この記事で分かること
- シリコン量子コンピュータとは:半導体技術を応用し、シリコン基板上の量子ドットに閉じ込めた電子のスピンを量子ビットとして利用する方式の量子コンピュータです。
- 連携の目的:シリコン量子コンピュータの実用化を加速することです。理研の制御技術とimecの半導体微細加工技術を融合し、大規模集積化を実現し、新産業創出を目指します。
- 応用例:材料開発や創薬のための分子シミュレーション、金融ポートフォリオの最適化、物流などの大規模な組み合わせ最適化問題の高速計算などの応用が検討されています。
日立製作所、理研、imecのシリコン量子コンピュータ開発
日立製作所、理化学研究所(理研)、およびベルギーに本部を置く半導体の国際研究機関であるimec(アイメック)は、量子コンピュータの一種であるシリコン量子コンピュータの実用化に向けた研究開発を加速するため、基本合意書を締結しました。
https://rd.hitachi.co.jp/_ct/17785735
この連携はシリコン量子コンピュータの実用化と社会実装を加速することを目的としています。
シリコン量子コンピュータとは何か
シリコン量子コンピュータとは、シリコン半導体の技術を用いて量子ビット(量子情報処理の最小単位)を実現する方式の量子コンピュータです。
仕組みと特徴
1. 量子ビットの実現方法
- 電子スピンを利用するのが主流です。
- シリコン基板上に形成された微細な構造(量子ドットと呼ばれる非常に小さな箱)に単一の電子を閉じ込めます。
- この電子が持つスピン(自転のような性質)の向き(「上向き」と「下向き」)を、量子ビットの「0」と「1」に対応させます。
- 電子のスピンの重ね合わせ状態を利用することで、量子計算を行います。
2. 最大の強み:大規模集積化
- 最大のメリットは、既存の半導体(CMOS)製造技術をそのまま応用できる点です。
- これにより、非常に小さな面積に大量のトランジスタを集積してきた半導体の技術(微細加工技術)を活用でき、量子ビットを大規模に集積化しやすいと考えられています。
3. 動作環境と課題
- 量子ビットの状態を安定に保つため、極めて低い温度(極低温、通常は絶対零度に近いミリケルビン帯)に冷却して動作させる必要があります。
- また、スピンの重ね合わせ状態を外部ノイズから守り、その情報を保持する時間(コヒーレンス時間)を長く保つ技術が重要となります。
- 大規模な誤り耐性型量子コンピュータを実現するためには、量子ビットの数(集積度)を増やしつつ、高い忠実度(正確な操作精度)を両立させるのが大きな技術課題です。
シリコン量子計算機は、超伝導方式や光方式と並び、実用化が期待されている有力な方式の一つです。

シリコン量子コンピュータは、半導体技術を応用し、シリコン基板上の量子ドットに閉じ込めた電子のスピンを量子ビットとして利用する方式の量子コンピュータです。既存技術の活用で、大規模集積化に優れています。
連携の目的は何か
日立、理研、imecの三者連携の主な目的は、シリコン量子コンピュータの「実用化」と「社会実装」を加速することです。この目標を達成するために、以下の二つの大きな問題解決を目指しています。
1. 量子ビットの大規模集積化と高精度制御の両立
シリコン量子コンピュータの実用化には、量子ビットの数を増やして計算能力を向上させる「大規模集積化」と、量子ビットを正確に操作する「高精度制御」の両立が不可欠です。
- 日立と理研の強み(制御・物理学):
- 理研が持つ世界トップクラスのシリコンスピン制御技術(量子物理学の知見)。
- 日立が持つ量子コンピュータシステムの開発ノウハウ。
- imecの強み(半導体技術):
- imecが持つ世界最先端の半導体微細加工技術と量産化ノウハウ。
この連携により、それぞれの強みを融合させ、大規模集積化に有利なシリコン方式の技術的課題(製造プロセスや高精度な制御方式の確立など)を克服します。
2. 社会課題の解決と新産業の創出
実用化されたシリコン量子コンピュータを活用し、従来のスーパーコンピュータでは困難だった複雑な計算課題を解決することを目指します。
具体的には、以下のような分野への貢献が期待されています。
- 材料開発
- 金融ポートフォリオの最適化
- 創薬
これらの応用を通じて、持続可能な社会の実現に向けた新たな産業の創出に貢献することを目指しています。
この連携は、異なる強みを持つ世界的な機関が協力する「多様なパートナーシップ」と「オープンなエコシステム」の構築を推進する上でも重要な位置づけとされています。

日立、理研、imecの連携目的は、シリコン量子コンピュータの実用化を加速することです。理研の制御技術とimecの半導体微細加工技術を融合し、大規模集積化を実現し、新産業創出を目指します。
量子ビットの実現の低温が必要な理由は何か
量子ビットの実現に極低温が必要な主な理由は、熱によるノイズ(熱雑音)を排除し、量子状態を安定に保つためです。
量子コンピュータは、物質が持つ特殊な性質である重ね合わせや量子もつれを利用して計算を行いますが、これらの繊細な量子状態は外部の干渉に非常に弱いです。特に、以下の二つの理由から極低温環境が不可欠となります。
1. 量子ビットのデコヒーレンス(情報の消失)を防ぐ
量子ビットが情報を保持している状態をコヒーレンス(量子的な干渉性)と呼びます。
- 熱雑音の影響:
- 熱は原子や電子の振動や運動として現れ、これがノイズ(熱雑音)となります。
- この熱雑音が量子ビットに伝わると、量子ビットの状態(重ね合わせや位相)が乱され、情報が失われてしまいます。この現象をデコヒーレンスといいます。
- 極低温の必要性:
- 熱を極限まで取り除くことで、量子ビットを構成する粒子(電子のスピンなど)の熱運動を抑制し、量子状態を安定させ、情報が失われるまでの時間(コヒーレンス時間)を延ばすことができます。
- シリコン量子コンピュータや超伝導量子コンピュータなどの主要な方式では、絶対零度(約
)に近い数ミリケルビン(mK)の極低温(宇宙空間よりも低温)が必要です。
2. 意図しない状態遷移を防ぎ、正確に制御する
量子ビットは、エネルギーの基底状態(エネルギーが最も低い状態を「0」)と励起状態(エネルギーが高い状態を「1」)の重ね合わせで情報を表現します。
- 熱による励起:
- もし温度が高すぎると、周囲の熱エネルギーによって量子ビットが勝手にエネルギーの高い「1」の状態へ遷移してしまい、初期化や計算が意図せず崩れてしまいます。
- 制御の実現:
- 極低温にすることで、熱による意図しない状態遷移を防ぎ、外部から与えるマイクロ波パルスなどの制御信号のみによって、正確に量子ビットを操作(量子ゲート操作)し、計算を実行することが可能になります。

量子ビットの繊細な量子状態(重ね合わせやもつれ)を、熱によるノイズ(熱雑音)から守り、情報が失われるデコヒーレンスを防ぐためです。極低温で安定した制御が可能になります。
シリコン量子コンピュータの応用例は
シリコン量子コンピュータは、その高い大規模集積化の可能性を活かし、主に複雑なシミュレーションや最適化問題といった、従来のスーパーコンピュータでは計算困難な領域での応用が期待されています。
実用化が先行している他の量子コンピュータ方式と同様に、以下の分野でのブレイクスルーを目指しています。
1. 創薬・材料開発
物質を構成する分子や原子の振る舞いは量子力学で記述されます。量子コンピュータは、この量子力学の法則そのものを使ってシミュレーションできます。
- 新薬開発: 複雑なタンパク質や化合物の分子構造、反応の経路を正確にシミュレーションし、新薬の探索や設計を飛躍的に効率化します。
- 新材料開発: 触媒、電池材料、半導体材料など、特定の性質を持つ革新的な新素材の理論計算と設計を加速します。これにより、エネルギー効率の高い材料や、高性能な電子デバイスの実現に貢献します。
2. 金融・経済
複雑で大量の変数を持つ最適化問題や、未来の予測が困難な確率的なシミュレーションに応用されます。
- ポートフォリオ最適化: 多数の資産からなる投資の組み合わせ(ポートフォリオ)において、リスクを最小限に抑えつつリターンを最大化する最適な戦略を高速で計算します。
- リスク分析: 市場の変動や金融商品のリスクを、より高精度なモンテカルロ法などの手法でシミュレーションします。
3. 最適化問題全般
物流や交通、AI(人工知能)の分野で、膨大な組み合わせの中から最適な解を見つけ出す問題に応用されます。
- ロジスティクス・交通: 配送ルートの最適化、サプライチェーンの最適化、都市交通の混雑解消など、効率的な社会インフラの実現に役立ちます。
- 機械学習: 量子コンピュータ特有のアルゴリズムを用いることで、大規模データ処理におけるパターン認識や最適化を効率化し、高性能なAIの開発に貢献します。
シリコン方式の最大の特徴である大規模集積化が実現すれば、これらの応用分野において、誤り耐性を備えたより大規模な量子計算が可能になり、実用的な価値が生まれると期待されています。

シリコン量子コンピュータの応用例は、材料開発や創薬のための分子シミュレーション、金融ポートフォリオの最適化、物流などの大規模な組み合わせ最適化問題の高速計算です。
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