この記事で分かること
- ホルミウムの用途:YAGレーザーのレーザー媒体への添加、ガラスの着色、分光計の構成基準物質などに利用されています。
- 医療用レーザーに使用される理由:水への高い吸収をもつため、深達度が低く狙った組織だけに作用できる高い安全性から医療用のYAGレーザーに使用されています。
レアアースの価格高騰
2025年5月現在、レアアース(希土類元素)の価格が急騰し、一部の元素では3倍以上に達しています。

この背景には、中国による輸出規制の強化があり、特に電気自動車(EV)や風力発電、軍事用途に不可欠な元素であるジスプロシウムやテルビウムの供給が逼迫しています。
レアアースのひとつである、ジスプロシウムはEVモーターの永久磁石に不可欠であり、テスラなどの自動車メーカーは在庫が5月末までしか持たないと懸念しています。
今回は、レアアースの一種であるホルミウムについての記事となります。
レアアースとは何か
レアアース(希土類元素)とは、周期表の中で原子番号57番のランタン(La)から71番のルテチウム(Lu)までの15元素に、化学的性質が類似するスカンジウム(Sc)とイットリウム(Y)を加えた、計17元素の総称です。
レアアースの特徴
- 名前の通り「珍しい(rare)」と思われがちですが、実際には地殻中に比較的豊富に存在します。ただし、単体で高濃度に存在する鉱床が少なく、抽出・分離が困難なため「希土類」と呼ばれています。
- 化学的性質が似ていて分離が難しく、製錬や精製には高度な技術が必要です。
主な用途
レアアースは現代のハイテク産業に欠かせない資源です:
- 永久磁石(ネオジム、ジスプロシウムなど):電気自動車(EV)、風力発電、スマートフォン
- 蛍光体(ユウロピウム、テルビウムなど):液晶テレビ、LED、蛍光灯
- 触媒(セリウムなど):自動車の排ガス浄化装置、石油精製
- 研磨剤:ガラスやレンズの精密研磨
産出と地政学的リスク
- 世界のレアアース生産の約60〜90%は中国に依存しており、供給の地政学的リスクが高い資源です。
- アメリカ、オーストラリア、ミャンマーなども採掘を試みていますが、製錬・精製まで含めると中国の独占的な地位は依然として強力です。

レアアースとは、原子番号57番のランタン(La)から71番のルテチウム(Lu)までの15元素に、化学的性質が類似するスカンジウム(Sc)とイットリウム(Y)を加えた、計17元素のことであり、電動化・デジタル化・再生可能エネルギー推進において不可欠な「戦略的資源」であり、経済安全保障上も重要視されています。
ホルミウムとは何か
ホルミウム (Holmium, 元素記号: Ho) は、原子番号67の希土類元素(ランタノイドの一つ)です。スウェーデンのストックホルムの古名「Holmia」にちなんで名付けられました。
特徴
- 物理的性質:
- 銀白色の金属で、空気中で表面が酸化されますが、内部までは侵されにくい性質を持っています。
- 融点は1461℃です。
- 熱水や酸に溶けて水素を発生させます。
- 希土類元素の中で最も大きい磁気モーメントを示す元素の一つで、常磁性を持っています。
- 化学的性質:
- 主な酸化数は+III価です。
- 化合物やイオンの色は褐緑色や淡黄色を呈することがあります。
- フッ化物、炭酸塩、シュウ酸塩などが水に不溶です。
- 希少性:
- 天然にはモナザイトやゼノタイムなどの鉱物中に他の希土類元素とともに産出し、ランタノイドの中でも比較的希少な元素の一つです。
ホルミウムの用途は
ホルミウムの主な用途は、その特性を活かした医療分野のレーザーと、ガラスの着色剤や分光計の校正基準物質です。
1. 医療用レーザー (ホルミウムYAGレーザー: Ho:YAGレーザー)
これがホルミウムの最も重要で普及している用途です。イットリウムアルミニウムガーネット(YAG)結晶にホルミウムを微量添加することで作られるレーザーで、波長2.1 µmの赤外線を発生させます。この波長は水に非常に強く吸収されるため、以下のような医療応用において優れた特性を発揮します。
- 尿路結石の治療 (レーザー砕石術): 腎臓や尿管にできた結石を、内視鏡を通して挿入した光ファイバーから照射されるレーザーで細かく破砕します。効率的に結石を粉砕できるため、広く利用されています。
- 前立腺肥大症の治療 (HoLEP: Holmium Laser Enucleation of the Prostate): 肥大した前立腺組織を内視鏡的に核出し、摘出する手術です。出血が少なく、再発率も低いとされています。
- 整形外科手術: 関節鏡を用いた手術で、関節内の瘢痕組織や骨病変の除去、遊離した物質の蒸発などに用いられます。例えば、椎間板ヘルニアに対するレーザー椎間板切除術などがあります。
- その他: 軟組織の切開、蒸散、凝固、止血など、低侵襲な外科手術に幅広く応用されています。
ホルミウムYAGレーザーは、組織への深達度が浅く、周辺組織への熱損傷を最小限に抑えながら、硬い結石から柔らかい組織まで様々な生体組織に適用できる点が大きなメリットです。
2. ガラスの着色剤
酸化ホルミウム (Ho2O3) をガラスに加えることで、ガラスを淡黄色に着色することができます。この特性は、装飾的なガラス製品に利用されることがあります。
3. 分光計の校正基準物質
ホルミウムを添加したガラスは、特定の波長の光を非常に鋭く吸収するという特徴を持っています。この性質を利用して、分光計や分光光度計などの光学測定機器の波長校正を行う際の基準物質として使用されます。これにより、測定の精度を確保することができます。
4. 磁性材料
ホルミウムは希土類元素の中でも特に大きな磁気モーメントを持つため、特殊な磁性材料や極低温での物理学研究に応用される可能性があります。しかし、これは他の用途に比べて比較的小規模な利用です。
ホルミウムは比較的希少で高価な元素ですが、特に医療分野における高精度なレーザー治療において、その独自の特性が不可欠なものとなっています。

ホルミウムはレーザーへの添加、ガラスの着色、分光計の構成基準物質などに利用されています。
YAGレーザーとは何か
YAGレーザー(ヤグレーザー)とは、イットリウム・アルミニウム・ガーネット (Yttrium Aluminum Garnet) 結晶をレーザー媒体(発振源)として用いる固体レーザーの一種です。YAGの頭文字を取って「YAGレーザー」と総称されます。
YAGレーザーの原理
レーザーは、特定の物質(レーザー媒体)に外部からエネルギー(励起光)を与えることで、その物質中の原子や分子が励起状態(高いエネルギー状態)になり、そこから安定した基底状態に戻る際に光を放出する現象(誘導放出)を利用して作られます。
YAGレーザーの場合、このレーザー媒体としてYAG結晶が使われます。YAG結晶自体はレーザー光を発しませんが、この結晶に特定の希土類元素(ドーパント)を微量添加することで、その元素がレーザー発振に必要な特性を持ちます。
一般的なYAGレーザーの原理
- 励起: YAG結晶に添加された希土類元素(例:ネオジムやホルミウムなど)に、フラッシュランプやレーザーダイオードなどの強い光(励起光)を照射します。
- 反転分布の形成: 励起光によって、希土類元素の電子が低いエネルギー準位から高いエネルギー準位に移行し、「反転分布」と呼ばれる状態(高いエネルギー準位の電子数が低いエネルギー準位の電子数よりも多い状態)が作られます。
- 誘導放出と光の増幅: 反転分布状態の原子から、自発的に放出された光(自然放出)が別の励起状態の原子に当たると、その原子も同じ波長、位相、進行方向の光を放出します(誘導放出)。この誘導放出が連鎖的に起こることで、光がどんどん増幅されます。
- 共振器: YAG結晶の両端には鏡(ミラー)が配置されており、放出された光がこれらの鏡の間を何度も往復することで、さらに増幅されます。片側の鏡は一部の光を透過するように作られており、ここから強力なレーザー光が外部に出力されます。
YAGレーザーの種類と特徴
YAGレーザーは、添加する希土類元素の種類によって発振する波長や特性が異なり、様々な用途に利用されています。
- Nd:YAGレーザー (ネオジムヤグレーザー):
- ドーパント: ネオジム (Nd)
- 波長: 1064 nm (近赤外光)
- 特徴:
- 非常に一般的なYAGレーザーで、連続波発振とパルス発振の両方が可能。
- 高い出力と優れた集光性を持つ。
- 光ファイバーで伝送が容易。
- 高調波発生器を用いることで、波長を532nm(緑色)、355nm(紫外線)、266nm(深紫外線)などに変換することも可能。
- 主な用途:
- 産業分野: 金属の溶接、切断、穴あけ、マーキング、クリーニング。自動車、鉄鋼、重工業、航空機など幅広い分野で利用。
- 医療分野: レーザーメス、光凝固、外科手術、脱毛(波長が長いため、深部の毛根や色黒肌にも対応可能)。
- 科学研究: チタンサファイアレーザーのポンピング、非線形光学など。
- Ho:YAGレーザー (ホルミウムヤグレーザー):
- ドーパント: ホルミウム (Ho)
- 波長: 2.1 µm (赤外光)
- 特徴:
- 水に非常に強く吸収される特性を持つ。
- 組織への深達度が浅く、周辺組織への熱損傷を最小限に抑えられる。
- 主にパルス発振で使用される。
- 主な用途:
- 医療分野: 尿路結石の破砕、前立腺肥大症の治療 (HoLEP)、関節鏡手術、軟組織の切開・蒸散・凝固・止血など。
- Er:YAGレーザー (エルビウムヤグレーザー):
- ドーパント: エルビウム (Er)
- 波長: 2.94 µm (赤外光)
- 特徴:
- YAGレーザーの中で最も水に吸収されやすい波長を持つ。
- 非常に組織表面で作用するため、痛みや熱損傷が少ない。
- 主な用途:
- 歯科医療: 虫歯の除去、歯周病治療、根管治療、骨整形など。
- 美容医療: 皮膚の表面の再生(しわ、たるみ、シミの治療)、ニキビ跡の改善など。
YAGレーザーの共通する利点
- 固体レーザー: 液体や気体のレーザーに比べて、小型化が可能で、安定した出力が得やすい。
- 非接触加工: レーザー光を照射するため、ワーク(加工対象物)との物理的な接触が不要。
- 精密加工: 高いエネルギー密度で集光できるため、微細で精密な加工が可能。
- 自動化が容易: 光ファイバーでレーザー光を伝送できるため、ロボットなどと組み合わせて自動化システムを構築しやすい。
- 多用途性: 添加するドーパントによって、様々な波長と特性を持つレーザーが得られ、幅広い分野で応用が可能。
YAGレーザーは、その汎用性と高性能から、現代の産業、医療、科学研究において不可欠なツールとなっています。

YAGレーザーは、イットリウム・アルミニウム・ガーネット結晶をレーザー媒体(発振源)として用いる固体レーザーの一種であり、その汎用性と高性能から、現代の産業、医療、科学研究において不可欠なツールとなっています。
なぜホルミウムがYAGレーザーに使われるのか
ホルミウムがYAGレーザーに使われる主な理由は、その特定の波長が水に非常に強く吸収されるという特性にあるためです。
- 水への高い吸収率:
- ホルミウムをドープしたYAG結晶が発振するレーザー光の波長は、約2.1 µm(マイクロメートル)の赤外線です。
- この波長帯の光は、水に極めて強く吸収されるという独特の性質を持っています。生体組織の大部分(約70%以上)は水で構成されているため、ホルミウムYAGレーザーを生体組織に照射すると、そのエネルギーのほとんどが組織中の水に吸収されます。
- 水に吸収されたレーザーエネルギーは瞬時に熱エネルギーに変換され、水を蒸発させます。これにより、照射された組織は急激に加熱され、蒸散(気化してなくなること)、切開、凝固といった効果が生じます。
- 浅い組織深達度と安全性:
- 水への吸収率が非常に高いため、ホルミウムYAGレーザーの組織への深達度(レーザー光が組織の奥深くまで浸透する深さ)は非常に浅いです(約0.4mm程度)。
- この「浅い深達度」が、医療応用において極めて重要なメリットとなります。レーザーが作用する範囲が限定されるため、狙った組織のみを正確に切開・蒸散・凝固でき、周辺の健康な組織への熱損傷を最小限に抑えることができます。これは、手術における合併症のリスクを低減し、患者さんの回復を早める上で非常に有利です。
- 多様な組織への適用性:
- 水に吸収されるという特性は、軟部組織(筋肉、脂肪など)だけでなく、水を含む硬い組織(結石など)にも効果を発揮します。
- そのため、尿路結石の破砕(水を媒体とする)や、前立腺肥大症の核出(軟部組織の切除)など、硬軟様々な生体組織の治療に適用可能です。
- ファイバー伝送の容易さ:
- ホルミウムYAGレーザーの波長は、医療用の光ファイバー(石英系ファイバー)で効率的に伝送できる範囲にあります。
- これにより、内視鏡の細いチャネルを通してレーザー光を病変部に直接届けることができ、低侵襲な手術(HoLEP、TULなど)が可能になります。
これらの理由から、ホルミウムYAGレーザーは、特に泌尿器科領域における尿路結石の治療や前立腺肥大症の手術をはじめ、整形外科、消化器外科など、幅広い医療分野でその高い精度と安全性が評価され、広く利用されています。

ホルミウムは水への高い吸収をもつため、深達度が低く狙った組織だけに作用できる高い安全性から医療用のYAGレーザーに使用されています。
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