FDKの高容量AB2型水素吸蔵合金 水素の貯蔵法にはどんな種類があるか?合金による貯蔵の特徴は?

この記事で分かること

  • 水素の貯蔵法法:高圧ガスとして圧縮してタンクに貯蔵するか、-253℃で液体にして貯蔵します。また、特定の金属に吸蔵させる水素吸蔵合金や、アンモニアなどの化学物質と結合させて貯蔵する方法もあります。
  • 合金による貯蔵の特徴:低圧で安全に水素を高密度貯蔵できますが、合金が重く、重量あたりの貯蔵量が少ないのが課題です。コストや耐久性、高速での吸蔵・放出時の熱管理も重要です。

FDKの高容量AB2型水素吸蔵合金

 FDKは、水素貯蔵タンク用の新材料として、高容量AB2型水素吸蔵合金を新たに開発したと発表しました。

 https://www.fdk.co.jp/whatsnew-j/release20250717-j.html

 この新製品は、粉末状の合金であり、従来のAB5型合金と比較して、重量ベースで約20%の水素貯蔵量を増加させています。今後も水素エネルギーの利用拡大に貢献するため、顧客のニーズに合わせた合金の開発・提供を進めていく方針です。

水素はどのように貯蔵されるのか

 水素は非常にエネルギー密度の高いクリーンな燃料ですが、その貯蔵にはいくつかの課題があります。水素は常温常圧では気体であり、密度が非常に低いため、効率的に貯蔵するためには何らかの形で体積を小さくする必要があります。

主な水素貯蔵方法は以下の通りです。

高圧水素ガス貯蔵(圧縮水素貯蔵)

  • 原理: 水素ガスを高い圧力(例: 70MPa = 約700気圧)で圧縮し、専用のタンクに貯蔵する方法です。
  • 特徴:
    • 現在、燃料電池自動車(FCV)などで最も一般的に利用されている方法です。
    • 高圧に耐える必要があるため、タンクは特殊な構造をしています。
    • タンクの構造: 密閉性と耐圧性を高めるために、通常3層構造になっています。
      • 内層(樹脂ライナー): 水素分子の透過を抑える特殊な樹脂製。
      • 中層(炭素繊維強化プラスチック:CFRP): 鉄より軽く強度が高いCFRPを何層も巻き付け、高圧に耐える構造。
      • 外層(ガラス繊維強化プラスチック:GFRP): CFRPの耐圧層を保護する役割。
    • 課題: 高圧化にはエネルギーが必要であり、タンク自体も大型化・高コスト化する傾向があります。また、安全性確保のための技術も重要です。

液体水素貯蔵

  • 原理: 水素を極低温(-253℃)まで冷却し、液化させて貯蔵する方法です。液体にすることで、気体よりも大幅に体積を小さくすることができます(約1/800)。
  • 特徴:
    • 大量の水素を貯蔵・輸送するのに適しています。
    • 魔法瓶と同じように、真空エリアを挟んだ二重構造の容器(断熱容器)に入れて保管することで、外部からの熱伝達を遮断し、液化水素の温度上昇を防ぎます。
  • 課題:
    • 水素の液化には非常に大きなエネルギーを必要とします。
    • 極低温を維持する必要があるため、断熱技術が非常に重要になります。
    • わずかな熱侵入でも水素が気化(ボイルオフガス)してしまうため、ロスが生じやすいという課題があります。オルソ水素からパラ水素への変換触媒の開発もこのロスを減らすために重要です。

水素吸蔵合金による貯蔵

  • 原理: 特定の金属(合金)が、水素をその内部に「吸蔵」(取り込む)する性質を利用する方法です。水素は金属原子の間に結合したり、金属と反応して金属水素化物を形成したりします。
  • 特徴:
    • 比較的低温・低圧で水素を貯蔵・放出できるため、安全性が高いとされています。
    • 高圧ガスや液体に比べて貯蔵密度が高い場合があります(FDKの新製品のように、従来のガスボンベの約6倍とも言われる)。
    • 水素の吸蔵・放出は可逆的な反応であり、温度や圧力の条件を変えることで制御できます。
  • 課題:
    • 合金自体の重量が重く、全体としての重量貯蔵密度が課題となることがあります。
    • 吸蔵・放出速度や寿命、コストなどが実用化に向けた研究開発のポイントとなります。

化学物質による貯蔵(水素キャリア)

  • 原理: 水素を別の化学物質(キャリア)と結合させて貯蔵・輸送する方法です。必要に応じてキャリアから水素を分離して取り出します。
  • 主なキャリアの例:
    • 有機ハイドライド: トルエンとメチルシクロヘキサン(MCH)のように、液体として常温常圧で安定に扱える物質。水素を添加することでMCHになり、脱水素することでトルエンに戻ります。
    • アンモニア(NH3): 液体アンモニアは比較的液化しやすく(-33℃)、体積あたりの水素含有量も高いため、注目されています。既存のインフラを利用しやすいという利点もありますが、毒性や臭いの問題があります。
  • 特徴: 常温常圧で液体として扱えるため、既存の燃料インフラ(タンカー、タンクローリーなど)を流用しやすいという大きなメリットがあります。
  • 課題: 水素をキャリアに結合させたり、キャリアから分離したりする際に、エネルギーが必要になったり、触媒が必要になったりします。

 これらの貯蔵方法は、それぞれ一長一短があり、用途や規模に応じて最適な方法が選択されます。例えば、自動車などの車載用には高圧水素ガス貯蔵や水素吸蔵合金、大規模な輸送や貯蔵には液体水素や水素キャリアが検討されています。

水素は、主に高圧ガスとして圧縮してタンクに貯蔵するか、-253℃で液体にして貯蔵します。また、特定の金属に吸蔵させる水素吸蔵合金や、アンモニアなどの化学物質と結合させて貯蔵する方法もあります。

合金での貯蔵の特徴や課題は

 水素吸蔵合金による貯蔵は、高圧ガスや液体水素とは異なるユニークな特徴と課題を持っています。FDKが開発した新製品も、これらの特徴と課題を克服しようとするものです。

特徴

  1. 高い安全性:
    • 高圧ガスのように高圧を必要とせず、液体水素のように極低温を維持する必要がないため、比較的低圧(数気圧以下)で貯蔵が可能です。これにより、貯蔵容器の破裂リスクが低減され、安全性が高いとされています。
    • 水素の放出が吸熱反応であるため、万が一容器が破損した場合でも、自己冷却によって急激な水素放出が抑えられるという特徴があります。
  2. 体積貯蔵密度の高さ:
    • 高圧水素ガスと比較して、体積あたりの水素貯蔵密度が高いという利点があります。これは、水素が金属原子の間に「固体」として取り込まれるためです。FDKの新製品のように、従来のガスボンベの約6倍とも言われる高密度を実現できる場合もあります。
  3. 常温での貯蔵・運搬の可能性:
    • 常温付近で水素を吸蔵・放出できる合金も多く、定置型貯蔵や一部の運搬用途に適しています。
  4. 水素の精製機能:
    • 水素吸蔵合金は水素としか反応しないという特性を利用して、不純物を含む水素から純粋な水素を分離・精製する機能を持つこともあります。
  5. 熱エネルギーの利用:
    • 水素の吸蔵時に発熱し、放出時に吸熱するという特性を活かし、ヒートポンプや廃熱利用など、熱エネルギーマネジメントへの応用も研究されています。

課題

  1. 重量あたりの水素貯蔵密度の低さ(最大の課題):
    • 合金自体が金属であるため重く、重量あたりの水素貯蔵量は、高圧ガスや液体水素、有機ハイドライドなどの他の貯蔵方法に比べて低い傾向にあります。特に自動車のような軽量化が求められる用途では、この点が大きな課題となります。FDKの新製品はこれを2割改善しましたが、それでもなお、重量あたりの貯蔵量としては限界があります。
  2. 合金のコスト:
    • ニッケルやレアアースなどの高価な金属を使用する合金も多く、製造コストが高くなる傾向があります。より安価な材料で高性能な合金を開発することが求められています(FDKのAB2型も、ニッケル水素電池の負極材としてのノウハウを活かしている点で、コスト面での工夫がされている可能性があります)。
  3. 吸蔵・放出速度と熱管理:
    • 水素の吸蔵・放出には時間と熱の管理が重要です。特に大量の水素を短時間で放出する場合、吸熱反応によって温度が下がりすぎると反応が鈍化してしまうため、適切な熱交換システムの設計が必要です。
  4. 耐久性と寿命(繰り返し使用による劣化):
    • 水素の吸蔵・放出を繰り返すことで、合金が微粉化したり、水素との反応性が徐々に低下したりする「劣化」が生じる可能性があります。これは、合金の膨張・収縮によって結晶構造が変化することなどが原因です。長期安定使用のためには、耐久性の向上が不可欠です。
    • 水素中の微量な不純物(水蒸気など)によっても劣化が進むことがあります。
  5. 活性化処理の必要性:
    • 多くの水素吸蔵合金は、初めて水素を吸蔵させる前に、高温下で水素を吸蔵させるなど「活性化処理」が必要となる場合があります。これにより、合金表面を活性化させ、安定した水素吸蔵放出性能を引き出します。FDKのAB2型合金も活性化処理について言及しています。

 FDKの新製品である高容量AB2型水素吸蔵合金は、特に「高容量化(重量ベースで約20%増)」と「取り扱いやすさ(低圧貯蔵)」という点で、これらの課題の一部を克服しようとするものです。しかし、前述の重量当たりの貯蔵密度やコスト、耐久性といった課題は、今後のさらなる研究開発によって解決が期待される領域と言えます。

合金貯蔵は低圧で安全に水素を高密度貯蔵できますが、合金が重く、重量あたりの貯蔵量が少ないのが課題です。コストや耐久性、高速での吸蔵・放出時の熱管理も重要です。

どんな合金が使用されるのか

 水素吸蔵合金には様々な種類があり、それぞれ異なる特性(水素吸蔵量、吸蔵・放出温度・圧力、耐久性、コストなど)を持っています。主な合金の種類とその特徴は以下の通りです。

1. AB5型合金

  • 代表例: LaNi5(ランタン・ニッケル合金)、MmNi5(ミッシュメタル・ニッケル合金)など。ミッシュメタルは複数の希土類元素の混合物。
  • 特徴:
    • 比較的安定した水素吸蔵・放出特性を持ち、扱いやすいです。
    • ニッケル水素電池の負極材として広く実用化されています。FDKもニッケル水素電池の負極材で長年の実績があります。
  • 課題: 重量あたりの水素吸蔵量が比較的少ない傾向にあります。

2. AB2型合金

  • 代表例: Ti-Mn系(チタン-マンガン系)、Zr-Ni系(ジルコニウム-ニッケル系)など、主にマンガン、チタン、ニッケル、ジルコニウムなどの遷移元素をベースにした合金。
  • 特徴:
    • AB5型よりも水素吸蔵量が多いことが特徴で、活発に研究開発が進められています。FDKが今回開発した新製品もこのAB2型に分類されます。
    • 結晶構造はラーベス相と呼ばれる六方晶ベースの構造を持つことが多いです。
  • 課題: 容量が大きい合金になるほど、初めて水素を吸蔵させる際の「活性化」が困難になるという欠点があります。FDKは「使い勝手に配慮した活性化プロセス」を実現したと発表しています。

3. AB型合金

  • 代表例: TiFe(チタン-鉄合金)
  • 特徴:
    • 比較的安価なチタンと鉄を主成分とするため、製造コストを抑えやすいです。
    • 重量あたりの水素吸蔵量も比較的大きいです。
  • 課題: 活性化に比較的高温が必要だったり、吸蔵・放出時の温度・圧力条件が限定的であったりすることがあります。

4. マグネシウム(Mg)系合金

  • 代表例: Mg単体やMg-Ni系(例: Mg2Ni)など。
  • 特徴:
    • 非常に高い重量あたりの水素吸蔵量を持ちます(Mg単体で理論値7.6wt%と、他の合金より圧倒的に高い)。これは、マグネシウムが軽金属であるためです。
  • 課題:
    • 水素の吸蔵・放出に比較的高温が必要な場合が多く、反応速度も遅い傾向があります。
    • 吸蔵・放出を繰り返すと劣化しやすいという課題もあります。このため、実用化には触媒元素の添加などによる改善が研究されています。

5. V(バナジウム)系合金

  • 代表例: V-Ti-Cr系など。
  • 特徴:
    • 比較的高い水素吸蔵量を持つとされています。
    • 体心立方晶(BCC)構造を持つ合金が研究されています。

その他

  • Pd(パラジウム)系: 非常に高い水素吸蔵能力を持つことで知られていますが、高価であるため、実用的な水素貯蔵材料としては限定的です。

FDKはニッケル水素電池の負極材(主にAB5型合金)で培った技術とノウハウを活かし、より高容量なAB2型合金を開発しました。彼らの発表によると、この新製品は以下の点を実現しています。

  • 高容量: AB5型に比べて重量ベースで約20%向上。
  • 高体積効率: 液体水素の約2倍、高圧水素ガスの約7倍の体積貯蔵量を達成(これは合金自体の密度による)。
  • 安定した水素放出圧力: 使用環境での使いやすさに貢献。
  • 使い勝手に配慮した活性化プロセス: AB2型の課題である活性化の難しさを克服。

 このように、水素吸蔵合金は多岐にわたる種類があり、それぞれが特定の用途や性能目標に合わせて研究開発・実用化が進められています。FDKの取り組みは、AB2型合金の高性能化と実用化に向けた重要な一歩と言えるでしょう。

水素吸蔵合金には、LaNi5などのAB5型、FDKが開発したTi-Mn系やZr-Ni系などのAB2型、TiFeなどのAB型、Mgなどのマグネシウム系などがあります。それぞれ特性が異なり、用途に応じて使い分けられます。

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