この記事で分かること
・なぜ、ウナギの養殖は難しいのか:「生態の解明不足」「繁殖の難しさ」「成長の困難さ」の3つの課題によって、ウナギの養殖は難しくなっています。
・現在のウナギの養殖はどのように行われているのか:現状は天然のシラスウナギを捕獲して育てる方法(半養殖)が主流であり、完全養殖にはまだ時間がかかるものとみられています。
・なぜ、ウナギは養殖では産卵がしにくいのか:産卵環境が再現できない、成熟に必要なホルモンが分泌されない、卵や精子の発達が不完全などの理由から養殖での産卵が難しくなっています。
ウナギの養殖に埼玉県で初めて成功
都市ガス供給の武州ガス(埼玉県川越市)が、ウナギの稚魚「シラスウナギ」の生産に埼玉県内で初めて成功したと発表したことがニュースになっています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC052ZD0V00C25A3000000/
今後は完全養殖を目指すこととしています。
なぜ、ウナギの養殖は難しいのか
ウナギの養殖が難しい理由は以下のようなものが挙げられます。
1. 生態の解明不足
ウナギは長い間、どこで生まれ、どう成長するのかがよく分かっていませんでした。
特に、日本にいるニホンウナギ(Anguilla japonica)は約3,000km離れたマリアナ諸島近くの深海で産卵することが判明したのは2009年と、比較的最近のことです。そのため、自然界の産卵環境を人工的に再現することが非常に困難でした。
2. 繁殖の難しさ
ウナギは成熟しづらく、養殖下では自然に産卵しません。そのため、ホルモン注射を使って人工的に成熟させ、産卵させる技術が開発されましたが、それでも受精卵のふ化率や生存率が低いのが現状です。
さらに、ウナギの卵が孵化した後の幼生(レプトセファルス)は、特殊なエサ(海洋生物の「マリンスノー」)を食べるため、適切な人工飼料の開発も大きな課題でした。
現在はカツオ由来の原料などを使ったエサが研究されており、少しずつ改善されていますが、依然として効率的な生産が難しい状態です。
3. 成長の困難さ
ウナギは成長段階ごとに生息環境が大きく変わります。
- レプトセファルス(幼生) → 海の深いところで生活
- シラスウナギ(稚魚) → 浅瀬へ移動
- 成魚(ウナギ) → 河川や湖で成長
特にレプトセファルスの成長には時間がかかり、ふ化からシラスウナギになるまで約半年もかかるため、管理が非常に難しいのです。

「生態の解明不足」「繁殖の難しさ」「成長の困難さ」の3つの課題によって、ウナギの養殖は難しくなっています。
現在のウナギの養殖はどのように行われているのか
現在のウナギ養殖は、天然のシラスウナギを捕獲して育てる方法(半養殖)が主流です。しかし、これでは資源が減少する一方なので、完全養殖(卵から成魚まで育てる技術)の確立が求められています。
現在、日本の水産研究・教育機構や企業が取り組んでおり、人工ふ化したウナギを親にして再び産卵させる「閉鎖循環養殖」の成功例も出ています。ただし、生産コストが高く、実用化にはまだ時間がかかるとされています。

現状は天然のシラスウナギを捕獲して育てる方法(半養殖)が主流であり、完全養殖にはまだ時間がかかるものとみられています。
なぜ、養殖で産卵しにくいのか
ウナギが養殖環境では自然に産卵しにくい理由は、大きく分けて以下の3つの要因があります。
1. 産卵のための環境が再現できない
ウナギは、海から川へ移動して成長し、産卵のときに再び海へ戻るという複雑な生活環(回遊)を持っています。特にニホンウナギは、マリアナ諸島近くの水深200~300mの深海(塩分濃度が高く、温度が20~25℃)で産卵することが分かっています。
養殖場ではこのような深海環境を再現するのが困難であり、ウナギの体が「産卵モード」に切り替わりません。
また、ウナギは産卵の際に長距離を泳ぐことで成熟が進むと考えられていますが、養殖場では十分な運動ができず、自然なホルモン変化が起こらないのも一因です。
2. 成熟に必要なホルモンが分泌されない
自然界では、ウナギは産卵に向けて体が変化し、次のような成熟のプロセスを経ます。
- 長距離回遊による運動刺激
- 深海の水温・塩分濃度の変化によるホルモン分泌
- 生殖腺(卵巣や精巣)が発達し、産卵可能な状態になる
しかし、養殖環境では運動不足や水質の違いにより、産卵に必要なホルモン(性ホルモン)が分泌されず、成熟が進みません。
そのため、現在の人工繁殖技術では、ホルモン注射を使って強制的に成熟させることで、ウナギに産卵を促しています。
3. 卵や精子の発達が不完全になりやすい
養殖場の環境では、ウナギの生殖腺の発達が不完全になりやすく、次のような問題が発生します。
- 未熟な卵しか作れない(受精しても孵化率が低い)
- 精子の活動が弱い(受精できない)
- 産卵時期がばらばらになる(同期が取れない)
特に、ウナギの精子は普通の海水ではほとんど動かないため、人工的に特定の塩分濃度やイオンバランスを調整する必要があります。

産卵環境が再現できない、成熟に必要なホルモンが分泌されない、卵や精子の発達が不完全などの理由から養殖での産卵が難しくなっています。
生殖腺の発達が不完全になりやすいのはなぜか
ウナギの生殖腺(卵巣や精巣)が養殖環境では不完全になりやすいのは、主に以下の3つの理由によります。
1. 産卵に必要な環境要因が不足している
ウナギは産卵のために特定の環境変化を感じることで、生殖腺が発達します。しかし、養殖場ではその環境変化が再現されないため、生殖腺の発達が不十分になります。
特に影響が大きいのは以下の要因です:
- 水温や塩分濃度の変化がない
- 野生のウナギは、産卵のために海へ戻るとき、水温が25℃前後、塩分濃度が高い深海へ移動します。
- これが生殖腺の成熟を促す重要な刺激になりますが、養殖場では淡水~汽水環境のままなので、発達が進みません。
- 長距離回遊による刺激がない
- 野生では産卵のために約3,000km泳ぐことで、生殖腺を発達させるホルモンが分泌されます。
- 養殖場では運動量が極端に少なく、ホルモンの分泌が不十分になってしまいます。
2. 生殖ホルモンの分泌が抑制されている
ウナギの生殖腺の発達は、脳からのホルモン指令によってコントロールされています。しかし、養殖場ではホルモンの分泌が適切に行われず、以下のような影響が出ます。
そのため、人工繁殖ではドーパミン抑制剤とホルモン注射(性腺刺激ホルモン)を組み合わせて投与し、成熟を促しています。
・性腺刺激ホルモン(GnRH)が分泌されない
野生のウナギは、環境変化を感じることで**GnRH(ゴナドトロピン放出ホルモン)**が分泌され、性腺(卵巣・精巣)が発達します。
しかし、養殖場では環境刺激がないため、このホルモンがほとんど出ません。
・脳内に生殖を抑える物質が多い
ウナギは通常、ドーパミンという神経伝達物質が生殖ホルモンの分泌を抑制しています。
野生では、産卵期になるとこの抑制が外れて生殖腺が発達しますが、養殖場ではドーパミンの影響が強いままになり、成熟が妨げられます。
3. エネルギー配分が異なる
ウナギは成長と生殖にエネルギーを分配する戦略を持っています。野生のウナギは、産卵に向けて以下のような変化をします:
- 脂肪を蓄え、生殖腺にエネルギーを回す
- 腸の長さが短くなり、食事をやめる
- 筋肉や肝臓の栄養を生殖腺に移行させる
しかし、養殖場では常にエサを与えられ、成長を続ける状態のため、
- 生殖腺にエネルギーが回りにくく、発達しづらい
- 産卵に必要な体の変化が起こりにくい
このため、人工的にエサを制限するなどの工夫が必要になります。

産卵環境が再現できない、ホルモンの分泌が抑制、エネルギー配分の違いなどによって生殖腺の発達が不完全になりやすくなってしまいます。
ウナギ以外でも養殖の難しい魚はいるのか
生態が複雑であったり、産卵や稚魚の育成が難しかったりするためで、養殖の難しい魚には以下のようなものがいます。
1. マグロ(クロマグロなど)
難しい理由:回遊魚であり、大量の運動が必要
- マグロは広い海を高速で泳ぐ回遊魚であり、狭い養殖施設ではストレスがかかりやすい。
- 産卵誘導が難しく、稚魚の生存率が低い(孵化後すぐに共食いが起こる)。
- 近年、完全養殖に成功(近畿大学など)したが、成長速度が遅くコストが高い。
2. ノドグロ(アカムツ)
難しい理由:深海魚で環境再現が困難
- 深海(200m以上)に生息するため、水圧や水温の管理が難しい。
- 成長が遅く、養殖コストが高い。
- 近年、人工ふ化の研究が進められているが、完全養殖はまだ難しい。
3. シロアマダイ
難しい理由:共食いと水質管理の難しさ
- 幼魚のうちから共食いが激しく、育成が難しい。
- 底砂に生息する習性があり、養殖場の環境を適切に管理する必要がある。
- 最近では京都府の水産技術センターが養殖技術を確立しつつある。
4. スズキ(シーバス)
難しい理由:病気に弱く、稚魚の管理が難しい
- ウイルスや細菌に弱く、大量死しやすい。
- 幼魚時にエサの嗜好性が強く、人工飼料への適応が難しい。
- 養殖技術は確立されているが、安定生産には高度な管理が必要。
5. キジハタ(アコウ)
難しい理由:成長が遅い & 稚魚の育成が難しい
- 近年、愛媛県や京都府で養殖技術が開発されつつある。
- 成長が遅く、市場サイズになるまで数年かかる。
- 幼魚期の生存率が低く、人工ふ化後の育成が困難。

ウナギ以外にも完全養殖の確立が難しい魚は多く存在しています。
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