この記事で分かること
- 景気の基調判断の判断方法:内閣府が公表する景気動向指数(CI)の一致指数の動きに基づき、景気の方向性を機械的に示すものです。特に3カ月・7カ月移動平均の変化や過去の累積変化を分析し、「改善」「悪化」「足踏み」など5段階で判断されます。
- 悪化となった理由:一致指数が3カ月以上連続で下降し、特に米国向け輸出の減少が大きく響いたためです。有効求人倍率の低下も重なり、景気悪化を示す基準を満たしました。
- 輸出減少の理由:米国による日本からの自動車への追加関税(トランプ関税)の影響が既に表れ始めていることです。これに加え、世界経済の減速傾向や、一部で円高の影響も指摘されています。
景気判断悪化に引き下げ
2025年5月の景気動向指数において、内閣府が基調判断を「悪化」に引き下げています。

これは2020年7月以来、4年10カ月ぶりのことです。
景気の基調判断とは何かどのように判断されるのか
景気の「基調判断」とは、内閣府が毎月発表する景気動向指数(CI)に基づいて行われる、景気の現状に関する機械的な評価のことです。これは、政府の公式な景気見解である「月例経済報告」とは別に、景気動向指数委員会によって定められた基準に沿って客観的に判断されます。
どのように判断されるのか
景気の基調判断は、主に以下の要素と基準に基づいて行われます。
- 景気動向指数(CI)の一致指数:
- CIには、景気の動きに先行して動く「先行指数」、景気の動きとほぼ一致して動く「一致指数」、景気の動きに遅れて動く「遅行指数」の3種類があります。
- この中で、景気の現状を示す「一致指数」が基調判断の中心的指標となります。一致指数は、鉱工業生産指数、有効求人倍率、耐久消費財出荷指数など、さまざまな経済指標を合成して算出されます。
- 移動平均の利用:
- 単月のCI一致指数の変化は一時的な要因に左右されやすいため、その変動をならして長期的な傾向を把握するために「移動平均」が用いられます。
- 具体的には、3カ月後方移動平均と7カ月後方移動平均の前月差が中心的に見られます。
- 判断基準:内閣府が定めている「基調判断の基準」に沿って、以下の5つのいずれかに分類されます。
- 改善: 景気拡張の可能性が高いことを示します。原則として3カ月以上連続して、3カ月後方移動平均が上昇した場合に判断されます。
- 足踏み: 景気拡張の動きが足踏み状態になっている可能性が高いことを示します。3カ月後方移動平均の符号が変化し、1カ月、2カ月、または3カ月の累積で一定量以上逆方向に振れた場合などに判断されます。
- 局面変化: 事後的に判定される景気の山・谷が、それ以前の数カ月にあった可能性が高いことを示します。
- 悪化: 景気後退の可能性が高いことを示します。原則として3カ月以上連続して、3カ月後方移動平均が下降した場合に判断されます。
- 下げ止まり: 景気後退の動きが下げ止まっている可能性が高いことを示します。3カ月後方移動平均の符号が変化し、1カ月、2カ月、または3カ月の累積で一定量以上逆方向に振れた場合などに判断されます。
- 「基調」と同方向であること:当月CIの前月差が「基調」(移動平均の動き)と同方向であることが前提となります。
- 過去3カ月間の累積前月差の加味:各移動平均の変化方向だけでなく、過去3カ月間の累積前月差も判断に加味されます。
基調判断の意義と注意点
- 客観性: 景気の基調判断は、内閣府が定める明確な基準に基づいて機械的に行われるため、恣意性が入りにくいという特徴があります。
- 速報性: 月例経済報告よりも早く発表されるため、景気の現状をいち早く把握するのに役立ちます。
- 政府の公式見解との違い: 景気の基調判断はあくまで景気動向指数に基づく機械的な判断であり、政府が関係閣僚会議で決定する「月例経済報告」の景気判断とは必ずしも一致しない場合があります。月例経済報告は、景気動向指数に加えて、国内外の経済情勢、政策効果、企業や個人の心理など、より広範な情報を総合的に考慮して判断されます。
このように、景気の基調判断は、経済の「量感」や「テンポ」を把握し、景気の転換点などを判断するための重要な指標となっています。

景気の基調判断は、内閣府が公表する景気動向指数(CI)の一致指数の動きに基づき、景気の方向性を機械的に示すものです。特に3カ月・7カ月移動平均の変化や過去の累積変化を分析し、「改善」「悪化」「足踏み」など5段階で判断されます。
なぜ悪化と判断したのか
2025年5月の景気動向指数で「悪化」と判断された主な理由は、以下の通りです。
一致指数の下降と移動平均の継続的な下落
- 景気の現状を示す「一致指数」が前月よりも下降しました。
- 景気の基調判断は、この一致指数の単月の動きだけでなく、3カ月後方移動平均と7カ月後方移動平均の動きも重視します。内閣府の基準では、「悪化」は「原則として3カ月以上連続して、3カ月後方移動平均が下降した場合」に判断されます。今回の発表は、この基準を満たしたためと考えられます。
輸出の減少
- 特に米国向けの輸出の減少が大きく影響したとされています。輸出数量指数が低下したことが、一致指数を押し下げる要因となりました。
有効求人倍率の下落
- 雇用関連の指標である有効求人倍率が下落したことも、景気の弱さを示す要因となりました。
これらの要因が複合的に作用し、景気動向指数の一致指数が下落傾向を示した結果、内閣府の機械的な判断基準に照らし合わせて「悪化」と判断されたものです。特に、輸出の落ち込みが顕著であった点が特徴的と言えます。

一致指数が3カ月以上連続で下降し、特に米国向け輸出の減少が大きく響いたためです。有効求人倍率の低下も重なり、景気悪化を示す基準を満たしました。
景気動向指数(CI)はどのように算出されるのか
景気動向指数のCI(コンポジット・インデックス)は、複数の個別経済指標を統合して算出されます。その算出方法は複雑ですが、主な手順と特徴は以下の通りです。
- 採用系列の選定:
- 景気の動きを的確に捉えることができる、生産、雇用、消費、投資など多岐にわたる分野から、景気に敏感な指標が選定されます。これらは「採用系列」と呼ばれます。
- 符号の調整:
- 景気拡張期に下降する性質を持つ指標(例:企業倒産件数)は、景気と同方向に動くように符号を逆転させます。
- 対称変化率の計算:
- 各採用系列の毎月の値について、「対称変化率」を求めます。これは、当月値と前月値の差をその平均値で割ったもので、上昇・下降の変化率の絶対値が同じになるように調整されます。これにより、各指標の変動を比較可能な形にします。
- ただし、負の値が出てくる指標や、もともと比率である指標(有効求人倍率など)は、対称変化率の代わりに「前月差」を用いる場合があります。
- 外れ値処理(ウィンザー化平均に近い手法):
- 個々の指標の変化率には、一時的な要因による極端な変動(「外れ値」)が含まれることがあります。CIの算出では、これらの外れ値が全体の指数に過度に影響を与えないよう、一定の閾値を超える変化率をその閾値に置き換える処理(ウィンザー化平均に近い手法)を行います。これは、各指標の過去の平均的な振幅(四分位範囲など)に基づいて閾値が設定されます。
- トレンドの調整と基準化:
- 各指標の変化率には、景気変動とは関係のない長期的な傾向(トレンド)が含まれている場合があります。これを調整するため、トレンド(通常は60カ月の移動平均など)が除去されます。
- さらに、各指標の変動幅(振幅)が異なるため、これらを合成するために「基準化」が行われます。これは、トレンドを調整した変化率を、その指標の平均的な振幅で割ることで、異なる指標間での比較を可能にします。
- 合成変化率の算出:
- 基準化された各採用系列の変化率を、それぞれ加重平均して合成します。これにより、景気全体の月々の変化量を示す「合成変化率」が算出されます。
- CIの累積算出:
- 算出された合成変化率を、基準年(現在2020年)を100とした前月のCIに累積して掛け合わせることで、当月のCI(水準としての指数)が計算されます。
これらの複雑な統計処理を行うことで、CIは景気変動の「量感」を安定的に捉え、景気の拡張や後退の程度を示すことができるように設計されています。

CIは、複数の景気関連指標を選定し、それぞれの変化率を対称化・標準化。外れ値を調整後、それらを加重平均して合成変化率を算出します。この変化率を基準年(2020年=100)の指数に累積することで、景気の量感を示すCIが算出されます。
輸出減少の理由は何か
2025年5月の景気動向指数で「悪化」と判断された主要因として、特に米国向け輸出の減少が挙げられていますが、その背景にはいくつかの複合的な要因が考えられます。
主な理由としては、以下の点が指摘されています。
- 米国による追加関税の影響(いわゆる「トランプ関税」):
- 米国が日本からの自動車輸出に対して、25%の追加関税を課す可能性が指摘されており、実際に2025年4月には米国向け自動車輸出が前年比で減少に転じ、5月には減少幅が急拡大しています。
- 関税が実際に課される前から、企業は先行き不透明感から出荷を調整したり、契約通貨ベースでの輸出価格を引き下げたりしている可能性があります。報告では、円高だけでなく、契約通貨ベースでの輸出価格自体が急低下していることが指摘されており、関税の影響が既に経済指標に表れ始めているとの見方もあります。
- 世界経済の減速傾向:
- OECDや国連、IMFなどの国際機関は、2025年の世界経済成長率について、前回の見通しから下方修正しており、全体的に減速傾向にあると予測しています。
- 特に、貿易摩擦の激化や政策の不確実性の高まりが、世界貿易を抑制する要因となっているとされています。世界の需要全体の伸びが鈍化していることも、日本の輸出減少につながります。
- 内需の力強さの欠如:
- 輸出は外需ですが、国内の景気が力強さを欠いていると、企業が生産を増やすインセンティブも弱まり、結果的に輸出に回す余力も減少する可能性があります。物価上昇などが国内消費を抑制しているという見方もあります。
- 為替変動の影響:
- 円高が進行した場合、円建てでの輸出価格が上昇し、国際市場での競争力が低下することで、輸出数量が減少する要因となります。一方で、貿易統計の輸出金額は円ベースで計算されるため、円高は輸出金額を押し下げる効果もあります。ただし、今回の報告では、円高以上に契約通貨ベースでの価格低下が要因として挙げられています。
これらの要因が重なり、特に米国市場での日本の製品(特に自動車)に対する需要や競争環境に変化が生じていることが、今回の輸出減少の大きな理由と考えられます。

輸出減少の主因は、米国による日本からの自動車への追加関税(トランプ関税)の影響が既に表れ始めていることです。これに加え、世界経済の減速傾向や、一部で円高の影響も指摘されています。
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