、光、温度など)を処理したり、コンピュータが認識できるデジタル信号に変換(A/D変換)したりします。
- センサー半導体 (イメージセンサーなど):
- 光(カメラ)、温度、圧力などの外界の情報を電気信号に変換する役割を担います。
- 例: スマートフォンのカメラに搭載されるCMOSイメージセンサー
- パワー半導体:
- 電力の制御、変換(AC/DC、昇圧/降圧)、供給を担う半導体。電気自動車(EV)や産業機器、5G基地局など、大電力を扱う分野で特に重要です。
韓国がシステム半導体に注力する理由
韓国はメモリ半導体では世界トップクラスですが、システム半導体分野ではまだシェアが低く、TSMCなどが圧倒的な強さを誇っています。
システム半導体は、AI、IoT、自動運転、5G/6Gといった今後の主要産業の発展を左右する中核技術であるため、韓国は国家的な競争力を確保するために、官民一体でこの分野のファウンドリー(受託生産)能力を強化しようとしているわけです。

システム半導体は、電子機器の「頭脳」として情報処理・演算・制御を行うチップです。CPU、GPU、SoCなどがこれにあたり、AIや自動運転など次世代産業の核心技術となります。
官民両方の投資が必要な理由は
官民両方の投資が必要な理由は、主に「巨額な投資リスク」と「国家戦略上の重要性」の2点にあります。
1. 巨額な投資とリスクの分散
半導体ファウンドリー、特に先端プロセスを担う工場の建設と運営には、民間企業単独では賄いきれないほどの巨額の初期投資が必要です。
- 天文学的な初期費用:
- 最先端のファウンドリー(製造工場)を一つ建設するには、通常数十億ドルから数百億ドル(日本円で数兆円規模)の資金が必要となります。
- これは、極端紫外線(EUV)露光装置などの超高額な製造装置を大量に導入する必要があるためです。
- 技術的なリスク:
- システム半導体の開発は技術の陳腐化が速く、先端技術の量産化には高い失敗リスクが伴います。民間企業が単独で全リスクを負うには限界があります。
- 長期的な回収期間:
- 投資回収までに長い年月がかかるため、市場の短期的な変動に左右されない安定的かつ大規模な資金の投入が不可欠です。
政府が投資や補助金、税制優遇を提供することで、民間企業の財務的負担とリスクを軽減し、投資実行の判断を後押しする役割を果たします。
2. 国家戦略としての重要性
半導体は、もはや単なる電子部品ではなく、国家の経済安全保障と未来産業の競争力を左右する戦略物資となっています。
- サプライチェーンの安定化:
- 世界的な半導体不足や地政学的リスクが高まる中、国内に安定した製造基盤(ファウンドリー)を持つことは、自国の産業を守るための安全保障上の重要な課題です。
- 産業基盤の強化(エコシステム構築):
- 新しいファウンドリーは、中小のファブレス企業(設計専門企業)にとって製造の機会を提供し、国内半導体エコシステム全体の発展を促します。これは特定企業だけではなく、国全体の産業競争力の底上げにつながります。
- 国際競争の激化:
- 米国、日本、欧州、中国なども、自国の半導体産業強化のため、数百億ドル規模の補助金や基金を設けて官民一体で誘致・支援策を展開しています。韓国もこの国際的な「半導体戦争」を勝ち抜くために、国家レベルの支援が必須となっています。
ファウンドリー設立は単なる企業の事業投資ではなく、「国策」としての性格が強いため、官民が連携してリスクを分担し、長期的な視野で推進していく必要があるのです。

官民投資が必要なのは、数兆円規模の巨額な初期投資による民間単独でのリスクが過大なためです。また、半導体製造基盤の確保は国家安全保障と未来産業の競争力に関わる国策であるため、安定的な推進が不可欠です。
tsmcへの対応方法は
官民ファウンドリーの設立構想は、TSMCの優位性に対抗するための「構造的アプローチ」を担います。
TSMCへの対応は、大きく「トップを追う戦略」と「足元を固める戦略」の二本柱で進められます。官民ファウンドリーは主に後者の足元固めを目的としています。
1. 官民ファウンドリー(KSMC構想)の役割:エコシステムの構築
官民ファウンドリー(KSMC:Korea Semiconductor Manufacturing Companyとも呼ばれる)構想は、TSMCの成功の核であるバランスの取れたエコシステムを韓国に構築することで対抗します。
| 対抗するTSMCの強み | 官民ファウンドリーの戦略 | 目的 |
| 強固なファブレス基盤 (多様なプロセスを提供) | 製造技術の多様化 | Samsung依存を脱却し、成熟プロセスや特殊プロセス(アナログ、パワー半導体など)を確保。 |
| 中小顧客への対応力 | 中小ファブレスの育成 | 国内の中小ファブレス企業が安定して利用できる製造ラインを提供し、国内システム半導体企業の成長を促進。 |
| 長期的かつ安定的な運営 | 政府資金の投入 | 巨大投資のリスクを官民で分散し、市場の短期変動に左右されない国家戦略として、長期的に安定した製造基盤を確立。 |
官民ファウンドリーは、TSMCが台湾のUMCやPSMCといった中堅ファウンドリーと共に担っている「多様な技術と製造能力で、あらゆる規模のファブレス企業を支える土台」を韓国国内に意図的に作り出すことを目指します。
2. もう一つの対抗軸:Samsungによる直接競争
官民ファウンドリーが足元を固める一方、既存の巨大企業であるSamsung Electronicsが、TSMCの牙城である最先端プロセス技術で直接的に競争します。
- 極限の微細化競争: TSMCと並び、2nm(ナノメートル)やそれ以下の次世代技術(GAA構造など)の量産化を先行または同時に実現し、技術的な優位性を奪うことを目指します。
- 顧客の分散化リスクの活用: 米中対立や台湾有事のリスクから、巨大テック企業がTSMC一社への依存を避け、サプライチェーンの多様化を求める動きを好機と捉え、価格競争力や新しい技術(裏面電源供給など)を武器に大手顧客の獲得を狙います。
韓国は「政府と新しいファウンドリーで産業の底上げ(エコシステム)」を図り、「Samsungで最先端技術の覇権を争う(トップ競争)」という、二段構えでTSMCに対抗しようとしているのです。

官民ファウンドリーは、Samsungが追わない成熟・特殊プロセスを担い、国内の中小ファブレス企業を支援します。これにより、TSMCの強みである多様なエコシステムを韓国に構築し、構造的な競争力を高めて対抗します。

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