この記事で分かること
- デジタル市場法とは:EUが制定した巨大デジタルプラットフォーム規制法です。AppleやGoogleなどの「ゲートキーパー」に、自社サービス優遇の禁止、サイドローディングや代替決済の許可などを義務付け、公正な競争促進とイノベーション活性化を目指すものです。
- ゲートキーパーとは:Google、Apple、Meta(Facebook)、Amazonといった一部の巨大なデジタルプラットフォーム企業が、オンライン市場において圧倒的な影響力を持つようになりました。彼らは、自社のサービスを優遇したり、競合他社の参入を妨げたりするような「ゲートキーパー(門番)」となっているため、このように呼ばれています。
デジタル市場法によるゲートキーパーの独占緩和
Appleが提供するiPhoneのエコシステム(アプリストア、決済システムなど)の独占状態を緩和し、競合他社が参入しやすくするよう求める動きが広がっています。
特に、サイドローディングの義務化や、アプリ内課金における代替決済手段の導入が議論の中心となっています。
前回の記事では、iPhoneのどのような独占が問題視されているかについて解説しました。今回は欧州がどのように独占の緩和を行ってきたのか、日本の対応についての解説となります。
欧州はどのようにiPhoneの独占に抵抗しているのか
欧州連合(EU)は、AppleのiPhoneにおける独占的な地位に対して、世界で最も積極的かつ具体的な抵抗策を講じてきました。その中心にあるのが、画期的な法規制であるデジタル市場法(DMA)です。
抵抗の背景と目的
EUがこのように積極的な抵抗姿勢をとる背景には、巨大デジタルプラットフォームが市場で圧倒的な支配力を持つことに対し、以下の懸念があるためです。
- 公正な競争の阻害: 新規参入や既存の競合他社が、プラットフォームのルールによって不利益を被り、健全な競争が妨げられる。
- イノベーションの阻害: プラットフォームの厳格な管理や高額な手数料が、開発者の新しいアイデアやビジネスモデルの実現を妨げる。
- 消費者の選択肢の制限: ユーザーが利用できるサービスや製品が、プラットフォームの都合によって限定され、より良い選択肢から遠ざけられる。
- データとプライバシーの懸念: 巨大プラットフォームが収集する膨大なユーザーデータに対する懸念。
EUは、これらの懸念に対処し、デジタル市場における健全な競争とイノベーションを促進するために、DMAを筆頭に強力な規制を導入し、Appleを含む巨大テック企業にその市場支配力の是正を求めています。

EUは巨大デジタルプラットフォームが市場で圧倒的な支配力を持つことに懸念をもっており、市場支配力の是正を求めています。
デジタル市場法とは何か
デジタル市場法(Digital Markets Act、略称DMA)は、EU(欧州連合)が制定した、巨大なデジタルプラットフォーム(いわゆる「GAFA」などのビッグテック企業)の市場支配力を規制し、公正な競争を促進するための法律です。
簡単に言うと、デジタル分野における「独禁法」の強化版のようなものです。
なぜ作られたのか?
近年、Google、Apple、Meta(Facebook)、Amazonといった一部の巨大なデジタルプラットフォーム企業が、オンライン市場において圧倒的な影響力を持つようになりました。彼らは、自社のサービスを優遇したり、競合他社の参入を妨げたりするような「ゲートキーパー(門番)」としての役割を果たすことで、市場の競争を阻害していると批判されてきました。
DMAは、こうした状況を是正し、以下の目的を達成するために制定されました。
- 公正な競争の促進: 新規参入企業や中小企業が、巨大プラットフォームの不公正な行為によって不利益を被ることなく、公平な競争ができる環境を作る。
- イノベーションの促進: 巨大プラットフォームの支配が、新しいアイデアやサービスの登場を阻害しないようにする。
- 消費者の選択肢の拡大: 消費者がより多様なサービスや製品を選べるようにする。
「ゲートキーパー」とは?
DMAでは、特に市場において大きな影響力を持つデジタルプラットフォーム事業者を「ゲートキーパー」として指定します。ゲートキーパーに指定されるには、以下の基準を満たす必要があります。
- 規模が大きい: EU域内で特定の収益基準を満たし、一定数以上のユーザーを抱えている。
- コアプラットフォームサービスを提供: アプリストア、検索エンジン、SNS、動画共有サービス、OS、クラウドサービス、オンライン広告サービスなど、中心的なデジタルサービスを提供している。
- 安定した地位: その地位が一時的ではなく、持続的である。
具体的には、Alphabet(Google)、Amazon、Apple、ByteDance、Meta、Microsoftなどがゲートキーパーに指定されています。
DMAが「ゲートキーパー」に義務付ける主なこと(禁止行為・義務)
DMAは、ゲートキーパーに対し、競争を阻害する行為を「禁止」したり、特定の行為を「義務」付けたりします。主な内容は以下の通りです。
禁止行為(例)
- 自社サービスの優遇: 検索結果やアプリストアなどで、自社のサービスや商品を不当に優遇すること。
- 代替決済手段の制限: アプリ内課金において、自社以外の決済システムを排除したり、不当に制限したりすること。
- 抱き合わせ販売: ユーザーが望まないのに、自社の複数のサービスを抱き合わせで利用させること。
- データ利用の制限: 他社のサービスから得たビジネスユーザーのデータを、自社サービスの競争に不当に利用すること。
義務
- サイドローディングの許可: アプリストアを介さずにアプリをインストールできるようにすること(例: iPhoneへのApp Store以外のアプリストアの許可)。
- デフォルト設定の変更の容易化: ユーザーが、プリインストールされたブラウザや検索エンジンなどのデフォルト設定を容易に変更できるようにすること。
- データポータビリティの提供: ユーザーが自分のデータを他のサービスに簡単に移行できるようにすること。
- メッセージングサービスの相互運用性: 大規模なメッセージングサービス(例: iMessage)間で相互にメッセージを送受信できるようにすること。
違反した場合の罰則
DMAの罰則は非常に厳しく、違反した場合には企業の全世界売上高の最大10%もの巨額の制裁金が課される可能性があります。繰り返し違反した場合は最大20%にまで引き上げられ、悪質な場合には事業の分割命令もあり得ます。
日本への影響
DMAはEUの法律ですが、グローバルに事業を展開する日本の企業(特にEU域内で事業を行う企業)もその影響を受けます。また、日本の「スマホソフトウェア競争促進法」など、各国のデジタルプラットフォーム規制の動きは、DMAを参考にしている部分も多く、世界のデジタル市場の競争環境に大きな変化をもたらしています。

DMA(デジタル市場法)は、EUが制定した巨大デジタルプラットフォーム規制法です。AppleやGoogleなどの「ゲートキーパー」に、自社サービス優遇の禁止、サイドローディングや代替決済の許可などを義務付け、公正な競争促進とイノベーション活性化を目指します。違反には巨額の罰金が科されます。
どのような例で罰金が課せられたのか
EUのデジタル市場法(DMA)や独占禁止法(反トラスト法)違反に対して、AppleやGoogleといった巨大テック企業には実際に巨額の罰金が科されています。
Appleへの罰金例
- 18億ユーロ(約2,940億円)の制裁金(2024年3月)
- 理由: AppleがApp Storeを通じて音楽ストリーミングアプリを配信する際に、開発者がアプリ外の安価なサービスをユーザーに知らせることを妨げたため。これは、EUの独占禁止法に違反すると判断されました。Spotifyからの申し立てがきっかけとなりました。
- 背景: この罰金は、DMAが本格的に施行される前に、過去の行為に対する独占禁止法違反として課されたものです。
- 5億ユーロ(約817億円)の制裁金(2025年4月)
- 理由: DMAの「反ステアリング規定」に違反したため。AppleがApp Storeの規則を通じて、アプリ開発者がユーザーをより安い料金オプションに誘導することを妨げていたと認定されました。
- 背景: これは、DMAに基づく初の罰金の一つです。
Googleへの罰金例
GoogleもAndroid関連で数々の巨額な罰金を科されています。
- 43.4億ユーロ(約7,000億円超)の制裁金(2018年)
- 理由: Android端末メーカーに対し、Google検索アプリやChromeブラウザのプリインストールを強制するなど、自社サービスを不当に優遇し、独占的な地位を乱用したと判断されたため。これはEUの独占禁止法史上、最大級の制裁金でした。
- 24.2億ユーロ(約3,900億円超)の制裁金(2017年)
- 理由: 自社のショッピング比較サービスを検索結果で不当に優遇したとして、独占禁止法違反と判断されたため。
- 14.9億ユーロ(約2,400億円超)の制裁金(2019年)
- 理由: 検索広告市場で独占的な地位を利用し、競合他社の広告を不当に制限する慣行があったため。
これらの罰金は、企業の全世界売上高を基準に算出されることが多く、その額の大きさが、EUが巨大テック企業の市場支配力に対してどれほど厳しい姿勢で臨んでいるかを示しています。
また、これらの罰金はDMAの施行前から独占禁止法違反として科されてきましたが、DMAによってさらに規制の範囲が広がり、罰則も強化された形になります。

EUはAppleに、音楽ストリーミングサービスでの不公正な行為で約2940億円の制裁金を科しました。GoogleもAndroid関連で、検索アプリ強制や自社サービス優遇などで過去に約7000億円超の巨額な罰金を科されており、DMA施行で今後も厳罰化が見込まれます。
日本の対応は遅れているのか
日本政府や日本企業が、欧米諸国、特にEUに比べると、巨大プラットフォームに対する規制への対応や意識において、先行者ではないと言えるでしょう。
日本政府の対応
日本政府は、以下の法律や取り組みを通じて、デジタルプラットフォームの競争促進と透明性向上を図っています。
- 特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律(デジタルプラットフォーム取引透明化法): 2021年施行。大規模なオンラインモールやアプリストアを運営する事業者に、取引条件の開示や変更の事前通知、公正性確保などを義務付けています。
- スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律(スマホソフトウェア競争促進法): 2024年成立。スマホOSやアプリストアの独占を是正するため、AppleやGoogleなどの指定事業者に対し、サイドローディングの妨害禁止、代替決済手段の容認、デフォルト設定の容易な変更などを義務付けるものです。2025年後半には施行される見込みです。
- 公正取引委員会の取り組み: モバイルOSやアプリストアに関する実態調査を行い、独占禁止法上の問題点を指摘したり、Googleの検索に関する独占的行為に対して排除措置命令を出したりするなど、具体的なアクションを起こしています。
これらの取り組みは、EUのデジタル市場法(DMA)や米国の規制動向に追随する形で進められており、日本もようやく本格的な規制に乗り出してきたと言えます。
日本企業の対応
日本企業、特にプラットフォーム事業者ではない一般の企業が、これらの規制にどう対応しているかについては、以下の点が挙げられます。
- 「ゲートキーパー」に指定される大手IT企業(海外企業が中心): EUのDMAで「ゲートキーパー」に指定されたAlphabet(Google)、Amazon、Apple、ByteDance、Meta、Microsoftなどは、世界的な事業展開をしているため、EUの規制に積極的に対応を進めています。日本の規制についても、今後影響を受けるため対応が必要になります。
- アプリ開発事業者など: AppleやGoogleのエコシステムに依存している日本のアプリ開発事業者やコンテンツプロバイダーは、規制の動きを歓迎しており、新しいビジネスチャンスを模索しています。例えば、スマホソフトウェア競争促進法の成立を受け、アプリ外課金(代替決済手段)の決済基盤を構築する動きなども見られます(例:ソニーペイメントとゲームエイトの連携)。
- 一般企業: 自社が直接規制の対象となるケースは少ないですが、プラットフォームのルール変更によってビジネス環境が変わる可能性があり、動向を注視しています。特に、モバイルセキュリティやデータポータビリティの確保など、従業員のモバイルデバイス管理に関するITチームやセキュリティチームは、新たなリスクへの対応が求められる可能性があります。
「遅れ」の評価
- 法整備のスピード: EUのデジタル市場法(DMA)は2022年に成立し、2024年から本格的に施行されています。これに対し、日本のスマホソフトウェア競争促進法は2024年成立と、法整備の動き自体はEUが先行しています。米国でも同様の動きがあります。
- 規制対象企業の対応意識: EUの規制は全世界売上高の最大10%といった巨額の罰金が課される可能性があり、対応を怠れば事業に深刻な影響が出るため、大手IT企業は真剣に対応せざるを得ません。日本の企業も同様ですが、プラットフォームを直接運営していない企業にとっては、まだ「対岸の火事」と捉えられている側面もあるかもしれません。
日本企業も、自社のビジネスがデジタルプラットフォームの規制によってどのような影響を受けるかを分析し、必要な対応を講じていくことが求められています。

日本政府は欧米の規制動向を参考にしつつ、着実に法整備を進めている段階であり、これまでの対応が「遅れていた」という評価も一部ではありますが、現在はキャッチアップしようとしている状況です。
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