この記事で分かること
- ICP発光分析とは:約10,000℃のアルゴン高温プラズマ中に試料を導入し、放出される光の波長と強度から、含まれる元素の種類と量を特定する手法です。多元素を同時に、かつ高精度に測定できるのが特徴です。
- 発光が原子ごとに固有な理由:原子内の「電子の階段(エネルギー準位)」の幅が、元素ごとの陽子数の違いによって一意に決まっているからです。電子が元の段に戻る際、その段差に相当するエネルギーを固有の波長の光として放出するため、元素特有の色になります。
ICP発光分析
機器分析とは、化学反応を用いる古典的な化学分析に対し、物質が持つ物理的・化学的性質を精密な機器で測定し、その物質の成分や構造を分析する方法の総称です。
高感度で迅速な分析が可能であり、微量な成分や複雑な混合物も精度高く分析できるため、現代の科学技術分野で広く利用されています。
今回は、分光分析のひとつであるICP発行分析に関する記事となります。
分光分析とは何か
分光分析は、光と物質の相互作用を測定する手法です。紫外可視分光光度法で濃度、赤外分光法で構造、原子吸光分析法で金属元素の定量、蛍光X線分析法で元素組成、核磁気共鳴分光法で分子構造の解析など、使用する光の種類や原理によって多岐にわたります。
ICP発光分析とは何か
ICP発光分析(Inductive Coupled Plasma Optical Emission Spectrometry)は、液体試料に含まれる金属などの元素の種類とその濃度を、超高温のプラズマを利用して特定する分析手法です。
日本語では「誘導結合プラズマ発光分光分析」と呼ばれ、環境分析、材料開発、食品検査など、非常に幅広い分野で「何が、どれくらい入っているか」を調べるために使われています。
1. 原理:なぜ元素がわかるのか?
この分析の核となるのは、アルゴンガスをエネルギー源として発生させた約10,000℃のプラズマ(ICP)です。
- 霧化: 液体試料を霧状にしてプラズマの中に吹き込みます。
- 原子化・励起: 超高温のプラズマにより、試料中の元素は原子の状態になり、さらに高いエネルギー状態(励起状態)になります。
- 発光: 励起された原子が元の安定した状態に戻る際、その元素固有の光(スペクトル線)を放出します。
- 分光・測定: 放出された光をプリズムのような「分光器」で分け、光の強さを測定します。
ポイント:光の「色(波長)」で元素の種類がわかり、光の「強さ」で濃度がわかります。
2. ICP発光分析の主な特徴
他の分析手法(原子吸光法など)と比べて、以下のような優れた点があります。
| 特徴 | 内容 |
| 多元素同時分析 | 数十種類の元素を一度に、かつ短時間で測定できます。 |
| 広い測定範囲 | 低濃度(ppb:10億分の1)から高濃度(%オーダー)まで一気に測れます。 |
| 高感度・高精度 | 非常に微量な成分も正確に捉えることができます。 |
| 化学干渉が少ない | プラズマが超高温なため、試料の化学的な性質による誤差が出にくいです。 |
3. 装置の構成
装置は大きく分けて以下の4つのユニットで構成されています。
- 試料導入部: 液体を霧状にするネブライザーなど。
- 光源部(プラズマ部): アルゴンガスをプラズマ化し、試料を燃やす場所。
- 分光部: 発生した光を波長ごとに分ける場所。
- 検出器: 分けられた光の強さを電気信号に変換する場所。
4. 活用されている場面
- 環境: 河川水や土壌に含まれる有害金属(カドミウム、鉛など)の検査。
- 食品: ミネラル成分の測定や、異物混入の特定。
- 工業: 金属材料(ステンレスや金など)の純度検定や、めっき液の管理。
- 製薬: 医薬品の中に残留した触媒(パラジウムなど)の管理。

ICP発光分析(ICP-OES)とは、約10,000℃のアルゴン高温プラズマ中に試料を導入し、放出される光の波長と強度から、含まれる元素の種類と量を特定する手法です。多元素を同時に、かつ高精度に測定できるのが特徴です。
基底状態に戻るときの発光はなぜ、原子ごとに固有なのか
発光が元素ごとに固有なのは、原子内の「電子の階段(エネルギー準位)」の高さが、元素の種類によって厳密に決まっているためです。
1. 電子の居場所は「階段」状
原子の中の電子は、どこでも好きな場所にいられるわけではありません。決まったエネルギーの高さを持つ「階段(エネルギー準位)」にだけ存在できます。
2. 階段の「高さ」は原子核で決まる
元素ごとに、中心にある原子核の「陽子の数」が異なります。
- 陽子の数が多いほど、電子を引き付ける力が強くなります。
- この引き付ける力の違いにより、「階段と階段の間の幅(エネルギー差)」が元素ごとに唯一無二の設計図のように決まります。
3. 光は「階段を降りた時の差額」
プラズマで加熱された電子は、上の段に飛び上がります。その後、元の下の段(基底状態)に戻る際、余ったエネルギーを「光」として放出します。このとき放出される光のエネルギー(色・波長)は、階段の「段差」とぴったり一致します。
E = hν = hc/λ
- E: エネルギー(段差の幅)
- λ: 光の波長(色)
段差が元素ごとに違うため、出てくる光の色も、その元素にしか出せない「指紋」のような固有のものになるのです。

原子内の「電子の階段(エネルギー準位)」の幅が、元素ごとの陽子数の違いによって一意に決まっているからです。電子が元の段に戻る際、その段差に相当するエネルギーを固有の波長の光として放出するため、元素特有の色になります。
原子吸光分析との違いは何か
原子吸光分析(AAS)との大きな違いは、「光の測り方」と「一度に測れる元素の数」にあります。ICPは「自ら発光する光」を測り、原子吸光は「吸い込まれた光」を測ります。
主な違いの比較表
| 項目 | ICP発光分析 (ICP-OES) | 原子吸光分析 (AAS) |
| 原理 | 試料が放出する光を測る(発光) | 試料が吸収する光を測る(吸光) |
| 光源 | アルゴンプラズマ(約10,000℃) | 炎(約2,000〜3,000℃)や電気炉 |
| 分析数 | 数十元素を同時に測定可能 | 基本は1元素ずつ順番に測定 |
| 測定範囲 | 非常に広い(低濃度〜高濃度) | 狭い(特定の濃度域に強い) |
| コスト | 装置・ランニングコスト共に高め | 比較的安価で導入しやすい |
1. 測定の仕組みの違い
- ICP発光分析: 超高温のプラズマで原子を無理やり「興奮状態」にし、そこから出てくる光を直接測ります。電球が光るのを外から見るようなイメージです。
- 原子吸光分析: 外部から特定の色の光を当て、途中に置いてある原子がその光をどれだけ「邪魔(吸収)」したかを測ります。影の濃さを測るようなイメージです。
2. 使い分けのポイント
- ICPが向いている時: 「排水の中にどんな金属が何種類入っているか一気に知りたい」という場合や、大量のサンプルを素早く処理したい時に適しています。
- 原子吸光が向いている時: 「この水の中に『鉛』がどれくらい入っているかだけを、安く正確に知りたい」という場合、特定の元素に特化した原子吸光が効率的です。

ICP発光分析が「元素から出る光(発光)」を測るのに対し、原子吸光分析は「元素が吸い込む外部の光(吸光)」を測ります。ICPは数十元素を一度に高速で分析できますが、原子吸光は基本的に1元素ずつの測定となります。

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