この記事で分かること
- CNTとは何か:CNTとはカーボンナノチューブのことで、炭素原子のみで構成された、非常に小さな筒状の物質です。ナノスケールのサイズと、炭素原子の強固な結合により、軽量性、高い強度、高い電気伝導性、熱伝導性などの特性を兼ね備えています。
- なぜ不揮発性メモリに使用できるのか:カーボンナノチューブは電圧による構造の変化で抵抗を変化させることができ、その速度、消費電力の少なさ、耐久性の高さなどの面から不揮発性メモリに適しています。
- 開発が難しい理由:CNT自体は優れた素材であるものの、それを高精度に制御し、既存の半導体技術と融合させることの難しさが、不揮発性メモリとしての実用化を阻んでいます。
CNTを利用した不揮発性メモリの開発中止
経済産業省が推進していたカーボンナノチューブ(CNT)を用いた不揮発性メモリの開発プロジェクトが中止されたとニュースになっています。
https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00750185
次世代メモリとして注目されてきた技術ですが開発が中止される
カーボンナノチューブとは何か
カーボンナノチューブ(Carbon Nanotube: CNT)は、炭素原子のみで構成された、非常に小さな筒状の物質です。
1991年に日本の飯島澄男博士によって発見された先端材料で、その独特な構造から、非常に優れた特性を持っています。
カーボンナノチューブの構造
カーボンナノチューブは、グラフェン(炭素原子が六角形に並んだシート状の物質)を筒状に丸めたような構造をしています。
この筒の巻き方や直径によって、様々な種類があり、大きく分けて以下の2つがあります。
- 単層カーボンナノチューブ (SWNT: Single-Walled Nanotube): グラフェンシートが1枚だけ筒状になったもの。
- 多層カーボンナノチューブ (MWNT: Multi-Walled Nanotube): 複数のグラフェンシートが同心円状に重なって筒状になったもの。
カーボンナノチューブの主な特徴
カーボンナノチューブは、そのナノスケール(10億分の1メートル)のサイズと、炭素原子の強固な結合により、驚くべき特性を兼ね備えています。
- 軽量性: アルミニウムの約半分程度の軽さで、非常に軽量です。
- 高い機械的強度: 鋼の20倍以上、理論上は100倍もの引っ張り強度を持つと言われています。非常に丈夫で、柔軟性もあります。
- 優れた電気伝導性: 金属に匹敵する、あるいはそれ以上の高い電気伝導性を持っています。単層カーボンナノチューブの場合、その巻き方によっては金属的にも半導体的にも振る舞うというユニークな性質も持ちます。
- 高い熱伝導性: 銅の10倍以上の熱伝導性を持つと言われています。熱を効率よく伝えることができます。
- 高い耐熱性・耐食性: 化学的にも熱的にも安定しており、高温環境や腐食性の環境下でも構造が変化しにくい特性があります。
- 高い比表面積: 非常に細く、表面積が大きいため、様々な物質との相互作用が期待できます。
カーボンナノチューブの応用例
これらの優れた特性から、カーボンナノチューブは様々な分野での応用が期待されています。
- エレクトロニクス分野:
- 次世代半導体材料(トランジスタ、配線材料)
- ディスプレイの透明導電膜
- 電池(リチウムイオン電池の電極材料など)
- キャパシタ
- センサー
- 構造材料分野:
- 軽量で高強度な複合材料(航空機、自動車、スポーツ用品など)
- ゴムや樹脂の強度向上、導電性付与
- エネルギー分野:
- 燃料電池
- 太陽電池の電極材料
- 放熱材料(電子機器の冷却システムなど)
- 医療・バイオ分野:
- 薬物送達システム(ナノキャリア)
- バイオセンサー
- 環境分野:
- 高性能フィルター(水処理、空気浄化)
カーボンナノチューブの課題
しかし、その実用化にはいくつかの課題も存在します。
- 製造コスト: 高品質なカーボンナノチューブを大量に製造する技術はまだ発展途上にあり、高価です。
- 分散性の問題: カーボンナノチューブは非常に細く、お互いに絡まりやすい性質(凝集性)があるため、他の材料に均一に混ぜることが難しいという課題があります。これにより、本来の優れた特性を十分に引き出すことが困難になる場合があります。
- 健康・環境リスク: ナノスケールの物質であるため、吸入による健康影響(アスベストとの類似性が指摘されることもあります)や環境中での挙動について、さらなる研究と適切な管理が求められています。
これらの課題を解決するための研究開発が世界中で進められており、カーボンナノチューブは「夢の素材」として、今後ますます多くの分野での活用が期待されています。

カーボンナノチューブは、炭素原子のみで構成された、非常に小さな筒状の物質です。ナノスケールのサイズと、炭素原子の強固な結合により、軽量性、高い強度、高い電気伝導性、熱伝導性など驚くべき特性を兼ね備えています。
なぜ、不揮発性メモリとして利用出来るのか
カーボンナノチューブが不揮発性メモリとして利用される原理は、主に抵抗変化を利用したものです。これは、NRAM(Nanotube RAM)と呼ばれるタイプのメモリで採用されている方式です。
NRAMの記憶原理
- メモリセルの構造:NRAMのメモリセルは、電極の間にカーボンナノチューブ(CNT)の薄膜を挟んだ構造をしています。この薄膜中には、多数の微細なCNTがランダムに、またはある程度整列して配置されています。
- データの書き込み(状態の変化):
- 低抵抗状態(”1″または”ON”)への書き込み: 電極間に特定の電圧(通常は負の電圧)を印加します。これにより、薄膜中の隣接するCNT同士が静電気力によって接触したり、あるいは既に接触しているCNTの接触点が増加したりします。CNT同士が接触すると、電流が流れやすくなり、メモリセルの電気抵抗が低下します。この低抵抗状態が「1」または「ON」の状態として記憶されます。
- 高抵抗状態(”0″または”OFF”)への書き込み: 逆方向の電圧(通常は正の電圧)を印加するか、電流を流すことで、CNTに格子振動を起こさせたり、静電気的な反発力を使ったりして、接触していたCNT同士を分離させます。CNTが離れると、電流が流れにくくなり、メモリセルの電気抵抗が上昇します。この高抵抗状態が「0」または「OFF」の状態として記憶されます。
- 不揮発性:一度この抵抗状態が変化すると、電圧の印加を止めてもその状態が維持されます。これは、CNT同士の接触・分離が物理的な変化であり、電気が供給されなくてもその構造が保たれるためです。この特性が「不揮発性」と呼ばれるゆえんです。
- データの読み出し:メモリセルにごく弱い電圧を印加し、その際に流れる電流の量を測定します。
- 流れる電流が多い(抵抗が低い)場合は「1」
- 流れる電流が少ない(抵抗が高い)場合は「0」 と判断することで、記憶されたデータを読み出します。
カーボンナノチューブが不揮発性メモリに適している理由
- 物理的な抵抗変化: 電子の電荷を蓄える揮発性メモリ(DRAMなど)と異なり、CNTの物理的な接触・分離という「構造変化」によって情報を記憶するため、電源を切っても情報が失われません。
- 高速性: CNTは非常に小さく、構造変化が高速に起こるため、DRAMに匹敵する、あるいはそれ以上の高速な読み書きが期待されます。
- 低消費電力: 抵抗変化に必要なエネルギーが比較的少ないため、低消費電力化が期待されます。
- 高耐久性: CNT自体の機械的強度が非常に高いため、書き換え回数が多い場合でも高い信頼性を示す可能性があります。
- 微細化の可能性: ナノスケールのCNTを利用するため、従来の半導体プロセスよりもさらに微細化し、高密度なメモリを実現できる可能性があります。

不揮発性メモリは構造の変化による抵抗の変化によって、情報を記憶します。カーボンナノチューブは電圧による構造の変化で抵抗を変化させることができ、その速度、消費電力の少なさ、耐久性の高さなどの面から不揮発性メモリに適しています。
開発が困難な理由は何か
カーボンナノチューブ(CNT)を用いた不揮発性メモリ、特にNRAMの開発が難しい理由は、その素材の特性と、半導体製造プロセスにおける要求される精度とのギャップに起因するものが大きいです。
1. カーボンナノチューブ(CNT)自体の品質と均一性
- 構造の制御の難しさ: CNTは、その巻き方(カイラリティ)によって金属になったり半導体になったりする性質を持ちます。メモリとして安定した性能を得るためには、CNTの直径や巻き方、純度などを極めて高い精度で制御し、均一な品質のものを大量に製造する必要があります。しかし、現状の合成技術では、様々な種類のCNTが混在し、これを高精度に選り分けるのが非常に困難です。
- 欠陥の発生: CNTの合成過程で、構造的な欠陥(炭素原子の欠損や不規則な結合など)が発生しやすいです。これらの欠陥は、電気的特性や機械的特性に悪影響を与え、メモリの信頼性や寿命を低下させる原因となります。
2. 半導体プロセスへの統合の難しさ
- 均一な配置・アライメント: NRAMの原理では、電極間に多数のCNTを均一に、かつ特定の方向に配置する必要があります。しかし、ナノスケールのCNTを大規模なウェハー上に精密に制御して配置する技術は非常に高度であり、現状では量産レベルでの実現が難しいとされています。CNTは互いに凝集しやすい性質も持つため、均一な分散も大きな課題です。
- 接触抵抗の課題: CNTと電極との間の接触抵抗を低減し、安定したオーミック接触(抵抗が印加電圧に比例する理想的な接触)を形成することが重要です。この接触抵抗が高いと、メモリの動作速度や消費電力に悪影響を与え、信頼性も低下します。
- 微細加工の課題: 半導体メモリは極限まで微細化が進んでいますが、CNTを用いた構造を既存の半導体製造プロセス(フォトリソグラフィーなど)で微細に加工・パターニングすることも非常に難しい技術です。
3. メモリとしての性能と信頼性の確保
- 抵抗変化の安定性: NRAMはCNTの接触・分離による抵抗変化を利用しますが、この変化が常に安定して再現されることが重要です。長期的な書き換えや温度変化、ノイズなどに対して、抵抗値が変動しない安定性が求められます。
- 書き換え回数とデータ保持期間: メモリには膨大な書き換え回数(耐久性)と長期間のデータ保持能力(不揮発性)が求められます。CNTの物理的変化を利用するNRAMが、これらの厳しい要件を満たすかどうかの検証が必要です。特に、多数のサイクル後の性能劣化が懸念されることがあります。
- セレクト機能の課題: クロスポイント型メモリ構造では、個々のメモリセルを選択的に読み書きするためのセレクタ素子が必要になります。NRAMにおいても、このセレクタ機能の実現や、大規模集積化におけるリーク電流の抑制などが大きな課題となります。
4. コストと量産性
- 製造コスト: 上記の課題を克服するための高度な製造技術は、現状ではコストが高く、既存のDRAMやNANDフラッシュメモリに対抗できる価格で量産することが難しいと考えられます。
- スケーラビリティ: 研究室レベルでの試作は可能でも、数億個、数十億個といった規模で安定して製造できるかどうかのスケーラビリティが問題となります。

CNT自体は優れた素材であるものの、それを高精度に制御し、既存の半導体技術と融合させることの難しさが、不揮発性メモリとしての実用化を阻んでいます。
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