この記事で分かること
- フッ素樹脂の水平リサイクルは難しい理由:熱を加えても流動しないため、通常のプラのように溶かして再成形できません。また、C-F結合が極めて強固で不純物除去が難しく、再加工時に品質が劣化しやすいことが水平リサイクルの大きな壁となっています。
- C-F結合が強固でも品質が劣化する理由:原子同士の結合(C-F結合)は強固ですが、加工時の熱や負荷で炭素の「分子の鎖」が切れて短くなるためです。また、再加熱で分子の並び(結晶構造)が乱れ、微細な隙間が生じることで、強度や耐久性が低下します。
- 水平リサイクルを可能にした方法:クリーンルームでの精密な回収に加え、独自の「洗浄・改質プロセス」で不純物を除去し、切断された分子構造を整え直すことに成功しました。これにより、性能を損なわずに新品同様の品質で再生する特許技術を確立しました。
ニッキフロンによるフッ素樹脂の水平リサイクル
長野県に本社を置くNiKKi Fron(ニッキフロン)株式会社は、これまで非常に困難とされていたフッ素樹脂(特にPTFE:四フッ化エチレン樹脂)の水平リサイクル(使用済み製品を再び同じ用途の製品に戻すこと)を世界で初めて実現した企業として注目されています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC199GR0Z11C25A2000000/
ニッキフロンのこの技術は、フッ素樹脂業界における脱炭素化と資源循環の大きな一歩として、国内外の産業界から非常に高い関心を集めています。
フッ素樹脂はなぜ水平リサイクルが難しいのか
フッ素樹脂、特に代表的なPTFE(四フッ化エチレン樹脂)の水平リサイクルが極めて困難とされてきた理由は、以下に示すようにその優れた特性自体がリサイクル工程では「障害」になるからです。
1. 溶融しても「流れない」特殊な性質
通常のプラスチック(ポリエチレンなど)は、熱をかけるとドロドロに溶けて液体状になるため、再び金型に流し込んで成形(射出成形)できます。
- PTFEの挙動: 融点(約327°C)を超えても粘度が極めて高く、「ゴム状のゲル」になるだけで流動しません。
- 困難な理由: 従来の「溶かして固める」というマテリアルリサイクル手法がそのままでは使えないため、一度細かな粉末にするなどの特殊な工程が必要になります。
2. 化学的・熱的に強固すぎる結合
フッ素樹脂の最大の特徴である「炭素−フッ素(C-F)結合」は、化学的に最も強い結合の一つです。
- 不純物の除去: 非常に安定しているため、付着した汚れや不純物を化学的に分解して取り除くことが難しく、再生後の純度を保つのが困難です。
- 熱分解のリスク: 強引に熱分解しようとすると、有毒なフッ素ガスや腐食性ガス(フッ化水素)が発生するリスクがあり、高度な排ガス処理設備が必要になります。
3. リサイクルによる品質の劣化
一度製品として加工(加熱・加圧)されたフッ素樹脂は、分子鎖が切れたり結晶構造が変化したりします。
- 劣化の影響: 再生材を100%使用すると、バージン材(新品)に比べて引張強度、柔軟性、絶縁性能などが大幅に低下してしまいます。
- 水平リサイクルの壁: 「元の製品と同じ品質」が求められる半導体装置部品などでは、わずかな性能低下も許されないため、リサイクル材の利用が敬遠されてきました。
4. 回収と分別のコスト
フッ素樹脂は多種多様な添加剤(フィラー)が混ぜられていたり、他の素材と組み合わされたりすることが多い素材です。
- 分別の難易度: ガラス繊維やカーボンが混ざった「充填材入り」と「純粋なPTFE」を完璧に分別・洗浄するコストが、新品の原料を買うコストを上回ってしまうという経済的なハードルがあります。

フッ素樹脂(PTFE)は熱を加えても流動しないため、通常のプラのように溶かして再成形できません。また、C-F結合が極めて強固で不純物除去が難しく、再加工時に品質が劣化しやすいことが水平リサイクルの大きな壁となっています。
強固な結合をもっていてもなぜ品質が劣化するのか
「原子同士の結合」は強いが、「分子の鎖」は切れてしまうため、結合が強固でも品質が劣化してしまいます。
1. 「結合」は強いが「鎖(くさり)」が短くなる
フッ素樹脂(PTFE)は、炭素の長い鎖をフッ素がガードしている構造です。炭素とフッ素の結合(C-F結合)自体は非常に強固で、薬品や熱で簡単には壊れません。
しかし、成形時の高熱や加工時のストレスによって、炭素同士がつながっている「長い鎖」がブツブツと切れてしまいます(分子断裂)。
- イメージ: 鎖の一つ一つの輪っかが頑丈でも、鎖自体が短くなってしまうと、ロープとしての強度は落ちてしまうのと同じです。
2. 「結晶の並び」が変わってしまう
フッ素樹脂の性能は、分子が規則正しく並んでいる「結晶状態」によって決まります。
一度製品として固まったものを再び加熱・加工すると、分子の並び方がバラバラになり(非晶化)、元のような綺麗な結晶構造に戻りにくくなります。これにより、「粘り強さ」や「滑りやすさ」といった本来の特性が損なわれてしまいます。
3. 微細な空隙(ボイド)の発生
PTFEは溶けても液体にならず、消しゴムのような状態にしかなりません。そのため、一度砕いたものを再び固め直そうとすると、粉末同士の間に目に見えない微細な隙間(ボイド)が残りやすくなります。
これが原因で、新品(バージン材)に比べて寿命や強度がガクンと落ちてしまうのです。
まとめ
- 化学的に強い: 原子同士の結びつき(点)の話。
- 物性が劣化する: 分子の長さや並び方(線・面)の話。

原子同士の結合(C-F結合)は強固ですが、加工時の熱や負荷で炭素の「分子の鎖」が切れて短くなるためです。また、再加熱で分子の並び(結晶構造)が乱れ、微細な隙間が生じることで、強度や耐久性が低下します。
ニッキフロンはどのように再生リサイクルを可能にしたのか
ニッキフロンがフッ素樹脂(PTFE)の水平リサイクルを可能にした最大の理由は、「不純物の徹底除去」と「劣化した分子構造の修復」を両立させる独自のプロセスを開発したことにあります。
具体的には、以下の3つのステップで再生を行っています。
1. クリーン環境での精密な「回収・選別」
半 導体グレードのような超高品質な再生には、微細な塵(チリ)すら許されません。
- 自社一貫体制: 自社の切削工程から出る「くず(端材)」を、専用のクリーンルーム内で混ざりものがない状態で直接回収します。
- 選別技術: 独自の基準で廃材をグレード分けし、リサイクルに適した純度の高い素材だけを厳選します。
2. 独自の「洗浄・改質プロセス」(特許技術)
これが最も核心となる技術です。
- 深層洗浄: 廃材に染み込んだ油分や目に見えない微細な不純物を、化学的な手法で完全に取り除きます。
- 分子の調整: 先ほど説明した「短くなった分子の鎖」や「構造の乱れ」を、独自の熱処理と添加剤配合技術(レシピ)によって、新品の原料(バージン材)に近い状態まで整え直します。 これにより、再生材特有の強度不足を克服しました。
3. 最適な「再成形・粉砕」技術
PTFEは溶けないため、再び「粉」にしてから固める必要があります。
- 微粉砕技術: 再生した塊を、再び成形しやすい均一な粒度の粉末に戻します。
- 混合と圧縮: この再生粉末とバージン粉末を、用途に合わせて最適な比率でブレンドし、高圧で固めて焼き上げることで、新品と同等の性能を持つ製品(サステナフロン)へと生まれ変わらせます。
技術のポイントまとめ
| プロセス | 解決した課題 |
| クリーン回収 | コンタミネーション(異物混入)の防止 |
| 洗浄・改質 | 化学的純度の維持と、物理的強度の修復 |
| 精密成形 | 微細な空隙(ボイド)の排除 |
単に「ゴミを再利用する」のではなく、「素材を分子レベルでメンテナンスする」という発想の転換が、不可能と言われた水平リサイクルを可能にしました。

クリーンルームでの精密な回収に加え、独自の「洗浄・改質プロセス」で不純物を除去し、切断された分子構造を整え直すことに成功しました。これにより、性能を損なわずに新品同様の品質で再生する特許技術を確立しました。

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