この記事で分かること
- 製造業の研究開発費比率が近年の低下していた要因:売上高の回復に比べ、研究開発費の伸びが慎重で相対的に鈍かったためです。また、収益性の低い分野への投資集中や、研究成果を事業に結びつける技術経営戦略の不徹底も影響しました。
- 今期の上昇の理由:国際競争激化への危機意識から、AI・DX・脱炭素といった成長分野への先行投資を戦略的に強化した結果、研究開発費の伸びが売上高の伸びを上回ったとみらえれています。
- 海外との比較:日本は高い水準ながら、企業部門R&Dの製造業比重が高すぎ、米国に比べ非製造業のR&Dが相対的に弱いのが特徴です。
日本の製造業研究開発費比率の上昇
主要企業の2025年3月期の研究開発費は売上高の伸び以上に増額されたため、研究開発費比率は前年度に比べて上昇し、高い水準を維持・更新したと見られています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOTG0167K0R01C25A0000000/
比率が上昇した背景には、企業が将来の競争力確保のため、売上高の変動に左右されず戦略的な先行投資を積極化したことがあります。
近年研究開発費比率が低下していた理由はなにか
製造業の研究開発費比率(売上高に対する研究開発費の割合)が近年低下していた主な理由としては、以下の要因が複合的に影響していたと考えられます。
1. 売上高の回復と研究開発費の伸びの相対的な差
研究開発費比率は「研究開発費 ÷ 売上高」で算出されるため、分母である売上高と分子である研究開発費の増減のバランスが重要です。
- 売上高の相対的な回復:リーマンショック(2008年)などの経済危機後、輸出主体の製造業は円安やグローバル経済の緩やかな回復により売上高(分母)は比較的早期に回復し、増加傾向となりました。
- 研究開発費(分子)の伸びの鈍化:一方で、企業は将来的な不確実性への警戒感から、研究開発費の支出を慎重にし、その伸びが売上高の伸びに追いつかず、結果として比率が低下しました。
2. 収益性の問題と投資効率の低下
日本の製造業の一部では、長年にわたり収益率(利益率)が低い産業に研究開発投資が集中し、その投資を効率的に活かせていないという指摘がありました。
- 「ガラパゴス化」と国際競争力の低下:独自の進化を遂げた技術や製品が海外市場のニーズと合致せず、グローバル市場での競争優位性を確立できなかった結果、研究開発の成果を高い収益につなげられず、次期投資へ回す力が弱まった可能性があります。
- 技術経営戦略(MOT)の問題:研究開発の成果を事業収益に結びつけるための戦略(技術経営)が適切でなかったため、研究開発費の支出額が増加しても、それが売上高や利益を大きく伸ばすことには繋がりませんでした。
3. グローバル化と開発拠点の分散
海外への研究開発費のシフト:グローバル化の進展に伴い、日本企業が市場に近い海外に研究開発拠点を設けるケースが増加しました。国内での研究開発費の伸びが相対的に鈍化し、それが日本の製造業全体のR&D比率に影響を与えた可能性も考えられます。

売上高(分母)の回復に比べ、研究開発費(分子)の伸びが慎重で相対的に鈍かったためです。また、収益性の低い分野への投資集中や、研究成果を事業に結びつける技術経営戦略の不徹底も影響しました。
今季上昇した理由は何か
製造業の研究開発費比率(売上高に対する研究開発費の割合)が近年低下した後に今期(特に2024年度実績や2025年3月期計画)上昇した主な理由は、危機意識の高まりと構造転換に向けた戦略的な先行投資にあります。
上昇の主な理由
- 戦略的な投資の加速化(DX・脱炭素)
- デジタルトランスフォーメーション(DX)や脱炭素(カーボンニュートラル)といった、国際競争に直結する分野での技術革新が必須となり、企業が生き残りのために研究開発費の増額に踏み切りました。
- 特に、AI、EV、電池、次世代半導体など、将来のコア技術を確立するための先行投資が増加しています。
- 売上高の変動による影響
- 比率は「研究開発費 ÷ 売上高」で算出されるため、研究開発費の絶対額が増加する一方で、円安効果の一巡やサプライチェーン問題などで売上高の伸びが鈍化した場合、相対的に比率が上昇します。
- 特定の産業における牽引
- 自動車(電動化技術)、電子部品・デバイス(半導体関連)、医薬品など、技術集約度が高く、かつ大型投資が必要な分野の企業が研究開発費を大きく積み増したことが、製造業全体の比率を押し上げました。
「国際的な技術競争の激化や環境変化への危機意識が高まり、売上高の変動に関わらず、成長分野への投資(DX・脱炭素・AIなど)を戦略的に増やした」ため、比率が上昇しました。

国際競争激化への危機意識から、AI・DX・脱炭素といった成長分野への先行投資を戦略的に強化した結果、研究開発費の伸びが売上高の伸びを上回ったとみらえれています。
海外との比較はどうか
日本の製造業の研究開発費比率を海外と比較すると、規模は大きいものの、その伸びや、非製造業部門の成長とのバランスに課題が見られます。
1. 研究開発費の「対GDP比率」
企業部門の研究開発費をGDP(国内総生産)と比較した比率を見ると、日本は高い水準を維持していますが、近年は他の主要国に追い抜かれる傾向があります。
- 韓国: 主要国の中で著しく高い水準(近年3%台後半から4%前後で推移)にあり、日本を上回っています。
- 米国: 2010年代以降、継続して比率が上昇しています。
- 日本: 高い水準で推移しているものの、近年、米国や韓国に対して伸び率が劣後しています。
2. 研究開発費の「総額」と「伸び」
研究開発費の総額(名目額)で見ると、日本は依然として世界でトップクラスですが、伸び率では、近年、米国や中国が日本を圧倒しています。
- 米国・中国: 2010年代以降、研究開発費の絶対額が急速に増加しており、世界の研究開発投資を牽引しています。
- 日本: 企業部門の研究開発費は漸増傾向にあるものの、米国や中国と比較すると伸びが鈍いことが、日本の競争力に対する懸念材料となっています。
3. 製造業の「比重」と「非製造業」の動向
日本の研究開発費の特徴は、製造業の比重が非常に高いことです。
| 国 | 企業部門の研究開発費に占める製造業の割合 |
| 日本・韓国 | 約9割 |
| ドイツ・中国 | 約8割 |
| 米国 | 約6割 |
| フランス | 約5割 |
- 日本・韓国: 企業部門のR&Dのほとんどを製造業が占めており、製造業の動向が国全体の研究開発の状況を大きく左右します。
- 米国・欧州: 米国やフランスは、非製造業(IT、情報通信、サービスなど)の研究開発投資の割合が大きく、この分野の成長が企業全体のR&Dを押し上げています。
日本の製造業が研究開発費比率を上昇させたのは前向きな動きですが、グローバルな競争力を維持・強化するには、非製造業を含めた成長分野のR&Dの底上げも重要な課題となっています。

研究開発費の対GDP比率は韓国が最高水準で、米国が継続して伸びています。日本は高い水準ながら、企業部門R&Dの製造業比重が高すぎ、米国に比べ非製造業のR&Dが相対的に弱いのが特徴です。
研究開発費の比率と業績にはどれくらいの関係があるのか
研究開発費の比率(売上高研究開発費比率)と業績の間には、中長期的に見て一般的に正の相関関係があります。ただし、これは時間差を伴い、投資の「質」に大きく左右されます。
1. 中長期的な関係:正の相関
多くの先行研究や実証データは、売上高に占める研究開発費の割合が高い企業ほど、数年後の営業利益率や売上高総利益率が高くなる傾向を示すことを指摘しています。
- 将来の収益源: 研究開発費は、新製品や新技術、効率的な生産プロセスを生み出すための先行投資です。これが成功すると、高付加価値な製品が生まれ、市場での競争優位性が高まるため、中長期的に利益率の向上に繋がります。
- 時間差(ラグ)の存在: 研究開発は種まきから成果が出るまでに時間がかかるため、当期に高い比率を計上しても、その効果が業績に反映されるのは数年後(一般的に3~5年程度)になることが多いです。
2. 短期的な関係:費用の側面
短期的な視点で見ると、研究開発費は販売費及び一般管理費の一部として計上される費用です。
- 短期的な利益の圧迫: 研究開発費を大幅に増やすと、その期は単純に費用が増加するため、短期的な営業利益は減少する可能性があります。市場がこの費用負担増を将来への期待として評価するか、単なる利益圧迫と見るかで、株価などの評価も分かれます。
3. 「量」よりも「質」が重要
単に研究開発費の比率が高いだけでは、必ずしも業績向上にはつながりません。重要なのは、投資の「質」と「経営戦略との連動性」です。
- 投資効率: 投資した研究開発費が、市場で価値を生む新製品や特許、イノベーションに結びつかなければ、それは無駄な費用となります。特許出願件数や特許収益性など、研究開発の効率性が重要です。
- 選択と集中: 収益性の低い分野に漫然と資金を投じるのではなく、将来の成長が見込めるコア事業や先端技術に資源を「選択と集中」する戦略が、投資対効果を高めます。
- 事業化能力: 研究の成果を、実際に収益性の高い製品やサービスとして市場に投入し、顧客に販売する技術経営(MOT)や事業化の能力が、研究開発投資を業績に結びつける鍵となります。

研究開発費の比率は、中長期的に業績(特に利益率)と正の相関があります。ただし、その効果は数年の時間差を伴い、投資の「量」より「質」と事業化戦略に大きく依存します。

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